第108話:ゲームの被害者
「操りの輪…!?」
ロックは呆然とそれを見つめる。――操りの輪。
そのサークレットは、かつて
ティナを追い詰めていたものに違いなかった。
そして今、それをにつけている女性がゾッとするような笑みを浮かべ――こちらに向かってくる!
「ま、待て!アンタは…うわっ!」
おそらくは操りの輪の影響下にある女性。説得しようと静止の声をかけるロックだが、もちろんそう簡単にいくはずもなく。
正確に自分を狙い、迫る鞭を剣で受け流すことしかできない。
(まずい、何とかして輪を壊すか、この人を気絶させるか…
つってもこの剣で輪を攻撃すれば、頭が砕けるだろ…どうする…?)
対峙しながら思案するロックは、そのまま女性から一瞬だけ視線を外し、はっとした。
いつの間にか、女性の背後に
フリオニールがまわりこんでいた。その手にはしっかりと銅の剣が握られている。
――そうだ、フリオニールは操りの輪のことなんか知らない、当然の行動だ。でも、殺すのは――!
「フリオニール、やめろ!!この人は――」
「ロックさん!?どうし…」
叫ぶロック、それを聞いてぴたりと動きを止めるフリオニール。
同時に、ソロが勢いよくドアを開き、
ビアンカが開いた部屋へ二人をすりぬけて入っていった。
「…ビ、ビアンカさん!?」
ベッドに座っていた
ヘンリーは、突然の侵入者の姿を見て驚きの声を上げた。
そんな彼にビアンカは変わらぬ笑みで迫る――鞭をふるう。
今の彼女にとっては家族以外のすべてのものが殺害対象であり、ヘンリーも例外ではないのだ。
そして、ヘンリーが目を見開くよりも早く、ファイアビュートが――
――ピシィッ!
間一髪というタイミングで阻まれた。ビアンカは驚いたように振り返り、静かに剣を構えるソロに向き直る。
「ヘンリーさん…知り合い、なんですか?」
じりじりと対峙したままソロが問うが、ヘンリーは答えない。
ただ、信じられないといった様子で呆然とビアンカを見つめている。
「…ビアンカさん…?」
「違う、その人の意思じゃない!頭の輪を壊すんだ!」
ロックがソロの後ろから叫ぶ。
「輪…?」
ソロが呟き、それを見た。操りの輪はビアンカの頭の上で怪しく輝いている。
なるほど、そういうことか。ソロもヘンリーも理由は納得する。でも、問題は…
ビアンカはにやりと笑い、目の前のソロに鞭をふるう。ソロが天空の盾でそれを受ける。
先程のロックと同じだ。止める方法がわかったからといって簡単にはいかない。
「壊すっていっても、どうやって」
「!」
ヘンリーが言い終わらないうちに、ビアンカは目を見開いた。
ソロの後ろから凄い勢いで、フリオニールが飛び出してきて――
フリオニールは、今度はロックが止める間もなくビアンカに銅の剣を振るった。輪の部分を機械的に、正確に狙って。
ピシィ、と、硝子にひびの入るような音がした。
「――――きゃああああ!!!!!」
ビアンカが額を抑えて悲鳴を上げる。彼女の額に、細くて長い形の…ある意味では美しい傷が入っていた。
血が流れ出したがしかし、傷は浅い。その悲鳴の原因は痛みではなく――
――ビアンカの心は一瞬の間、別の意識へと飛んでいた。
『――このままでは、貴女の家族を殺す敵を、殺すための貴女が、殺される…』
――何?どういうこと?
『今は逃げろ、逃げないと殺される』
――私が、殺される?
