自分の足音が、寝ぼけたままの頭に響き渡る――
俺:ちくしょー。こうなるならもっと早く寝とくんだったぜ。
寝不足の日には必ずといっていいほど後悔しながら考えることを、引越し先で心機一転したばかりの今も変わらず思考した。
――そう、今日は転校初日。
『私立ヴァナ・ディール学園』 それが新しい学び舎の名前だ。
引越しの大移動をしたのがほんの2日前。新しい部屋での荷物の整理にうんざりし、息抜きがてら学校へ挨拶に行った。そこで自分の教室を確認しようと思ったら一人の少女と出会ったのだ。
『柊ましろ』 ちゃん、だったよな。あれ? 間違えてないよな。
名前覚えてね☆ なんて言われながら間違えてしまっては男が廃るというものである!
――いや、そんなこと考えている場合ではなかった。
大事な初日だというのに見事に寝坊した俺は、パンを一切れ咥えながら、昔の少女漫画の王道ヒロイン張りに息を切らしていた。
目覚ましはいきなり壊れていたし、父親は早朝から出かけているし、母親は父親の外出の手伝いで疲れたのか爆睡してたし、もう散々である。
……それにしても、徒歩15分ってのがこんなに遠いとは思わなかった。
せっかく住居を学校の近場に選んでも、始業ギリギリまで寝坊していたら世話がない。
始業まであとせいぜい数分。ホームルームの30分前――つまり7時45分頃までには職員室へ挨拶に来いと言われていたのに、それどころではないな。
俺:うおおおおおっ!!
とりあえず無闇に叫びながら、必死に学校へ向かっていることをアピールしておこう。誰にって? そんな細かいコト気にしない!
――まあ、結局間に合わなかったんだけど、そんなことどうでもよくなるような事件が起きたんだ。
学園の校舎が視界に映り始めた頃。俺は10メートルほど先に赤信号の交差点を捉えていた。
幸い交通量はゼロに等しい。渡ってしまえ! と、走る速度を上げて一気に突き抜けようとした。抜ければあと少しで到着だ!
息切れはあまり気にならなくなっていた。視界の中で徐々に存在感を増す校舎を見据えながら、ただ走り続ける。
ああ、走るのってこんなに気持ちいいことだったんだ! なんて朝の穏やかな風に煽られながら感動したのも束の間、視界の隅で動くものを見つけた。
もの? いや、人だ。
交差点の左右から、俺と同じように駆けてくる人影。同じ学生かな? いや待てよ? このまま走り続けると、俺たち衝突しないか?
嫌な想像が頭を過ぎった。
ぶつかる学生二人。反動で尻餅をついてしまった女学生に手を差し伸べ、「大丈夫ですか?」 なんて気遣いながら立ち上がるのを手伝うんだ。
少女は最初は迷惑そうな顔をしていたけど、その表情の傍らで頬を赤らめていることに気づく。
よく見ると、少女の容姿の端正なこと。俺はひと目で恋に落ちてしまい、心中で舞い上がりながら少女と並んで遅刻の通学路を歩くのだった。
それがましろちゃんだったりしたら本当文句無いよね!
……あれ? 全然嫌な想像じゃなかったな。
まあ、想像は想像である。
現実はといえば、衝突したと思われた一瞬の後、全身に激痛を感じて倒れている俺がいた。
俺:ぐおお!!
何が起きたのか、悟るまでに幾ばくかの時間を要した。こんなことしてる場合じゃないのに!
???:ひゃあ! 大丈夫?
俺が立ち上がるのを手伝ってくれたのは、活発そうな少女だった。
俺と同じように急いで外出したのだろうか。パンを[ruby text="くわ"]咥えながら、俺の全身に出来た[ruby text="あざ"]痣を眺めている。
さらには、急いで着用したのだろう制服のポタンが掛け違えてしまっている。そのせいかブラジャーなんか見えちゃったりして……
俺:ぎゃっ!!
頭部にさらなる激痛を感じて振り向くと、そこにはもう一人の女学生がいた。
小柄な美少女の片手には、朝日を反射して不気味に光る竹刀が握られている。
これで殴られたのだろうか?
竹刀少女:……お前の視線は、何やら良からぬ物を見ていたようね。
竹刀少女は顔を妙に赤らめながら、活発少女のブラジャーに見とれていた俺に対する怒りをあらわにした。
活発少女:あははー、スケベだー。
……これは恥ずかしい。そんなあからさまに見ていたのだろうか。
竹刀少女:お前もお前だ。服くらいキチンと着てから外出しろ!
竹刀少女の矛先は活発少女にも向いた。
活発少女:うは、ヤバ。
注意されるや否や、服は直さずに逃げ出した……
活発少女:もたもたしてると遅刻しちゃうよー。
そうだった! 留まっている場合じゃない!!
竹刀少女:……私も私で寝坊した身。仕方ない、今回はこれくらいで年貢を納めておくわ。
よくわからない日本語を置き土産に、竹刀少女も走り出す。
俺:えっと……結局何だったんだ?
一人置き去りにされた俺は、遅刻寸前であることも忘れてしばらく呆然としていた。
2日前のましろちゃんとの穏やかな出会いとは一転。これから起こる波乱に満ちた学園生活を連想するのに十分な事件だった。
最終更新:2007年01月22日 23:20