516話

第516話:男と少女のデジャヴュ


いつかどこかで見たような気がするのは、長い髪だろうか。
何かから必死で逃げてきて、助けを求めるように仰いだ、その表情だろうか。


南から放たれた炎は、一瞬のうちにサイファーの進路を塞いだ。
大抵の人間なら、自らの身を守る為、北へ逃げることを選ぶだろう。
だが、彼はそうしなかった。
彼が云う所のロマンティックな夢――ヒーローとしての哲学が、逃げるという選択肢を拒んだからだ。
サラマンダーと名乗った男。夜空に聳える巨大な影。
殺人者という点でセフィロスと同等の位置に存在する脅威を見過ごすわけにはいかない。

襲い掛かる火の手から逃れ、かつウルに向かうため、東へと回り込む。
炎上する枝を打ち払い、燃えながら舞う木の葉を避けて走り出す。
ストック中の擬似魔法――殆どはイザの承諾を得てドローした雷撃や回復の魔法――に、炎を消せるようなものはない。
熱された空気が肺を焼く。
炭化した木が、自らの重みに耐え切れず倒れる。
嘲笑うように燃え広がる火を恨めしく思いながら、サイファーは残された道を探す。

数時間にも思える数十分間。
痛む右足を庇いながら、走り、迂回し、道無き道を切り開いた末に、彼はようやく村への道を見つけた。
そして、焼け落ちた建物の影から現れた、少女の姿を見た。

サイファーの姿に気付いたのか、少女は怯えた表情を浮かべた。
それでも、背負った幼子を隠すように、真正面を見据えたまま後ずさる。

一日と半分連れ歩いた彼女とは対照的な。
甘いと思う一方で、仲間として認められる程度には強い正義感を持った男に良く似た。
彼のいた世界において、自然には存在し得ないはずの色に染まった、長い髪が揺れる。

(襲われて、逃げてきたってとこか……)

武器もザックも持っていない。加えて、今の態度。
彼女が殺人者でないことは明白だ。
それに髪の色で思い出したことがある。
サイファーの知る限り、青い髪の人間はイザ一人しかいない。
そして彼は、確か妹を探していた――

「チッ……
 そこのお前。死にたくなけりゃ着いてこい」

剣を収め、顎をしゃくる。
しかし、少女は呆然としたまま動かない。
サイファーの言葉を理解していないか、理解しても受け入れられていないか、どちらかだろう。
仕方なく、サイファーは棒立ちになった少女に近づき、その手を取る。
身を硬くし、声を上げる少女を無視して、火の手が弱い南東に向かって走り出す。

イザの妹ならば死なせるわけにはいかない。
だが、仮に彼女とイザが無関係だったとしても、やはりサイファーは少女を助けていただろう。
理由は一つ。
"助けてもいいと思ったから"、それだけの話だ。



いつかどこかで見たような気がするのは、何かに苛立っているような表情だろうか。
闇の中から現れた、鋭く冷たい眼差しだろうか。


焦げた戸口から外へ出た時、燻る煙の向こうにリュックの姿を見つけた。
彼女に駆け寄らなかったのは、相対する男の姿に気付いたからだ。
ビビを傷つけた襲撃者の特徴は、ソロ達から聞いていた。
赤いドレッドヘアー――視界の中央にいる人物と同じ。

ターニアは考える。
リュックはエリアが宿屋にいることを知っている。
あんな場所で相手を牽制している以上、宿屋の状況にも気付いているだろう。
危険を冒して闇雲に助けを求めるより、動けないビビを安全な所に移動させ、他の人達を呼ぶ。
正しいかどうかわからない。けれど、それが一番いい方法に思えた。

男に気付かれない事を祈りながら、急いで宿屋の裏手に回りこむ。
そのまま、断続的に響く雄叫びとは反対の方角――北東へ走る。
雪のように降りしきる火の粉を払い、煙に咳き込みながら、必死で足を動かす。

どれほど走っただろう。
家並みが途切れ、煙が薄れ始める。
顔を上げると森が見えた。
その向こうに――見知らぬ、金髪の男の姿があった。

男は抜き身の剣を携えていた。
男は、ボロボロに切り裂かれ、どす黒い赤茶色に汚れたコートを纏っていた。
鉄錆に良く似た臭いがしたのも、決して気のせいではないだろう。

男は値踏みするようにターニアを見つめた。
剃刀のような視線と、乾いた血に、背中を向けて逃げ出したい衝動が心の奥から沸き起こる。
だが、ターニアは今、ビビを背負っているのだ。
後ろを向けば、ビビが相手の前に晒されることになる。
それは、ダメだ。

恐怖はあった。
それでも、守りたいという気持ちが僅かに上回った。
真正面を見据えたまま、一歩、後ろに下がる。
それを見て、男が眉をぴくりと動かす。

これからどうすればいいのか、ターニアにはわからない。
イザや、ターニアが今まで出会ってきた人達なら、何か上手な方法や良い案を知っていたのだろう。
けれど、そんな頼れる人はいない。

ちょっと先のことを想像するだけで足が震えてしまう。
コートの染みが、だんだん鮮やかさを取り戻していくような錯覚に陥る。
血への恐怖が、覚悟を消し去ろうとしたその時、男が小さく舌を打った。

「チッ……
 そこのお前。死にたくなけりゃ着いてこい」

――何を言われたのか、全く理解できなかった。
剣を収めた男は、やがて苛立ったようにターニアに近寄る。
逃げなければと思っても、竦んでしまった体は動いてくれない。
乱暴に腕を捕まれ、引っ張られる。
どこへ連れて行かれるのか考えるよりも、男の歩みの方がずっと早かった。
村が遠ざかっていく。
宿屋が遠ざかっていく。
助けを待っているエリアが遠ざかっていく。

「ま、待って! まだ、人が……人が!」

ありったけの勇気と覚悟をかき集めて叫んでも、男は止まらなかった。
一体、自分はどうなるのだろうか?
いや、その前に、これ以上離れる前にエリアのことを伝えないといけない。
それがわかっているのに、声が思うように出てくれない。
どうすればいいのか、わからない――

【サイファー(右足軽傷)
 所持品:破邪の剣、G.F.ケルベロス(召喚不能) 白マテリア 正宗 天使のレオタード ケフカのメモ
 第一行動方針:ターニア達を安全な場所へ連れて行く
 第二行動方針:協力者を探す/ロザリー・イザと合流
 基本行動方針:マーダーの撃破(セフィロス、アリーナ優先)
 最終行動方針:ゲームからの脱出】

【ターニア(血への恐怖を若干克服。完治はしていない)
 所持品:なし
 第一行動方針:予想外の自体に混乱中/宿屋を離れてビビの安全を確保
 第二行動方針:エリアの救出
 基本行動方針:イザを探す】
【ビビ(気絶中 ターニアにおんぶされている)
 所持品:なし
 第一行動方針:不明
 基本行動方針:仲間を探す】
【現在位置:ウルの村・東の外れ】

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最終更新:2008年02月16日 23:35
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