どうやらあたしは、見滝原中学校の美樹さやかであるらしい。

いやまぁ、あたしは生まれたときからずっと美樹さやかなんだけど、そういう意味じゃなくて。
普段の見滝原中学校と何かが違うこの場所で、あたしは普段通りに美樹さやかとして暮らしている。
それがとてつもなく不思議で、とてつもなく違和感を覚えてしまうのだ。

魔法少女がゾンビみたいなものだと知って、がむしゃらになって戦い続けて、ソウルジェムがすっかり濁りきって、何もかもに絶望して――
それがあたしの最後の記憶。意識が途切れたと思ったら、どういうわけか今までどおりの日常に放り出されていた。

あたしが魔法少女である事実は変わらないけれど、ソウルジェムは新品同様に澄み切っている。
けれど魔女やその使い魔が現れる気配はなくて、代わりに妙ちくりんなイベントの準備が人知れず進んでいるらしい。

聖杯戦争。サーヴァント。令呪。透明なソウルジェム。
知識としては頭にしっかり染み付いていてびっくりするくらいだけど、気持ちの上ではいまいち受け入れきれていなかったりする。

だって、そうでしょ。
願いを叶えて、魔法少女になって、魔女とその使い魔と戦っていたと思ったら。
英霊なんてモノを使い魔にして、殺し合って、それから願いを叶えるなんて。
まるで逆だ。あべこべだ。順序がまるごとひっくり返ってる。

「さやかちゃん、一緒に帰ろ?」

仲のいい友達が笑顔で放課後のお誘いを持ちかけてくる。
正直に言うと、二つ返事で乗っかって遊びに行きたい。
もう戻れないと思っていた日々に頭のてっぺんまで浸っていたい。
けれど、今はダメだ。今のうちにやらなきゃいけないことがたくさんある。

「ごめーん、今日は用事あってさ。また今度ね!」

後ろ髪を引かれる思いで教室を出て、図書室に足を運ぶ。
まずは下調べだ。昔から己を知れば何とやら。
いつもなら絶対に見向きもしないタイプの本を何冊か手に取って、テーブルの上に積み上げる。




――Ophelia。ヨーロッパの女性名。
――日本語表記はオフィーリア、オフェリア、オフェリヤなど。

――ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物。
――父殺しの復讐を誓い狂気を装うハムレットの言動に心を痛め、ハムレットに誤って父を殺されたことで狂気に陥り、川に沈んで溺死した。




「うーん、有名人ではあるっぽいけど、やっぱり違うよね。馬になんか乗りそうにないし。他にオフィーリアって名前で有名な人とかいるのかな」

何冊かの本をめくってみたけれど、あたしの期待したような情報はどこにも乗っていなかった。
しょうがないので、こちらは後回し。暗くなる前にもう一つの用件を済ませることにする。

学校を出て、少しばかり南へ。まばらな住宅街の途中で立ち止まる。
何もないように見える空間に手を伸ばすと、指先が何かに触れて弾かれた。

結界だ。この見滝原は結界で外から切り離されている。
知識としては最初から知っていたけれど、直接確かめてみると本当に不気味だ。
しかも町の人達がそのことを全く気にしていない……というか気付いてもいない様子なのが更に気味が悪い。

「……やっぱり、おかしいよね、これ」

この見滝原は何かが違う。あたしが知っている見滝原じゃない。
だからあたしは、今の自分のことをこう考えている。
"この見滝原"にある見滝原中学校の美樹さやかというポジションに収まった、"こことは違う見滝原"の美樹さやかなんだと。

