人の出会いと別れなんてあっけないものだ。
それは大人の意思ひとつで決まってしまう。それまで毎日一緒にいるのが当たり前だった人達とはもう会えなくなり、再び周囲の人間との関係を一から築き始めなければならなくなる。
でも、時間に任せておけば結局慣れちゃうんだろうな。
だって、ほら、馴染みの友との別れに悲しむ心もあれば、新しい土地での新しい出会いに期待している自分もいるじゃないか。
この気持ちは実際に引越しを終えて、周辺の住宅街を歩いて、これから過ごすことになる学校の誰もいない放課後の教室に入って……そんなことをしているうちにどんどん膨らんでいくに違いないのだ。
俺:――ここか。
2年B組――そう記されたプレートの下にあるドアを前にし、俺はひとつの深呼吸をした。
今日は、来週からの授業への参加に備えた準備登校だ。土曜日だし、すでに放課後を迎えてから時間が経っているので、ドアの向こうには誰もいない。
ただ自分の教室、自分の机を確認し、実感するだけだというのに、何故だか緊張が収まらなかった。
とはいえ、いつまでもただ突っ立っているわけにはいかない。俺は今一度気持ちを奮い立たせてドアに手をかけた。
これまで数え切れないほど開閉されたのであろう教室のドアが、少しばかりの抵抗と共に横へ滑る――
???:あっ!
……俺のものではない透き通る声が、薄暗い教室を照らした。
窓際にもたれていた少女が、虚を突かれた表情で俺を凝視する。
学園の制服、近くの机に置かれたカバン。どう見てもこの学園の生徒だろう。
お互い知らない人同士だけど、この場合、新参者の俺が不振な侵入者にでもなった気分だった。
俺:あー、えっと……
???:……転校生、さん?
不振な立場から逃れるためのフォローの言葉が思いつく前に、その少女自身から助け舟を寄越された。
俺:はい、そうです。
そう言っても単純に信じてくれるかはわからないが、まあでも学校に不審者が侵入するなんてこと、そうそう無いだろうしな。
俺の心配をよそに、少女は目を輝かせながら胸の前で両手を組んだ。
???:わぁー! そっかそっかー。皆キミのこと楽しみにしてるよ。ていうか皆より先に御対面だなんて、わたしちょっとラッキー?
……明るく、そして機転の利く子、といった感じだろうか。
少女は頭の頂上に立っているアホ毛をヒラヒラと揺らし、
途中で机に蹴つまづきながらも駆け寄ってきて、
俺の手を取った。
……危なっかしい子だ。
???:わたし、ましろっていうの。『柊 ましろ』 明日までに覚えてね☆
ウインクまでされてしまっては、さすがの俺もときめかざるを得ない。
俺:お、おお覚えます覚えますとも。
ましろましろ、柊ましろ、と。よし、もう忘れないぞ。
というか、初日(の二日前)からこんなかわいい子と手がつなげるなんて、何だか幸先がいいな。
ましろ:転校生クンの名前は?
おっと、舞い上がってしまってつい自己紹介を失念していた。
俺:あ、ごめん。俺は……
ましろ:あ、すとーっぷ!
……名前を言うより先に、小ぶりな手で口をふさがれてしまった。
ましろ:やっぱり名前はお預け!
来週までの楽しみにしながら悶々としとくよ。
明るく機転が利いて、少しおっちょこちょいな気まぐれ屋さん……
俺:肩書きつけてたらキリがないな。
ましろ:え、なーに?
俺:いやいや何でも。
つい余計な思考が口から出てしまったようだ。
実は中々の優等生であるらしい、という肩書きが後日追加されることになるのだが、今はもうやめておこう。
ましろ:じゃ、わたしはもう帰るから。来週からよろしくね☆
少女は一度窓際に戻ってカバンを手に取ると、
俺に軽く手を振って教室の出口へ向かった。
それにしても、放課後の電気がついていない教室で一人、彼女は何をしていたのだろう?
答えが出ないであろう疑問は、当ての無い思考のいいネタになりそうだ。俺はましろが立っていた窓際に歩み寄り、赤く染まっている外の景色を眺めた。
その中で、ましろと思わしき女学生が、石につまづいて前のめりに倒れていた……
それが、これからヴァナ・ディール学園で巻き起こる様々な出来事の中で、一番最初の小さな事件だった――
最終更新:2007年01月22日 23:18