時限妄想(月島 聖)

チッ……チッ……チッ……

『それ』は静かにジッと身構えていた。
『それ』自身にに大した『強さ』は無い。

チッ……チッ……チッ……

ただ、『それ』は見せつける。
何事も『それ』が司る『ちから』には平伏すしか無いのだと。

チッ……チッ……

与えるは、『焦り』
与えるは、『苛立ち』
与えるは、『悔恨』

そして

チッ……チッ……

『 絶 望 』

そして今日も、その『ちから』を解き放つ時が近づく。

チッ

哀れな獲物の希望の光を刈り取る、暗い喜びにその身を震わせるため

チッ…… / 静かに

チッ…… / 審判の鐘を

チッ…… / 撃ち鳴らす!!




事は出来なかった。


ぽち。

俺「うし、目覚まし発動三秒前。勝利」
布団の中で小さくガッツポーズ。
転校三日目にしてようやく、教室に入るなり先生に迎えられる事態は避けられそうだ。
そろそろ『遅刻魔』の称号も返上すべきだろう。

???「もう、無理して起きなくても私がちゃんと起こしてあげたのに」

不意に隣から声がかかる。
普段のアイツからはとても想像出来ない、甘く、そして優しい声。

俺「ばっか、こういうのは自分で起きてこそ価値が」

まて、隣?

俺「……へ?」


おちつけ。

と  な  り  か  ら  で  す  と  !  ?


うつ伏せ状態で目覚まし時計(丸くて赤くて喧しいニクイ奴である)に手を掛けたまま、バネ仕掛けのおもちゃの如く物凄い勢いで声のほうへ振り向く。
何やら首から嫌な音が聞こえたような気もするが、構っている余裕はない。

???「まったく。まだ寝ぼけてるのか?」

おこk落ち着けよく考えろ俺は昨日確か学校から帰って飯食って風呂入ってテレビ見て宿題思い出してあわてて片付けて時計みてやべえもうこんな時間だまた遅刻しちまうと慌ててベットに入ろうとして机の角に足の小指を痛打して激痛にのた打ち転がり回りながら半泣きで自分のベットに潜り込んで涙とともにねんねこにゃーなはず!ってよく覚えて冷静に思い出してるなオレ!?

???「どうした?そんな赤い顔して」

何故そんなに慌ててるのか、まるで理解できませんよ?ってな顔で可愛らしく首を傾げる。俺と同じくうつ伏せた姿勢で。
そりゃそうだろう、これだけ驚きゃ顔も赤くなる。
というかなんで彼奴がいきなり隣に!!

俺「ひ、ひ」

こっちは余りの急展開に頭が付いていかず、俺の声帯は壊れたボイスレコーダーのように同じ音を発するのみ。
???「あ、昨日のこと思い出すのは反則だぞ!私だって恥ずかしいんだからな!」
続いた言葉にさらに混乱する。
驚きの余り呂律が回っていない自分が居ることを、頭の隅っこで小さくなっているもう一人の自分が冷静に観察している。

もう一人の自分曰わく、「ナントも情けない」

俺「ひひひ」

壊れたボイスレコーダーはリピートに特化した機能をさらに早め、
???「でも、遊佐と夜を共にしたことは後悔してないぞ、って何言い出してるんだろうな私は」

ははは、とはにかみながら俺の顔を、いや俺の瞳をじっとみつめながら、信じられない言葉を口にしたのは

俺「ひっひひ、ひひ聖さんっ!?!!1!?1??」

裏返したような音しか発することの出来なかったボイスレコーダーは、ようやくその機能を停止した。

聖「どうしたの?さっきから様子が変だぞ?」

そう、あのツン剣娘『月島 聖』が目の前にいる。それも決して広くはない俺のベットで。

俺「な、なんでこん」
な所に、と口に出そうとした瞬間、唇を人差し指で塞がれた。

聖「わかった。それ以上言うな。ううん、言わないで。」
思っていた以上に、細く柔らかな指の感触に、またもや頭が混乱する。

聖「言わなくても、ううん、もし私があなたにとって一時の存在だとしても。」
そして聖の熱にうなされた様な

いや

聖「私のこの気持ちは変わらない。」

蕩けたような瞳と

聖「だから。。。」

やさしく包み込むように首に回された両手に抱き寄せられるようにして、
熱く上気した吐息と共に、桜色の唇が

俺「聖……」

ゆっくりと近づいて……



痛っ!!???


???「なにを寝ぼけとるんだお前わ!気持ち悪い寝言はいらん!ほら、さっさと着替えてご飯食べな!」

柔らかだと信じて疑わなかったその唇は、
???「まったく、たまに世話しに来たらコレかい!」

ピンクの靴下を履いた、踵と化した。

俺「……あれ?ひじr」

???「寝ぼけるのも大概にしろ」

起抜けのぼんやりした頭は、まだ状況をきちんと把握していない。それでも俺の周りでこんなことするのは、一人しか考え付かなかった。

俺「ていうか重いたたいたいいたいいたたた!!!!11!!1!」

踏まれたままの顔に、さらに重量がのしかかる。

???「なんか言ったか、愚弟。」

俺「ごめ、ごめんねーちゃんごめんマジ痛いって!!」

激痛と共に、ぬるま湯に浸っていた意識がようやく覚醒する。

???「ほらほら、あんたがダラシナイせいでこうやって朝ご飯の用意までしてやってるんだから、さっさと起きる!」

まったくなんであたしが、とかブツブツ文句を言いつつ、部屋を後にする。
どうやら朝食の仕上げに向かったようだ。

俺「……暴力オバンめ(ぼそ)」

???「なんか言ったか!飯抜きにすんぞ!!」

俺「すみません荘子お姉さま!!」

紹介しよう。これぞ我が不逞の姉、遊佐 荘子(25才)
驚く事に、主婦である。
こんな凶暴な姉を嫁に貰ってくれた義兄に心から感謝すると共に、心からお悔やみ申し上げたいものである。
まあ、こんな姉でも何日かに一回はわざわざ様子を見に来てくれてるわけで。

荘子「おいぃー?はやく食べないと遅刻が迫ってるわけだがー?」

そんな遅刻って、今日は余裕持って起きたはz
そこではっとして、バネ仕掛けの如く振り返り、目覚まし時計を確認する

俺「ぎゃーーーーーーーす!!!11!!!」

審判の鐘は撃ち鳴らされた。
どうやら今朝も時間との戦いになりそうだ。
最終更新:2007年02月21日 13:55