【しのぶ】「まず、何から話そうかね」
しのぶとリューコは場所を移し、公園のベンチで座っていた。
しのぶは、話の順番を決めているようだった。
リューコはそれを大人しく待っている。
数分後、考えがある程度纏まったのか、軽く息をついて話し始めた。
【しのぶ】「あたしが抱えてる不安の正体から行こうか。
なんとなくわかっているだろうけど、舞の事ね」
リューコは黙って頷き、話の続きを促した。
【しのぶ】「今から話すのは、あくまで事の真相から推測する、
あたしの仮説だという事を先に言っておくよ。
ああ、まず真相から話したほうが良いのか」
【村崎】「真相……?一体何の話をしている?」
リューコは困惑した表情で、しのぶを見ている。
【しのぶ】「士郎が死んだ事故は、ちょっとした不運が重なって起こった事故だった。
舞があの日あの時、あの場所に居なければ、何も起こらなかったかもしれない」
リューコの顔が、見る見る驚愕へと変わった。
【しのぶ】「舞はあの日、都と士郎が休憩のためにグラウンドから離れた隙に、
誰もいないグラウンドで、舞はポールに仕掛けをした。
といっても、ネジを緩めただけだけどね。
後は知っての通り、士郎は都が飛ばしたポールの下敷きになった」
【村崎】「そんな……馬鹿な……。……お前は、それを見ていたのか?」
しのぶは暫く考えて、リューコの言わんとするところを察した。
【しのぶ】「見ていたよ。あたしはその時、
生徒会室にいたんだ。
勿論、止めようとして急いでグラウンドに向かった。
けど、間に合わなかった……。
止める方法はきっとあったのに、何も考えられずに
グラウンドに向かう事しか頭に無かったんだ。
あの事故は、あたしの所為でもある。ごめん」
【村崎】「あっ……、いや、お前を責めているわけでは……。
それに、それはお前の所為では無い。
やれる事をやろうとした。それで十分だ」
しのぶはリューコの言葉に力無く笑って返した。
【しのぶ】「なぜ舞がそんなことをしたのかまでは、あたしにはわからない。
ちょっとした悪戯なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
けれど、結果的にあの事故は起きてしまった。
舞は、あたしとリューコが真相を知っている事を、たぶん知らない。
自分だけが知っている事だと思っているはず」
【村崎】「ならば、真相を知っている我々が協力するべきではないのか?
このことを舞に打ち明けて、一緒に都に……」
【しのぶ】「もし、舞が否定したら?あたしが見たという事以外、物的証拠は出ていない。
舞が触ったと思われるボルトからは、指紋も出なかったって話だよ?」
【村崎】「舞を犯人扱いするわけではない!」
【しのぶ】「わかってる。けど、さっきも言ったように、
舞は真相を知っているのは自分だけだと思っているはず。
勿論、周りは校舎に囲まれてて、そのどこかから誰かが見ていたという可能性は否定できない。
あたしのようにね。
ただ、舞も馬鹿じゃない。
指紋を残さないように、なんらかの手段でボルトを緩めるという事をしたんだから、
周りの状況くらいは確認すると思うよ。
たまたま、あたしの姿を見落としたってだけで」
しのぶの舞に対する推理が癇に障ったのか、リューコは少し苛立っている。
【村崎】「それはわかった。
けれど、それと舞が真相を否定するかもしれない事と、どういう関係があるんだ」
しのぶは真顔でリューコを見据え、
「悪戯にしても、そうじゃないにしても、証拠を残さないようにしたという事は、
真相を知られたくないって事だよ。つまり、何故そんな事をしたのか、動機を知られたくないのさ。
事が大きくなってしまった今なら、尚更ね」
と言った。
【村崎】「……我々が理由を聞かずに協力しようとしても、動機を探られるんじゃないかと、
舞が思うかもしれないということか。
そして、一度否定されてしまったら、舞は我々を信用できなくなり頼らなくなる。
だが、それはあくまで可能性だ。
お前と私は、十分に舞の信用に答えられる位置にいる人間だ。
舞は、お前か私の助けを待っているかもしれないんだぞ!?
あの子は、自分から助けてとは決して言わない。……そういう子だ」
しのぶは何も答えなかった。
二人の間に沈黙が流れた。
蝉達も場の空気を読んだのか、声を控えめにし、二人にいくらかの休息を与えたようだった。
リューコは一度大きく溜息をついて、休息中に整理して導き出した答えを確かめるように問うた。
【村崎】「……。お前が感じている不安というのは、
舞が真相をこのまま闇に葬り去るのではないか、そういうことか?」
【しのぶ】「正解。それは、舞にとっても都にとっても、きっと良くないことなんだと思う。
リューコが言ったように、あたし達が協力すべきなのかもしれない。
けれど、それが本当に正しい事なのかどうか自信が無い。
……ううん、違う。怖いんだ。
舞に否定されて、関係が壊れる事が怖いんだ」
リューコは何も言葉をかけてやれない自分に腹を立てた。
しのぶは苦しんでいた。真相を知る事での、私と舞の関係を憂えんでいたんだ。
くそっ!私は肝心な時にいつも!
