-通学路-

「よっしゃ、今日も元気に遅刻寸前!」
誰に言うともなく声を出し、通常なら入れる必要のない気合いとともに駆け出す。
そういや、余裕をもって登校したのって、最初の3日ぐらいだけだったっけな。
それでいいのか俺!?
あの中島でさえ、遅刻寸前に教室に入っているところを見たことはない(少なくともおれよりは早く教室にいる)と言うのに!
いや、今は余計な事を考えずに、この2本の足に全神経を集中するのだ!

よし、そこの十字路を曲がれば後は100メートル一直線!
ほぼ直角なカーブも、完璧なラインを描くことで、最小半径かつ最高のスピードで曲がることが可能になる!
アウト・イン・アウトやドリフト等という低レベルな小細工は必要ない。
瞬時に頭の中に複雑な計算式が浮かび上がる。カーブの角度、走る速度、遠心力……
それらを瞬時に計算し、解を導き出す。
……というのはウソで、俺はこの短期間に、この曲がり角の完璧な走行ルートをすでに体で覚えていた。
よし、問題ない。このまま全速で駆け抜ける!

???「わわわ!どいて~!!」
遊佐「え?おわ!!」

今日も芸術的な曲線を描いていたはずの軌跡は、突然視界に入ってきた障害物によって捻じ曲げらた。
上半身を無理やり捻った俺の身体は大きくバランスを崩し、声を張り上げた人物を辛くも避けつつも、更にその先にある絶望と言う名の空間へと一直線に突進していった。
目の前に迫る電柱。
ああ、俺はここで死ぬのか。まだやりたいことがいっぱいあったのに……
今までの人生が、走馬灯のように頭の中を過ぎる。
父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください。
中島、転校したての俺に気さくに話しかけてきてくれた。お前には感謝してる。
クラスのみんな、この前転校してきたばっかりの俺の机の上に花を飾るなんt
ゴン!!(効果音)

???「だ、だいじょうぶ?」
あまりの衝撃に声も出ない。ぶつかった額を抑え、蹲った俺の頭の上から、心配そうな女子の声が聞こえた。
「お嬢さんこそ大丈夫かい?」
痛む額を抑えつつ、やはり女性を気遣わなくては紳士として失格だ。
俺は無理に笑顔を作って見せた……などという余裕は全くない。

遊佐「だ、大丈夫なわけないでしょうが!
これは電柱ですよ、でんちゅう!!
相撲取りが稽古をする柱と違って、人がぶつかるように出来てないの!
しかも何このブツブツ。これは本来張り紙防止用であって、俺のおでこをボコボコにするためについてるものじゃないの!!」

激突した額を押さえながら顔を上げると、うちの制服の女子生徒が立っていた。・・・制服の色から1年らしい。

女子生徒「あ、この電柱のブツブツって張り紙防止だったんだー。」
遊佐「うむ。電柱には様々な貼り紙がしてあるが、そもそも、本来公共のものである電柱に張り紙をすること自体が違法なのだよ。ワトソン君。」
ワトソン君(仮)「ふむふむ。つまりこのイヤラシイ張り紙も違法なのですね?先生!」
ふむ、ノリのいい子だ。
遊佐「その通りだ。他にも、今ではめっきり見かけなくなった電話ボックスに広告を貼る行為も・・・」
キーンコーンカーンコーン
俺の雑学王っぷりを披露している最中にチャイムが鳴りだした。
全く、邪魔なチャイムだ。俺とワトソン君(仮)の会話を遮るとはってこれって始業開始の予鈴!?

遊佐「やべ、遅刻だ!急ぐぞ!!」
ワトソン君(仮)「おおう、遅刻する!!」
遊佐「女の子が、おおう とか言わない!」
あー、俺ってばこれから一生"遅刻者"の十字架を背負って生きていかなければならないのか。
だが、旅は道連れ。俺には一緒に十字架を背負ってくれるワトソン君(仮)がいる!


-校門-

???「いつもギリギリだったから、いつか遅刻すると思っていたぞ。遊佐。」
遊佐「出たな、早乙女不二子!だが今日の俺はいつもの俺と違うぞ!」
不二子「ほう、何が違うのだ?」
遊佐「さあ、ワトソン君(仮)!この石頭にさっき起こったことを説明するのだ!俺の紳士振りを!!そして俺達の絆を証明するのだ!!」
不二子「頭でも打って狂ったか? いや、狂っているのは元々か……」
遊佐「なんとでも言うがいい。俺には一緒に十字架を背負ってくれるワトソン君(仮)が……ってワトソン君(仮)がいねえ!?」
不二子「何をひとりで喚いている…って、遊佐、本当に頭を打ったのか!? 早く保健室へ行ってこい!」
遊佐「それほどでもない。」
不二子「会話が噛み合ってないぞ!……とにかくこれを見ろ!」
遊佐「おー、不二子ちゃんも女の子だねぇ。手鏡なんて持ってるなんて……ってなんじゃこりゃああああ!」
不二子がどこからともなく取り出した手鏡に映っている俺の顔は、その額が明らかに、ヤバいほど腫れていた。

