4月7日(日)
駅前繁華街


遊佐
「えーっと、ぼ? ぼ、ぼ、ボスディン菜。次は『な』な」

ブロント
「おいィ? ボスディン菜の読み方は『な』じゃなくて『さい』でしょう? その読み方、俺のシマじゃノーカンだから」

遊佐
「うるせえ、俺が『な』っつたら『な』なんだよ! さっさと次行け」

ブロント
「仕方にぃ。……な……な……な」

ブロント
「ナイトが持つと光と闇が両方そなわり最強に見えるグラットンソード」

遊佐
「…………『ど』だな」

遊佐
「……ドラゴンフィンガーで、次は『あ』だな」

ブロント
「おいィ!? 普通しりとりで伸ばす音が最後に来たらその前の文字をとるでしょう?」

遊佐
「うちのローカルルールでは言った奴が指定できるんだよ」

ブロント
「ならば仕方にぃ。あ、あー」

ブロント
「暗黒が持つと逆に頭がおかしくなって死ぬグラットンソード」

遊佐
「……『ど』だな」

「ドッジイヤリング。『ぐ』だ『ぐ』」

ブロント
「グリードシミターはフリーですがグラットンソード、最初の一本は主催者優先でお願いします^^」

遊佐
「おいィ!? お前さっきからグラットンソードしかいってねえじゃねえか! つうか主催者優先ってどういうこったよ! ペイナイト貰ったってうれしかねえよ! つうか『ぐ』なんだから素直にグラットンソードでいいじゃねえか!」


 やや高度を下げた太陽からの日差しが暖かい。
つい1、2ヶ月前の寒さが嘘のようだった。


 春休み最終日と日曜が重なったこともあってか、通りは家族連れや学生と思われる集団で賑わっていた。


 編入試験から開放された俺たちはわずかな春休みはただだらだらと過ごしていたが、結局最終日となった今日も同じことを繰り返していた。

ブロント
「そんなシャウトでも俺程のカリスマがあればあっという間に18人集まるのは確定的に明らか」


 そして今日も俺の相手をして何をするでもなく通りをぶらついているこいつの名はブロントという。


 母親が外国人のハーフでブロントというのは本名だ。日本語が不自由なところが少しあるが、本人は日本から一歩も出たことはないそうなので生まれつきらしい。


 何故だかわからないが去年学園に入学して以来一番の友人であり、何をするにも一緒だった。俺が特進科の編入試験を受けると告げたときも、『おいィ? 俺はそんなことは聞いてないんだが?』と口では言っていたもののあっさりと編入試験を受けると担任に申告していた。

 俺が通うヴァナディール学園には普通科と特進科が設置されている。


 普通科と特進科は同じ学園といえど道路を一つ跨いで別校舎となっているため、普通科と特進科の生徒が顔を合わせるのは通学路のみ。制服だけが同じの別の学校といってもいい。


 普通科から特進科の編入試験はそれほど難しいものではないが、せっかくできた友人たちと別れ、すで友達の輪ができてしまっているだろうと思われる特進科の二学年に編入しようという奴はほとんどいない。


 だからこそブロントが一緒に編入試験を受けてくれたことは素直に嬉しかった。


 さらにそれほど難しくない編入試験も俺たちにとっては見上げても頂上が見えない程の壁であったわけで、高校一年の後半は死ぬほど勉強した。


 つまり俺たちは親友でもあり戦友なのだ。 

ブロント
「ん? あそこにいるのは柊さんじゃにぃのか?」

遊佐
「柊さん? 誰だそいつは?」

ブロント
「いくらお前でも特進科の癒し系代表ことヴァナディール学園の『姫』こと柊ましろの名前くらいは知ってるでしょう?」


 ブロントが指差す方向には道の真ん中で立ち止まって不安げな表情している少女がいた。

遊佐
「しらんがな。でも、なんかきょろきょろして、挙動不審だな、何してんだろ? あ、なんか柄の悪い連中に話しかけられた。しかもおろおろしてるな。おーい柊さーん!」

ブロント
「おいィ!? 何いきなり話しかけてるわけ?」

遊佐
「え、なんか困ってそうだったからつい……あ、こっちこっちー!」


 不意に自分の名を呼ばれキョロキョロしていたお姫様だったが、俺が手をぶんぶんと振りながら叫ぶとこちらにパタパタと駆け寄ってきた。


「えっと……初めまして?」


 ここまできて、通りで見知らぬ男に自分の名を呼ばれたことに気付き怪訝な顔をするお姫様。


 俺は跪き頭を垂れた。

遊佐
「姫がご存知ないのは無理もないこと。私は二千年前、姫をお守りして散った名も無きナイトの一人です。此度生を受けたのも再び姫をお守りするためと確信しております。ここに我が剣を生涯姫に捧げることを誓います」


