見滝原の一角にレトロな喫茶店が佇んでいる。
知る人ぞ知ると評判のその店は、とある理由から客層がひどく偏っていると評判だった。

店長は長身美形の外国人。日本語は堪能だが、接客態度は唯我独尊の一言で、客に媚びるという発想そのものが存在していないとしか思えない。
それでも一部の女性客からの人気は高く、傲岸不遜に扱われたいという層の客足が絶えない。

店員は黒髪長髪の女子高生。見た目は可愛らしいが、言動の端々に嗜虐性が滲み出ていて、息をするように慇懃無礼な罵倒が飛び出してくる。
それでも一部の男性客からの人気は高く、豚のように扱われたいという層の客足が絶えない。

そこは知る人ぞ知るレトロで小さな喫茶店、喫茶Sanctuary(サンクチュアリ)――
誰が呼んだかドS喫茶――








「――というのが、このお店の評判らしいんですけど」

営業中、桜ノ宮苺香は店長役を務める自身のサーヴァントにひそひそとささやきかけ、抗議混じりの視線を向けた。
まるで侮蔑と嫌悪を剥き出しにしたかのような目付きだが、本人にそんなつもりは全くない。
本当は真面目で礼儀正しく優しい性格なのだが、何かと目付きが悪くなって見下しているような表情になってしまう癖があるだけである。

「ほう」

桜ノ宮苺香が図らずも召喚してしまったサーヴァント・アサシンは、紅茶を淹れる準備を進めながら、意外だと言わんばかりに視線を下げた。
苺香とアサシンの身長差は三十センチ以上もあり、ただ会話するだけでも見上げ見下ろす位置関係になってしまう。

腰まで届く豊かな長髪。一九〇センチ一歩手前の長身。バーテンダー風の制服越しでも分かる、しなやかに鍛え抜かれた肉体。
普通の一般人だとは思えない見た目だが、かといってサーヴァントとかいう人外の存在にも見えない。
アサシン本人は気配遮断スキルの効果が出ているんだろうと言っていたが、苺香にはいまいちピンとこなかった。

「俺はともかく、マスターに関しては的確な評価だと思ったが?」
「マスターさんの方こそー……」

お互いにマスターと呼び合う奇妙な応答だが、もちろんそれぞれの言う『マスター』の意味合いは別物だ。
苺香からアサシンへの呼びかけは喫茶店のマスターという意味。
アサシンから苺香への呼びかけはサーヴァントの契約者としてのマスターの意味。

苺香自身もややこしいとは思っている。だが『店長さん』という呼び方は使いたくなかった。
その呼称は、苺香にとって喫茶店スティーレの店長であるディーノを呼ぶときの言葉だ。
ちなみに、拠点として喫茶サンクチュアリを使うと決めた当日、苺香はそのことをアサシンに伝えたのだが、アサシンはびっくりするくらいにあっさりとそれを了承した。

「現に今日の客もお前目当てだろう。そら、持っていけ」

アサシンは適度に蒸らした紅茶をカップに注ぎ、トレーに乗せて苺香に押し付けた。
文句は言い足りないが仕事が優先。苺香は常連客のテーブルまで紅茶を持っていき、いつものように接客をした。

「いつもありがとうございます。お暇なんですね」

そして本人としては自然に笑ったつもりの、見下しているとしか思えない笑顔。
発言内容すら無意識のチョイスという天然ぶりに、常連客の満足度もうなぎ登りのようだ。

「な?」
「な? じゃないです! スティーレみたいにわざとやってないはずなんですけど……」

苺香は思わず頭を抱えた。
元の世界で苺香が働いていた喫茶店スティーレでは、店の方針として特定のキャラ付けを演じて接客することになっていた。
そして苺香の担当は「ドS」キャラ。意識せずとも浮かぶサディスティックな笑顔と、時たま飛び出す天然の嗜虐的発言でなかなかの人気を博していた。

一方、こちらの世界で拠点としている喫茶サンクチュアリは、そのような変わり種の営業方針を採用していない。
なので苺香としては、あくまで自然体の接客をしているつもりだったのだが、何故か客層の半分がスティーレのときと変わらなかった。
しかも残りの半分は女性客なので、男性客のほとんど全てがそういう方向性ということになる。

