第79話:どこかに残るなにか
――なぜ、自分は死のうとしなかったのだろう。
なぜ、この女性は自分を助け、剣士を止めようとしたのだろう。
数時間前の
フリオニールなら、きっと即答できたはずだ。
けれども今の彼にはわからない。それを哀しいとすら思えない。そういった情動を感じる『何か』が、凍り付いてしまった。
「……」
ただ、頭の中にある記憶と経験が。
そしてほんの少しだけ凍らずに残された『何か』が告げる。
フリオニールの身体は、それに従った。
眠る
ミレーユを揺さぶり、簡単には目覚めそうにないとわかると、彼女の身体を担いで気付かれぬよう戦場を離れる。飛ばされた盾を拾うことも忘れない。
そしてしばらく歩いていると、突然目の前の建物から一人の男が飛び出した。
「おい、大丈夫か!?」
バンダナを巻いた男――
ロックが、フリオニールに話し掛ける。
フリオニールは、背中に持たれかかった女性を見て、淡々と言った。
「……意識がない。魔法のせいだ。起こそうとしたが、起きない」
機械的に言葉を紡いだ彼に、ロックは少しばかり眉を潜めたが、すぐに気を取り直す。
「わかった。その人と一緒に、ここでじっとしていなよ。
あと、よかったら盾を貸してくれないか?」
フリオニールはあっさりうなずいた。ロックは白く輝く盾を受け取り、走り出す。
(仕掛けるなら今しかない)
もし、緑髪の二人組が負ければ、青い服の男は自分達を襲うはずだ。
そうなれば勝ち目はゼロになる。自分には武器がないし、あの二人はどう見ても戦える状態ではない。
逃げるという選択肢は考えなかった。
仮に考えついたとしても、彼の過去が、それ以上に彼自身の矜持が許さなかっただろう。
(くそっ。この盾、結構重いな)
――ロックは知りようもないことだが、本来ならば天空の盾は常人には扱えない。
選ばれぬ者には、『結構重い』どころか持ち上げることすら難しいはずだ。
けれども、主の手を離れた今の間だけ、気紛れに力を貸したのか。
あるいは勇者を助けるため、ロックにその身を委ねたのか。答えは、盾にしかわからない。
(これ一つでどこまで戦えるか……やれるところまでやってやる!)
二対一でありながら、戦況は五分五分だった。いや、どちらかといえばソロ達の方が不利だったかもしれない。
「まさかこの程度で全力とか言わないだろうな?」
まだ余力を残しているのだろう。テリーは嘲りながらも、仕掛けてくる。
「二人がかりのハンデ戦なんだぜ、もう少し真面目にかかってこいよ」
(どこがハンデ戦だよ、呪文を跳ね返せるって時点で反則だろ)
ヘンリーは小さく舌打ちした。
本来、彼の戦闘スタイルは、呪文で敵を撹乱しその隙を突くというものだ。
純粋に剣の腕前だけでは、本職相手に渡り合えるわけがない。
ソロは、自分よりは遥かに高みにいる。だが、それでも相手の腕に及ばない。
……せめて、マヌーサでも効けば一気に戦況を覆せるのだが。
そう思った時、ヘンリーの視界に奇妙な物が映った。
物陰で隙をうかがうバンダナを巻いた男。その手に握られているのは――
(天空の盾!?)
彼が知る限り、親友の息子
レックスしか装備できぬはずの盾。
それを誰とも知らぬ若い男が、身に付けている。
ソロも、男の姿に気付いた。一瞬だけ視線が交錯する。
その目に宿る輝きが教えた。彼は、自分たちの味方だと。
(ヘンリーさん……)
テリーに聞こえぬよう、小さく声をかけた。
ヘンリーがうなずいたのを確かめ、ソロは一気に走り出す。
テリーは唇の端を吊り上げながら、向かえ討たんとばかりに駆けた。
――ソロの後ろで、ヘンリーが呪文を唱えていたことは気付いていた。
彼に構わずソロの相手をしようとしたのは、指輪をはめた自分には呪文など無意味だと考えたためだ。
それが油断だった。
ヘンリーの呪文が完成する寸前、ソロの持つ剣が光り輝き、透明な壁を作る。
(――っ!?)
「イオ!」
テリーが離れようとしたその時、両者の間に爆発が起きた。
けれどもソロへと迫る熱風は光の壁に跳ね返され、正面に立つテリーへと襲い掛かる。
反射された呪文を再び反射することは、どのような魔力を用いても不可能だ。
舞い上がる砂埃と爆風に翻弄されつつも、なんとか青年は体勢を立て直そうとする。
(ちっ、味な真似を!)
