遊佐「今日は暑いな……」

昼休みに涼しいところを探し、俺は屋上にやってきていた。
多分一番風通しが良いと予想してきたのだが……。

遊佐「風通しは確かに良い」

遮るものが何も無いためか、そこそこに風がある。

遊佐「だが……」

遮るものがないため、日光も直撃していた。
多分普通ならそれでも涼しいスポットなんだと思うんだが……。

遊佐「今日の太陽は頑張りすぎだな」

朝から妙に暑いとは思っていたが、異常気象らしい。
何か低気圧と高気圧がどうのだそうだ。と中島が言ってた。
どうのだそうだ。じゃ、内容が全然分からんが、どうせ理解出来そうにないからいいや。

遊佐「とりあえず戻るか」

校内の方が日差しがない分マシだ。
こんなところで熱中症で倒れたくないしな。
うむ。
一人頷きつつ、ドアノブに手を伸ばした瞬間、扉がひとりでに開いた。

遊佐「あっつぅ!?」

なにこれ!?
痛くて熱い!

杏「あ……」

扉を開けた主が驚いているけど、正直それどころではなかった。

遊佐「お前は真夏の車のボンネットか!」

ずびしっと扉を指差して叫ぶ俺。
……何してんだろう?

杏「…………」

ばたんっ。
無言のうちに閉められる扉。

遊佐「いやいやいや! ちょっと待って!」

慌てて扉を開けて校内に入る俺。
だって、このままほっとかれたらただの痛い子じゃないか!?

杏「…………(ぷいっ)」

意外なことに、杏はまだ踊り場にいた

遊佐「えっとほら、俺もう戻ったし、屋上空いたよ」
杏「…………」
遊佐「だから、用事があったなら気にしないでいいから。うん」

なんだか必死に弁明してしまう。
うん。今の俺痛いかも?

杏「……別に」
遊佐「ちなみに涼みに来たならここはダメだな。直射日光がヤバイ」
杏「……そう」

小さく返事をして立ち去ろうとする杏。
ふむ。と言う事はだ。

遊佐「あん……月島も――」
杏「杏で良いわ。姉と被るから」
遊佐「分かった。杏も涼しいところを探してたのか?」
杏「別に」

何か突き放すような感じを受けるのは気のせい……じゃないよなぁ?

遊佐「俺何か悪いことしたっけ?」
杏「……?」
遊佐「杏を怒らせるようなこと」
杏「……別に」

じゃあ、杏はこういうキャラなのだろうか?
まあ、突き放すどころか罵倒する姉と比べればマシか。

遊佐「後は中庭の木陰くらいしか思いつかんな。杏も行ってみるか?」
杏「無理。先客がいるから」
遊佐「間借りすればいいじゃん」
杏「……ふぅ」
遊佐「む。なんだよそのため息は」
杏「無理。いっぱいいるから」
遊佐「いっぱい?」
杏「ええ」

多分中庭のことだよな。

遊佐「むしろそれは暑いんじゃないか?」
杏「かなり」

だろうなぁ。
っと、待てよ。

遊佐「今気づいたんだけどさ」
杏「……何?」
遊佐「ここ割りと涼しいよな」

階段の踊り場だが、開けているためか割合涼しい。
くつろげる空間とはいえないせいか、生徒の姿もない。
ラッキーじゃね?

遊佐「って、杏。どこに行く?」
杏「……何か用?」
遊佐「いや、せっかく涼しいんだし、ゆっくりしてけよ」
遊佐「それともアレか。俺がいるから他を探そうというのか?」
杏「ええ」
遊佐「ずばっと言いやがった!」

くそう。
だが、対聖で培われた俺の忍耐力はこの程度では根をあげたりはせんぞ!
むしろ、そういうリアクションをされると、からかいたくなるくらいに成長してあるからな!
……成長なのかなぁorz

遊佐「何だ。俺と噂が立つのが怖いのか」
杏「は?」
遊佐「意外と照れ屋なシャイガールだったんだな。はっはっは」
杏「…………」

俺の挑発に杏は立ち止まり、こめかみを押さえた。
勝った! 何かに!

杏「そういう話では……」
遊佐「じゃ、問題ないだろ。座れよ」

ハンカチを敷いてあげたりして、俺ってば紳士的だなぁ。
くしゃくしゃだけどな。ハンカチ。

杏「はぁ……」

重いため息をついて、杏がハンカチとは逆側に腰かけた。
ハンカチ君。君の出番は無かったよ。ごめんね。
しかし……。

遊佐「…………」
杏「…………」

会話が無い。
な、なにか喋らないと……。

遊佐「えっと、暑いな」
杏「そうね」

1秒で終わってしまった。
うーん……。

遊佐「あ、聖とは仲いいのか?」

何だこの二者面談みたいなのは。

杏「…………」

やっぱり答えてくれないし。

遊佐「あ、嫌なら答えなくてもいいから。うん」

無難な話題って難しいなぁ。

杏「分からないわ」
遊佐「へ?」
杏「ずっと話もしていないから」
遊佐「そ、そうなのか?」
杏「ええ」

仲が悪いとかそういうラインですらないのか。

遊佐「何かあったのか?」
杏「…………」

あ、しまった。思ってたことが口に出ちゃった。

杏「聞いてどうするの?」
遊佐「え? あー……聞いてから考えるかな」
杏「そう」
遊佐「ま、無理に言わなくて良いよ。俺がどうにか出来る事の方が少ないだろうし」

悲しいけど事実だなぁ。

杏「……そうね」
遊佐「しっかし、聖も困ったもんだな」
杏「……?」
遊佐「自分の姉妹仲も落ち着いてないのに、守る守るって」

やっぱり、自分のことを片付けてからにすべきだろう。
そんな浮いた状態では出来る事も出来ない。と俺は思う。

杏「仕方ないのよ」
遊佐「ん?」
杏「お姉――あの人は何も分かってないから」

分かってない?

遊佐「それって……?」

意味を尋ねようとした時、タイミング悪く始業の鐘が響いた。

遊佐「あー……」
杏「戻ったら?」
遊佐「だな。って杏は戻らないのか?」
杏「放っておいて」
遊佐「あいよ。気が向いたら教室で会おうぜ」

返事は無かったが、これ以上はまずいので俺は走り出した。
ちらりと後ろを覗くと、杏はつまらなそうに階段に座っていた。
最終更新:2008年10月21日 04:40