第173話:Fire
『
アーヴァインは裏切り者だ。誰かと手を組んで私達を皆殺しにする気だぞ』
『どういうこと、
ピサロさん?!』
『殺されたのはこの小娘達の仲間だ。宿屋の前に呼び出して殺し、その血痕を利用して自身の死を偽装したのだ』
『そんな……アーヴァイン、僕や
ヘンリーさんとも気軽に話して……ゲームに乗ってるようには見えなかったのに』
『お前がお人よしだからだ、と言いたいところだが……相当な食わせ者だな、あの男は。
奴が行動を起こさなければ、私ですら欺かれ続けたかもしれぬ』
(あーあ、もうバレちゃったのか。自信あったんだけどなぁ)
三人の会話を聞きながら、アーヴァインは声を出さずに笑う。
灯台元暗しというが、彼の居場所はまさにその言葉通り。
実のところ、ピサロ達と二十メートルも離れていない。彼がいるのは宿屋の真裏だ。
(予想以上に頭いいね、ピサロさん。
腕も立つみたいだし、こりゃ~僕も本気でかからないとね)
息を潜めて三人の会話を聞き取りながら、彼はこれから取るべき行動を模索する。
(みんなは宿屋に篭城ってワケか。
ギルバートさんと一緒にいた女の子たちもいるけど、泣いてて戦力にはなりそうもないね。
七人中、まともに戦えるのはソロとビビって子、それからピサロさんの三人だけか……
オーケー、ここまでわかれば十分だ)
彼は物音を立てぬよう距離を取り、十二分に離れたところで建物の屋根へと飛び上がった。
――どうして誰もアーヴァインに気付かなかったのか?
それは彼が持つ支給品のせいだ。
G.F.ディアボロス。その能力の一つ『エンカウントなし』。
バニシュや消え去り草と違い姿を隠すことはできないが、それらで消せない『気配』を完全に絶つことができる。
血に餓えた野獣や魔物ですら、目の前を歩く獲物の存在に気がつかなくなる――ある意味で最強のアビリティ。
もっとも、気配より視界に頼ることが多い人間相手では、そこまで強力な効果は期待できないが。
だが今は光源の少ない夜。加えて、これ見よがしに宙を飛ぶ
カインの姿。
夜目が利けば利くほど、気配を察知する能力に長けていれば長けるほど。
派手に動くカインに気を取られ、近くにいるアーヴァインの存在に気付けない――
(キスティスも言ってたっけ、そういえば。
囮や陽動みたいな使い古された手は、効果があるが故に使い古されるんだ、って……本当だよね。
さて、と……みんな宿屋に入った。作戦F、開始と行きますか)
逃亡、戦闘、篭城。今の状況において、標的が取れる行動はこの三つしかない。
本来の計画は、戦闘組と篭城組の二手に分かれさせ、
片方をパニックに陥らせてから潰すというものだったが……
(カインさんはどっかの竜騎士団長。
僕もガーデンで基礎的な戦術は一通り学んでる。
要するに僕達もプロだってこと、全員篭城って可能性ぐらい考えてるもんねー)
アーヴァインは屋根の上に這いつくばる。そしてマントの端を掴み、剣で切り裂き始めた。
(『例のアレ』と
バーバラの方は、カインさんに任せてオーケー。
この作戦、思いっきり人目につくけど仕方ないよね。ここは一人でもいいから減らしたいし)
そう計算しながら、アーヴァインは切れ端を矢の先に巻き、支給品のランプに入っていた油を染み込ませる。
ランプは
マリベルから奪った分と合わせて二つある。片方の燃料が切れたところで困りはしない。
そうして何本かに細工を加えた後、アーヴァインはまず何も加工していない矢をボウガンに番えた。
人差し指を口にくわえ、空にかざして風を確認する。
北西の風、三メートル以下。目標への距離は、直線で六十から八十前後。問題なし。
意識をターゲットに集中させる。アーヴァインの身体から漆黒の波動が生まれ、矢に注がれていく。
(ピサロさん。何だかんだ言ってたけど、あんたもソロと同じで相当お人よしだと思うよ。
悪いけど、あの時教えてくれたコト、利用させてもらうよ!)
