第282話:痛み
最も背の高い民家の裏だ、と
ピサロは言った。
その言葉は正しく、けれど少しだけ間違っていた。
そこにあったのは青年の遺体ではなく、花の添えられた小さな墓だったのだから。
「レナさんと
エリアさんって人……かな」
アーヴァインの呟きに、ソロは答える。
「多分、そうだろうね」
――小娘達の要望で、人目につかぬよう木立の影に遺体を隠した――
『埋葬する余裕などなかったのでな』、とピサロは言ったが、やはりレナ達としてはきちんと弔ってやりたかったはずだ。
自分達と別れたあと真っ直ぐここにやってきて、墓を作っていったのだろう。
「優しい人なんだね、二人とも」
そう言って、アーヴァインは近くの花壇から拝借した花を墓の上に置く。
そしてしばらく黙祷を捧げると、唐突にソロの方に向き直り、やけにおどけた調子で腕を広げた。
「あーあ。なーんでなんも思い出せないんだろうな~。
ここは一発、ショック療法ってヤツでガツンと頭とか殴ってみよっか? なーんてね」
などと芝居っ気たっぷりに言ったあと、声さえ立てて笑ってみせる。
無神経もはなはだしく、不謹慎だといってもいい言動だ。
しかしソロは何も言わなかった。否、言えなかった。
ぎこちない笑顔と震える声。その裏に隠されたモノを感じ取れてしまったからだ。
「さーてと、僕らの用事は済んだしさ~。
みんなもそろそろアイテム集め終わった頃でしょ。合流して、次の世界に行ってみようぜ~」
アーヴァインは言う。わざとらしいぐらいに明るい調子で言う。
――多分、余計な迷惑や心労をかけたくないのだろう。
吹っ切れて立ち直ったのだと。だから心配しなくていいと、ソロに示したいのだろう。
けれどにじみ出てしまっている。本当はちっとも立ち直れてなどいないということが。
罪悪感と自責と後悔に押し潰されそうになりながら、無理をして笑っている。
それがわかるからこそ、何と言ってやればいいのかわからないまま、ソロは茫洋と空を仰いだ。
すぐ傍にそびえる家、その二階の窓辺で、観葉植物らしき赤い草が揺れているのが見える。
生きることは痛みに耐えることだと誰かが言った。
ならばあの赤い草も、痛みに耐えているのだろうか――ソロはふと、そんなことを考えた。
「ありがとう」と礼を言われたところで、
イクサスの機嫌が治るはずもなかった。
「別にお前のためじゃねーよ。
ラグナさんと
リチャード、あとシドのヤツに言われたからだ」
ラケットで撃ち出せるように細工した毒薬入りのカプセルボールを弄びながら、ぶっきらぼうに言い放つ。
何だか知らない間に、一方的に女の世話を任されてしまった。
カプセルボールも、解毒剤も、とっくの昔に揃っているのに。
本当なら今ごろは、仇を探しに旅の扉の向こうへ行っていたはずなのに。
苛立ちは治まらない。
もどかしさと――それ以上に、結局
バーバラの面倒を見てしまった甘い自分への怒りが胸の奥に満ちている。
しかしバーバラは、そんなイクサスの心境など知る由もない。
彼女は彼女で勝手に怒っている。
ただし彼女の場合、イクサスと違って逆恨みに近いものだったのだが……
「ほんと、もうダメかと思ったわ。
アイツに追い詰められて……これもそれもあのキザ男のせいよ!
あー、もう! 今度会ったら絶対ギッタギタにして土下座させてやるー!」
「キザ男?」
「そう! あいつ、殺人鬼がこの村に向かってるからあたしに囮になってくれって言ってきたの。
『必ず助けに入る。あの男を倒すためだ、僕を信じてくれ』なんて言ってさ。
あいつ……助けに入るどころか、最初からあたしを見殺しにするつもりだったのよ!」
キー、くやしー! と、どこからともなく取り出したハンカチを噛みしめるバーバラ。
そんな彼女を、イクサスは冷めた目で見つめる。
(そいつ、もう死んでるだけなんじゃねーか?)
