「――――どうだ?」
青年――――衛宮士郎は、不安と期待をない交ぜにしたような声で問いかけた。
彼の視線の先には、また青年。
年の頃は、両者とも同じ程度であろう。
二人とも日本人であり、十代後半。高校生ぐらいの年齢だ。
彼らは今、座卓を挟んで向かい合っている。
丁度対面に座り、士郎が正面の青年に問いかけた形だ。
「セイバーの口に、合うといいんだけど」
セイバー……そう呼ばれた青年が、少し驚いたような顔をした。
僅かに茶色がかった髪。
白いシャツと紺のパンツの間を分けるような、赤い腰布が特徴的な青年だ。
「……ああ、うまいよ。自信持っていいんじゃないか」
言葉少なに、端的に。
しかしその顔は、嘘を言っているようにも見えない。
穏やかに笑い――――彼は、箸で摘まんだおひたしを口に含んだ。
「――――そうか。なら良かった」
その言葉に胸を撫で降ろし、士郎もまた食事を始める。
つまるところ、二人は向かい合って食事をしていた。
作ったのは当然、士郎だ。
幼いころから、家事に疎い義父の代わりに台所を担当してきた。
振舞った相手と言えば、義父と、姉貴分と、妹分と、後は友人ぐらいであったが……目の前の青年のお眼鏡に叶ったらしい。
「(やっぱり、好みってものもあるからな)」
料理の腕に関しては、それなりに自信を持っている。
だがそれはそれとして、彼の口に合うかというのは少しだけ不安があったのだ。
なぜなら――――彼は、普通の人間ではないのだし。
「ていうか、セイバーはやっぱ変だよな」
焼き魚をおかずに白米を咀嚼しながら、つぶやいたのはセイバーだ。
「ああ、うん……やっぱ、違和感あるよなぁ」
「サーヴァントはクラスで呼ぶものらしいけどさ。俺の場合、その辺の高校生とあんま変わんないだろ?」
セイバーは、士郎が召喚したサーヴァントだ。
ある日、土蔵での魔術訓練中に唐突に現れた。
唐突に表れ――――その時、士郎は全ての記憶を思い出した。
自分の生まれ育った街が見滝原などという街ではなく、冬木という街であったことを。
近所には姉貴分が住んでいて、学校には親友や後輩がいて。
そのような街に住んでいたということを、彼は思い出した。
そして――――聖杯戦争という魔術儀式に巻き込まれたことを、理解したのだ。
「まぁ、他のマスターなら、サーヴァントの気配でわかるんだろうけどな」
「刀も持ってるし、クラスもすぐにわかるだろうけど」
そう言って、セイバーは傍らに置いていた自らの刀に視線をやる。
刀――――刀だ。
現代日本に似つかわしくない、鞘に包まれた日本刀。
彼がセイバーである所以であり、証明であるそれ。
「じゃあやっぱり、名前で呼ぶことにするよ」
士郎は苦笑した。
セイバー……そんな珍妙な呼び名よりも、彼本来の名の方がよほど呼びやすい。
なにせ同じ日本人なわけなのだし。
……否。
厳密に言えば――――彼は、日本で育ったとも言い切れないのだが。
「ああ。悪いな。俺も、聖杯戦争にあんまり慣れてなくって……おい、笑ってんじゃねぇ」
ふと、穏やかに笑っていたセイバーが悪態をついた。
眉を顰め、言葉を荒げる。
……しかし、その視線は士郎には向けられていない。
視線の先は、自らの胸。
箸を握った手で、ドンと自らの胸を叩く。
まるで自分の胸の中の誰かと会話するかのような、奇妙な光景。
「……? どうしたんだ?」
「あ、あー、いや、な、なんでもない。ちょっと、な。ははは」
……怪しい。
妙に歯切れ悪く、照れたように笑っている。
もう少し追求してみるか、と士郎が口を開きかけたところで、セイバーは慌てて机の下に手を入れた。
「ほら、チコ! お前も飯食うか? 士郎の飯はうまいぞ!」
手の中にいるのは、白い鼠だ。
チコと呼ばれた小さな鼠は、鼻先をひくつかせながらセイバーの手の中を飛び降りて食卓のおひたしにかじりつき始める。
不衛生――――とは、言うまい。
彼(?)は、他ならぬセイバーの友なのだから。
「あー……次は、俺に飯を作らせてくれよ」
