蔵人のあやつるブラスターマッスルは強かった。というか、卑怯だった。しゃがみ小足からトカゲの皮を回避するすべもなく、いたずらに体力が削られていく。無論、ハイパーバトルサイボーグならガードキャンセルして牽制、小ジャンプからイクイップメントサーチ or 投げの二択へ強引に持ち込むこともできるだろうが、いかんせん超必殺技ゲージが溜まってない。
――というわけでなすすべもなく負けた。これハメだよなあ。ハイパーバトルファイターはセカンドエディションになってからバランスの劣化が激しいことを再確認。
対戦用に繋がった筐体を回り込んで、一人プレイを始めた蔵人の横に座る。
学校直近のゲームセンター。学生ゲーマーのメッカだ。じゃんじゃんばりばりとうるさいことこの上ないが、これがゲーセンってもんだろう。
俺:しっかし、このゲーム対戦バランス本当悪いな。
蔵人:調整はいるたびに壊れてくからなー。まっ、強キャラ使いの俺には嬉しい限りだけど。
俺:……それは人としてどうよ。
蔵人:はっはー。勝てばいいんすよ、勝てば! ぐうぇへへへへ!
その後はつつがなく全クリ、崩れる秘密基地の中でハイパーバトルサイボーグを助けて瓦礫に埋まるブラスターマッスルのエンディングを尻目に、俺たちはゲーセンの外にでた。
夏なので、もう夜と言える時間なのに辺りは明るい。濃密な熱気が肌にまとわりつき、不愉快なことこの上なかった。
蔵人と別れ、生欠伸をしつつ帰路につく。
――と、前方に見知った後姿。俺が近づくと、振り向いた。
茜:あら、ごきげんよう。
俺:ん?
そこにいたのはマグリフォンさんだった。
俺:なに、部活の帰り?
茜:そうだけど、遊佐君は?
俺:ゲーセン。
ゲーセンでサーセン――とか思いついたけど言わない。言って反応を見たい気もするけど、見たくない気もするので。
茜:そう。
彼女は肯くと、俺の横に並んだ。そのまま、二人無言で歩く。段々と日が落ち始め、夜の闇がどっかから染みだしてきていた。ひどくけだるく、また生欠伸がでる。
俺:そういえばさあ、マグリフォンさんって趣味ないの?
俺は思いつきで適当にそう聞いたあと、そう言えば彼女のことはほとんど知らないことに、今更ながら気づいた。
茜:趣味――趣味、ね。
マグリフォンさんは視線を落とし、真剣な表情でちょっと小首をかしげる。いや、そんなに悩まれると悪い気がしてきた。
茜:昔、よく早口言葉の練習をしてたわ。――それ、趣味になるかしら?
俺:な、なるんかな……? っていうかマグリフォンさんが早口言葉って、なんかよくわかんないな。なぜ早口言葉の練習を?
茜:なぜ――って。
彼女は再び視線を落とし、真剣な表情を作る。悩んでる悩んでる。生真面目な人なんだよなあ、根っから。
茜:なぜ、と聞かれると難しいわね。たぶん、昔は口下手でよくどもっていて、変な時に早口になってしまうって自覚していたから、それを直そうと思ったのよ。
俺:へー。
それに努力家なんだなあ、この人。前々から知ってたけど。
俺:で、早口言葉なんだ?
茜:ええ。
俺:……ちょっとやってみせてくれよ。
茜:えっ? い、今更そんなこと……もう直ったんだし、嫌よ。
俺:たーのーむーよー。
我ながらなんでこんなくだらないことに固執してるのかよくわかんなかったが、なんとなく、マグリフォンさんが変なことをやってる姿を見てみたかったのかもしれない。
茜:例えば――生麦生米生卵赤巻紙青巻紙貴巻紙、とか――
俺:うわっ、速い! マジでに速いね。えっと、生麦生ごみゅな――なんだっけ?
茜:生麦生米生卵赤巻紙青巻紙貴巻紙、よ。生麦生米生卵赤巻紙青巻紙貴巻紙。同じ音、例えば生麦生米生卵なら『な』、赤巻紙青巻紙貴巻紙なら『ま』に注意するの。それと、生卵と黄巻紙だけ音が違うから、そこでつかえないようにするのがコツね。
俺:こんな分析的に早口言葉をやる人、初めて見たよ……
茜:あ――ごめんなさい、そうね……
俯くマグリフォンさん。もしかして、恥ずかしがってんだろうか……それはそれで貴重だ。
そういったわけでまた会話もなく、静かに別れる場所まできた。彼女がこっちを向いて、ぽつりと言った。
茜:遊佐君は犬飼ってたわよね?
俺:俺――? 飼ってないけど?
茜:えっ?
俺とマグリフォンさん、同時に不思議そうな表情をする。えっと、どういうことなんだ?
茜:昔、飼ってた?
俺:いや昔から飼ってなかったと思う……なぜ?
彼女は目を細め、上目遣いにこちらを見る。
茜:私に犬を見せてくれたこと、なかった――?
俺:そんなことあったっけ……
マグリフォンさんはとても真剣な瞳をしている。俺はその瞳に答えようと、一生懸命記憶を探りだす――が。
俺:ごめん、思いだせないな。勘違いじゃなくて?
彼女はあいまいに首を動かす。
茜:こっちこそごめんなさい、変なこと言ったわね。また会いましょう。
俺:うん、じゃあな。
手を振り別れる。薄暗い景色の中、マグリフォンさんの姿が雑踏の中へ消えた。俺は踵を返す。それにしても――
俺:犬なんて飼ってないよなあ、俺……
もしかしたら健忘症とか、記憶喪失とか、その手の類だろうか。
それはそれで恐ろしい。
最終更新:2007年01月29日 06:49