次元断層(と言うらしい。ティムが勝手に名付けて満足していた)に飛び込み、意識がふらりと抜けた。
その次の瞬間には、見知った場所――最初に集められた体育館のような場所に立っていた。
「ここは・・・」
しかし、違った。
その場所は"決定的に何かが違った"。
リレッドが殺された痕跡も無ければ、あの時のような意味不明な無機質な感じもしない。
アステリアはつばを飲み込み、周りを見渡す。
瞬間、このゲームが始まる時の再現するように、ステージの照明が点いた。
特設ステージのそれと同じく、ガシャンと音を立ててライトアップされるが、それを観たアステリアに驚きの表情は無かった。
まるで、既にそうなる事を知っていたかのように。いや、実際知っている。
ぱち、ぱち、ぱち。
シンと静まり返る空間に、乾いた拍手が鳴り響いた。
勿論アステリアがそれをするはずもなく、先程ライトアップされた場所が発生源であることは言うまでもない。
そこに立っているのは、やはりゲーム開始時と同じように、2人。
金髪長身のセンライと、背丈はティムと同じ(というよりも瓜二つだった)総帥と呼ばれる少女。
手を叩いていたのは、後者だった。
「驚いたよ。ここまで来るとは正直思ってすらいなかった。
何がどう転がるかなんて分からないものだな、なあセンライ」
「ええ、そうですね。そして参加者の戦いぶりも"観戦"させてもらった」
実に良かった、と満足したような表情をしながら、金髪をふわりとなびかせるセンライは言った。
アステリアはステージの上の彼女らを見上げながら、動かない。
「さて、仇討と来るか? 義姉の、参加者の、関係の無い人々の。
私は兎も角、センライは半端ではなく強いぞ。お前一人程度では、手も足も出ないだろう。
・・・いや、その表情、何か企んでいるな。まあいいけどな。ディアナがお前を推したのには理由があるのだろう」
カイトしゃんだったらよかったのに、なんてこっそり呟く総帥は、一瞬だけ女の子な表情をしたが、すぐに顔を元に戻した。
アステリアとの距離は20mは離れている。アステリアはここに来た時の場所から、一切動いていない。
しかし、ここでようやくアステリアは口を開く。
「全てディアナお義姉様から伺いました。
だから、私は全てを知っています。あの世界の真実と―――決して私達がハッピーエンドを迎えられない事を」
「・・・ほう?」
「ここに私が来れた事は、奇跡だと思っています。だって――私は、私達は――」
嬉しそうに、心底この現実が、結果が嬉しそうに総帥はアステリアの答えを聞いていた。
まるで好きなゲームソフトが手に入ったばかりの子供のように。
まるで自分の娘がテストで高得点を取ったことに満足する親のように。
まるで長い長いドミノを立て終わり、それを崩す直前の創作者のように。
アステリアの答えを、聞く。
「私達は、ゲームのキャラクターなんですから」
再び、静まり返る。
総帥も、センライも、動かない。
アステリアは続ける。
「おかしいと思っていました。都合がよすぎると思っていました。
どうやって私達を誘拐するのか。どうやってあんな会場を用意するのか。
身体に合わせてフィットする、爆発する首輪なんて作れるのか。
私達の能力を気軽に封印したり、付け替えたりなんてできるのか。
会場から出ようとする意識すら無くしてしまうのか。会場からの脱出を考えると頭痛がするのか。
会場の外を高高度から見渡すと、作り込まれていないゲームのようなモザイクが見えるのか。
何故、最初に私達にゲームの説明をする時に"駒を観るような眼"で私達を見ていたのか」
アステリアは続ける。
「リットさんが、命懸けでヒントを残してくれました。
ディアナお義姉様が、それを繋ぎ、私に教えてくれました。
会場で起こった破壊や爆発、倒壊が、会場の構成に負荷を与えていたから、そのほつれを解析(理解)できたみたいですね」
アステリアは続ける。
「首輪の仕組み自体はティム君の言っていた通りみたいでしたが、そんなものを作り出すことなんて現実的に不可能です。
能力を、剥奪したり付与するなんて。
でも、貴方達の目的は、きっとそれ。それを実現するために、こんな酷いゲームを作り上げたんですね」
アステリアは続ける。
「貴方達は、私達がどう行動するかの考察のために"ヴァーチャルゲーム世界を作り出した"。
だから、私達が殺されていたのはゲームの世界だし、私自身もゲームのキャラクター」
アステリアは、続ける。
「ゲーム世界の人間がこの現実へ出てこれるなんて、奇跡。
でもこの結果を、こういった現実にはあり得ない能力の発現の仕方・・・化学反応を見たかったのでしょう?
