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俺と杏は何とか試合開始に間に合った。
 杏とは軽く――本当はとても重い意味の――お礼を言ってから別れた。
俺は失速した戦闘機みたいに、力なく応援席に強制着陸する。
中島「あれ? 遊佐じゃん。どこ行ってたんだよ」
エースの帰還を迎える陽気な整備兵のごとく、中島が声をかけてきた。
中島「もう試合始まるぜー……って、何かやけに疲れてない?」
 当たり前だ。
あそこ――ロンフォールから全力で走ってきたのだから。
遊佐「はぁ、はぁ……別になんでもない。野暮用ってやつだ」
中島「ふーん……ひょっとしてコレか?」
 小指をピンと立ててニヤニヤ笑う。
 人の気も知らないでこいつは……
遊佐「……まぁ、そうとも言えなくない」
 少し頭にきたので、本当のことを言ってやった。
俺が正直に答えたのが意外だったのか、中島が「えっ!?」と驚いた。
 かと思うと、突然眉をよせてうんうんと勝手に納得し始める。
中島「なるほどな……遊佐じゃしょうがない。お前今年が初めてなんだもんな」
中島「緊張したんだろ?」
遊佐「ああ。でも、もう吹っ切れたぜ。なんか、今は晴れ晴れとした気分なんだ」
中島「そりゃそうだろう。吹っ切れたんだからな」
中島「うんこ、なんだろ?」
 突如放たれた中島のミサイル発言にむせ返る。
遊佐「何故そうなる」
 中島はきょとんとして、自らの小指と俺の顔を交互に見合わせた。
中島「えっ? コレ、トイレのサインなんじゃないの?」
 本物のアホを発見した。
遊佐「お前はアホの申し子か?」
思わず、こいつが休み時間のたびに「コレ、行こうぜ」とニヤニヤしながら聞いている姿を想像してしまった。
中島「何!? じゃあうんこじゃないとすると……」
 いきなり中島の表情から笑みが消え、真剣な顔になる。
中島「――もう、ケリはついたのか?」
遊佐「ああ、もう大丈夫だ……」
遊佐「って、本当は何もかもお見通しの友人キャラっぽく言うんじゃねえよ!」
中島「そっか。それ聞いて安心したぜ」
遊佐「そのセリフも良い友達っぽいからやめい」
中島「んじゃあ、コレの本当の意味って何なんだ?」
 小指を突き立てる。
 それは……と言おうとして言葉につまった。
遊佐「し、知らね。自分で調べろよ」
 何だか急に恥ずかしくなった。
 っていうか、即興漫才してる場合じゃない。
 杏に言われたとおり、謝れるときに謝らないと……
遊佐「……すまなかったよ」
 予想外の言葉だったのか、中島は、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をする。
中島「は?」
遊佐「な、何でもねえよ! とにかく、俺は逃げたことは謝ったからな!」
中島「何だよー。逃げたって何? 教えろよー」
遊佐「あーくそ、うざったいぞ」
 そこまで話したところで、俺はあることに気づく。
遊佐「あれ? グラウンド、なんか形変わってないか?」
 トラック内がやけに隆起していた。
 第一試合で塹壕として使われていた溝も埋められ、フィールド全体がまるで山岳地帯のように所々が盛り上がっている。
 人の二,三倍もありそうなごつごつした茶褐色の岩が所狭しと点在し、それらが集まって迷路のような網状の道をいくつも形成していた。
中島「決勝戦は『フィールドタイプ:メリファト』なんだとさ」
遊佐「は?」
 なんのこっちゃ。
 俺の疑問を表情から読み取ったのか、中島は思いついた顔を浮かべる。
中島「詳しいことは俺も知らないんだけどさ」
中島「とにかく決勝戦はフィールドの形が変わるんだよ」
遊佐「ふーん……」
 あとから聞いた話だが……
メリファトとはこの辺りの古い言葉で『岩山』を指すそうだ。
遊佐「なんか見通しが悪いフィールドだな」
中島「だね。オレも初めて――」
???「ふ、ふざけんなぁぁ――!」
 大声が中島の言葉をさえぎった。
 あの声には聞き覚えがある。
中島「誰?」
遊佐「井草じゃないか?」
遊佐「あいつの大声はいつも聞いてるからな。間違いないと思う」
 俺が辺りを見回すと、案の定血相を変えた井草を見つけることができた。
 俺と中島は顔を見合わせる。
中島「井草。どうしたんだよ」
 中島が恐る恐る井草に声をかけた。
井草「あ、中島! 聞いてよ聞いてよ!」
中島「うおっ!?」
 井草は中島の姿を見るなり、肩をつかんで揺すった。
遊佐「き、聞くから! 落ち着けって!」
井草「これが落ち着いてられるかぁぁ――っ!」
 がくがくがく……
中島「や、やめ……首が、首がとれちゃうぅぅ――!」
 中島の首がもげてしまいそうだ。
 なんか井草の力、いつもより強くないか?
