.
アラもう聞いた? 誰から聞いた?
徘徊するモナ・リザのそのウワサ
有名な絵画『モナ・リザ』。彼の絶世の微笑を浮かべる彼女が
近頃、この町に姿を現れたってあちこちで目撃情報多数!
だけどよく考えてみて? 本物の『モナ・リザ』は日本にはない。
それが偽物の『モナ・リザ』だって気付かないと大変!
絵画を元にした恐ろしいモンスターじゃないかって
見滝原の住人の間ではもっぱらのウワサ
ビューティフォー!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「そうだとも! 改めて自己紹介しよう。クラスはキャスター。真名は『
レオナルド・ダ・ヴィンチ』。
喜べ、マスター。今からは、きみだけのダ・ヴィンチちゃんというコトさ!」
当たり前の話だが『モナ・リザ』が英霊として召喚される可能性は、まさしく奇跡が起きなければ叶わないのである。
しかし、モナ・リザに近しい。
……ぶっちゃけると彼女を描いた人物。レオナルド・ダ・ヴィンチ。
彼こそがサーヴァントに成りえる逸話と偉業を保有する。
即ち、モナ・リザの正体はレオナルド・ダ・ヴィンチ………正しくは自らの肉体をモナ・リザに再設計した新手の変人だった。
してやった。
そう言わんばかりの陽気なダ・ヴィンチの告白に対し。
どこぞの携帯恋愛小説じみた熱っぽい言葉を口走っていた『普通の』サラリーマンらしい彼、
吉良吉影は思わず「は?」と
驚愕と困惑を表情に顕わにし、状況を理解すると爪を齧りながらブツブツと独り言を繰り返す取り乱しようは
ダ・ヴィンチも、思い出すだけで微笑ましかった。
結局、彼の動揺が眺められたのは、しばらくの間だけだったが。
相変わらず視線は手元に向かうし、会話もごく普通に交わすのだが。嗚呼、コイツは本当に中身なんて見てないんだな。
ダ・ヴィンチでさえも納得させてしまう。吉良吉影という男は性癖に忠実だった。
手フェチ。
砕けた表現ならばソレ切りで済ませる程度。
ダ・ヴィンチは、そうは感じていない。
直感の類に近い感覚。幾度か会話と交わして彼……否、彼女が素直に捉えた印象を伝える。
「私が思うに、きみは相当出来る奴じゃあないかい。出世どころか、一般職に落ち着いているのが不思議だね」
最初、彼女の指摘を吉良は適当に受け流した。それは錯覚だよ、と。
どうだかな? ダ・ヴィンチは意味深めいた微笑を浮かべた。
独身故に自炊も家事も手際よくこなすし、キッチリ定時になったら問答無用に規律良く帰宅する。
出世コースとは無縁に脱線した在りよう。
格別彼自身の趣味趣向に金と時間を費やす様子もない。
就寝時間も起床時間も、スケジュール通り。日々のルーティーンも乱れは無い。定められた枠に収まった普通の生活。
―――だからこそ『異常』だった。
全てが完璧たる人間はいない。
ダ・ヴィンチの肉体美が絶対的でも、根本の発想が凡人とかけ離れているように。
普通の人間が、普通であり続ける事は不可能なのだ。
「きみ自身の『欲』が見えないのは異常だよ。本当にきみは聖杯を諦めるつもりなのかな?」
やれやれと表情で訴えながら吉良は、漸く答える。
「以前、君に伝えた通りだよ。私は平穏で静かな生活を望んでいるだけさ……どうしても何か願えと言うなら
この先。私自身の『平穏』を保証することを願うだけだね。出世には……興味ない。
正しくはそれが『ストレス』に変わってしまって『平穏』から脱線するからだ」
機械的な定められた生活を強いる事に精神の安定を求めている。
彼の姿勢は、決して充実した幸福感で満たされているか。それこそ凡人には理解不可能な領域。
が。
ダ・ヴィンチだけは世界的有名な顔に不敵な笑みを作った。
「いいや、違うな」
彼女による明確な否定を断言された時。男の邪悪な眼光がギロリと蠢く。
「きみの場合は『目立つと都合が悪い』んじゃあないかい。『人に知られたら不味い事』とか……
例えば――そう………『人を殺している』……とか?」
腹を探る様に問いかけるダ・ヴィンチ。
双方に沈黙が保たれた後、深く長い溜息をついた吉良は平静に、格別顔色一つ変えず。
「随分と面白い発想だが……私は君が期待しているほど特別な人間じゃあないよ。残念ながらね」
疑惑の話題を逸らすように、返事をしたのだった。
まあ、そう答えるしかないだろうな。とダ・ヴィンチは微笑む。
同じ様子で平然と人間の一人や二人、殺せるだろうと想像しながら。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
アラもう聞いた? 誰から聞いた?