なら、実験は成功です。でもそれを私達は許しません。
貴方達が作り出した、参加者達を救えとは言いません。もう無理だと言うのも、よく分っています」
アステリアは、続ける。
「だけど、第2第3の犠牲を防ぐ事は出来ます。貴方達を、ここで――止めます」
アステリアは―――語るのを、やめた。
世界の、真実を告げるのをやめ、握りしめた本を開く。
語る事はやめたのだ。残りは、戦うのみであると、身体で、目で、息遣いで表す。
このアステリアの言った言葉は、考察は、ディアナから一瞬で貰ったものだった。
アステリアはその真実に、涙する事も心が折れる事もなく、最善の道を選びここへ来た。
立ち位置はこのゲームが始まった直後と同じ。
だけれども、立っている位置は、力関係は、圧倒的に、あり得ない程に、限りなく同じ次元へ立った。君臨したと言っていい。
「は、ははは、はははははははッッ!!」
センライが嗤う。笑う。哂う。
ざわりと金髪が、重力に逆らうように浮き上がる。空気が、張り詰める。
「面白い、楽しいぞ、嬉しいぞ!! 来い、アステリア=テラ=ムーンスよ!
お前は礎となった参加者の集大成なのだろう!! 全力で相手をしよう!!」
主人公。
アステリアは、そう呼べるだけの資質と、人柄があった。
ならば物語の最後を締めくくるのも、アステリアだ。
轟音と共にステージが破壊された。アステリアがしたのではない、センライがステージを蹴ったのだ。
勿論ステージを破壊するために蹴りを放ったのではない、ただ前に進むために、アステリアに肉薄するためにそうなっただけだ。
爆発的推進力だったのにもかかわらず音もせず(アステリアへ届く音よりも早くたどり着いたのだろうか)、
センライは一瞬でアステリアの目の前に現れていた。
しかし、アステリアは。
そもそも全てを1撃で粉砕する気でいた。
だらだらと最後の戦いを繰り広げる気は無いし、そんな戦いなんて自分に出来るはずもないと知っていた。
先程までいた、ゲームの会場では彼女の相棒であるグラビィは居なかった。
だから、せいぜい出来たとしても、本を開いてさも攻撃を繰り出すかのような威嚇ぐらいだった。
彼女の持つ本、ケフェウスはグラビィの技を解放するためのカギだ。
だから、グラビィの居ない場所では全く使えなかったのだ。
だが、ここなら。
このグラビィのいる現実世界なら。
例え距離が遠くとも。
EB01 G-V-T-X「Earth・Bringer GRAVITY・Type-X」。
アステリアのパートナーである「最強」の地球防衛兵器「アースブリンガー」。
広域防衛組織「A.I.O.N(アイオーン)」が作った全長100メートルの究極の人型兵器であり。
最大の特色は7種類の装甲を7重に積み重ねた77装甲、そして重力機関&XESSドライヴによる永久駆動システムを搭載していて。
チート性能のカタマリである、最強にして最高の、アステリアの相棒ならば。
ディアナから思いを託され、その思いを手元の本にため込み、後は爆発するだけに準備していたアステリアならば。
「『グレイブ――――インパクトオォオオオォオオオオォオオーーーーッッ!!!』」
天から、「応ッ!」という声は聞こえなかった。
だが、超重力の氾濫は、正義の鉄槌は、無慈悲からの反逆は、何もかもを呑みこんだ。
地形は歪み、建物は倒壊し、アステリアがいた場所の全てが破壊されていく。
超重力発生源はセンライを押しつぶし、壊し、倒しつくす。
アステリアは、それに巻き込まれた。
本来ならば巻き込まれるなんてことは無いようにするのだが、決死の覚悟という事もあってか、まさに捨て身の攻撃だった。