時間が巻き戻ったわけじゃない。カレンダーの日付だってあたしが覚えているのとはぜんぜん違う。
魔女が悪さをすることもない。キュウべぇの姿すら見かけない。

あたしは、頭の中にいつの間にか収まっていた、聖杯戦争とやらについての知識を引っ張り出してみた。

『透明なソウルジェムを手にした者は、見滝原に転移して聖杯戦争の参加資格を得る』
『現地で記憶を取り戻すことでマスターとして覚醒し、サーヴァントを召喚する』

透明なソウルジェムをどのタイミングで手にしたのかは、正直よく覚えていない。
他の記憶はしっかり取り戻しているから、思い出せないんじゃなくて、最初から記憶すらしていなかったんだと思う。
喩えるなら、帰り道に石ころを蹴飛ばしたことをいつまでも覚えていないようなものだ。
きっとその程度の"何気なさ"で手に入れてしまったんだろう。絶望に打ちひしがれて、周りのことが目に入らなくなっていた間に。

問題なのはそこじゃない。見滝原に転移して云々というあたりだ。
最初、あたしはてっきり『見滝原の外で透明なソウルジェムを拾った人は、見滝原に強制的に連れてこられる』という意味だと思っていた。
けれど色々な違和感を見つけていくうちに、その考えは間違っていたと思うようになった。

ここはあたしが暮らしてきた見滝原とは違う。
元々の見滝原はまた別にあって、そっちではきっとあたしはいなくなったことになっている。
ひょっとしたら体は置き去りにされていて"美少女女子中学生謎の変死"みたいなことになっているかもしれない。

「聖杯……ほんとに願いを叶えてくれるっていうなら……」

戻りたい。思い浮かぶ願いはそれだけだった。

でも、どこまで?
一体どこまでやり直したら満足できる?
願いすらもなかったことにする?

……頭の奥がズキズキする。考えているだけで吐き気がしそうだった。

そもそも、いくらなんでも気が早すぎる。
こういうのは取らぬタヌキの何とやらっていうのだ。
確かタヌキの別名ってマミっていうんだったっけ、とか、どうでもいいことまで考えまくって頭の中をリセットする。

まず考えないといけないのは、聖杯戦争を生き残る手段についてだ。
もしもあたしが戦いを拒否しても、この町のどこかにいる他のマスター達があたしを見逃してくれるとは限らない。
サーヴァントを失ったマスターでも、他のサーヴァントと契約して復帰できるわけだから、生きている限りは蹴落とすべきライバルなのだ。

まずは殺されないこと。生き残ること。それを第一に考えよう。
その過程で聖杯が手に入ったら、願い事はそのときに改めて考えよう。

「……とにかく、自分のサーヴァントのことくらいは理解しとかないとね」

周りに人がいないことを確かめてから、契約を結んだサーヴァントを呼び出す。

「出てきて、バーサーカー」

すると急に霧が辺りを包み込んで、人間離れした大きさのサーヴァントが目の前で実体化した。
歪んだデッサンの馬に乗って、赤い着物と大きな槍を身に着けていて、首の上には頭の代わりにロウソクが生えていて、めらめらと燃え上がる炎が髪のようになびいている。
……あたしには英雄というよりも魔女にしか見えない。
最初に現れたときも、魔女が出たかと思って身構えてしまったくらいだ。

「Ophelia……いろいろ調べてみたけど、やっぱりどっかの英雄とか有名人ってわけじゃないんだね。本当に……魔女だったりするのかな」

バーサーカーは何もしゃべらない。基本的にそういうものらしい。
だからこいつの正体も、何のために召喚に応じたのかもさっぱり分からない。

「ま! ほんとに魔女だったとしても、今はあたしの使い魔なんだし! きっちり働いてもらおーじゃありませんか!」

そんな風に空元気で強がってみても、バーサーカーは完全ノーリアクション。
魔女でも騒がしかったり活発だったりする奴はいるのに、こいつは静かに立っているだけだ。
放っておいたら霧の中をうろうろ歩き回っているだけなんじゃないだろうか、なんて思ってしまう。

「これじゃあ作戦会議もできないんだけどなぁ……まぁしょうがないか」

バーサーカーというクラスは強さがアップする代わりに魔力の負荷も大きくなるらしい。
一方こいつは、こうやって大人しくしている間は負担らしい負担も感じない。
それだけでも十分。あんまりあれこれ望み過ぎたらバチが当たるというものだ。

