第490話:父親と息子
少し前まではあたりは闇に包まれていように思えたのに、見上げてみれば、そこは星空。
まるで殺し合いの会場にいることが嘘であるかのように、月が淡く光る。
月の光に照らされて輝く砂の上を爆走する軽装の二人組。
ユフィと
オルテガである。
「くしゅん!
にしてもさオルテガ~、そんな格好して寒くない?
ほら、ここって風きついし、夜の砂漠は冷えるっていうし、実際冷えるし」
「なに、これでも鍛えている。多少の寒さなど屁でもない」
オルテガはポーズを取る。
だが、その油断が命取り。
今日もさまざまないたずらをしてきた風の精霊によって、
一陣の風が彼らへと吹き付ける。
「うわっ」
「ぶるうぁっっっっくしょん!!!」!!
それをまともにくらったオルテガは思わず大きなくしゃみをしてしまう。
「鼻に砂が入ってしまったか、それとも誰かが噂をしているのかな?」
「あはは、無理しちゃって。オルテガも寒いんじゃん。そのまんまじゃ風邪ひいちゃうよ?」
「ははは、これは参ったな」
風は気まぐれだ。
ときに強くなったり、弱くなったり、思わぬ方向から吹いてくることもある。
先ほどより、数段強い風が、二人の後方から吹き抜ける。
「な、何も見えん、どうしたというのだ! 俺の瞳よ! 精霊よ! 我に光をぉぉぉぉぉ」
ただ後ろから吹き抜けた風が彼のマントを吹き飛ばし、それがオルテガ自身に覆いかぶさっているだけだ。
だがオルテガはまるで芸人のように大げさに、滑稽に、あたかも視界を奪われたかのように(実際に見えていないが)振る舞う。
「ちょ、ちょ、まって! もういいって! お腹痛くなっちゃうよ!」
空を見れば、先ほどの突風が空にわずかに残っていた雲までも吹き流したのか、あたりは一面の星空。
煌く空、それに照らされて輝く地面は、真夜中というのにまるで昼間のように二人の姿をはっきりと映し出す。
「もう、ヒック、オルテガがこんなに面白いだなんて思わなかったよ」
「はっはっは、楽しんでもらえたのなら光栄だな」
「だいたいその衣装ってなんなのよ? あ、それも支給品なんだっけ?」
「確かにこれは私の支給品だが、私のいた世界では割とポピュラーな衣装だな。
新しい自分を見つけるとき、何かの事情で素顔を隠しておきたいとき、
己を高ぶらせるとき、このような格好をする男性は大勢いるんだ」
「へえ、違うなあ。私の世界じゃ、美少女連れてそんな格好をしてると、警察に連れていかれちゃうよ」
「う~む、さすがにそれは困るな…。
パパス殿と合流する前に着替えるとするか」
この格好では本当に他人に怪しまれても文句は言えまい、か。
勇者ロトの父親ともあろうものが、仲間に誤解され覆面マント姿のまま殺されたということになったら、末代までの恥だろう。
夜だからこそ、光のコントラストとかいうやつのために、いっそう怪しく見える。そのギャップが彼女には面白いのだが。
「あれれ? 冗談のつもりだったんだけど…。
ちょっと冷えるし、そうしたほうがいいのかもね。着替えるんなら、むこうに向いとくけど?」
「いや、今はちょっとマズイ。誰か来る」
月明かりに照らされるは、一つのシルエット。剣を持った、つんつんとがった頭の男。
「なんか神妙そうな顔してるけど、どうしよう? 接触してみる?」
「――よりにもよって、再会がこの姿、とはな」
オルテガのテンションが急に下がる。
「なんかヤバいやつなの?」
「いや、……私の息子だ」
ぴゅうううと風が吹く音がした。
「その格好、メジャーなんじゃないの?」
「何事にも時と場合というのがあってな…」
「…確かにそのとおりだね」
どうやら、ヤバくはないが、トップクラスにマズいということはよく分かった。
要するに、覆面マント姿では感動の再会がぶち壊しということだ。
こんな姿で年頃の少女と行動など、親としての見識を疑われる。
ユフィとしても、非常に反応に困る展開である。
オルテガは、この一瞬だけは名簿を写真入りで支給した魔女を恨んだことだろう。
「名前を呼ばないといけなくなったらどうすればいい?
ほら、知らない人と出会ったら普通名乗りあうじゃん?」
「そうだな、そのときにはポカパマズという名前を使ってはくれないか?