「何で気付けなかったんだ……くそっ、
リュカだったら……」
自分の枕を殴りつけるヘンリーを横目に、ビビがうつむく。
「アーヴァインってお兄ちゃん、本当に……僕達を、殺すつもりなのかな」
「……」
「信じたいよ。僕、お兄ちゃんのことも、みんなのことも信じたい」
ビビは窓辺から空を見上げた。何も知らずに輝く月を、見上げた。
「俺も信じたいさ。だが、もう疑いようがない。
あのコートの血も……あいつの血とばかり思っていたが、誰かを殺した返り血だったんだろう」
疲れたような呟きを、ビビは静かに聞いている。
「食事の時も楽しそうに喋ってはいたが、どこか落ち着かない様子だった。
それも奴がゲームに乗っていたからだとすれば、納得がいく」
ヘンリーはそう言いながら、自分とビビの間にあるベッドで眠っている
ターニアを見やった。
眠ったままというのも危険だが、血液恐怖症の彼女をこの状況で叩き起こすわけにもいかない。
ヘンリーは視線をビビに戻し、言葉を続ける。
「アーヴァインの奴は間違いなくマーダーだ。だが……多分、それなりの理由があるんだろう。
俺には、奴が完全な悪人とは思えない。それ以上に、好きで人を殺してる奴がいるだなんて考えたくもない」
ビビはしばらく外を見ていたが、やがてヘンリーを振り返り、淋しそうな声で聞いた。
「ねぇ、ヘンリーさん。本当に悪い人なんていないよね……?」
「ああ――」
ヘンリーが、それに答えようと口を開いたその時――
ビビの横にあった窓が弾け、何かが宙を切り裂いて、ターニアの右腕に突き刺さった。
「……っいやぁああああああっ!!」
激痛が、魔法の眠りからターニアの意識を強制的に浮上させる。
矢に纏わりついた漆黒のオーラが、傷口を広げ痛覚を倍増させる。
そして流れ出した血が駄目押しとなり、彼女は完全なパニックに陥ってしまう。
「ターニアちゃん、落ち着いて!」
ビビの言葉も通じない。異変に気付いて寝室に飛び込んだソロが、逃げようとするターニアとぶつかる。
「ヘンリーさん! こ、これは!?」
狼狽したソロが叫ぶ。ターニアは彼をも跳ね除けて、入り口の方に行ってしまった。
ピサロの声がする。何とか捕まえたらしいが、彼も手を焼いているようだ。
「わからねぇ、窓からいきなり矢が……ッ、危ねえ!!」
呆然とするビビを、ベッドから跳ね起きたヘンリーが床に押し倒した。
黄色いとんがり帽子の横を掠めて、一条の炎がターニアのベッドに命中する。
そして立て続けに窓ガラスが割れ、ヘンリーのベッドに、テーブルに――
テーブルの上のランプに、そして床にこぼれた油の上に――火矢が突き刺さり、炎を広げていく。
偶然ではない。明らかに宿屋の間取りを把握して、狙っている。
そんな芸当ができるのは、ただ一人――
「ふざけるな……前言撤回だあの野郎ッ!」
怪我の痛みすら忘れて、ヘンリーは外に向かって叫んだ。
(ヘンリーさん……前言撤回って、ナニ言ってたの?)
アーヴァインは首を傾げながらも、最後の火矢を番える。
(良くわからないけど、まぁいいや。とりあえずこれで、青髪の女の子は混乱状態。
パニックって伝染するし、僕を追ったり攻撃したりする余裕はないよね。
火矢も、中だけじゃなく外にも撃ち込んでる。このままじゃ大火事決定だよ。
……さあ、みんな、どうする?)
ガルバディアガーデン一のスナイパー。Seedでも魔女でもなく、アルティミシアと戦った唯一の男。
アーヴァインはトリガーを引く。その経歴に相応しい実力を、冷酷に、存分に発揮して。
【ビビ 所持品:スパス
【ソロ(MP消費) 所持品:さざなみの剣 天空の盾 水のリング
【ヘンリー(負傷) 所持品:G.F.カーバンクル(召喚可能・コマンドアビリティ使用不可)
第一行動方針:状況を打開する】
【現在位置:レーベの宿屋・寝室(火災発生中)】
【ピサロ(HP3/4程度) 所持品:天の村雲 スプラッシャー 魔石バハムート 黒のローブ
第一行動方針:ターニアを取り押える 第二行動方針:
ロザリーを捜す】
【
エリア 所持品:妖精の笛 占い後の花
第一行動方針:不明 第二行動方針:
サックスと
ギルダーを探す】
【レナ 所持品:不明
第一行動方針:不明 第二行動方針:
バッツと
ファリスを探す】
【ターニア(パニック。右腕を負傷) 所持品:微笑みのつえ
第一行動方針:とにかくどこかへ逃げる】
【現在位置:レーベの宿屋・入り口近くの部屋】
【アーヴァイン(HP4/5程度) 所持品:竜騎士の靴 G.F.ディアボロス(召喚不能) グレートソード キラーボウ 毒蛾のナイフ
第一行動方針:宿屋にいる人間を狙撃 第二行動方針:ゲームに乗る
【現在位置:レーベの村・民家の屋根の上】
最終更新:2008年02月16日 23:28