第145話:『裁いてやる』
夕暮れの森が広がっていた。
赤く染められた木の葉の向こうで、
ラグナさんと
エーコが笑っている。
『へぇ、
イクサスも王子様なのか。いい感じにお似合いじゃないか、エーコ姫さま?』
『ヤダ、変なこと言わないでよね。
イクサスには悪いけど、エーコには
ジタンっていう最高にカッコいい王子様がいるんだから』
『それじゃイクサスがカッコ悪いみたいじゃないか、なぁ。
言ってやれ、後でオレの最高にカッコいいとこ見せてやるかんな! ってよ』
ラグナさんはそう言って、オレの頭を撫でた。
それから、辺りが急激に暗くなった。
薄闇の下で、エーコは今にも泣きそうな顔をしていた。
オレとラグナさんが止める間もなく、彼女は走り出す。一人で泣ける場所を探しに。
残されたラグナさんは、近くにあった木を思いっきり殴りつけた。何度も、何度も殴りつけた。
『どうしてなんだ?
スコール達より先に、あいつらに会っちまったってのか?
ちくしょう! 俺が、あの時止めていれば……!』
オレは何も言えなかった。
その代わり、しばらくして、エーコがこっちに戻ってきた。
『大変! 向こうで人が怪我してるの!』
また、場面が切り替わる。
水音が聞こえるあの場所で、エーコが嬉しそうに叫ぶ。
『あっ、気付いたの?』
オレとラグナさんが振り向くと、飛び跳ねるエーコの後姿が見えた。
『よかったぁ』
多分胸を撫で下ろしたのだろう。エーコの頭が少し俯く。
――それと同時に、音が聞こえた。
柔らかいモノを貫く音。喉から込み上げる液体を咳き込む音。
それが何なのか悟る前に、エーコの背中から、赤く濡れた剣先が覗いた。
ラグナさんが、自分とエーコの荷物をオレに放り投げ、叫ぶ。
『イクサス、逃げろ!』
ああ。あの時
リチャードが言ったのと同じ言葉だ。
リチャードは帰らぬ人になってしまった。ラグナさんも、また。
『イクサスまで殺させるわけにはいかねぇんだよ!』
叫びに続いて聞こえた、ぞぶり、という低い音。一生耳から離れないだろう、あの嫌な音――
――そして、暗闇が世界を塗りつぶした。
オレの前には四つの死体があった。
全身を切り刻まれて絶命しているリチャード。傍には、緑髪の女がいた。
矢を突き立てられた
マリベル。隣には、コートの男がいた。
心臓を正面から貫かれたエーコ。肩から袈裟懸けに斬られ、真っ二つになったラグナさん。
二人の間に、赤い羽根帽子をかぶった男が立っていた。
四人の声が悲しげに響く。
『逃げろ、イクサス!』
三人が冷笑しながらこっちへ歩いてくる。
『お前も死ぬんだ、イクサス』
怖くなって、オレは後ろを振り向いた。
すぐそばに、スコールと
マッシュがいた。
二人は広間の魔女のような邪悪な笑みを浮かべて言い放つ。
『いずれお前もこうなるんだよ、イクサス――』
「――うわぁああああああああああっ!!」
オレは跳ね起きた。夜の山の中で。
「……夢?」
ちょっと休むだけのつもりだったのに、いつの間に寝てしまったのだろう?
とにかく、回りには誰もいない。死体も、殺人者も、スコールとマッシュも。
時折吹く風と梟の声だけが、淋しげに木の葉を揺らす。
時間はそれほど経っていないらしい。夜空に浮かぶ月は相変わらず、煌々と輝き続けている。
オレは涙を落としながら呟いた。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
死んでたまるか。あいつらの思い通りになってたまるか。
緑髪の女はもういない。
でも、コートの男と、赤帽子の男と、スコールと、マッシュは、まだ生きている。
「……殺してやる。きっと、殺してやる。
いつまでも笑ってられると思うなよ……」
オレだって医術士だ。薬と毒のことなら、誰より良く知ってる。
そこらへんの野草や雑草にだって、強力な毒を持っているものがある。
上手く使えば、非力なオレでもあいつらを殺せるはずだ。
リチャードとマリベルの仇。そして、エーコとラグナさんの仇。
直接手に掛けていようが、いなかろうが、全員同罪だ。あいつらのせいでみんなは死んだ。
――だからオレが裁いてやる。奴らを裁いてやる。医術士イクサスの名にかけて。
【イクサス(人間不信) 所持品:加速装置、ピクニックランチセット、ドラゴンオーブ、シルバートレイ、ねこの手ラケット
第一行動方針:植物採集&毒薬作り
第二行動方針:
ギルダー・
アーヴァイン・スコール・マッシュを殺す/一人で生き残る
【現在位置:アリアハン東山脈北部】
最終更新:2008年02月05日 05:00