話題を逸らした自覚があるのか、大分気まずそうに硬く笑いながら、セイバーはそう切り出した。
「セイバーが?」
「ああ。俺、親父がズボラでさ。ロクに家事もしないから、俺が代わりにやってたんだ」
「ははっ。それじゃあ、俺と同じだな」
「士郎も? はは……お互い、適当な親父には苦労するな」
士郎の父――――切嗣は、ロクに家事も出来ない人間だった。
晩年は病気がちだったこともあり、輪をかけて。
幼い士郎は、これではいけないと進んで家事をするようになった。
掃除洗濯、炊事に家計簿。
主夫のような生活を、かれこれ十年近くは続けている。
「でも――――やっぱり、爺さんは俺の憧れだった」
ふと、士郎が表情を引き締める。
談笑の気配から、真剣な話へと。
「俺は、爺さんの代わりに……“正義の味方”になりたいんだ」
「…………」
正義の味方。
切嗣が諦めてしまった、遠い夢。
あの日、あの夜、士郎が受け継ぐと決めた夢。
「……だから、俺はこの戦争を止めたい。誰かの願いをかなえるために誰かが死ぬなんて、間違ってる」
聖杯戦争……記憶の流入と、セイバーの話から、それがおよそどういうものであるかは聞いている。
魔術師と英霊が主従となり、生き残りをかけて戦うバトルロイヤル。
時に市民を巻き込んで殺し合い、勝者が願いを叶える最小にして最大の戦争。
それが、聖杯戦争だ。
それが、士郎が巻き込まれたものだ。
……ならば、士郎はそれを止めねばならない。
切嗣の目指した正義の味方というのは、そのようなものであるはずだから。
「改めて……力を貸してくれるか?」
真っすぐ、士郎はセイバーを見た。
セイバー。剣の英霊。
士郎と共に戦う、自らの従僕。
「……ああ。当たり前だろ」
セイバーは一瞬、眩しいものを見る様な視線を向けた。
羨むような、懐かしむような視線を。
しかしすぐに、彼もまた真っすぐに士郎を見た。
意志の強い、剣士の瞳で。
「俺の――――“胸ん中の剣”にかけて。俺はお前の力になるよ」
セイバーの親指が、自らの胸を指す。
……そこに、何かがあるのだ。
士郎はなんとなく、そのことを理解する。
何か、大事なもの。
士郎が持つ、切嗣との思い出のような。
大切なナニカが、彼の胸の中にある。
それがなんだか、妙なぐらいに安心できた。
「ありがとう。よろしくな――――――――――――九太」
ちう、と。
白鼠が、小さく鳴き声をあげた。
【CLASS】セイバー
【真名】九太/蓮@バケモノの子
【属性】中立・善
【ステータス】
筋力C 耐久D 敏捷C+ 魔力D+ 幸運B 宝具EX
【クラス別スキル】
対魔力:B
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
騎乗:D
まったくできないというわけではないが、さほど得意というわけでもない。
クラスによって最低限担保されている程度。
【保有スキル】
子鴨の見切り:A+
類まれなる学習能力及び観察眼。
培った経験から相手の行動を先読みし、対応することができる。
初見の相手であっても突破口を見出すことが可能だが、当然相手の行動を観察するに越したことはない。
よく観察した相手であれば、足音だけで動きを完全に把握・先読みする。
『心眼(真)』と『心眼(偽)』の複合亜種スキル。
魔力放出(炎):D
宝具の副次効果。
武器に炎を纏わせ、自在に操る。
心の闇:-(B+)
ニンゲンが心の中に飼っている闇。
セイバーの中に巣食う負の感情が増幅するごとに深く大きく広がっていく。
同時に強力な念動力を獲得し、闇が広がるほどに出力が向上する……が、現在は二種の宝具によって封印されているスキル。
【宝具】
『心剣・付喪熊徹(しんけん・つくもくまてつ)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大捕捉:1人
セイバーの心の中に存在する『神剣』。
極めて低級ながら文字通りの神霊であり、同時にセイバーと神剣の心象風景が融合してできた固有結界そのもの。
