記憶を取り戻したその晩、アリサ――成見亜里紗はさっそく使い魔の召喚に取り掛かった。
場所は川の東側の資材置き場。この時間帯なら通行人もほぼいないはずの立地だ。
大事な記憶を奪われていたことはもちろん腹立たしい。
けれど、その憤りを押し殺してでも、この新たな戦いに参加しなければならない理由があった。
聖杯。
願いを叶えた代償として戦わされるのではなく、戦い抜いた報奨として願いを叶える存在。
それさえ手に入れられれば、果たせずに終わったあの願いを叶えることができるかもしれない。
もちろん聖杯なんて嘘っぱちで、キュウべぇのように自分達を騙して利用しようとしているという可能性も捨てきれない。
だがそれでも、聖杯を求めないという選択肢は思い浮かばなかった。
何故なら、自分は既に一度死んでしまった存在なのだから、このチャンスを見逃す理由なんてないからだ。
「これでよしっと」
儀式の準備は万全だ。後は与えられた知識のとおりに呪文を唱えればいい。
万が一に備えて魔法少女の姿に変身してあるし、得物の大鎌もしっかり携えている。
更に、身体能力をブーストする自分の魔法があれば、相手が敵対的でもどうにかなるだろう。
それらに加えて、令呪なんていう便利極まりないモノまで手に入れているのだから。
「――素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公――」
成見亜里紗は魔法少女だ。
キュウべぇと名乗る妙な生き物と契約し、願いを叶える代償として魔女と戦う役目を負った。
「――汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に――」
アリサの願いは、強くなること。強くなって、自分を虐めてきた連中を見返すこと。
けれどそれは、あまりにも愚かで救いようのない過ちだった。
「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
魔法陣の中心に膨大な魔力が渦巻き、瞬く間に形を成していく。
眼前に顕現したサーヴァントを、淡い色の瞳とマスターとしての透視力で捉えた瞬間、アリサは自分の想定が浅すぎたことを自覚した。
見上げるほどに巨大な肉体。目測だが自分の背丈の倍は下らない。
革のような質感の黒衣とジャケットに包まれた細身の肉体は、一見すると人間に近いように思えるが、鋭い爪と強靭な尾の存在がそんな考えを吹き飛ばしてしまう。
首が痛くなるほどに視線を上げると、猛禽の嘴のような形状をした紫色のヘルメット――あるいは外殻に開いた穴から、碧色の瞳がこちらを見下ろしているのが分かった。
そう、三つの瞳が。
ステータスを見ても、マスターとして絶望を感じずにはいられない。
対魔力A――令呪の一画に抗いうる耐性。
反骨の相A――魔力によらないカリスマ性でも従えられない気質。
単独行動A+――たとえ魔力の供給を断ち切ろうと、マスターが命を落とそうと、何ら問題なく戦い続けられる能力。
こんなもの『制御不能』の一言が書いてあるのと何も変わらないだろう。
「アーチャー、ベルゼブモン。テメェは何者だ」
三眼の悪魔がアリサを見下ろしたまま口を開く。
今ここで、左足のホルスターに収められた規格外の大型拳銃を抜き、アリサの頭を粉々に吹き飛ばしたとしても、このサーヴァントは平然と聖杯戦争を継続できる。
ここから先、返答を大きく間違えたら――
「あ、アリサ。成見亜里紗。アタシがアンタのマスターよ」
選んだ選択肢は胸を張って対応すること。決して弱さを見せないこと。
「それでアンタは……ベルゼブブ? 何か凄い悪魔だっけ?」
「ベルゼブモンだ。お前は知らねぇだろうが、まぁ当然だな」
値踏みするような視線を睨み返す。
いつの間にか与えられていた知識によると、サーヴァントは元々人間とのことだったが、このアーチャーは明らかに人間ではなかった。
体が大きすぎるとか、尻尾が生えているとか、三つ目だとか、そんな表面的な違いではない。
もっと根本的なところで人間とは違う存在のように思えてならなかった。
「気が向いたら手伝ってやる。せいぜい頑張りな」
アーチャーはアリサを無視するかのように歩き出し、無造作に資材の山に腰掛けた。