テリーは追撃を用心し、砂煙へと目を走らせる。だが、ニ撃目は予想外の方向から飛んできた。
地を蹴る音、それが背後から聞こえたと気付き振り返った瞬間、煙を裂いてバンダナの男――ロックが現れる。
とっさの反撃、だがそれすらも跳ね除けるかのように、右手の盾を押し出して――
全体重を載せた体当たりが、テリーの身体を突き飛ばした。
フリオニールは路地の上で、四人の戦いを静かに見つめていた。
建物の中に隠れようとしなかったのは、ロックに「ここにいろ」と言われたからだ。
「う……うん」
爆発音のせいか、呪文の効力が切れたのか。背に負ぶわれたままのミレーユがようやく目を覚ます。
「テリーは……テリーはどこ?」
フリオニールは何も言わず、無造作に指を指した。
そして、ミレーユの瞳が見開かれた。
「やった!」
歓声を上げたのはヘンリーだった。続いてロックが、安堵の息を吐く。
二人ともここまで上手くいくとは思っていなかったのだ。
だが、ソロだけは気付いていた。
「ダメだ! まだ決着は……」
その言葉が終わったかどうか。
一瞬の出来事だった。
テリーが身を起こしたとヘンリーが気付いた時には、真紅に輝く瞳が目前に迫っている。
防御は間に合わない。
たった一撃で、ヘンリーの剣は弾き飛ばされ、宙に舞う。
テリーは己の武器を捨て、代わりに、導かれるように落ちてきた雷鳴の剣を手に収めた。
青年の唇が動いた。ヘンリーだけが、音無き声を読み取れた。
『死ね』――シンプルな一言だった。
「止めて、テリーーーーーっ!!」
ミレーユが叫ぶ。狂気の剣が閃く。
どちらが早かったのだろう? ――多分、同時だったに違いない。
赤い飛沫が空へ散った。肉を断ち切る不快な音と共に。
胸の辺りを十字に抉られ、ヘンリーは糸の切れた操り人形のように力無くくずおれる。
「邪魔ばかりしやがって……」
凍りついた空間を、憎々しげなテリーの声だけが渡る。その体が、不意に宙に浮かび上がった。
「今は退いてやるよ。この剣に免じてな」
返り血で汚れた天使の翼をはためかせ、テリーの姿は家並みの向こう、南の空へと消える。
ミレーユは呼び止めることもできなかった。
ただ、弟を止められなかった後悔に身を震わせるしかできなかった。
「ヘンリーさん!」
ソロとロックが、血にまみれたヘンリーに駆け寄る。
フリオニールの背から降りたミレーユが後に続く。
「おい、死ぬな! しっかりしろ!」
ロックが呼びかける、と、突然ヘンリーが目を開けた。
瞳ははっきりと焦点を結び、ロックを見つめる。
ゆっくりとだが自力で身を起こし、悪態までついてみせた。
「バカヤロウ、こんなところで死んでたまるかよ……」
その様子に、思わずほっとする男二人組。
しかしミレーユは、じっとヘンリーの背後を見つめていた。
「あなたは、何か不思議な力に守られているみたいね」
ふと、彼女の表情に翳りが兆す。自分の無力感を噛みしめるように。
「だから助かったんだわ……テリーは、本気であなたを殺すつもりだった」
だがヘンリーは頭を振った。
「違う……奴を止めたのは、あんただ」
「え?」
「あんたが叫んだ時、少し……奴の力が弱まった。
どんな関係だか知らないが、忘れたつもりでもどこかに残ってるんだろう。
忘れたつもりでも、記憶や心のどこかに……あんたのことが……
だから今も……俺に……止めを、ささずに……」
言い終えぬうちに、ヘンリーの体から再び力が抜けた。
「おい! 早いとこ手当てしないとまずいんじゃないか?」
慌てて脈を取りながら、ロックが言う。
ミレーユは困惑したように、ヘンリーとソロを交互に見た。
ソロは彼女の意図を察し、微笑を形作りながら答える。
「回復呪文は僕にも使えます。ここは任せてください」
「……ごめんなさい」
ミレーユは頭を下げ、村の外へと走り去っていった。
弟を、今度こそ止めるために。
【フリオニール(感情喪失) 所持品:なし
行動方針:静観?】
【ヘンリー(気絶、重傷) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可)
行動方針:傷の治療】
【ソロ 所持品:さざなみの剣 水のリング
行動方針:ヘンリーの治療】
【ロック 所持品:キューソネコカミ 天空の盾 クリスタルソード
行動方針:ソロ達の手助けをする】
【現在位置:レーベの村中央部→宿屋 】
【ミレーユ 所持品:月の扇 エルメスの靴
行動方針:テリーを追い、命に換えてもテリーを更正させる】
【現在位置:レーべの村→南へ】
【テリー(DQ6) 所持品:雷鳴の剣 イヤリング 鉄の杖 ヘアバンド 天使の翼 リフレクトリング
行動方針:自らの力を試す=ゲームに勝利する】
【現在位置:レーベの村→南へ】
最終更新:2008年01月26日 18:38