第82話:冷静な殺意、残された狂気
一度覚悟を決めてしまえば楽なものだ。
若きラインハット王・
デールは険しい崖を背に、こちらに向かって走ってくる男を見つめる。
死ぬのは別に怖くない。
母の狂気を止められなかった罰、罪なきサンタローズの人々を救えなかった罰として受け入れるつもりだ。
けれども、残されたラインハットの民と、何よりまだ幼いコリンズはどうなる?
自分が死に、
ヘンリーやマリアの身にまで何かがあったら……ラインハットは荒れる。
権力を狙う輩はどこにでもいる。そして、手段を選ばない。
必ず、王となったコリンズを操ろうとするものが出てくるだろう。
あるいは追放するなり暗殺するなりして、己が王座に座ろうとするかもしれない。
それだけはさせたくない。叔父として、コリンズには幸せな人生を歩んで欲しい。
また、強欲な人間が政治を握る事態になれば、国民にも不幸をもたらす。
――かつて兄は母の罠にかかり、十数年間ものあいだ奴隷として辛酸を舐めさせられた。
母に化けた魔物のせいで、人々の生活は圧迫され続け、たくさんの人が苦しみの中で死んだ。
(それなのに、何もできなかった。僕は王として失格だ……
だけど今度こそ。今度こそ、ラインハットのために戦ってやる)
生き残るのは自分でなくていい。
ヘンリーやマリア、あるいはグランバニア王の
リュカのように、コリンズの後ろ盾となって助けてやれる人物ならば。
そのためならば――この手など幾らでも血に染めてやろう。
覚悟を決めてしまえば、後は楽なものだ。身体が勝手に動いてくれる。
先ほど読んだ説明書のとおりに、トリガーを引く。
機械仕掛けのリズムに乗って、抜き身の剣を構えていた男がダンスを踊る。
それで終わりだ。なんてことはない。
戦う術を知らぬ自分でも、人は殺せる。簡単に。
デールは男の骸も確かめず、崖に沿うようにして歩き去った。
(――おのれ、人間め)
呪詛の言葉は声にはならなかった。傷ついた体から流れる、人には有りえぬ色の血が、大地を醜く染める。
その代わり、渦巻く怨念は死の淵にあってなお増大を続けていた。
今にも深遠に沈みそうな意識の中で、男は前へと這う。
幻獣に身体を噛み千切られ、主の命を果たせぬと悟った時の無念が。
すんでのところで獲物を攫っていった、金髪の男に対する憎悪が。
復讐も果たせぬまま、戦い方も知らなそうな若造によって死を迎えるという絶望が。
そして狂気にも等しい生への渇望と、生きとし生ける全ての者に対する殺意が、死にかけた男の身体を突き動かした。
男自身、何故自分がそうしようとしたのかわかっていなかったに違いない。
ただ、復讐を望む心が、魔物としての本能が囁いたのだ。
男は必死に手を伸ばし、銃弾の雨によってぶちまけられた支給品の一つを握り締め――
それからどれぐらいの時間が流れただろう?
黒髪と赤い瞳を持った女剣士が、息絶えた男に近寄る。
「銃でやられたのか……」
全身に大穴を開けられた死体など、決して気持ちのいいものではない。
女剣士――
パインは、できるだけそちらを見ぬように男の剣を取る。
と、その時、男の手の下で何かが落ちていることに気が付いた。
「これは、ドレスフィアか?」
一瞬、いつのまにか無くなっていたスペシャルドレスかと思ったが、すぐに違うと気付く。
そのスフィアから感じられるのはダークナイトの力だったからだ。パインは失望したが、やがてあることを思い出し、眉を潜めた。
彼女は既にダークナイトのドレスフィアを持っているのだ。
同じドレスフィア。そして、わざわざ他人に支給されていたスフィア。
「……もしかして、何か特別な力でもあるのか?」
パインは迷わなかった。好奇心とかすかな期待に突き動かされ、そのドレスを纏う。
身体が滅びても、想いは残る。ある女性の歌声は、千年の時を越えて願いを伝えた。
命は尽きても、怨念は残る。ある青年の憎しみは、千年の時を越えて災厄を振りまいた。
――絶望のうちに死した男の妄執は、何をもたらそうというのだろう。
ドレスチェンジしたパインが静かに目を開く。赤い瞳は、虚無よりもなお暗い闇を湛えていた。
【デール 所持品:マシンガン、アラームピアス(対人)
行動方針:兄夫婦&リュカ一家以外の参加者を殺す】
【現在位置:アリアハン城の東、岩山付近】
【パイン(ダークナイト、凶暴化) 所持品:うさぎのしっぽ、静寂の玉、アイスブランド、ドレスフィア(ダークナイト)
行動方針:全員殺害。正気を取り戻した場合は不明】
【現在位置:アリアハン城の南東、岩山付近】
最終更新:2008年02月16日 09:29