こないだは大変だったなぁ。
聖に勝てるとは思ってなかったけどね。
ま、それはともかく、約束守ったかどうか見に行くか。
つまり、杏の昼飯を見に行くわけだが。
ついでに俺のも作ってもらえばよかったか?
でも、変な噂とかになると困るし……。

遊佐「よっす」
杏「…………」

相変わらずの無愛想っぷりだ。
膝の上に弁当がおいてあるところを見ると、ちゃんと聖は渡したんだろう。

遊佐「珍しいな。弁当か?」
杏「……白々しい」

ジト目で睨まれる。

遊佐「なんだよ?」
杏「あなたの差し金でしょう?」
遊佐「な、なにゆえ……」
杏「全部聞いたわ」

むぅ。聖のやつめ、口の軽い。

杏「私が断ったら、ひどい目に会うって涙目だったわ」
遊佐「はっはっは。大げさな奴だな」

そのくらい言わないとやらなかったくせに。

遊佐「ま、弁当は貰っても困らないだろ」

味が悪くなければだが。

杏「……はぁ」

ため息をついて弁当箱を見つめる杏。

遊佐「食わないのか?」
杏「…………」
遊佐「食わないと聖がひどい目にあうぞ」
杏「……脅し?」
遊佐「まあ、どうしてもイヤなら仕方ないけどな」
杏「…………」
遊佐「何だ? 聖は料理下手なのか?」
杏「……さあ?」

そういえば杏が知ってるはずないわな。

遊佐「とりあえず食ってみようぜ。不味かったら俺が文句言っとくし」
杏「……分かった」

渋々と弁当箱を開けると、意外と小奇麗な中身が現れた。

遊佐「ふむふむ。見た目は十分美味そうだな」

卵焼き・ウィンナー・ポテトサラダに鮭の切り身と。
一般的な中身すぎて逆につまらんくらいだ。

遊佐「どーんとゆで蟹が入ってるくらいの剛毅さを予想してたんだがな」

ごんっ

ん? 何の音だ?

杏「…………」
遊佐「ま、食ってみようぜ」
杏「……なんだか乗せられてる気がするわね」
遊佐「気にするな」
杏「……はぁ」

箸を取り出して、ウィンナーをつまむ杏。
つまらん。無難すぎる。

もきゅもきゅ……

遊佐「どうよ?」

ウィンナーはよっぽど間違えないと不味くならないだろうけどな。

杏「……普通」
遊佐「まあ、ウィンナーだしな」

続いて卵焼きに箸を伸ばす杏。
家庭の味が分かるところだな。
ど下手という事はないって判断したのだろうか。

もきゅもきゅ……

遊佐「どうよ?」

なぜかワクワクしながら聞いてみる。

杏「……普通」
遊佐「おいおい。それじゃ分からないだろう」

もっと表現の仕方があっていいと思うぞ。

遊佐「甘いとかしょっぱいとかだし巻きだったとか」
杏「……食べてみたら?」

めんどくさそうに弁当箱がこちらに差し出される。
手元のわびしいパンより、はるかに魅力的に見えたのは当然だろう。

遊佐「ちょっとならいいか」

うむ。元々杏と聖に接点を作らせるためだったし。
ちょっとくらいならいいだろう。

遊佐「んじゃ、卵焼きを一つ貰おうか」

つまんで口に放り込む。
ん。これは……。

遊佐「美味い……だと……?」

正直予想外だった。
中身はきっちり半熟で混ぜてあるチーズが舌に絡みつく。
それでいてしつこくなく、まろやかにさえ感じる。
ほんのりと甘口でご飯との相性が良さそうだ。
もう一度言おう。
美味い。

遊佐「女将! ご飯を持てい!」
杏「……は?」

はっ。

遊佐「すまん。取り乱した」
杏「……?」
遊佐「美味いじゃないか。何か不服なのか?」

卵焼きはだし巻きしか認めないとか。

杏「……別に」

ツンデレなだけか?

遊佐「それはともかく、もうちょっと分けてくれ」
杏「…………」

無言でいやそーな空気を出す杏。
やっぱり美味いと思ってんじゃないか。

遊佐「いいじゃんかよー。分けてくれよー」
杏「……はいこれ」
遊佐「やったー! って付け合せのレタスじゃねえか!」
杏「…………」

あきれた視線を感じる。
レタス齧りながら言っても説得力なかったかな?

遊佐「俺はレタス程度で妥協する男じゃないぜ?」
杏「……?」
遊佐「そぉい!」
杏「あっ」

遊佐のぬすむ→最後の卵焼きをぬすんだ!

遊佐「うめー。たまごうめー」
杏「…………」

ん?
なんか黒いオーラが……。

遊佐「うっ」

杏が怒っていた。
かなり。

遊佐「ご、ごめんごめん」
杏「……(ぷいっ)」
遊佐「なんだよー。美味いと思ってたなら素直にいえよー」

ぷちっ

遊佐「ん?」

音の発生源は、杏の足元だった。

遊佐「お、俺のコロッケパンが!」

ふくろの中で、無残に半分がぺったんこになったコロッケパン。
さらにもう半分も踏む杏。

遊佐「やめて! おじいちゃんを踏まないで!」
杏「ふん」

やっと杏の足が退いた後には、無残な姿のコロッケパンが……。

遊佐「食べ物を粗末にするなよ!」
杏「……まだ食べれる」

そりゃ、確かに食えるけどさ……。

遊佐「くそう。おぼえてろ!!」

つぶれたコロッケパンを手に泣いて走る俺。

聖「うわっ」

廊下に出た瞬間聖と出くわした。

遊佐「あれ? 何してるんだ?」
聖「え? あ、いや、その……」
遊佐「ん?」
聖「そう! 散歩! 散歩だ!」
遊佐「ダイエットでもするのか?」
聖「ま、まあ、そんなところだな」
遊佐「なんかあやしーなー」
聖「そそそそんなわけないだろう!」
遊佐「じとー……」
聖「な、何があやしいというのだ」

ふんっと偉そうに胸を張る聖。
……なんで偉そうなんだ?

遊佐「大体お前、ダイエットなんかいらんだろ」
聖「な、なにを言う。私とてスタイルくらい気にしてだな」
遊佐「ダイエットなんかしたらますます胸が縮むぞ」
聖「んな!」
遊佐「貧乳は希少価値というが、巨乳は資産価値らしいぞ?」
聖「謝れ! 全国の女性に謝れ!」
遊佐「いや、俺の言葉じゃないし」
聖「全く……」
遊佐「ああ、そうそう」
聖「何だ?」
遊佐「ちゃんと弁当作ったんだな」
聖「当たり前だ」
遊佐「明日もがんばれよ」
聖「は?」
遊佐「明日もがんばれよ?」
聖「待て、何で明日もなんだ?」
遊佐「誰が一日だけで良いといった?」

一日だけじゃないとも言ってないけどな。

聖「……分かった」

うむ。素直でよろしい。

遊佐「んで、話を戻すが、なにしてたんだ?」
聖「うるさい。ほっとけ」
遊佐「なんだよ。教えてくれてもいいじゃないか」
聖「しつこい奴だな。お前なんか……こうだ!」

俺のコロッケパン(ぺったん)を奪い取り窓から放り投げる。

遊佐「やめてー! おじいちゃんを投げないで!」
聖「ふん。取り返しがつかなくなる前に拾って来い。
遊佐「くそう。おぼえてろ!!!」

……コロッケパンは後で遊佐が美味しくいただきました。
こんな切ないコロッケパンは初めてだよチクショウ。
最終更新:2008年10月25日 04:24