しかし、それが良くなかった。グラビィの放つ技ゆえだろうか、アステリアへの負荷ゆえだろうか。
攻撃が、途中で緩んだ。緩んでしまった。それを見逃すセンライでは無い。
まさにセンライも死に体だったが、しかし、ギリギリで踏みとどまった。
「う、お、おおぉお、おおおおお・・・ッ!!」
アステリアに再度、近づき、その細い首を、叩き折――――
「ところでよォ~」
この場に、あるはずの無い声が響いた。
アステリアの背後に、彼女が潜り抜けた次元断層が。
そしてそこから、一本の腕が覗き出ていた。
人差し指を立て、それをセンライに向けている腕の持ち主は、きっと、頭にベルトをしていて、もう片方の手でそれを抑えているのだろう。
「ティムってガキが言ってたよな。切符は2枚だと。
あの場所からこちらへ辿りつけるのは、2人だと。
置いていくんじゃあ無ぇよ、俺が一発ぶちかますってのが出来ねぇじゃねーか。
仕舞には登場が遅れてこんなギリギリの場所にしか出てこれないなんてカッコ悪いだろうが。
まあいい、ところでよォの続きだ。あんだけの重力、いや爆発だな。
あの暴力的な轟音、聞こえなかったよな? その前もアンタがステージを破壊した時も、音はしなかったよな?
実は、上じゃロボットがいて、応ッなんてでけェ声出してたんだぜ。
アステリアさんよォ、敵を倒すだけじゃ駄目なんだぜ、俺達がいた世界を作り出した根源を消さねぇと。
つまり、演算装置をぶっ壊すのが正解だ。場所は分からんが、それを成すだけのエネルギーは溜まってるぜ。
未来の俺は、俺の能力を違う名前で呼んでるらしいが、知らねーな。走馬闘志が今持っている能力は―――」
ちらりと、次元断層の間からその表情が覗く。
バンダナで片方の目が隠れていた。
「『クレイジー・ソプラノ』。音を、このゲームが崩壊するエネルギーに換えた」
途端に、まばゆい光が辺りを包み、全てを呑みこんだ。
光はセンライを、アステリアを、総帥を、建物を、会場を、次元を包み込む。
音さえ飲みこむその光の中、最後に闘志の声が聞こえた。
「ご都合主義? 許せよ、だって」
ゲームの話らしいぜ、これ。
「は、ハハハハ、凄いぞー!かっこいいぞー!!」
「・・・最初期の海場みたいにしないでください、総帥。
でも確かに、これは――」
「カイトしゃんの活躍があんまり見れなかったけど、まあ仕方ないか。
センライ、この結果まとめておけよ」
「はい。まさか、参加者が"管理層"まで次元の壁を破れるとは思ってもみませんでした」
「流石に現実世界までは干渉できないと思うが、
参加者が殺し合う"ゲーム層"、それを監視管理する"管理層"。
管理層に置いた我々の疑似人格を倒すとは――な」
「そうですね。お陰で、データは滅茶苦茶、今後こんな実験が出来ないほどに、プログラムが改ざんされてしまいました」
「今回の結果は今後の参考にするぞ。"奪い取った能力をどう使うか"、非常に勉強になった」
「仰せのままに」
組織、灰楼のとある一画。
場所は不明。時間も分からない。
だが、この会話をするのは、紛れもなく、灰楼の幹部であり、総帥だった。
冗談のようで、実際冗談のような世界だった悪夢はこれ以上繰り広げられる事は無い。
――さあ、灰楼ロワイアルは、終了だ。
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【灰楼ロワイアル 完】
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最終更新:2011年12月21日 02:48