多分、プラス二五%くらいだろう。
 ……
 しばらく中島と井草の不毛な言い争いを眺める。
 って、そろそろ中島がやばそうだ。
 揺すられすぎて、いつの間にか死んだ魚のような目をしている。
遊佐「井草。中島を離してやってくれ」
遊佐「こんなつまんないことで、お前を殺人犯にしてしまうのはあまりに忍びない」
井草「あ、遊佐。聞いてよ聞いてよ! 田中のやつがさ! まったく、ひどいんだよ!」
 がくがくがく……
 言いながらも中島の首を揺らす。
 ……そろそろ死んでしまうだろう。
まぁいいか。
遊佐「田中のやつって、田中学園長のことだよな。学園長がどうした?」
井草「あいつ、次の決勝戦でボクらと戦う一年チームに、急に三年生を何人か加えるとか言い出したんだよっ!」
遊佐「なるほどね。それで怒ってるわけだ」
 ん?
 一年に三年を何人か……加える!?
遊佐「なんだそりゃ! ちょっとしたプチオールスターズじゃねえか」
井草「だからそう言ってるじゃん!」
遊佐「オールスターなんて言ってないだろ。何でそんなことになったんだよ」
井草「田中が『三年生は今年で卒業なのよ!? ま、負けちゃってかわいそうじゃない!』って勝手に決めたらしいんだよ」
 いつの間に学園長はツンデレになったのだろう。
遊佐「それで、向こうのチームは満場一致で賛成なのか?」
遊佐「一年にはもともと出場する予定だったやつらがいるだろうし、三年だって敗れたチームに入るわけだろ」
遊佐「反対する人だっていただろうに」
井草「ううん。それが、そうでもなかったみたい」
井草「『神パッチキタ――!』とかって向こうはお祭り状態だったらしいよ」
遊佐「ぐはー……そりゃ、まず意見が覆ることはないな」
 たとえ多数決だったとしても結果は変わらないだろうな。
 俺は周りには聞こえないように小さく舌打ちをする。
 ったく、これだから大人は勝手だとかって言われんだよ。
遊佐「まぁ振り回されるのは慣れてるしな。しょうがねえよ」
遊佐「用意された舞台で踊りきるのがプロってもんだろ?」
井草「そ、そりゃそうだけど……」
珍しく井草が弱気だ。
 俺は「んなの関係ないよ!」って笑い飛ばす井草を想像していただけに、ちょっと意外だった。
井草「今年は一年にだって一癖も二癖もあるやつがたくさんいるし、それにゴールドバリスターの武僧先輩や、陸上部エースのリューさんも加わるんだよ?」
遊佐「なんだ、そんなことでビビッたのか?」
遊佐「あの井草千里ともあろうお方がこんな程度で?」
少し挑発的な口調。
 俺が言えた口じゃないのかもしれないけど、杏のおかげで俺にはもう怖いものはなくなっていた。
誰かの力で立ち直った俺だからこそ、今度は俺自身の手で誰かの役に立ちたい。
井草「う~……でもなぁ……」
遊佐「悩んでいれば敵が弱くなるとでも思ったか? そうじゃないだろ」
遊佐「お前のバリスタにかける思いとはそんなものだったのか?」
遊佐「違うだろ!? 昨年度ミスリルバリスター・井草千里さんよ!!」
井草「なっ! 遊佐、どうしてあんたそれを」
遊佐「甘いな。だてに噂の転校生やってたわけじゃないんだぜ?」
遊佐「情報なんざいくらでも手に入るわ!」
 地位を利用しての情報搾取。
 俺はこの歳にして社会の裏側を学んでしまったのか……
 ああ、自分が汚い大人になっていく……
遊佐「ポイント制の採点も、武僧先輩にたった数点届かなかっただけだと聞いてるぞ?」
遊佐「お前が黙っていれば結局、また武僧先輩がゴールドバリスター賞を持っていくんだろうな」
遊佐「さぁどうする? お前は武僧先輩と実力はほぼ同じなくせに、みすみすゴールドバリスターの称号を武僧先輩に譲るのか!?」
井草「うー! 言ったなこいつ!」
 うまく乗ってくれた!