そうこうしている間に、扉のベルがカランカランと音を立てた。
入ってきたのは女性客の一団。どうやら今度は店長目当ての客のようだ。

「来たか。適当に座っていろ。要求があればそこの小娘に言え」

客を客とも思わない対応に黄色い声が上がる。
苺香には全く理解が及ばなかったが、世の中にはこういう対応への需要もあるらしい。
スティーレの店長のディーノや同僚達が言うところの『俺様系』というものだろうか。
しかも完全に素の対応だというのが恐ろしい。それを指摘すると「人のことを言えた口か」と言われるので黙っているが。

「ええと、次のお客さんは……」

そのとき、店の隅の席で椅子が大きな音を立てて倒れた。
客同士のトラブル、それも男性客が女性客に無理に言い寄っているようだ。
ほとんど全てが苺香目当ての男性客のうち、それと知らずに入ってきた新規客を除いたごく一部の例外――それがこの手の迷惑客だ。

「マ、マスターさん……!」

苺香は自分の手には余ると判断してカウンターの方に振り返ったが、そこにアサシンの姿はなかった。

「その手の行為に及びたいなら、他所を当たることだ」

迷惑客の体が宙に浮かぶ。いつの間にか隣に移動していたアサシンが、大の大人を片手で軽々と持ち上げていた。
そして、忍び込んだ野良猫の首を掴んで追い出すように、男を腕一本の力だけで店の外に放り出してしまった。

アサシンの人間離れした腕力を見るのはこれが初めてじゃない。
以前、サーヴァントになったからそんなに力持ちなのかと聞いてみたことがある。
けれど、答えは|否《ノー》。人間として生きていた頃から、アサシンは人間離れしていたのだという。








 夕方の閉店後、苺香が店内の掃除を終えたところで、バーテンダー服姿のアサシンが不意に声をかけてきた。

「そろそろ覚悟は決まったか?」
「……っ!」

 喉に言葉が詰まる。アサシンは召喚されたその日にも同じ問いを投げかけてきて、そして苺香はそれに答えることができなかった。

 覚悟。それが意味するところは一つ。聖杯戦争の参加者として戦いに身を投じる覚悟のことだ。

「お前に戦う覚悟がないのなら、俺は戦わん。襲ってくる輩を返り討ちにする程度のことはしてやるが、それ以上は期待するな」

 もちろん、ごく普通の少女に過ぎない苺香が首を縦に振れるはずなどなかったが、アサシンは冷たくこう言い放つだけだった。あのときも、そして今も。

 そもそもソウルジェムを拾ったことだって偶然なのだ。こんなことになると分かっていたら拾わなかったに決まっている。

「ご、ごめんなさい……」
「謝罪の必要などない。これはお前の問題だ。サーヴァントという名の武器を振るう決意を固めるか、武器を置いて諦めるか。ただそれだけだ」

 アサシンの言葉に失望の色はない。苺香が未だにためらうのも想定内といった態度だ。

 そしてアサシンは、召喚された日と同じように、強い自信に裏打ちされた不敵な笑みを浮かべるのだった。

「お前が戦うというのなら、たとえ神が相手だろうと戦い抜いてやろう。この双子座(ジェミニ)のアスプロスがな!」


【CLASS】アサシン
【真名】アスプロス
【出典】聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話
【性別】男
【身長・体重】188cm・83kg
【属性】混沌・中庸

【パラメータ】筋力B 耐久C 敏捷A+ 魔力B 幸運C 宝具A++ (通常時)
【パラメータ】筋力A 耐久B 敏捷A++ 魔力A 幸運B 宝具A++ (宝具装備)

【クラス別スキル】
気配遮断:C-
 サーヴァントとしての気配を断つ。
 戦闘態勢に入るか、宝具『黄金聖衣』を装備した時点で効果が失われる。
 本人の気質に合わないため、戦闘で活用することはあまりない。

