翌日、杏と話がしたかったが、中々機会が得られない。
登校してるのは間違いないんだが。
なので、昼休みを待ってみた。
時間多いし、何とかチャンスを作れるだろう。
チャイムが鳴り、授業が終わった。
それと同時に教科書を仕舞い、席を立つ。
そして、杏の動きに注意しながら、おいかけ……。

聖「ゆ、遊佐」
遊佐「ん? 何だ?」
聖「えーっと、その、な」

何だ?

聖「その、もしよければなんだが」
遊佐「すまない。ちょっと急いでるんだ」
聖「そ、そうか。すまない」
遊佐「いや、じゃあな」
聖「あ、ああ」

しまった。杏を見失った。
しらみつぶしに探すしかないな。

…………
……

飯も食わずに探したが、結局昼休み中に見つけ出す事は出来なかった。


…………
……

遊佐「やっぱり居ないか……」

放課後になり、あちこち杏を探しているが、全く見つからない。
屋上に居ないとするとどこだろう?
もう帰っちゃったかなぁ。
うーん。もう一回中庭の方でも見てみるか。

どんっ

遊佐「あ、ごめん」
杏「……」

って居たよ。

遊佐「あ、杏」
杏「…………」
遊佐「まてまて、無言で去ろうとするなよ」
杏「……何?」
遊佐「謝ろうと思ってさ」
杏「…………」
遊佐「確かに、俺は杏のこと、全然考えてなかった」
杏「……そう」

聖のためとまで言い張れる自信はない。
だから……。

遊佐「俺は、自分のために仲直りさせようとしてたんだ」
杏「…………」

だから、自分のため。
俺が楽しい生活を送りたかったため。
そう思うと、なんだか凄く申し訳ない気持ちになる。

遊佐「俺のワガママで、杏に迷惑をかけて、本当にすまなかった」
杏「…………」

ただ、頭を下げるしかない。
それしか思い浮かばなかった。

遊佐「もし、杏がやめさせたいなら、聖にも言っておく」
杏「……もう、いいわ」
遊佐「…………」
杏「昼食も……このままで良い」
遊佐「……杏」
杏「……仲直りしたくないわけではないの」

それを聞いて、少しだけ楽になった気がした。

杏「……ただ」
遊佐「ただ?」
杏「……何でもないわ」
遊佐「……そうか」
杏「……いい加減、顔をあげてくれる?」
遊佐「ああ、中々言ってくれないから正直困ってたぞ」
杏「……ふぅ」
遊佐「ところでさ」
杏「……?」
遊佐「嫌だったら答えなくて良いんだけど……何があったんだ?」
杏「……二度目ね」
遊佐「ああ、前よりも二人のことは知ってるつもりだからさ、一応ね」
杏「……私たちを知っても仕方のない事よ」
遊佐「でも、気になるじゃないか、何かできるかもって」
杏「……ふぅ」

やっぱ……ダメかな?

杏「……仕方ないわね」
遊佐「話して……くれるのか?」
杏「……たびたび聞かれても面倒だから」
遊佐「ははは。すまん」
杏「……あれは……いつ頃だったかしら……」
杏「幼稚園くらい……だったと思う」
杏「うちは旧家の遠縁で、たまに本家の偉いのが来るの」

そうなのか。
普通にしか見えなかったけど。

杏「……うち自体は一般家庭よ」
遊佐「顔に出てたか」
杏「……はぁ」
遊佐「すまん。続けてくれ」
杏「……確かあの時……あいつが猫を連れてきて」

あいつ?
本家の偉いやつのことかな?

杏「私と姉は猫と遊んでいたの」

和やかな光景だろうな。

杏「しばらくして、姉が友達に呼ばれて、私一人になった」
杏「その時、猫が急に吐きだした」
遊佐「吐いた?」
杏「原因は、姉が置いていった小さな鉛筆」
遊佐「それって……」
杏「異食というやつね」
杏「私はどうすれば良いか分からず、ただおろおろしていた」
杏「その時……丁度あいつが現れた」
杏「猫はそのまま死んでしまったわ」
遊佐「……そうか」
杏「それからはあいつが家に来るたびに、折檻を受けた」
杏「父も母も抗議どころか、一緒に私に折檻をする」
遊佐「抗議も……せず?」
杏「あいつに借金があったらしいわ」
遊佐「それで逆らえなかったっていうのか?」
杏「もう、どうでもいいわ」
遊佐「でも……!」
杏「あいつが来なくても、常に姉より劣った妹という扱い」
杏「そして、全てを知らずに暢気に過ごす姉」
杏「全てを理解しても、誰が納得できる!?」
杏「唯一と思っていた姉も、よくよく考えれば原因はそこ!」
杏「もはや、憎悪しか沸かなかった!」
遊佐「…………」
杏「血を分けた親すら、自分のためなら子供を見捨てる!」
杏「それで、人間を信じられると思う!?」
遊佐「…………」
杏「……これで、全部よ」

静寂が降り立った。
どれほどひどい折檻を受けたか、俺は知らない。
しかし、杏が嘆き、絶望したことだけは、痛いほど伝わった。
でも……でも、絶望したまま過ごすなんて……。

杏「……分かってる。あれは事故だった」
杏「これでも、以前よりは成長したつもり」
遊佐「…………」
杏「だから、姉の事は、仕方ないと済ますつもりよ」
遊佐「……聖が知らないままでいいのか?」
杏「……知れば悲しむもの」
遊佐「そうかもしれない。でも――」
杏「胸に秘めておけば、姉は考えなくて済むのよ」
遊佐「そんなの、杏が……お前が辛いだけじゃないのかよ!」

知れず、俺は涙を流していた。
そして、杏も……。

杏「これで、いいの」
遊佐「この……バカ」

本当に……バカだよ。
何が不良だ。
こんな不良がどこに居る。

杏「……離して」

胸元で杏がくぐもった声をあげる。
俺は、杏を抱きしめていた。

遊佐「……嫌だ」
杏「……離しなさい」
遊佐「俺が泣き止むまで我慢してくれ」
杏「……ふぅ」

いつものため息が、少しだけくすぐったかった。
最終更新:2008年10月31日 01:44