結局その後保健室へ行き、モグ先生に必要以上に包帯を巻かれたお陰で、今日のところは遅刻は免れた。
口々に病院で検査をすることを勧められた(そんなにヤバいのか?)が、俺は断固拒否した。


-昼休み・中庭-

そして、頭に包帯を巻いたまま午前の授業を乗り切った俺は、中島と一緒に中庭で食事を摂ることにした。

遊佐「うーむ。あれは本当に幻だったのか?」
中島「まだ言ってるのか。お前本当に病院行ったほうがいいんじゃないか?」
遊佐「嫌だ!俺は文部朗先生しか医者と認めないっ!!」
中島「だから誰だよそれ。そうそう、それよりこれ見ろよ!」
遊佐「こ、これは、"月刊Capricious Cassie"じゃないか!!」
中島「ふふふ、見よ、この青少年の心をガッシリ掴んだまま離さない、魅惑の袋綴じを!!」
遊佐「中島!俺は、今初めてお前を心の底から親友だと思ってるよ!」
中島「今まで一度もなかったのかよ!?」
???「へえ、やっぱりそう言うの見るんだ。」
遊佐「うむ、やはり女体の神秘とは、男子一生の夢にして人類史上最高の謎なのだよ……ってうわぁ!」
俺の背後から突然声をかけてきた女子生徒は、俺と目が合うと、えへへ、と笑って見せた。
そこにいたのは、今朝の大事故の原因……ワトソン君(仮)だった。

ワトソン君(仮)「やっぱり男の人って胸が大きいほうが好みなんだね?」
遊佐「わかってないな、ワトソン君(仮)。男は胸が大きいのが好きなんじゃない。裸の女が好きなのだ!」
中島「わかってないのはお前だ!全部見えたら面白くないじゃないか!適度なチラリズム。これこそ至高!!」
遊佐「な、中島!お前、俺がたどり着けなかった境地へ……ってそこ、メモしないでいいから!」
ワトソン君(仮)「あははは、先輩たちおもしろいねー!」
なぜか俺たちの会話をメモしていたワトソン君(仮)にもすかさずツッコムと、乾いた笑い声が返ってきた。

遊佐「ところでワトソン君(仮)はなぜここに?」
ワトソン君(仮)「友達とお昼食べようと思ってここに来たら、頭の包帯が見えたから、もしかしたらと思って……」
遊佐「さすが私の助手。なかなかの観察眼だ。」
中島「いや、それ目立ちすぎだろ。トラックにはねられたって噂もあるぐらいだぞ?」
遊佐「ところでワトソン君(仮)は遅刻しなかったのか?」
中島「無視かよ……」
ワトソン君(仮)「先輩が気を引いてくれたお陰で、何とか人生初の遅刻はせずに済んだよー。」
中島「おーい。」
遊佐「それは良かった。」
ワトソン君(仮)「ギッリギリだったけどね。」
中島「きみたちー?」
遊佐「ええい、黙れ。お前は空気だ。この場にいないのだ!!俺とワトソン君(仮)のラヴトークを邪魔するな!」
中島「お前、ついさっき親友だって言ったばっかりじゃないか……」
ワトソン君(仮)「あははは。やっぱり先輩たちおもしろ~い!」
しかし、あそこから間に合ったとは。
うーむ、何か釈然としない気もするが、お互い無事(?)だったから良しとするか。

ワトソン君(仮)「それじゃ、あっちで友達と食べるから、またね~!」
遊佐「おー、いてらー。」
ワトソン君(仮)は、友達と思われる女子生徒のほうへ、元気に手を振りながら走って行った。

中島「お前、いつから霞ちゃんと仲良くなったんだ?」
遊佐「ああ、あの子霞ちゃんって言うんだ。今朝の衝突事故からかな。」
中島「名前も知らなかったのかよ!?」
遊佐「つーか、今朝は顔もロクに見てないな。そんな余裕なかったし。」
中島「呆れた奴だな。あの子は椎府霞、1年生。運動神経抜群で運動部全般からスカウトが絶えないらしいぜ。」
遊佐「前から疑問だったが、何でお前そんなに女の子情報に詳しいんだ?」
中島「ちょっとまて。それは"なんで生きてるんだ?"って聞くのと同義だ!」
遊佐「いや、そこまでは……ってそうなのか?」
中島「俺から"女の子の情報"と"お前の親友"っていう肩書を取ったら、何も残らないじゃないか!!」
遊佐「まて、中島!はやまるな!!袋綴じはカッターナイフを使ってだな……」

頭はズキズキするが、それ以外は至って平和な一日だった。
最終更新:2007年01月22日 21:04