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「ああ……どうしよう………」
金髪の女子高校生が『制限時間まで完食すれば無料(タダ)!』とアオリに出しているラーメンを5杯ほど平らげて
店主から「当分ウチには来ないでくれ」と宣告される数分前。彼女は机に突っ伏していた。
決して満腹感による不調じゃあなく。
聖杯戦争の知識を得た。
否、本来あるべき自分の記憶を取り戻したことで、彼女は途方に暮れていた。
どうしようもない感情を解消するべく、彼女はメガ盛りラーメンに挑戦していたものの。
食欲が湧かない(これでも)と実感していた。
「早く帰らないと―――殺される」
聖杯戦争で命を落とすよりも、聖杯戦争に巻き込まれ元居る世界から離れた事に焦りを感じている。
そんな彼女の名は『
桂木弥子』。
アチラ側じゃ女子高生名探偵と肩書きが定着しつつある人物。
だが、弥子自身に推理力は皆無なのである。
謎解きの方は、謎を喰らう魔人が主に担当しており、彼女はただのペテンな囮でしかない。
サド魔人に一体どんな事をされてしまうのか。想像するだけで恐怖だ。
「テレビを見てたら絶対思い出せたはずなのに……カキフライ200個食べるまで気付かなかったなんて」
『マスターは面白い奴だよなあ』
「ううん。面白くなってるつもりはないよ」
溜息しながら否定する弥子は、常に青ざめていた。念話で声をかけてくる弥子のサーヴァント・アーチャー。
今は霊体化の状態で姿は見えないが、何と言うか……魔女っ子。
少女なのだけど、男っぽい口調で典型的な黒帽子に白エプロンと黒スカートを着こなす。
彼女曰く『普通の魔法使い』。真名は――
霧雨魔理沙と言った。
……が。
あくまで『普通』というのは彼女の世界観における『普通』でしかなく。
魔理沙のいる世界には、妖精から妖怪、吸血鬼、幽霊、あげくに神様まで何でもござれ。
ウワサに聞く時間泥棒に関しても「時を止める程度の奴もいたから、どうにかなると思うぜ」と平然に。
変にドヤって自慢げでも、不自然に警戒する様子でもない。
魔理沙にとっては『可笑しくも特別でも不思議なんかじゃあない』程度に、普通な態度で答えた。
住む世界が違う――それを文字通り体現したかのような存在であった。
ふと、例の宝石を眺める弥子。
ソウルジェムと呼称されるソレがおとぎ話に登場する『聖杯』に変貌する代物。
何でも願いが叶う……
聖杯戦争は謎に満ち溢れていた。
会計を済ませて、もう残金がヤバイとぼんやり思いながら弥子は帰路につく。
時刻は夕日が沈み切ろうとする頃合い。
霊体化している状態だが、アーチャーも一緒に来ているのかな。と不安に感じながらバス停に向かう。
そもそも何故、聖杯戦争をやろうとしているのか?
主催者側に利益がなければ、こんな大それた舞台だって用意しないだろう。
どうして自分が聖杯戦争のマスターに選ばれたのか?
確かに『普通』の領域から踏み出しているから、それが理由だと言われれば納得してしまう。
弥子がバス停にあるベンチに座り、携帯でニュースに目を通す。
意気揚々と楽しんでいる姿が想像できる『怪盗』と
心ではなく脳を揺らし感動を与える『歌姫』と。
彼らに対して弥子は沈黙していた。―――あの魔人はいないのだ。解決するのは自分の力だけ……
「どうしよう」
悩んでいた。
聖杯戦争に対する方針じゃあない。彼女は聖杯の獲得ではない、聖杯戦争の謎に挑もうと考えていた。
勿論、彼女は推理など出来ないに等しいが。
それでも聖杯戦争にある『謎』を解き明かさなければ、きっと後悔すると確信していた。
故に――どうしたらいいのか途方に暮れていた。
聖杯戦争の開幕を告げる主催者の言葉を聞けばヒントが得られるのだろうか。
「あの、どうかされましたか?」
弥子の呟きを聞いていたのか、通りかかった女性が一人声をかけてきた。
我に返って少女は「大したこと無いです」と答える。
「個人的に解決しなくちゃいけないっていうか……自分自身の問題みたいなものなんで」
「そうですか……」
女性は納得したかのような反応したものの。しばしの間を置いてから
「でも、誰かにお話した方がいいと思いますよ。独りで抱え込むよりも、ずっと良い筈です」
「うーん。居ればいいんですけど」
せせ笑って弥子は誤魔化す。
無理だし、無駄だし。
聖杯戦争の話なんて一体誰に相談すればいいのか。相方であるアーチャー・魔理沙を除いて、だ。
テスト勉強を付き合ってくれる友人のような、気軽な存在は見滝原に居ない。
少なくとも現時点では……果たしてマスターの中に、そんな人達がいるのだろうか。
一方で、女性の方は勝手に喋り続けたのだ。
「私も……そうだったんですよ。私………実は万引き常習犯みたいなもので……」
「……え?」
「本当に……恥ずかしい話です。仕事とかプライベートでストレスが溜まったり、ムシャクシャすると衝動的に
癖とかじゃあなくって、私が思うに『病気』なんです……どうしようも出来なくて……」
「…………」
弥子は彼女に振り向くと、既に不安や哀しみに満ちた女性はそこになかった。
女性の様子は、むしろ何か『救われた』ようだった。
「でも、あの御方に出会って……世界が変わった。私は自分自身が嫌で仕方がなかったけど、でも
『それでいいんだよ』とあの御方は私を拒絶も否定もしなかった………」
弥子が今まで遭遇した『悪』ではない。
彼女自身の在り様はまるで芯のある悪とは違って、悪という糸で操られている人形であった。
弥子の感覚に頼るならば
ここに彼女の意志も、芯もない。空虚な【がらんどう】。彼女は『ただ勝手に救われている』。
女性が語り終えるとチラシのようなものを弥子に差し出す。
「もし興味がありましたら是非こちらに。今度の火曜日に集会が行われます」
恐る恐る弥子はチラシを受け取ると、夢から醒めたように女性は「私はこれで」と立ち去ってしまう。
やや遅れて、念話で魔理沙が「宗教勧誘か?」と珍しくない風に呼びかける。
まあ、一種の宗教染みている。弥子は一つのウワサを脳裏に浮かべた。
――悪の救世主……
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
憎しみを天に享くるすべての邪悪は、その目的非を行うにあり
しかして、いっさいのかかる目的は、
あるいは力により、あるいは欺瞞によりて他を苦しむ。
ダンテ 「神曲-地獄編十一曲」
最終更新:2018年05月02日 23:42