今日も今日とて杏の昼飯を覗きに行くわけだが。
前回ので、ちゃんと食べる事は予想できるけど、気になるじゃないか。
あ、暑いから避暑に行くんじゃないんだからね!

遊佐「というわけで来たぞ」
杏「……はぁ」

開幕にため息をつくとは良いツンデレっぷりだ。

遊佐「あれ? なんか弁当大きくなってないか?」

サイズにして1.5倍くらい。

遊佐「明らかに杏が食べきれない量だよな」
杏「……そうね」
遊佐「聖の奴、なに考えてるんだ?」
杏「……さあ?」

杏が知ってるわけも無いか。

遊佐「とりあえず開けてみようぜ」
杏「…………」

なんかいやそーな空気を感じる。

遊佐「ひょっとして先に開けたのか?」
杏「……うん」

で、開けたくない?

遊佐「何だ? 何かあったのか?」
杏「…………」

ちょっと考える杏だったが、何かを諦めたように弁当の蓋を開けた。

遊佐「ん? これ……は……」

何と言うか、うん。

遊佐「……かわいい」

可愛かった。
ソボロで彩られたくまさんご飯とか。
カニさんウィンナーとか。
ウサギさん型のリンゴとか。
花型ニンジンとか。
ハンバーグにハムで顔がついてたりとか。
乙女チックな女の子がキャッキャと作りそうな弁当だった。

遊佐「ほわい?」
杏「私が聞きたい」
遊佐「キャラにあってない!」

ごんっ

ん? 昨日もあった異音だ。

杏「何か吹き込んだの?」
遊佐「いや、全く身に覚えはないが」

可愛いおかずがいっぱいでクラクラしてきた。
種類のせいで明らかに量多いし。

遊佐「なに考えてるんだ? あいつは」
杏「…………」

わけが分からん。

遊佐「気を取り直して食うか」
杏「……そうね」

何となくいやそうなのは気のせいじゃないだろう。

遊佐「ちょっと手伝うよ」
杏「……うん」

一人で食べきるには辛い量だしな。
もぐもぐ……。
やっぱ味は良いな。
もぐもぐ……。

遊佐「ん?」
杏「……?」
遊佐「このハンバーグ……手作りだな」

良くある美味しいハンバーグは、溢れる肉汁とか温かい前提のものだと俺は思う。
しかし、お弁当となるとそうはいかない。
絶対に冷めるからだ。
だから、普通の美味しいハンバーグと同じ方法で作ると、大抵微妙になる。
かといって、肉汁スカスカでは当然美味しくない。
しかし、このハンバーグはそれを踏まえて絶妙なさじ加減がされてある。
今は夏場、冷めた後も微妙な生ぬるさとなる。
おそらくだが、この季節の気温を考慮に入れての火加減。
さらに、中にソースが仕込んであった。
これにより、他のおかずへの飛び散りを防ぎ、かつハンバーグを十分に味わうことが出来る。
このソースは……。
デミグラスソースだけじゃないな?
これは……ミートソース?
比率までは分からないが、二つのソースを混ぜ込んであるようだ。
何と言う職人技。

遊佐「聖。侮れん奴」

気がついた頃にはお弁当は綺麗になくなっていた。
杏が6割強。俺が残りだ。
やっぱり意外と気に入ってるようだな。

遊佐「ふむ。次はマイお箸を持って来ることにしよう」

やはり、慣れた道具が必要だ。

杏「量が減ってたら?」
遊佐「ぐっ」

食べたいけど、そしたら当初の目的が完遂できない気がする。

遊佐「が、我慢するに決まってるじゃないか」

欲に負けて目的を見失うわけにはいかない。
なんか既に駄目な気がするけど気のせいだ。

杏「……ふぅ」
遊佐「何だ? 言いたいことがあるならはっきりと――」
杏「…………」
遊佐「いや、やっぱり言わなくて良い」

何か怖いし。

遊佐「ところで、弁当の感想とか聞かれたりしないのか?」
杏「……特には」

聖の意気地なしめ。

遊佐「聞かれたらどうする?」
杏「……さあ?」
遊佐「というかどうだった?」
杏「…………」
遊佐「不味かったか?」
杏「…………」
遊佐「美味かったよな」
杏「……そうね」

やっぱり美味かったんじゃないか。

遊佐「素直にそういってやれよ。喜ぶぞ」
杏「……別に」
遊佐「素直になればいいものを」
杏「放っておいて」
遊佐「やれやれ。困ったさんだな」
杏「……帰って」

ん。ちょっと怒ったか。
仕方ない。
ちょっと撤退するか。

遊佐「へいへい。んじゃ、またくるよ」
杏「…………」

ちょっとびっくりした気配を感じる。
たまには引いて見せるのも肝心だ。

遊佐「じゃな」

軽く手を振って歩き出す。

遊佐「あれ? 聖?」

廊下に出た瞬間。
また聖が居た。

聖「ゆ、遊佐か、奇遇だな」

今日も何か挙動不審だなぁ。

遊佐「また散歩か?」
聖「え? いや、あ、うん」
遊佐「昨日も来てたけど、実は目的があるとかじゃないのか?」
聖「うぇ!? そ、そんなことはないぞ」

あやしい。

遊佐「実は秘密の取引の現場とかそういうのか?」
聖「へ?」
遊佐「む、違ったか」

んー。じゃあ何だろ?
あそこの事は知らないはずだし?
まあいいか。

遊佐「それはそうと」
聖「何だ?」
遊佐「お弁当はもっと大きくてもいいと思うぞ」
聖「そ、そうかな?」
遊佐「うん。二人分くらいにしてくれ」

俺が食うから。

聖「わ、分かった」
遊佐「けど可愛いのはどうかと思うぞ」
聖「……そうか?」
遊佐「はっきり言って似合わん」
聖「そうか……」

なぜかしょんぼりする聖。

遊佐「もっと男らしい弁当かと思っていたし」
聖「…………んだ」
遊佐「ん?」
聖「い、いや、なんでもない。じゃあな!」
遊佐「あ、おい!」

走り去っていく聖。
何て言ってたんだろう?
最終更新:2008年10月25日 04:34