包帯の中身を見た彼女は、無言だった。
私はとりあえず深入りされないように先手を打った。
杏「貴方には関係ない」
ましろ「確かにそうだね」
杏「分かっているなら放っておいて」
すんなり了承されたのは少し驚いた。
誰だって、こんなものに深入りしたくは無いかも知れないけれど。
ましろ「分かった。でも一つだけ聞いても良い?」
杏「……」
ましろ「死にたいの? それとも気にされたいの?」
杏「なっ?!」
いきなり核心を突く彼女。
ましろ「念のために言うけど、どちらにしてもわたしは止めないよ?」
杏「!?」
続けてつむがれた言葉に、私はただ驚く事しか出来ない。
ましろ「もし死にたいなら、今度は首を切れば良い」
ましろ「そうすれば、確実に死ねるよ」
さらさらと、詩を朗読するように続ける彼女。
思考が追いつかない。
ましろ「自分でその勇気が無いなら、わたしが殺してあげる」
唐突な提案。
一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
杏「な、何をばかなっ」
ましろ「何かおかしなこと言ったかな?」
不思議そうに尋ねる彼女。
1+1=2の答えが違うといわれたかのように。
杏「あなたが私の自殺を助けたとしても、あなたに利益は無い!」
ましろ「死んだ後の他人を気にするなんて、杏ちゃんは優しいね」
杏「違う! 私は!」
ましろ「わたしなら気にしない。杏ちゃんはわたしと違って良い子だ」
杏「な、何を言って……」
薄っすらと微笑む彼女。
いつも遠くから見えていた表情と違い、その笑顔は冷たい。
ましろ「杏ちゃんはわたしと正反対」
杏「何を……」
当たり前のことを。と続けようと思った。
しかし……。
ましろ「杏ちゃんはすごく良い子。他人のことを考えてる」
杏「え?」
彼女が何を言っているのか、やはり理解できない。
私が、良い子? 不良のレッテルが大きく張ってある私が?
ましろ「世界は不公平だね。愛されたい人が愛されず、愛されたくない人が愛される」
歌う様に、真意の理解できない言葉を連ねる。
ましろ「ねえ。杏ちゃん」
ましろ「お友達になろうよ」
杏「いきなり何を……」
会話につながりが見えない提案。
そんなもの。私が受ける訳が……。
ましろ「もし死にたかったとしたら、私が死なせてあげる」
杏「…………」
ましろ「気にされたいなら、わたしと友達になれば実現できる」
杏「……何を……」
ましろ「理性的に考えてみて? お得な話でしょ?」
確かに、彼女の言うとおりかもしれない。
私がどちらを望むにしろ、彼女の提案に乗って、私に損はない。
しかし……。
杏「私は……」
ましろ「そこに感情論が入り込む余地があるかな?」
杏「あなたは……誰?」
不意に目の前にいる人が誰なのか分からなくなった。
ここにいるのは柊ましろ。
クラス、いや学校のアイドル的存在のはず……。
ましろ「わたしはわたしだよ? 柊ましろ」
杏「そんなはず、ない」
無駄だとわかってはいるけど、否定せずにはいられない。
あの姉が必死に守っている彼女が。
あの彼女が……。
ましろ「杏ちゃんもやっぱり理解してくれないかな?」
杏「え?」
ましろ「みんな気づいてないけど、これがわたしだよ」
杏「気づいて……ない……?」
ましろ「生活のために、必要なものを選び続ける」
ましろ「わたしが笑顔で居るのも、生活で必要なものだったから」
杏「そんな……」
私が言うのもなんだけど、そんな生き方は……。
ましろ「もう一度聞くよ?」
混乱しそうな思考のなか、彼女が続けて問いかける。
ましろ「わたしと友達になろうよ」
私は、気づいたときには首を縦に振っていた。
ましろ「今話してることは二人だけの秘密だからね」
ようやく彼女はいつものにこにことした笑顔に戻った。
満足そうに頷いてから、絶対だからね。と彼女が念を押す。
ましろ「それじゃ包帯巻くから、じっとしててね」
何故、彼女はあんな事を私に打ち明けたの?
丁寧に包帯を巻く彼女の姿は、本当にさっきと同一人物だったの?
分からない。
いや、一つだけ分かる事がある。
良く分からないけど、彼女は私が必要らしい。
でなければ、あんな事を打ち明けたりはしないだろうから……。
でも、どうして私なんかを選んだんだろう……?
最終更新:2008年04月10日 10:15