明らかにサーヴァントとして従うつもりがない様子だが、サーヴァントなくして聖杯戦争を生き残れないことは分かっている。
今はアーチャーの召喚に成功しただけで良しとした方がよさそうだ。
「あっそ。呼んだらちゃんと来なさいよね」
◇ ◇ ◇
その夢は私の鏡写しのようだった。
彼は自分の弱さに打ちひしがれ、強大な存在と契約を結んで力を得た。
代償として要求されたのは友達の命。それを自分自身の手で奪うこと。
そして、自分を諭そうとしてくれた存在を殺し――絶望的な悲劇の引き金を間接的に引いてしまった。
力なんか要らない。そう叫んで力を捨て、かつての弱い姿のまま、思い出の場所を訪れる。
暖かく迎え入れてくれる、家族のようなパートナー達。
そこで友達が窮地に陥っていることを知り、彼は友達を助けに行くことを決意した。
受け入れてはもらえないかもしれない。敵意を向けられるかもしれない。それでも彼は迷わなかった。
パートナー達から笑顔で送り出され、失った力以上の新たな力を自ら手に入れ、絶望的な戦いに身を投じた。
結末は、彼にとって十分に満足の行くものではなかったかもしれない。それでも私に言わせればハッピーエンドだ。
受け入れられ、許され、それ以上何も失うことはなかったのだから。
辛くて、羨ましくて、悲しい夢だった。
手に入れた力に溺れて、自分自身の手で取り返しのつかない過ちを犯す――
私だって、チサトがいてくれなかったら、いつかそうなっていたかもしれない。
彼を諭そうとした人もいたけれど、彼はその手を振り払って命を奪った。
それが少しだけ辛かった。まるで私のもう一つの末路を見せつけられたようだったから。
アーチャーはチサトに会えなかった私のような道をたどり、償うために全てを懸けて戦って、受け入れられ、許された。
それが少しだけ羨ましかった。私はもう、自分ではどうしようもないところまで来てしまったから。
最後に待っていたのは物悲しい離別。けれど悲劇ではなく、希望を感じさせる涙の別れ。
――私には決して訪れることのない結末。
◇ ◇ ◇
その夢は昔の俺を見ているようだった。
かつてあいつは理不尽に虐げられ、力を求めて契約を交わした。
確かに、自分を虐げていた連中を蹴散らすことはできた。それだけの強さがあった。
だが、あいつは孤独なままだった。自分を虐げる奴らはいなくなったが、それは自分の周りから誰もいなくなるという結果でしかなかった。
力に目が眩んで、力を手に入れた後のことを考えていなかったのだ。
俺とあいつに違いがあるとすれば、あいつは『間に合った』ということだ。
力を振るって荒れ狂う日々の中、自分を諌めようとする奴の手を取ることができた。
その土手っ腹に穴をブチ開けてロードした俺とは違って。
ギリギリのところで踏みとどまって、何一つ恥じることなく『仲間』として肩を並べることができた。
――それだけで終わっていれば良かったんだろう。
あいつに手を差し伸べた人間は殺された。
しかも、あいつが交わした契約には裏があった。
俺のように力を与えた代わりに何かをする契約ではなく、力と引き換えに、まさにその瞬間に、自覚すらないままに全てを奪われるという契約だった。
契約を交わしたガキ共は、力を得ると同時に人間ではなくなる。
いずれ怪物に成り果てることが確定していて、後はそれが早いか遅いかの違いでしかない。
だからそうなる前に殺した――そんな理由で納得できるはずもなく。
仲間を殺した奴への恨みと、契約を結んでしまったことへの後悔を抱えたまま、仇を討つという最後の拠り所にすがって戦いを挑み――
そして、横槍を入れてきた何者かの手で殺された。
ああ、さっきの感想は取り消しだ。俺とあいつは違う。
俺はテメェ自身の愚かさの報いを受けただけ。当然の自業自得だ。誰も恨むつもりはないし、そもそもそんな権利はない。
あいつは肝心なことを教えられずに契約を結び、知らず知らずのうちに取り返しのつかないところまで転げ落ちていた。胸糞悪い顛末だ。俺に契約を持ちかけた神――スーツェーモンだってそんなことはしなかった。
だからきっと、あいつには願いを叶える権利があるはずだ。
◇ ◇ ◇
もしも聖杯を手に入れられたらどうするのか――昨日、アーチャーとの契約を終えた後にそんなことを考えた。