【固有スキル】
幻朧魔皇拳:A+
 対象の脳を直接支配する魔拳。
 洗脳や催眠術、幻覚など幅広い効果を発揮する。
 受肉しているのであれば神霊にすら有効。

戦闘続行:C++
 往生際の悪さ。
 心臓を貫かれてもなお意識を保ち、最期の幻朧魔皇拳を自らに放った。
 その執念は冥界に墜ちても消えることなく、冥王との取引による蘇生を勝ち取るに至った。

心眼(真):A
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
 逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

己のために:A
 強靭極まる自我。善でも悪でもなく、ただ「我」があるのみ。
 宿命的な戦いの末に至った、あるいは取り戻した精神性。
 サーヴァントとしては精神干渉に対する強い耐性として機能する。

【宝具】
『黄金聖衣(ゴールドクロス)』
ランク:A 種別:対人(自身)宝具 レンジ:0 最大捕捉:1人
 女神アテナに仕える戦士の中でも最上位の十二人に与えられる鎧。
 黄道十二星座を象徴し、神話の時代から連綿と太陽の光を浴び続けたことで、膨大な光とエネルギーが蓄積されている。
 装着者の小宇宙を高める効果があり、着用中は全パラメータが1ランクアップする。
 防具としての強度も凄まじく、完全破壊には高位の神霊クラスの威力が必要。

『異界次元(アナザーディメンション)』
ランク:A+ 種別:対次元宝具 レンジ:1~10 最大捕捉:50人
 次元操作能力により標的を異次元空間に転送する。
 本来は攻撃技だが、亜空間を経由しての移動方法としても利用できる。
 また、応用次第で相手の時空間干渉に対抗することも可能。
 これによって、アサシンは刻の神による時間停止を無効化した。

『銀河爆砕(ギャラクシアンエクスプロージョン)』
ランク:A++ 種別:対人・対軍宝具 レンジ:2~15 最大捕捉:100人
 双子座の聖闘士の奥義。銀河の星々をも砕くと謳われる。
 絶大な破壊力を誇るアサシン最大最強の攻撃手段。
 同名の奥義を歴代の双子座の黄金聖闘士が習得しており、形式や構えには多少の差異が存在する。
 アサシンも両手での発動と片手での発動を自在に使い分けられる。

【weapon】
聖闘士は原則的に武器を使用しない。

【人物背景】
THE LOST CANVASにおける双子座の黄金聖闘士。
ストーリー中の活躍は各種wikiが詳しいのでそちらを参照。
ドヤ顔が似合う聖闘士ぶっちぎりナンバーワン。
本編含む全ての関連作品で双子座は最強格だが、やりたい放題っぷりでは間違いなく歴代トップ。
時間神カイロスの時間停止を無効化した際に、1700年代半ばの舞台設定なのに特殊相対性理論や光速度不変の原理を持ち出したのはその好例。
聖闘士星矢シリーズのファンなら「『神の道』を自力で開いたうえ、そこに敵を押し込んで消滅させる攻撃手段に使った」というのもわかりやすいか。

アサシンのクラスで召喚されたため筋力と耐久がやや低下している。
教皇暗殺未遂の件と、殆ど誰にも知られることなく神殺しに準ずる大戦果を挙げたことから該当するものとした。
黄金聖衣以外の宝具の漢字表記は、別作者の作品における双子座のサガの技名からの流用。

【聖杯にかける願い】
現時点では不明。マスターの戦う意志に任せている。




【マスター名】 桜ノ宮苺香
【出展】ブレンド・S
【性別】女

【能力・技能】
特になし。基本的にただの女子高生。

【人物背景】
16歳。身長156cm。真面目で礼儀正しい性格だが、無意識に目付きが悪くなってしまったり、天然でドSな発言をしてしまうことから、周囲から誤解されやすい。
そのせいでバイトの面接に連戦連敗していたところ、黒髪ぱっつんのビジュアルと天然ドSな性分を店長に一目惚れされ、喫茶店スティーレで働くことになる。

実家は純和風の豪邸で、着物が家族の普段着なほどだが、そんな家庭で育ったせいで幼くして和風に飽き、海外に対して強い憧れを抱いている。
そもそもバイト先を探していたのも海外留学の費用を貯めるため。

【聖杯への願い】
なし(そもそも戦う覚悟すら固まっていない)
最終更新:2018年05月04日 18:38