「えええっ!? そんなこと急に言われても……ましろ、二千年前の記憶なんてないよう」

ブロント
「おいィ? ナイト役は俺にこそふさわしいでしょう?」


「あれっ? よく考えてみたら二千年も前に騎士なんかいなかったよね? 騎士は中世ヨーロッパ発祥だから……」


姫は容姿だけでなくお勉学の方も優秀であるらしかった。この世は不公平だ。


「ああ、もしかして君ってソウルメイトとかそういう人? それともまだ中二び……」

???
「ちょっと彼女ぉ。急にいっちゃうなんてひどいジャン」


プリンセスが何気ない口調でとんでもないレッテルを俺に貼ろうとしたそのとき、いかにもヤンキーですって男三人組が柊さんに声をかけてきた。めんどくさいので右からヤンキーA、ヤンキーB、ヤンキーCとした。ただし台車の摩擦は考えないものとする。

遊佐
「で、柊さんあんな道の真ん中で立ち止まって何してたの?」


「え、あ、その……聖とはぐれちゃってさらに道に迷っちゃって、そしたら怖い男の人に声かけられちゃって……」


 ふむ、さっきのレッテル貼りといい、本人たちを目の前にして怖い人発言といい姫は天然な人らしい。そうでなかったとしたらよっぽど肝が据わってる御人だ。

ヤンキーB
「俺たち怖くなんてないからさー。ちょっとだけでいいから一緒に遊ぼうよー」

ブロント
「柊さんはこの近くに住んでるでしょう? 相変わらずの方向音痴で全然経験が生きていない。俺は深い悲しみに包まれた」


「あ、ブロント君。この面白い人のお友達?」

ブロント
「それほどでもない」


「あ、そうなんだ。仲良いんだね」


 ブロントと会話が成立しているところをみるとどうやらブロントとは顔見知りらしい。さっきの説明振りじゃまるで他人みたい感じられたのだが。


 しかし、今までブロントに気付かないってどういうことだ? ブロントは存在感が薄いってタイプじゃない。この人の目は節穴というより節くれなのか。

ヤンキーC
「俺たち暇でさーちょっとでいいから付き合わない? 退屈はさせないって聞いてんのかオラ!」


 もうキレたか。最近の若者はカルシウムが足りないのかすぐ切れるな。姫が怯えて、ただでさえ小さい体が丸まってもっと小さくなってるじゃないか。

遊佐
「牛乳飲めよ! 牛乳! 水増ししてない濃いやつを毎朝コップ一杯!」

遊佐
「だいたいそんな暇なら三人で仲良く豊島園でもいってろ。そんでもってジェットコースターに乗るたびに次誰が一人で乗るかじゃんけんでもしてろよ。んで帰りに『やっぱり遊園地は奇数で来ると微妙だよね』とか反省会でもしてくれ」

ヤンキーB
「はあ? 誰に向かって口キィてんだてめぇ。痛い目みないうちにさっさと消えな!」

ブロント
「あまり調子に乗ってると裏世界でひっそり幕を閉じることになる」


 ブロントが一歩前にでた。そして俺をちらっと見た。ここは俺に任せろとその目は告げていた。

ヤンキーC
「俺たちとやろうってか? 面白い、俺らはケンカならここいらでは負けなしだぜ」

ブロント
「負けなしとか言ってる時点で相手にならないことは証明されたな本当につよいやつは強さを口で説明したりはしないからな口で説明するくらいならおれは牙をむくだろうなおれパンチングマシンで100とか普通に出すし」


 そう言ってブロントは背中に背負っていたグラットンソード(彼の家に代々伝わる由緒正しいものらしい)を取り出して構えた。


 ブロントの何が凄いって、銃刀法や1m以上の棒状のものは持ち込めないというお約束に違反するものを堂々と持ち歩いていることではなくて、あの長い台詞を句読点なしで一気にしゃべりきるところだ。


