遊佐「う~ん。職員室はこっちかなぁ?」

早めに登校したというのに、しくじったな。
思ってたより広い。
何かどんどん人気がなくなってきたし、さっさと誰かに聞けば良かった。
あ、向こうに女子が居る。
ちょっと聞いてみるか。

遊佐「ねえ。ちょっと良い?」
??「…………」

華麗にスルーして通過していく黒髪女子。
何となく、人を寄せ付けないオーラが出てた気がしたのは間違いじゃなかったらしい。
って、そんなことを考えてる場合じゃなかった。

遊佐「ごめん。職員室はどっちにあるか教えてもらえないかな?」
??「…………」

不機嫌そうに廊下を指差す女子。

遊佐「あ、あっち? ありがと」
??「…………」

一瞥してそのまま去っていく女子。
何だったんだろう?

遊佐「っと、まずい。急がないと」

いきなり遅刻とかしたくないしな。

…………。

遊佐「はじめまして。遊佐 洲彬(ゆさ くにあき)です。よろしくお願いします」

初めての教室で、俺はきわめて無難に挨拶をしてみせる。
色々とネタを仕込もうかとも思ったが、滑ったら目も当てられない。
人生、無難が一番だ。
ちなみに迷ってた場所から、職員室は遠く無かった。

担任「んじゃ、そこの後ろの空いてる席に座ってくれ」
遊佐「はい」

教師が指差した席に向かって、静かに歩く俺。
好奇の視線が集中する。
これは……意外と辛いな。
そんなに目立つことは好きじゃないんだよなぁ。
さっさと座って静かに時間が過ぎることを祈ろう。

??「お隣だね。よろしく」
遊佐「あ、ああ。よろしく」

席につくなり、隣の女子が話しかけてきた。
ふんわりとした雰囲気を持っていて、話しやすそうだな。
ちょっと可愛いし。

??「あ、わたしはましろ、柊ましろだよ」
遊佐「よろしく。柊さん」
ましろ「名前で呼んでくれていいよ?」
遊佐「えっと、じゃあ、ましろちゃん?」
ましろ「うん。それで、遊佐君は――」
遊佐「うぐぉっ!?」

不意に後頭部に衝撃が走り、俺は無様な悲鳴を上げてしまった。

??「転校初日にましろに手を出そうとは、いい度胸だな。転校生」

そう、俺は転校生だ。
新人と言うのは得てして舐められやすい。
いつの間にかホームルームも終わっていたようだし、ここは一つ。

遊佐「だ、誰だゴルァ!?」

強気に出てみた。
クラスメイトたちが遠巻きにこちらを眺めている。
……あれ? 何か危険?

??「ほう。威勢だけは良い様だな」

俺を殴ったと思しき人物は、意外にも女子だった。

ましろ「聖ちゃん。転校生なんだし加減してあげようよ」
聖「安心しろましろ。転校生だからしっかり躾けておく」

地味にかみ合ってない返事をする聖と呼ばれた女子。
胸は残念だが、大人しくしてれば美人に入るだろう。
胸は残念だが。

遊佐「ぬぉっ!?」

俺の眉間に聖の拳がめり込んだ。

遊佐「いきなり何するんだよ!?」
聖「いや、何か失礼な気配を感じたものでな」
??「まあ、確かに聖の胸は残念だよな」        ※
遊佐「再び誰!?」
中島「俺は中島、中島蔵人だ」

いまどきピースなんてするやつ初めて見たよ。

中島「よろしく頼むぜ。親友」
遊佐「それはない」
中島「何だ。クールキャラ気取るのか。きもっ」
遊佐「いやいやいや。それもねえよ」
聖「クールキャラは無しだな」
ましろ「無しだよねぇ」
遊佐「そこの二人のらないで!?」
中島「ノリの良いクラスメイトとか貴重で良いんじゃないか?」
遊佐「悪ノリじゃねえか」
聖「それよりも、だ」
遊佐「ん?」
聖「誰の胸が残念だゴルァ!」
中島「ぱきしる!?」

バカ一人が廊下に吹っ飛んでいった。
……死んでないよな?

中島「死ぬかと思った」
遊佐「復活はええよ!」
聖「そろそろ鬱陶しい」
中島「でばんっ!?」

再び消えていく中島。
さらば愛すべき馬鹿、略してABA。

中島「どこのバンドグループだ!」
聖「しつこいっ」
中島「てんどんっ!」

今度こそさようなら、アイスベッキー馬鹿。

遊佐「ところであれは死なないのか?」
聖「それはともかくだ」
遊佐「スルーなのか?」

聖の鋭い眼光が俺を射抜く。 ※

聖「ましろにちょっかい出したら、死ぬぞ?」
遊佐「そんな大げさな……」
聖「死ぬぞ?」
遊佐「いや、でも……」
聖「死ぬぞ?」
遊佐「…………」
聖「死ぬぞ?」
遊佐「はい。分かりました聖さん」
聖「分かればよろしい」

……怖かったんだもん。ぐすん。

聖「それはともかく、だ」
遊佐「なんスか?」
聖「貴様に名前で呼ぶことを許した覚えは無い!」
遊佐「いや、だって苗字知らないし」
聖「ふん。月島だ。覚えておけ」
遊佐「ふむふむ。月島聖。と」
ましろ「でも、聖ちゃん。苗字だと面倒なんじゃ?」
聖「む、まあ、確かに」

面倒なのか?