『忘れてはいけない。貴女が死んだその時が、貴女の家族が殺される時だということを』
『逃げろ、私が壊される前に、早く!』
「いやああああああああっっ!!!!」
ビアンカはありったけの声で絶叫すると、ファイアビュートを滅茶苦茶に振り回した。
予想していなかった行動に、ソロとロックはあわてて避け、フリオニールはふりはらわれたかのように離れる。
ビアンカはそのまま、頭を、ひびの入った操りの輪を抑えながら外に向かって駆け出した。
いちはやくそれを確認したソロが、それでも少々遅れて飛び出す。
――宿屋前から見た範囲では…既にいない。どちらの方角にいったのかもわからないが、
…やはり、追うべきだろうか?ヘンリーさんの友人が、何か特殊な物によって錯乱しているんだ…。
「何で待たなかったんだ!!」
考えるソロの耳に、唐突にヘンリーの怒声が届いた。
ソロは眉を潜める。…ビアンカを追うことはひとまず中止し、あわてて宿屋に戻った。
「あんな方法、思いついてもやるか!?人の命をなんだと思ってんだ!!」
怒りの表情を浮かべたヘンリーが、フリオニールの胸倉を掴んで叫ぶ。
しかし、当のフリオニールは眉ひとつ動かさず、されるがままに怒声を浴びている。――しかし。
「ビアンカさんは俺の親友の、大切な妻なんだ!もし…もし、死んだら、どうしてくれるつもりだった!!」
「……死んだら?」
"死ぬ"という言葉に、ぴくりとフリオニールの身体が動いた。ヘンリーは構わずに続ける。
「…怪我ですんだのがおかしいぐらいだ!下手したら死んでた!お前がビアンカさんを殺してた!!」
「………ッ!」
フリオニールは今度こそ目を見開いた。そのまま、ヘンリーから逃げるようにうつむいて――
視界に、紅いものが映った。床に落ちたビアンカの血。
どくん。
心臓が大きな音を立てた。同時に、わけのわからない感情が栓を抜いたように湧きあがってきた。
…死ぬ?殺す?なんで、俺はこんなことを。なんで、俺はこんなところに。血が、紅い血が、ああ、嫌だ――――マリア。
「…い、やだあああああっ!!!!」
「!?うわっ!」
「ヘンリーさん!?」
フリオニールはありったけの力で、ヘンリーを突き飛ばした。
怪我を負っているヘンリーはそのまま壁にぶつかり、ううと呻きながら頭を振る。
「――おい、フリオニール!?」
ロックが、はぁはぁと荒い呼吸をしながら立ちつくすフリオニールに声をかけた。
フリオニールはロックを怯えたような目で一度だけ見ると――すぐに駆け出した。ビアンカと同じように。
「おい!待て!!」
ロックはあわててその後を追った。
「ヘンリーさん、大丈夫ですか!?」
たった今出て行ったばかりのフリオニールとロックを気にしながらも――ソロは、ヘンリーに駆け寄る。
「…このぐらい余裕だって…」
ヘンリーは頭を掻きながら起き上がった。その顔からはまだ怒りが抜けていない。しかし、
「…悪いな、俺のせいだ…」
ぽつりと言った。俺のせいで二人ともいなくなってしまったと。
ソロはそんなヘンリーに何も言えず、うつむくしかなかった。
…ヘンリーは悪くない。でも、だからフリオニールが悪いかというと、それも違うように思えた。
ソロは、自分の無力さと、このゲームに対する憎しみを感じ、唇を噛む。
ロックさん、フリオニールさん、ビアンカさん、
それに…仲間達は、
シンシアは、この最悪なゲームの中で無事でいるんだろうか。
いや、少なくとも…このゲームに放り込まれた時点で、無事ではないのかもしれない。みんな、被害者だ。
ふと外を見てみるが、開いたままのドアからはただかすかな風が入ってくるだった。
【ソロ(MP消費・疲労) 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング
行動方針:ヘンリーに付き添う】
【ヘンリー(負傷) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可) 行動方針:傷の治療】
【現在位置:レーベの村宿屋1F】
【フリオニール(感情喪失?) 所持品:銅の剣
行動方針:逃げる(錯乱状態)】
【ロック 所持品:キューソネコカミ クリスタルソード
行動方針:フリオニールを追う】
【現在位置:レーベ村の外へ】
【ビアンカ(暴走状態) 所持品:操りの輪(半壊) ファイアビュート
第一行動方針:逃げる 基本行動方針:リュカ、子供達以外の全員を殺害】
【現在位置:レーベの村から脱出】
最終更新:2008年01月26日 18:40