孤独の歌姫のそのウワサ
あまりに美し過ぎる美声で、世界を魅了する歌姫
聞く人を感動させるだけじゃなく、失神だってしちゃう
彼女の力を持ってすれば人間は皆降伏して
動物や植物まで引き寄せるかも!?
日本の総理大臣も彼女の歌の虜になっているって
見滝原の住人の間ではもっぱらのウワサ
アメイジング!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
どうやら聖杯戦争開戦の号令は『まだ』らしい。
曖昧なのは明確な日時を参戦する主従たちに、一切誰にも告げられていないからだ。
時間の猶予があるか否かで、戦況は大分変化するだろう。
特にキャスターの場合。
猶予があるなら陣地の作成を主として、三騎士相手の準備を整えられる。
逆を言えば、下準備なしで格上に挑むのは、それ相応の宝具を持ち合わせなければ難しい。
最も、ダ・ヴィンチの場合は別の目的がある。
何故、胡散臭い吉良吉影のサーヴァントで居続けるのか?
それは『ソウルジェム』。聖杯戦争の根本。
ダ・ヴィンチの場合、ソウルジェムを解析したのだった。
結論から述べると、確かにソウルジェムは英霊の魂を保護・保管するに最適な小規模の聖杯の器。
精巧な美しい宝石の設計はまさに完璧だ。
……あまりに完璧過ぎる。元より『魂』の保管に使用され続けてたかのように。
それを示唆する補強部分をダ・ヴィンチが発見していた。
前提として本来は魂一つ。
否、在る程度の魔力めいた……エネルギーが充満すればソウルジェム事態が『内側』から破壊される仕組みだ。
雛が卵を割って産まれるように。
このような技術を持つ存在が、一体どうして聖杯戦争を招いたのか。
彼女は見過ごす訳にはいかなかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
アラもう聞いた? 誰から聞いた?
大食い探偵のそのウワサ
デカ盛り専門店からバイキングまで
全部が食い尽くされていたら、きっとそれは大食い探偵のシワザ!
でも探偵だから、ちゃんと推理はするらしい?
犯人は、まるで彼女に見透かされてる気分になるとか
神出鬼没で飲食店はてんわやんわって
見滝原の住人の間ではもっぱらのウワサ
ハングリー!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
吉良吉影は本当の意味で、普通のサラリーマンだった。
見滝原で秩序的に続けている日常を、元いた世界でも繰り返すような、ごく平穏な独身男性。
ダ・ヴィンチが睨んだ通り。
出世しようと思えば、可能な実力は秘めており。
一つの分野に特化すれば名を残す才能を隠している。
だが、平穏な生活と無縁な世界を意図して回避に徹底し、現在の生活に落ち着いている。
そんな人間。
たった一つ。
殺人癖を除けば
よくある話かもしれない。
三大欲求に殺人が追加してしまった歪んだ人間。平穏を愛するのに対し不釣り合いな性。
美しいと感じた女性の手を『切り取って』。
恐らく40人ほどは殺しただろう。
あくまで切り取った女性の数であって、排除してきた人間に関しては数えてすらいない。
……だがそれも性癖の問題に過ぎない。
吉良吉影は一刻も聖杯戦争から逃れたいと切に願う一般人。
聖杯に『平穏』を願う必要は、これっぽっちも考えちゃいなかった。
彼は別に願わなくとも自らの力で成し遂げた方がマシだと、殺人鬼ながら感じている。
自分だけが、聖杯を使おうなど……それこそ第三者から恨みや因縁を買われそうだった。
だけど。
一つだけでも良いならば平穏より―――『彼女』を切り取って杜王町に帰りたい……
最終更新:2018年05月07日 23:40