聖「仕方ない。かなりイヤだが許可しよう」
ましろ「よかったね。遊佐君」
遊佐「え? あ、うん」
ましろ「ところで、どうして転校になったの?」
遊佐「え? ああ、それは――」
??「ちょっと待ったぁ!」

説明しようとした矢先に窓から誰かが飛び込んできた。

??「その先の話。あたしにも聞かせてもらおうか」
遊佐「……誰?」
ましろ「生徒会長の甲賀しのぶ先輩だよ」
甲賀「そう。成績優秀でスポーツ万能と噂の生徒会長」
遊佐「それはすごい」
甲賀「でしょでしょ」
聖「その噂って、自分で撒いてるんですよね」
甲賀「細かいことは気にしない」

自分で撒いてるって、実態は……?

ましろ「ところで何しに来たんですか?」
甲賀「面白い転校生の噂を聞いてここまでやってきたのだよ」
遊佐「え? どんな噂が?」
甲賀「転校生が面白くない訳無いじゃん?」

どんな理屈だ。
と心で突っ込みを入れておく、口に出さないくらいのマナーは心得てるぜ?

甲賀「とりあえず、転校してきた理由を教えてもらおうかしら?」

ふふんと何かわざとらしい仕草で椅子に座りつつ、こっちを見つめる先輩。

遊佐「えぇっと、理由……?」
ましろ「うんうん」

あんまり言いたくないんだけどなぁ……。

遊佐「言わなきゃダメ?」
甲賀「ダメ」

仕方ないか……。

遊佐「えーっと……分かりません!」
3人「「「は?」」」
遊佐「いや、俺も良く分からないんですよねぇ。何か気づいたら手続きとかがポンポン進んでて」

悲しいが事実なんだな。

遊佐「理由を尋ねようにも、両親ともに今海外に長期で出張に行っちゃったんで」

厳密には親父の出張に母親がついて行った。

遊佐「連絡もなぜか非通知の電話だけだし、何が起きてるのかさっぱりです」

ぽかんとする3人。
まあ、俺も昨日までそんな感じだった。

甲賀「ぷっ、くくくっ……あははははっ」

まあ、笑われるのも仕方ないかもしれない。

甲賀「面白い! 君面白いよ!」
遊佐「どうも……」

あんまり嬉しくないなぁ。

甲賀「よし! 君を我が生徒会に招きいれよう!」
遊佐「いや、遠慮します」
甲賀「ばかなっ!?」
遊佐「いや、そう言われても」
甲賀「だってほら、生徒会だよ!? 素敵な先輩もいるよ!?」
遊佐「何かめんどくさそうですし」
甲賀「充実した日々が約束されるのに!?」
遊佐「あんまり興味ないです」
甲賀「ここで生徒会に入らないと、私のフラグが立たないよ!?」
遊佐「いや、フラグって……」
甲賀「くっ、仕方ない。今回は裏方に徹してあげるけど、後で後悔してもしらないからね!」

言い捨てて窓から去っていく先輩。

遊佐「って、入り口から出て行ってくださいよ!」
ましろ「無理だよ。甲賀先輩だし」
聖「無理だな」
遊佐「生徒に諦められる生徒会長!?」

この学校の将来が心配だ。

聖「さて、それはともかく」
遊佐「なんだよ」
聖「ましろに近づくなよ。警告だぞ」
遊佐「さっきも言わなかったか?」
聖「理解出来てなさそうだったから言ってやってるんだ」
遊佐「へいへい」
聖「3メートル以内に入るな。会話も禁止だ」
遊佐「それ授業受けれないじゃねえか」
聖「知ったことか、これは命令だ」
遊佐「さっき警告って言ってたと思うんだが」
聖「やかましいっ。違反したら命は無いと思え!」
ましろ「まあまあ、ほら、聖ちゃん。もうすぐ授業始まるよ」
聖「むっ、仕方ない。遊佐! 絶対に許さないからな!」

俺の意見など聞かずに席に戻る聖。
さっきの教室の様子からして、聖は危険人物なのかも知れんな。

ましろ「ごめんね。聖ちゃんいい子なんだけど、ちょっと過保護だから」
遊佐「あれは過保護と言うんだろうか……?」
ましろ「あはは。ともかく、よろしくね。遊佐君」
遊佐「ああ、よろしく。ましろちゃん」

こうして、俺の前途多難な学園生活は始まった。
最終更新:2009年01月02日 12:37