お呼びでなくてもブロン子なんだが?


主人公×ブロン子

○ 暗転

  幾種類もの蝉の鳴き声が重なり合い、寝ぼけたままの頭に響き渡る。
 俺「ちくしょー。こうなるならもっと早く寝とくんだったぜ」
  寝不足の日には必ずといっていいほど後悔しながら考えることを今日も例外なく思考しながら、俺は通学路をひたすら走っていた。

  ――今日は転校初日。親の仕事の都合で、いくつもの県をまたいでこの街へとやってきた。
  私立ヴァナ・ディール学園。それが新しい学び舎の名前だ。

  そんな大事な初日だというのに見事に寝坊した俺は、パンを一切れ咥(くわ)えながら昔の少女漫画の王道ヒロイン張りに息を切らしていた。
  目覚ましはいきなり壊れていたし、父親は早朝から出かけているし、母親は父親の外出の手伝いで疲れたのか爆睡してたし、もう散々だ。

○ 路地

  それにしても、徒歩15分ってのがこんなに遠いとは思わなかった。
  せっかく住居を学校の近場に選んでも、始業ギリギリまで寝坊していたら世話がない。
  始業まであとせいぜい2、3分。30分前までには職員室へ挨拶に来いと言われていたのに、それどころではないな。
 俺「うおおおおおっ!!」
  とりあえず無闇に叫びながら、必死に学校へ向かっていることをアピールしておこう。誰にって? そんな細かいコト気にしない。

  ――まあ、結局間に合わなかったんだけど、そんなことどうでもよくなるような事件が起きたんだ。

  学園の校舎が視界に映り始めた頃。10メートルほど先に赤信号の交差点を捉えていた。
  幸い交通量はゼロに等しい。渡ってしまえ! と、走る速度を上げて一気に突き抜けようとした。抜ければあと少しで到着だ!
  息切れはあまり気にならなくなっていた。視界の中で徐々に存在感を増す校舎を見据えながら、ただ走り続ける。
  ああ、走るのってこんなに気持ちいいことだったんだ!
  なんて朝の穏やかな風に煽られながら感動したのも束の間、視界の隅で動くものを見つけた。
  もの? いや、人だ。
  交差点の左側から、俺と同じように駆けてくる人影。同じ学生かな? いや待てよ? このまま走り続けると、俺たち衝突しないか?

  嫌な想像が頭を過ぎった。
  ぶつかる学生二人。反動で尻餅をついてしまった女学生に手を差し伸べ、「大丈夫ですか?」なんて気遣いながら立ち上がるのを手伝うんだ。
  少女は最初は迷惑そうな顔をしていたけど、その表情の傍らで頬を赤らめていることに気づく。
  よく見ると、少女の容姿の端正なこと。俺はひと目で恋に落ちてしまい、心中で舞い上がりながら少女と並んで遅刻の通学路を歩くのだった。
  ……あれ? ベタベタだけどいい想像だったな。

  まあ、想像は想像である。
  現実はといえば、衝突したと思われた一瞬の後、上半身が裸になった俺がいた。
 俺「って、えええええ!?」
  何が起きたのか、悟るまでに幾ばくかの時間を要した。こんなことしてる場合じゃないのに!
  そうだ、相手は大丈夫だろうか?
 俺「って、えええええ!?」
  思わず同じ叫びを繰り返してしまった。
  そこに立っていたのは、俺の想像通り女学生だった。
  しかし、その長身な容姿は端正、というよりは、綺麗は綺麗なのだがどこか危険な美貌を兼ね備えているというか。
  何よりも、その手に握られている、歪な形をしたどす黒い剣のようなものは……これを危険と言わずして何が危険なものか!
  まさか、それで俺の服を微塵切りにしたとでもいうのか? んなバカな!
 ブロン子「つまらんものを斬ってしまった愛剣グラットンの嘆きが俺の心を悲しみで包んだ。
  赤信号は一人で渡ると怖いという名台詞を知らないのか?」
  知らないよ!
  女学生は言いながら、剣を腰にぶら下がっている紐に引っ掛けて収めた。諸刃が剥き出しでとても危ない。
 ブロン子「お前、同じ学校の制服のようだな。急げよ、一瞬の気後れが命取り」
  続けて肩越しにそんな忠告を投げかけ、女学生は学園へと向かって立ち去るのだった。女だてらにちょっとカッコいい後姿に悔しさを覚えたものだ。

  ――えっと、服、どうしよう?
  なんて疑問よりも先に、呆然と立ち尽くす俺は、虚しくも鳴り響く学校のチャイムをBGMにただ一言だけ呟いた。
 俺「銃刀法を知らないのか?」
  きっと俺は間違ってないはずだが、それはともかくとして、これから起こる波乱に満ちた学園生活を連想するのに十分な事件だった。

 ブロン子「九分で良い」


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最終更新:2006年12月26日 22:53