通常はセイバーの心象風景の中で熊の獣人『熊徹』として存在し、セイバーの行動に時折口出しする。
真名開放と共に神霊としての権能を解放し、剣の形をした固有結界としてセイバーの手の内に顕現する。
その姿は燃え盛る大太刀。
切り裂く物は心の闇。
負の感情やしがらみを断ち、それらに由来する異能や魔性を打ち砕く信念の剣。
セイバーの中にある物を抜き放つだけであるため、魔力消費は驚くほど少ない。
……ただし、神霊及び固有結界の常として世界から排斥される運命にあり、顕現できるのは真名開放の一瞬のみ。
『心獣・白鼠(しんじゅう・チコ)』
ランク:E 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
セイバーと常に共にいる小さな鼠のような獣。
特に強力な異能は持たないが、セイバーの心の癒しとなり支えとなる。
この獣はセイバーの亡き母の魂であり、彼を支える母性の化身なのである。
【weapon】
『無銘・刀』
特に特筆すべきこともない日本刀。
怪力のバケモノの膂力による使用にも耐えられる程度には頑丈。
【解説】
バケモノの街、渋天街で育ったニンゲンにして渋天街随一の剣士。
幼少期に両親が離婚し、母親と二人で暮らしていたが、9歳の頃に母親が急死。
親戚に引き取られるのを嫌い逃げ出し、紆余曲折あってバケモノの街『渋天街』に迷い込んでしまった。
暴れん坊のバケモノ熊徹に拾われ、彼の弟子として育つ。
当初はひ弱であったが観察の才能があり、次第に武術の達人として立派に成長した。
青年となった後は偶然人間界に戻る道順を発見し、勉学を志すなどする。
やがて、心の闇に囚われ怪物となった青年・一郎彦を倒すべく奔走。
窮地に陥るも、神になる権利を得た熊徹が剣の付喪神となったことで九太を支援し、一郎彦の心の闇を討ち果たすことに成功する。
その後、九太は自らの心に父・熊徹を宿し、人間界に戻った。
そして二度と、彼が刀を手に取ることは無かった。
本来の名は『蓮』なのだが、名乗りを嫌ったために熊徹に『九太』と命名されている(九歳であることに由来)。
【サーヴァントとしての願い】
とくになし。
ただ、9歳から17歳までの間をバケモノの世界で過ごしたこともあり、現世の暮らしに強い関心を持っている。
【マスター】
衛宮士郎@Fate/stay night
【能力・技能】
二十七本と、代続きしていない魔術師としては比較的多めの魔術回路を保有しているが、魔術の腕は壊滅的。
満足に使えるのは構造解析の魔術程度で、あとは成功率の低い強化魔術と、ガワしか作れない投影魔術しか使えない。
その構造解析ですら「非効率的」と言われるものなのでもう本格的にへっぽこ。
弓が抜群にうまい他、身体能力もそこそこ高い。
体内に聖剣の鞘が埋め込まれているが、聖剣の担い手が現界しない限りは無意味。
【weapon】
固有の武器は持っていない。
陣地として『衛宮邸』を保有。
本格的な日本家屋で、外敵の侵入を知らせる結界が張られている。
【人物背景】
正義の味方を志す青年。
冬木市で開催された、第四次聖杯戦争の余波である大災害の数少ない生き残り。
魔術使い衛宮切嗣の養子となり、彼の「正義の味方になる」という遺志を継いで魔術使いとなった。
彼を突き動かすのは亡き養父との誓いと、「大災害で唯一生き残ってしまった」という意識。
生き残ってしまった自分は、その分誰かのために何かをしなければならないという強迫観念にも似た義務感である。
その結果、人助けのみを生きがいとする破綻者が誕生した。
彼は無私の善人のようにも見えるが、その実それ以外の生き方を選べない、機械のような存在と言っていい。
黙々と誰かのために尽くし続け、そして大災害から10年後。
少年は運命と出会うのだが――――その直前に、今回の聖杯戦争に招かれた。
【聖杯にかける願い】
とくになし。
聖杯戦争における犠牲を可能な限り減らす。
最終更新:2018年04月28日 13:51