名簿を確認していないこと、が前提なのが難しいところだがな」
「ポカパマズ…。ギャグ言ってる場合じゃないよ?」
「いやいや、私は本気だが。パパス殿もなかなかいい名前だと言っておられたぞ?」
困ったことが起きると、反射的に他の事に意識が向くのは珍しくはないだろう。
自然の美しさ、ちょっとした変化を堪能できる瞬間だと思う。
月に雲がかかったのか、あたりが暗くなった気がする。
やはり文化の差はあるものだと思いつつ、
アルスという名は母親が付けたのだと確信した。
二人はアルスへ向き合う。
アルスがゲームに乗ってはいないということは、すでに
サイファーたちから聞いている。
ユフィ、オルテガともに武器を地面へ落とす。
アルスも敵意がないことを示すため、剣を地面に突き刺す。
鈍い輝きを放つ武器が、砂の上に横たわる。
普通なら、恐怖の自己紹介へと続くところだが、今回は違った。
アルスが先に質問をしてきたからだ。
「突然で済まないが、聞きたいことがある。あなたたちはゲームに乗った人間について、どう考える?」
「どうって…」
ユフィの脳裏にまず浮かんだのは、ゲームに乗った人間そのものよりも、その被害者たちのこと。
マリア。
エッジ。死んでしまったかつての仲間たち。
そして、死を知ったときに感じた、どうしようもない無力感と、深い悲しみ。
最後に、あの悪魔。
フリオニール。エッジを殺したときの、あの邪悪な笑顔。
空は、雲が流れてきたのか。あたりが暗くなってきた。星空も、ユフィの表情も見えなくなる。
「ぜったいに許せないよ!
他の人が悲しむってのに、他人を殺して自分だけ生き残ろうとするようなやつなんてね!
そんなやつは、このユフィちゃんがまとめて成敗してやるよ!」
「他の人が悲しむのに、か…」
アルスが自嘲を含んだ笑いを浮かべる。
「…なんかおかしなこと言った?」
何か触れてはいけないことを言ったのだろうかと、アルスの反応に少し戸惑うユフィ。
一陣の風が吹き抜ける。気温も低くなってきたのだろう、先ほどと比べて冷たい感触だ。
オルテガもアルスに何があったか、気になっていた。
夕方、サイファーたちに聞いたのとはずいぶん様子が違う。
悪を討つという使命に向かって奔走しているということだったが、
今の様子は、まるで正義の炎が燃え尽きて灰になってしまったかのようである。
風が吹けばすぐに散ってしまいそうだ、それくらい儚い印象を受ける。
「何があったのか、言えることだけでいい、話してはくれないか?」
アルスは、その言葉を皮切りに、今までの出来事を話し始める。
シドや
イクサスとの出会い、フリオニールの悪行、
サイファーと出会いによる殺人者討伐の決意などなど。
そして、今先ほど
レオンハルトとともにカズスに集まった殺人者たちを一網打尽にしようとしたが、
その過程でレオンハルトは殺され、二人の殺人者には逃げられ、
残ったフリオニールには勝ったものの、殺すことはできなかったということ。
「覚悟があると散々人に語り、仲間に語り、
だがそれでも自分は悪を殺せず、悪を逃がし、悪から逃げ、そして今ここにいる。
…結局、僕は何もやり遂げることができなかった」
アルスが大きなため息をついた。
ユフィは初めこそはフリオニールの暴れぶり、特にエッジだけでなくシドまで殺害したことに怒りを募らせ、
またアルスがフリオニールを見逃したことに納得がいかない様子だった。
それに、残り二人の殺人者が誰なのか、
カインはどうなったのか、
まさかカインを殺人者と誤認しているのではないかなどと様々な疑問を持った。
だが、アルスの悲痛な表情、一目で苦しんでいると分かるその様子を見て、それらを口に出すことはできなかった。
アルスは、自分が傲慢でそれでいて意気地なしなのだという。
だがオルテガにとっては、アルスは傲慢でも意気地なしでもない。
悪を討つという使命を遂行しようとしているのではなく、
悪を討つという使命に押しつぶされそうになって苦悩しているようにしか見えないのだ。
すべてを一人で背負い込み、過剰に苦しんでいる一人の青年にしか見えないのだ。
実際そうなのだろう。仲間の死を体験したことで、余計に気持ちが焦っているのではないだろうか。
心の奥底では、まだ平和的な解決を願っていながら。
その重荷を、どうにか取り除いてやりたい。
「君は何も責められるようなことはしてはいない」
「何故だ? 僕はみすみす殺人者を見逃してしまったんだぞ?」