「それはそうと、召喚に応じたってことは、あんたにも願いがあるってこと?」

そんなことを尋ねてみたけれど、バーサーカーは何も答えない。
頭の代わりに生えている大きなロウソクの側面を、まるで私を見下ろすように傾けているだけだった。



【CLASS】バーサーカー
【真名】Ophelia
【出典】魔法少女まどか☆マギカ ポータブル
【性別】元々は女性
【身長・体重】共に不明
【属性】混沌・狂

【パラメータ】筋力A 耐久B 敏捷A+ 魔力B 幸運C 宝具B

【クラス別スキル】
狂化:B
 全てのパラメータをランクアップさせる。
 理性と言語能力は最初から持ち合わせていない。

【固有スキル】
幻術:E
 実体化している間はこのスキルによって必ず霧を発生させる。
 かつては高度な幻惑能力を持っていたと思われるが、それを駆使することはない。

使い魔:C
 女官の人形のような姿をした使い魔の使役が可能。
 周囲を斥候する先導タイプと、それによって召喚される通常タイプの二種類。
 理由は不明だが、バーサーカーが使い魔に接近することはない。

ドレイン:B
 使い魔が使用するスキル。射程は短く、至近距離の対象にしか使用できない。
 対象のサーヴァントが幸運判定に失敗した場合、パラメータをランダムに1ランク低下させる。
 このデバフはバーサーカーが現界している限り継続する。

武旦の魔女:A
 その性質は自棄。
 与クリティカル率と被クリティカル率が共に上昇する。

【宝具】
『別れを唄う紅き亡霊(ロッソ・ファンタズマ)』
ランク:B 種別:対人(自身)宝具 レンジ:- 最大捕捉:2体
 最大HPを除き、本体と全く同じステータスを持つ分身を生成する。
 同時に維持できる数は最大二体。魔力が続く限り再度の生成が可能。
 分身へのダメージは本体にフィードバックされず、消滅してもデメリットはない。
 サーヴァント三体相当の戦力による猛攻撃は対軍宝具の真名解放にも匹敵する。
 なお、バーサーカーが言語機能を持たないためか、この宝具は真名解放を必要としない。

【weapon】
体格相応のサイズの槍を振るう。

【人物背景】
武旦の魔女。その性質は自棄。
霧の中を虚ろな足どりで永遠にさまよい続ける魔女。
いつも傍らにいる馬が何だったのか魔女にはもう思い出せない。

ゲーム「魔法少女まどか☆マギカ ポータブル」で登場した新規デザインの魔女。
プレイヤーキャラクターや使い魔がフィールド1マス分のサイズであるのに対し、Opheliaは3×3の9マス分のサイズの大型エネミー。
他の魔女と異なり、ボス戦には使い魔が出現せず、魔女自身が分身してその代わりとなる。

ちなみに名前の読みは「武旦(うーだん)」「Ophelia(オフェリアまたはオフィーリア)」

【聖杯にかける願い】
不明。




【マスター名】 美樹さやか
【出展】魔法少女まどか☆マギカ
【性別】女

【能力・技能】
癒やしの力を持つ魔法少女。高い自己再生能力を持つ。
武器は片刃の剣。大量展開や変形などかなり多彩。

【人物背景】
本ロワの舞台のベースになっている「魔法少女まどか☆マギカ」の原作キャラクター。
詳しい設定は周知の事実ということで割愛。

マスターとなったタイミングは第8話で魔女化する直前。
このため、魔女が魔法少女の成れの果てであるという事実を知らない。
また、第8話までの時点で使用されていない裏設定的な魔法も当然知らない。
故にバーサーカーの宝具「ロッソ・ファンタズマ」の名を見ても、その正体を悟ることはない。

【聖杯にかける願い】
考え中。まずは生き残ること優先なので決めるのは後回し。
ただ、元に戻りたい、という漠然とした思いは抱いている。

【方針】
ひとまずは防戦メイン。
最終更新:2018年04月27日 13:56