仮に騙されていたのだとして、わざわざ囮役にさせてから見殺しにする理由がわからない。
接触した時に隙を見て殺す方が手っ取り早いだろう。しかも確実だ。
どう考えても、そのキザ男なる人物が既に死んでいる……とした方が自然な気がする。
それともバーバラが何かを隠していて、そこに理由があるのか――?
そこまでイクサスが考えた時、バーバラが叫んだ。
「アーヴァインのヤツ! 絶対許さな――」
彼女が続きを言う前に、イクサスは胸倉を掴んでいた。
「今、なんて言った?」
子供とは思えぬ迫力と、暗い憎悪を込めた視線に、バーバラは息を呑む。
「答えろ」
イクサスは短く告げた。自分でもそれとわかるほど、空気が冷えていくのがわかった。
「あ……アーヴァインよ。
アーヴァイン=キニアスって名乗ったの、そいつ」
「どこにいる?」
「そんなの知らないよ! あたしだって知りたいぐらいなのに!」
イクサスは小さく息を吐き、バーバラから手を離した。
そのままふらふらと数歩下がると、ぺたんと床に座り込んだ。
「ちくしょう……ちくしょう、こんな近くにいたってのかよ……」
涙が頬を伝って落ちる。
昨日の夜、夜空を焦がしていた炎を思い出す。
あの炎はアーヴァインの仕業だったのかもしれない。
怖気づかずに飛び込んでいたら、憎いあの男の姿を捉えることもできたのかもしれない。
多分無理だっただろうが、――もしかしたら、仇を討つことも。
それを思うだけで、悔しくて悔しくて仕方がなかった。
そんなイクサスに、バーバラは困惑しながらも声をかけた。
「ねぇ……何があったの?」
イクサスは答えない。答えられなかったのかもしれない。
だからバーバラは、彼が泣き止むまで待つことにした。
急かそうとは思わなかった。
部屋に満ちる嗚咽とは別に、窓の向こうから話し声が聞こえる。
距離で言ったら十数メートルも離れていないはずなのに、バーバラにはひどく遠いものに感じられた。
そして陽気な響きに満ちた声が――なぜだか、無性に痛かった。
【イクサス(軽度の人間不信)
所持品:加速装置、ドラゴンオーブ、シルバートレイ、ねこの手ラケット、拡声器、
紫の小ビン(飛竜草の液体)、カプセルボール(ラリホー草粉)×2、カプセルボール(飛竜草粉)×4、各種解毒剤
第一行動方針:泣く 第二行動方針:
ギルダー・アーヴァイン・スコール・
マッシュを殺す/生き残る】
【バーバラ 所持品:ひそひ草、様々な種類の草たくさん(説明書付き・残り1/4) エアナイフ
第一行動方針:イクサスから話を聞く 第二行動方針:
エドガー達と合流/ゲーム脱出】
【現在地:レーベの村、老人の家2F】
【ソロ 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング グレートソード キラーボウ 毒蛾のナイフ
第一行動方針:
ヘンリー達と合流し、旅の扉へ移動 第二行動方針:これ以上の殺人(PPK含む)を防ぐ+仲間を探す】
【アーヴァイン(HP2/3程度、一部記憶喪失(*ロワOP~1日目深夜までの行動+セルフィに関する記憶全て)
所持品:竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能)
第一行動方針:ソロに着いていく 第二行動方針:罪を償うために行動する】
【現在地:レーベの村、バーバラ達がいる家の裏手】
【ヘンリー(6割方回復) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可)
第一行動方針:アイテム探し/ソロ達を待つ 第二行動方針:
デールを止める(話が通じなければ殺す)】
【
ターニア 所持品:微笑みの杖
第一行動方針:ピサロ達についていく 基本行動方針:イザを探す】
【ピサロ(HP3/4程度、MP3/4程度) 所持品:天の村雲 スプラッシャー 魔石バハムート 黒のローブ
第一行動方針:アイテム探し/ソロ達を待つ 基本行動方針:
ロザリーを捜す】
【ビビ 所持品:スパス
第一行動方針:ピサロ達についていく 基本行動方針:仲間を探す】
【現在地:レーベの村・道具屋】
最終更新:2008年02月15日 23:12