「確かに、そのこと自体はミスなのかもしれない。
そやつは、これからカズスに向かってなんとかする。
だが、殺害に関しては、…君は心に大きな迷いがある。
たとえ殺人者といえども、殺してしまっていいものなのか、という迷いがな」
心の迷いを指摘され、少なからずアルスは驚く。
彼は、幾度もの葛藤の結果、迷いを払拭し、
フリオニールを殺さなかったのは、優位に立ったことからの哀れみ、自身の甘さ、傲慢さからくることだと思っていたのだ。
オルテガが話を続ける。
「アルス、君はゲームを止めるために、殺人者を殺そうとしていた。それは間違いないな?」
アルスは頷く。
たとえ元の仲間であろうとも、殺人を犯したなら斬り捨てようとしていた。
「殺人者なら殺しても許されると当然のように考えてしまいがちだ。
だが、殺してしまえば殺人者だという事実が常に付きまとうことになる。
この矛盾を受け止める覚悟は、あるか?」
「もし受け止めることができなければ、君はさらに苦しむことになる。
だが、今ならまだ間に合うのだ。何も、殺すだけがゲームを止める手段ではない。
無理だと感じたなら、他の方法に切り替えることも考えておきなさい。
誰も責めることはない。どの道を選んでも、君が魔女に抗しようとしているのは確かなのだからな」
カズスのこともある。本来なら大いに悩めといいたいところだが、時間があまりないようだ。
「ますます混乱させるようなことを言ってすまないな。
決断するのは君自身だ。だが、決して自分を押し殺そうとしてはいけない。
――もちろん、思考に思考を重ねたうえで、今までのように悪を討つという方針を採ることもあるだろう。
それならばそれでいい。確実に成長はしているはずなのだからな」
「自分を押し殺すな、か…。僕は本当は、どうしたいんだろう…」
一人空を見上げるアルス。
「ねえ…、私たちと来ない? 何をするにしたって、一人で全部やる必要はないよ」
「いいのか?」
「そうだな、君の採るべき道が明確に見つかるまでは、…いや、このゲームを潰すまで、協力しよう」
そうだ、こういうときに必要なのは、仲間の存在。
答えを提示することはできないが、支えて、答えへと導いてやることはできる。
彼が、彼にとって最善の選択をできるように。
「ありがとう。どうか、頼む…!!」
いつの間にか、またあたりは明るくなっている。
雲の隙間から覗く星々の光が、アルスを照らす。
ユフィは思う。これは父と子のドラマ。
カズスのことは気になったが、とても自分が割り込めるような雰囲気ではなかった。
もしかして、アルスはもうオルテガのことに気付いているのではないか。
「そういえば、まだ名前も聞いていなかった。僕はアルスだ」
「アタシはユフィ。マテリアハンターの、ユフィだよ。んで、こっちは…」
初めは父の威厳を保ちたいと思ってのことだったが、
苦しむ実の息子を目の前に、正体を隠して、偽名など名乗っていいものだろうか。
いや、そのようなことをしては恥というものであろう。
オルテガが覆面を外した。
「ユフィ、くだらぬことにつき合わせて悪かったな。
私はオルテガだ。以後、よろしく頼む」
まるで時間が止まったかのようだ。どんな細かい動きも、今なら見逃さないような、
どんな細かい音も、今なら聞き逃さないような、そんな気がした。
ほら、今も現に手をグッと握る音が聞こえてくるではないか。
【アルス(MP1/4程度、左腕軽症)
所持品:ドラゴンテイル ラグナロク ロングソード 官能小説一冊 三脚付大型マシンガン(残弾4/10)
第一行動方針:マシンガンの弾の処分
第二行動方針:これから自分はどうするか考える
第三行動方針:倒すべき悪(
アーヴァイン、スコール、マッシュ、カイン、
サックス、
スミス)を…?
基本行動方針:苦悩中
最終行動方針:ゲームの破壊】
【オルテガ 所持品:ミスリルアクス E:覆面&マント
第一行動方針:ユフィとアルスを連れてカズスへ向かう
最終行動方針:ゲームの破壊】
【ユフィ(疲労/右腕喪失)
所持品:風魔手裏剣(19) プリンセスリング フォースアーマー ドリル 波動の杖 フランベルジェ】
第一行動方針:オルテガ、アルスと共にカズスへ向かう
第二行動方針:マリアとエッジの仇を討つ?
第三行動方針:アポカリプスを持っている人物(
リュカ)と会う
基本行動方針:仲間を探す】
【現在位置:カズス西の砂漠の東部】
最終更新:2008年02月16日 15:54