 驚異的な肺活量を持っているに違いない。

ヤンキーC
「な、なんだこいつは」


 いきなり刀剣をだされてビビッているヤンキー達。そして親切な俺は教えてやることにした。

遊佐
「ちなみにそれ、真剣だから」

ヤンキー三人組
「ひぃー。おまわりさーん!」


 ヤンキー三人組は尻尾を巻いて逃げていった。たわいもない。

遊佐
「お怪我はありませんか? 姫」


「ふぅ。怖かった。助かったよブロント君にえっと……」

遊佐
「名乗るほどの名はございませんが、いみじくも名乗らせていただきます、私、遊佐と申します姫」


「その姫ってのはやめてほしいなぁ……。ましろはちゃんとましろっていう名前があるんだからさー」

遊佐
「じゃあまっしー。今暇ー? 俺たち暇なんだけどどっか遊びにいかなーい?」


「あはは、遊佐君。態度変わりすぎだよ。でもほんとよかったぁ」

遊佐
「ん? さっきのやつらのこと? 確かに俺たちが偶然ここを通りかからなかったらまっしー、どうなってたかわかんなかったね」


「えーっと、ちょっと違う。ましろじゃなくてあの人たちがってこと」

遊佐
「へ?」

ブロント
「柊さんに激しく同意。遊佐もすぐにわかるでしょう?」

???
「ましろーーーーーッ!! どこだーーーーッ!!」


騒音で騒がしい通りの中に一際大きな声が響いた。声のした方を見ると砂煙を上げながら何かが人混みを蹴散らしながら突進していた。


「あ、聖ちゃーん! ここだよー!」


 まっしーがあげた声に反応したのか、砂煙はこちらに向きを変え一直線に近づいてきた。

聖と呼ばれた正体不明の生き物
「ましろ、ここにいたか……」

遊佐
「でたな、グリーピングコイン」

グリーピングコイン
「なんだ、貴様は?」


 赤い布を見せられた闘牛にのように突っ込んできたのは当然のごとくコイン状のものではなく意外にも女だった。そして背が高い。俺とおんなじくらいあるんじゃないか? 


 その女は現れるやいなやまっしーと俺の間に立ちはだかり、挑発的な目つきこちらを睨んでいる。

遊佐
「たった今まっしーと生涯を共にすることを誓った遊佐といいます。よろしく」

背の高い女
「なんだと……?」

 
 あ、ちょっと言い過ぎたかな? 生涯を共にってのはまだ早すぎたか。

遊佐
「やっぱさっきのはなしで。結婚を前提にお付き合いさせていただいてる遊佐です。よろしく」


 ほんの数秒。静寂があたりを包んだ。滑ったかな? と思ったのは俺の大いなる思い過ごしだった。すぐにその静寂が打ち破られる。

背の高い女
「結婚だとっ? ましろと!? 英語でいうエンゲージかそれはっ? 巫山戯るなよ貴様! ましろと結婚できるなら私がとっくにしている! とりあえずぶっころ……」


「あわわわ、違う、違うよ聖ちゃん。この人たちは迷子になってたましろを助けてくれたんだよ。落ち着いて! 落ち着いて聖ちゃん」


 背の高い女がなにやらとてもとても物騒なことを言い出すと同時にまっしーが慌てて止めに入った。


 しばらく背の高い女は『結婚』だの『法律』だの『タイ』だのとわけのわからない単語をつぶやいていたがまっしーがなだめているうち徐々に落ち着きを取り戻していった。

背の高い女
「すまない遊佐。私は月島聖という。ましろが世話になったようだ。私はましろのことになると多少我を見失うことがあるんだ。許してほしい。ただこれ以上ましろに近づくことがあれば斬るが」

遊佐
「いえ、全然気にしてませんから大丈夫です。ただ病院いったほうがいいと思いますよ? 精神系の」

ブロント
「だからいったでしょう? 月島とはあまり関わらない方がいいのは確定的明らか」


「そんなことないよ、聖ちゃんはとってもいい人だよ」

遊佐
「ブロント、お前、月島さんとも知り合いなのか?」


「知り合いも何も私とブロントは従姉弟だ」


「それでましろもブロント君をしってるんだよ」

遊佐
「へぇー。まあどうでもいいけど、まっしーお近づきのしるしに番号交換しようよ。俺の携帯のアドレス帳、家族とブロントしか入ってなくて寂しいんだよね。赤外線できるやつ買ったのに今まで一回も使ったことないんだぜ……」

遊佐
「あれ、おかしいな? どうして目から汗がでるんだぜ……?」


「えええっ!? 遊佐君、急になんで泣いてるの!? うん、交換しよう、交換しよう。だから泣かないで、ほら私も赤外線使えるから!」

遊佐
「ぐすん、でもやったことないから使い方もわからなくて……」


「大丈夫、簡単! 簡単だから、まず設定選んで、外部接続選んで……。そうそう、あとは赤外線通信で名刺交換押せば……。ほら、できた!」

遊佐
「イヤッホォォ! 番号ゲットだぜぇ!」


「遊佐、貴様……」


「えっ? 嘘泣き?」

遊佐
「泣いてたのは嘘だけど、他は本当です。あれ、また目から汗が……」


「どっちにしろ許さん! ちょっとそれ貸せ!」

ブロント
「おいィ!」


 月島はブロントからグラットンソードをひったくり俺に向かって、


「スウィフトブレード!」


 うららかな春の昼下がり。

 それににてもにつかわしくない俺の悲鳴が繁華街に響き渡たり、俺の高校一年の春休み最後の一日が幕を閉じた。


 薄れ行く意識の中で『おいィ!? それは俺の持ち技でしょう?』『私の知ったことではないな』という意味不明な会話を聞いたのがその日の最後の記憶だった。
最終更新:2007年01月05日 06:31