やはり井草はこの手の挑発に敏感なのだ。
井草「上等じゃん! 武僧先輩でもリューさんでも青島でも何でも相手してやろうじゃない!」
 バシンッ!
 井草が勢いよく拳を打つ。
 よし。運動部最強ヘルパー、井草千里の復活だ!
井草「じゃあ、つーわけで、ボク暴れる係ね」
井草「頼んだよ、軍師さん」
 そうそう。頼んだぜ、誰だか知らないけど軍師さんとやら。
 ポン。
 井草の手が俺の肩を叩いた。
井草「遊佐軍師!」
 ズルぅッ!
 俺は足を滑らせて地面に転がった。
遊佐「今なんて言った」
井草「遊佐軍師、ボクたちの軍を動かせるのは君しかいない!」
 ガンッ!
 起き上がりに追い討ち攻撃をくらった気分だった。
遊佐「んなもんやったことねえよ! 無理に決まってるだろ!」
井草「まぁまぁ、ちょっと助言してくれるだけでいいんだよ」
井草「それに『転校生は只者じゃない』ってのはお約束だよ。実はなんかすごい特技持ってるんでしょ?」
遊佐「お前にとっては珍しい珍しい転校生でも、俺にとって俺は『特に趣味も個性もない平凡な主人公』なんだよ!」
井草「またまたぁ~。ご謙遜なさんなって」
 肘をぐりぐりと押し当ててくる。
 オヤジかお前は。
遊佐「それに軍師とは君主に仕えるいわゆるアドバイザーのことだ」
遊佐「俺が軍師だったらお前がキャプテンでいいんだな?」
 暴れる係を希望するならキャプテンはできんだろう。
 その仕事をこなすのはキャプテンではなくエースと呼ばれる人間たちだ。
井草「別にいいよー」
 あっさり肯定されてしまった。
井草「ていうか最初から決まってたし」
 決まってたのかよ!
遊佐「キャプテンなのに暴れるのか?」
井草「別にやられちゃっても復活できるしね。いいんじゃない?」
 ちくしょう……なるほどな……
井草「頼んだよ遊佐軍師。遊佐って頭いいんでしょ?」
遊佐「わるい」
井草「じゃあよろしく」
 無視っスか!
井草「さて、そろそろ時間っぽいか」
井草「みんなも武器を受け取って試合開始に備えてね!」
 武器か。
 そういえば俺って何持てばいいんだろう。
遊佐「武器はどこで配給してるんだ?」
井草「風紀委員の不二子ちゃんが入場門のとこでやってるよ」
井草「さっき説明したじゃん。遊佐、その時いなかったっけ?」
 ぎくっ。
 多分、俺が丁度逃げ出していた時だったのかも。
遊佐「あはは、そうか。そうだったな。じゃあもらってくるわ」
 曖昧な言葉で会話を打ち切ると、俺は入場門にいるという早乙女のもとへ向かった。
最終更新:2007年02月18日 22:15