【しのぶ】「……あたしには勇気が無い」
【村崎】「それは違う!誰だって怖いさ……。
知ってしまった以上、私とお前は運命共同体だ。
行動を起こす時は、必ず私と一緒に頼む……」
リューコは暫くしのぶを抱きしめていた。
そして、朝練に支障が出るといけないからとしのぶに促され、
リューコは真相を話してくれたお礼を言って去って行った。
【しのぶ】「……本当に詰めが甘いなぁ、リューコは」
しのぶは疲れた笑みを浮かべた。
【しのぶ】「ごめんね、リューコ。本当は舞が真相を隠し続ける事に関しては、なんとも思ってない。
舞がそれで良いなら、それで良いと思ってる。
あたしが本当に不安を感じているのは、……たぶん舞自身の事だと思う。
あの子は、あの時から一度も泣いてないんだよ。
現実を受け入れられていなかったのは、都じゃなくて舞の方なんだ。
これ以上、リューコに余計な心配させたくないから、これからも……嘘をつくよ」
●久々津宅 仏壇の部屋
しのぶとリューコが久々津家を出て、暫くして都が目を覚ました。
都は舞におはようと挨拶をしてから、仏壇の前に座りお線香を上げ、
泣き過ぎの所為で、まぶたは赤く腫れてはいたが、落ち着きを取り戻し、
中断していたお祈りの続きをしていた。
【舞】「みぃ姉、落ち着いた?」
舞は心配そうに都の顔を覗き込んだ。
【都】「ありがとぉ、舞。舞のおかげで、楽になったわぁ」
都はにゃははと笑い、舞をそのままガバっと抱きしめ、そのまま話を続けた。
【都】「あんなぁ、舞。あたしさっき、夢見とったんやわぁ」
舞がきょとんとした顔で、「ゆめ……?」都に聞き返した。
【都】「せや、夢や。士郎の夢を見とった」
舞の瞳孔が大きく開く。しかし、それに気が付く者は居なかった。
都は話を続けた。
【都】「士郎はあたしに、気にするなぁ言うとった。
せやけど、そないな事言われても、あたしには無理やで。
あたしが生み出した幻で、無意識にそう思うとるだけかもせーへんし……。
せやから、この事はあたしの責任やと思うとる」
【舞】「……みぃ……姉、それは……それは違う……の……。
あれは、わた……」
【都】「けど、あたしに出来る償いは、ほんの少し。
士郎の代わりに舞を守る事と、士郎が見たかった技を完成させる事だけや。
……ごめんなぁ、舞。コレくらいで許してもらえるとは、思うてへん。
一生かけて償うから……、堪忍してやぁ」
舞は何かを言いたげに口をパクパクとしていた。
次第にそれは治まり、諦めたかのように口を閉ざした。
舞の瞳孔散大は治まりを通り越して収縮し、舞は光を遮断した。
思考が止まり、都に為すがままにされた。
暫くするとしのぶが帰ってきて、「本当に仲がいいねぇ、あんたらは」と
抱き合っている二人を見て言うと、
都はにゃははと笑い「これからは、士郎の代わりにあたしが舞を守っていくんや!」と力強く宣言した。
【都】「これはあたしの責任やから、あたしがしっかりせなあかんねん!」
【しのぶ】「……はいはい、しっかり張り切り過ぎて、舞の手間増やさないようにね」
【都】「ふえぇ~。折角、人が決意しとるのに、何でそないなこと言うん~!?」
舞はあははっと笑っている。
しのぶは気が付かれないように、舞の様子を窺った。
特に変わった様子は無い。
何かあったらと心配したが、気にしすぎか……。
それから1年が経ち、舞はあたし達の後輩になっていた。
すっかり学校にも馴染んでいて、友達も幾分か出来ているようだ。
ただ、元々大人しい性格だったためか、それ程仲の良くない子達には人見知りをしていて、
人により温度差が激しい子というレッテルを貼られている。
リューコは、「そういう子もいる。彼女の魅力に気が付いた者だけが、彼女と仲良くなれる」と、
わけのわからないことを言っていた。
まあ、あたしもそれ程気にしてはいなかった。
問題は都の方だった。
あの事故後、秘匿されていた情報をどこから拾ってきたのか、
士郎が死んだのは都の所為というのが噂として広まり、
都をあからさまに避けるようになった生徒もいた。
噂聞いた生徒が都をからかって、その後落下物に当たり怪我をするという事が起きて以来、
さらに都の周辺から人が遠ざかっていった。
勿論、それは都の仕業ではない。が、犯人はまだ見つかっていない。
初めは都を庇っていた空手部の部員達だったが、
一人また一人と退部や掛け持ちの部に移る者が後を絶たず、
ついには都一人だけで部活を行っているのを見るようになった。
それでも都は部活を続けている。
事故の原因だったあの技の練習を続けていた。
そういえば、つい最近転校生がこの学校の2年にやってきた。
部活を見学する際に、都の飛ばしたポールがぶつかり、あわや事故の再現かと焦ったが、
当たり所も運も良かったためか、特に何事も無く済んだのは幸いだった。
しかし……、この転校生が今まで静かだった水面に石を投げ込んだような気がしてならない。
何もなければ良いのだが、悪い予感がする。
~~~~~~本編へ~~~~~~~
最終更新:2008年09月16日 18:27