もうすぐ本日最後の授業が終わる。
ちなみに聖は『こんな顔で教室にいけるわけがない』との事で早退した。
まあ、パッと見ただけで泣いたって分かるしな。

遊佐「さてっと」

授業が終わるまで時間がない。
これからの行動を考えないといけないな。
こう言ってはなんだが、聖が取り乱してくれたおかげで、少し落ち着いて考えられる。
まず、俺は何かに切り捨てられた。
綺麗にポイっとだ。
ましろちゃんの切り捨てるって言葉の真意が良くわからん。
俺の感性では、何かのために犠牲にするって事だと思うんだが……。
とりあえず、現状として、俺との交友関係はなかった事にされている。
うーん。
ゼロからのやり直しは可能だろうか?
ましろちゃんの態度から考えて難しいだろう。
彼女の態度は、完璧に俺を除外している。
しかし、他にアプローチの方法は思いつかんな。

遊佐「ダメ元で聞いてみるか」

うむ。そうしよう。
授業も何となく終わったようだし。

遊佐「ましろちゃん」
ましろ「何かな?」

今朝と同じ笑顔。
うーん。やっぱ威圧感がすげーな。
おっと、ひるんでる場合じゃない。

遊佐「あのさ、ゼロからやり直しって出来ないかな?」
ましろ「ゼロから?」

きょとんとした顔。
でも、何か違う。

ましろ「ゼロって何のことかな?」
遊佐「俺たちの友達関係」
ましろ「変なことを言うね」

冷たい声。でも、周囲は何も気づいていない。
俺にだけ伝わる冷気。
まるで、覗き見防止フィルターをかけたモニターのようだ。
それとも、俺の感性がおかしくなったのか。

ましろ「私と遊佐君の間には元から何もなかったよ?」

思ってたより辛らつな答えが来たな。
胸が痛いぞ。

遊佐「じゃあ、これからスタートってのはダメ?」

ましろちゃんがにっこり微笑んだ。

ましろ「ありえないよ。それは」

笑顔のまま冷気の篭った言葉を続けるましろちゃん。

ましろ「遊佐君。言ったよね?」
遊佐「え?」
ましろ「『いらない』って」

あの、バリスタの放課後の事か……。

ましろ「遊佐君は邪魔なの、だから切り捨てたんだよ?」
遊佐「う……」
ましろ「切り捨てた事は謝るよ。ごめんね」
ましろ「でも、元通りには出来ないの」
ましろ「わたしの勝手な理由に振り回してごめんね。けれど、もう遊佐君と関わるわけにはいかないから」
遊佐「なんで……?」
ましろ「遊佐君には遊佐君の理念がある」
遊佐「え?」

急に何の話を?

ましろ「わたしにはわたしの理念があるってことだよ」
遊佐「その理念のために、俺を切り捨てるって事?」
ましろ「簡潔に言えばそうだね」
遊佐「その理念に従って、何を選んでるっていうんだ?」

ましろちゃんが、ほんの一瞬、ぴたりと止まった。

ましろ「聖ちゃん。気づいちゃったね」
遊佐「話題を……」

変えないでくれ。と続けようと思った。
けど……。

ましろ「切り捨てないとダメかな」

ましろちゃんの口から出た言葉に、俺は思考を停止させられてしまった。

ましろ「聖ちゃん。鈍いから大丈夫かと思ったんだけど、遊佐君のこと気にかけてたんだね」
ましろ「中庭で遊佐君に寄りかかって泣いてたみたいだけど、何を話してたのかなぁ」

何で、そんなことまで……。

ましろ「遊佐君のこと妨害してるうちに気に入っちゃったみたいだねぇ」
ましろ「仕方ないよね。遊佐君」

俺の問いに答えないましろちゃん。

ましろ「伝えておいてね」
遊佐「何を?」

出来ればその答えは、俺の予想を裏切って欲しい。

ましろ「聖ちゃんに話したんだから、分かるでしょ?」
遊佐「…………」
ましろ「わたしが聖ちゃんを切り捨てたってね」
遊佐「なんで……そんなことを……」
ましろ「ああ、そうか」
ましろ「聖ちゃんが選べば良いんだったね」
遊佐「え?」
ましろ「いつも選んでたから、うっかりしてたよ」

嬉しそうににこにこ微笑む。

ましろ「遊佐君とわたし、どちらを切り捨てるか選んでもらおう」
遊佐「それは……」

酷い選択肢だ……。

ましろ「でも、わたしが聞くと聖ちゃんは正直に答えられないだろうなぁ」
ましろ「ねえ。遊佐君」
遊佐「……なに?」

嫌な予感がした。

ましろ「代わりに伝えておいて貰えるかな? さっきの選択」

やっぱり……。

遊佐「そんなこと……」
ましろ「出来ない?」
遊佐「出来るわけ……ないじゃないか……」

そんな酷い通告。出来るわけがない。

ましろ「じゃあ、仕方ないか……」
ましろ「わたしが言っても、ううん、わたしが言ったら、聖ちゃんはもっと辛くなる」
ましろ「だったら、切り捨てるしかないね」
遊佐「どうして……」
ましろ「それが聖ちゃんにとって、よりベターな結果になるからだよ?」
遊佐「何で!?」

どこが、良い結果なんだよ!?

遊佐「今までどおりにすれば良いだけじゃないのか!?」

問い詰めるようにましろちゃんを見つめる。

ましろ「それが出来ないから、だよ?」

俺は多分、今すごく怒った顔をしている。
そのはずなのに、ましろちゃんはいつもの笑顔だった。

遊佐「どうして!?」
ましろ「わたしがちゃんと選べなくなるからだよ」
遊佐「何を選ぶって言うんだよ!?」

すっとましろちゃんから笑顔が消えた。
いつものましろちゃんからは、想像もできない無機質な表情。
気づいたら、教室には俺たちしか残っていなかった。

ましろ「わたしが選んでるのは、みんなが辛くないで居られるための選択肢」

ひどく、冷めた声だった。
冷水を浴びせられたかのように、俺の中の熱が下がっていく。

遊佐「何だよ……それ……」
ましろ「これ以上分かりやすく伝える言葉は思いつかないな」
遊佐「何だってそんな事を……?」
ましろ「答える必要があるの?」
遊佐「切り捨てられるのなら、説明してくれてもいいじゃないか」
ましろ「切り捨てるんだから、教える必要もないよね」

平行線か……。

遊佐「元通りって訳には……いかないのか?」
ましろ「出来ないと言ったよ」
遊佐「なんで……だよ……」

何でこんな事になってるんだよ……。

ましろ「堂々巡りだね。時間の無駄」

いつものにこにことした笑顔に戻るましろちゃん。

ましろ「とりあえず、明日聖ちゃんに伝えておいてね」
遊佐「え?」
ましろ「チャンスは一度だけ作ってあげる」

どういう……。

ましろ「それじゃ、さようなら。遊佐君」

ましろちゃんのさよならは、一日の別れとして言ったのではないと、何となく感じた。
最終更新:2009年02月04日 18:43