天乃鈴音に復讐をしたい。真っ先に思い浮かぶのはそれだ。けれど他にもあるんじゃないかという思いは捨てきれない。
チサトとハルカを生き返らせたい。聖杯が本当にノーリスクで願いを叶えてくれるなら願う価値はあるはずだ。けれどたとえこの願いが叶えられたとしても、皆いつか魔女になってしまうだけだろう。
――人間に戻りたい。魔法少女を辞めたい。
ああ、それが叶うのならどんなにいいことか。けれど自分一人だけが助かるなんて嫌だ。チサトとハルカを救うチャンスを見逃して、まだ魔法少女として戦っているはずのマツリを見捨てるなんて。
万能の聖杯なら全てが叶えられるはず――そんな都合のいい考えはしたくない。
なにせ、甘い言葉に乗せられて痛い目を見たばかりなのだから。
気持ちがぐちゃぐちゃのまま朝を迎え、隠れ家にしていたアパートの外に出る。
その直後、頭の中にぶっきらぼうな声が響いた。
『よぅ』
「……アーチャー? 霊体化、だっけ?」
辺りを見渡してみても、あの巨体はどこにも見当たらない。
サーヴァントなら誰でも出来るという霊体化とやらで姿を消しているようだ。
「どうしたのよ。アタシ、別に呼んでないんだけど?」
『知るか。俺は好きに動くだけだ』
ここに来たいから勝手に来ただけ、そう言いたいんだろう。
まぁ、自分勝手に動きたいならそうすればいい。こちらもこちらで好きに動くだけだ。
そう思って町に繰り出そうとしたのだが、アーチャーは予想外の言葉を投げかけてきた。
『サーヴァントの気配がある。本戦とやらはまだ先だが、一人でうろついてたらブッ潰されるぞ』
「えっ……?」
予想外の忠告だった。助けらしいことなんかしてくれないだろうと思っていたのに。
「どういう風の吹き回しだ?」
『暇潰しに決まってんだろ。他に何かあるか?』
……本当、制御不能なサーヴァントだ。こちらが思ったとおりには動かず、考えもしなかった行動ばかり取ってくる。
アリサは諦めの溜息を吐き、霊体化したアーチャーを伴って、見滝原の町へと駆け出していった。
【CLASS】アーチャー
【真名】ベルゼブモン
【出典】デジモンテイマーズ
【性別】デジモンに性別はないが男性的
【身長・体重】人間の大人の二倍はくだらない巨体
【属性】混沌・悪
【パラメータ】筋力A 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運E 宝具A
【クラス別スキル】
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。
事実上、現代の魔術師ではアーチャーに傷をつけられない。
単独行動:A+
マスター不在でも行動できる能力。
【固有スキル】
騎乗:A
乗り物を乗りこなす才能。呪われた騎乗物であろうと難なく乗りこなす。
ただし、アーチャーの体格に適合しないものに乗り込むことはできない。
反骨の相:A
人間にも神にも従うことを拒絶する気質。
同ランクのカリスマを無効化する。
自己改造:-
ロード。殺害したデジモンのデータを吸収して自身を強化する。
これ自体は普遍的な能力だが、アーチャーは積極的にロードを繰り返して強化を重ねてきた。
現在は過去の所業に対する後悔から封印している。
モードチェンジ:-
ブラストモードへのモードチェンジ。
翼による飛行能力を獲得し、敏捷に瞬間的倍加の補正が入る。
聖杯戦争において、アーチャーは意図的に通常形態を基本状態としている。
【宝具】
『疾走せし魔弾の王(ダブルインパクト)』
ランク:B+ 種別:対人・対軍宝具 レンジ:1-20 最大捕捉:200人
二挺拳銃型の宝具『ベレンヘーナ』による連続射撃。
弾丸を中心とした広範囲に攻撃判定が発生し、ただ撃ち続けているだけで対軍規模の殲滅攻撃と化す。
アーチャーにとって通常攻撃の延長線上に位置するため、魔力消費は極小。
たとえマスターを失った状態であっても、この宝具を用いた戦闘には支障をきたさない。
『陽電子砲・混沌火焔(カオスフレア)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1-50 最大捕捉:400人
モードチェンジで解禁される宝具『陽電子砲』を用いた最大攻撃。
砲身で前方に逆五芒星の魔法陣を描き、それを通過させる形で『陽電子砲』の射撃を放つことで、威力・射程・範囲を極限まで増幅させる。
一度魔法陣が完成すれば、後は通常攻撃を放っているに過ぎず、砲撃の継続可能時間も凄まじく長い。
ただし魔法陣の位置や角度を変更することはできない。
【weapon】
『ベレンヘーナ』
宝具その1。主に通常形態で扱う二挺拳銃。厳密にはショットガンだが弾は単発で連射可能。
現実の武器でいうなら、ソードオフ・ショットガンからスラッグ弾を放っている形。
ホルスターの位置は左の太ももと背中。ブラストモードになっても装備し続けていて普通に使用できる。
アニメ劇中では登場時点で既に持っていたが、別作品も包括したシリーズ全体の設定として、ウルカヌスモンというオリンポス十二神モチーフの神人型デジモンがベルゼブモンの力に惚れ込んで作った逸品という設定がある。
『陽電子砲』
宝具その2。右腕の肘から先と一体化した大型の兵装。
必殺技ではない通常射撃の名称は「デススリンガー」といい、場面によって光球だったりビームだったりする。
外部作品では原子崩壊を引き起こす破壊の波動など物騒な設定がある。
ブラストモードにモードチェンジしたときに得た新たな力。
アニメ劇中においては、幼いパートナーからもらったおもちゃの光線銃が変化したもの。
ブラストモードの公式ビジュアルでは必ずと言っていいほど右腕に装備されているが、少なくともアニメ劇中では出し入れ自由。
陽電子砲を装備せず翼だけを生やした姿で登場するシーンもあり、その場合、陽電子砲は右腕の肘から先が光に包まれて形を変えるというプロセスで出現する。
『爪』
指に生えている鋭い爪。通常技として分類される「ダークネスクロウ」を放つ。
紫色の光を帯びた両手の爪で敵を切り裂く攻撃で、範囲は腕の長さより明らかに広い。
完全体(最終形態の究極体の一つ前)デジモンを一撃で仕留める威力。
描写的に並のデジモンの必殺技クラスの威力だが、ただの通常技。
【人物背景】
魔王型デジモン。同種族の別個体が様々な作品に登場している。このベルゼブモンはアニメ「デジモンテイマーズ」に登場した個体。
アニメでは特に言及されていないが、デジタルモンスターシリーズ全体の基礎設定として「ベルゼブモン」は七大魔王というかなり規格外のカテゴリに属する種族とされている。
英霊として分類するなら間違いなく反英雄。
力を渇望したために悪魔のような神と契約を交わし、命を奪うという取り返しのつかない過ちを犯し、償いのために全身全霊をかけて戦ったダークヒーロー的存在。
【聖杯にかける願い】
興味はないが、強いていうなら離別したパートナー達に会いに行ってもいい。
【マスター名】 成見亜里紗(アリサ)
【出展】魔法少女すずね☆マギカ
【性別】女
【能力・技能】
武器は大きな鎌。ソウルジェムの位置は背中。
魔法少女としての基礎能力に加え、以下の個別能力を持つ。
シンプルに身体能力を強化する魔法。出力は調節可能で、切り札として最大出力(フルブースト)も発動可能。
使い過ぎると大きく消耗してしまうリスクがある。
【人物背景】
中学二年生。身長156.2cm、体重45.8kg。
勝ち気で喧嘩っ早い。勉強が苦手で体を動かすのが好き。
契約前は大人しい性格でいじめのターゲットにされていたが、強くなりたいという願いを叶えてもらって魔法少女になる。
力に物を言わせる乱暴者になっていたところ、魔法少女のチサト(詩音千里)との戦いを経て更生。仲間達と共に魔女と戦うようになる。
しかし、魔法少女狩りの犯人だったスズネ(天乃鈴音)にチサトを殺害され、更に仲間の一人であるハルカ(奏遥香)が目の前で魔女になってしまう。
ここで初めて、魔女が魔法少女の成れの果てであることを知り、安易な願いで人間を止めてしまったことを強く後悔する。
チサトに出会う前の荒れ切った性格に戻り、スズネを倒して仲間達の仇を討とうとするも、戦いの最中に背後から黒幕の攻撃を受けて死亡する。
【聖杯にかける願い】
- スズネに復讐がしたい
- 仲間を生き返らせたい
- 人間に戻りたい
これらの願いがせめぎ合っていて、一つに絞りきれていない
【方針】
積極的に打って出て、聖杯戦争を勝ち残る
最終更新:2018年04月26日 19:54