第137話:復讐者
アグリアスは必死の形相で森の中を彷徨っていた。
時折――普段の彼女からは考えられぬことだが――、木の根や草に足を取られてはバランスを崩し、手や足に擦り傷を作る。
疲れのせいではない。夜という時のせいでもない。
瞳を覆う闇と、死神のように後を追いつづける気配のせいだ。
さて、話は数時間前に遡る。
焔色の髪を持つ男・
サラマンダーとの戦いは、完全な膠着状態に陥っていた。
双方ともに一歩も退かず、隙を見せない。例え千日の時を掛けても決着はつかぬだろう。
二人がそのことをうすうす悟り始めた――その時、異変が訪れた。
「ぐぁっ!?」
サラマンダーが突然のけぞり、構えを崩す。
あまりに唐突だったので、対峙するアグリアスも剣を振るうことを忘れてしまったほどだ。
だが我に返り、今が絶好のチャンスだと気付くと、勝負を終わらせようと一気に間合いを詰めた。
それが失敗だった。
「うっ!」
風を切る音と共に、何かが深々とアグリアスの肩を貫く。
同時に、緑あふれる森が、新月の夜空にも似た闇色に染められた。
(これは――?)
木々の輪郭さえ判別しがたい、半ば閉ざされた視界の向こうで、サラマンダーとは別の薄ら寒くなるような気配を見つける。
「久しぶりだな、アグリアス・オークスよ」
男の声が森に木霊した。聞き覚えのある、そして二度と聞くことのないはずの声だった。
「貴様は……ッ!」
「私の目的は
ラムザ一人と言いたいが……
奴に組した者を見逃すわけにもいかぬし、ここで朽ちる気もない。
死んでいった仲間たちのためにも、我が妹ミルウーダのためにも、な」
「ウィーグラフッ!」
バカな。ルカヴィと融合し、魂さえも闇に飲まれ、魔人ベリアスとして滅びたはずの男が……
どうしてここにいる? いや、それ以前になぜ生きている?
幾つもの疑問が頭に浮かぶが、答えを考えている暇はない。
重要なのは、奴が自分を殺すつもりであるらしいという事実だけだ。
「くっ……勝負は預けるぞ!」
矢の飛んできた方向の反対へ飛び退りながら、サラマンダーに向けて言い放つ。
舌打ちの音が聞こえたが、追撃はなかった。恐らく彼も視界を奪われているのだろう。
ウィーグラフの放った矢によって。
「邪魔が入ったな……次は仕留める、必ずだ」
サラマンダーの捨て台詞を背に、アグリアスは走り出した。
――そうして、今に至る。彼女は未だに逃げ続けている。
森の中を。暗闇の中を。ずっとついて回る、凍るような殺気の中を。
(私をなぶり殺しにするつもりか……)
日が沈んだことはわかっている。闇が濃くなったことに気付く前に、放送が流れた。
当たり前だが、とうに体力は尽き果て、走るどころか歩くこともおぼつかない。
つまり殺そうと思えば、いつでも奴は自分を仕留められるはずなのだ。
それをしないということは、限界までなぶってから殺すつもりか、あるいは――
(あるいは、私はエサなのか?)
ふと、そんな考えが脳裏に閃く。
広間でのラムザと自分のやり取りは、ウィーグラフも見ていただろう。
『向こうで落ち合おう』
あの時、彼は確かにそう言った。もしあのラムザが幻影などではない、本物のラムザであるなら――
(ラムザは私を探しているはずだ……私を餌にラムザをおびき寄せる、それが、奴の狙いか)
冗談ではない。だが、この状況では打つ手もない。
アビリティを付け替えて暗闇を回復しようにも、気付かれたら一巻の終わりだ。
(焦るな……機を待とう)
チャンスは必ず訪れる。今の彼女には、そう信じるしかなかった。
【サラマンダー(暗闇) 所持品:ジ・アベンジャー(爪)、他は不明
第一行動方針:暗闇が治るまでどこかで待機 第二行動方針:参加者を殺して勝ち残る(
ジタンたちも?)】
【現在位置:岬の洞窟入口近辺→移動】
【アグリアス(暗闇+疲労) 所持品:クロスクレイモア、ビームウィップ、もう一つは不明
第一行動方針:逃げながら反撃の機会を窺う 第二行動方針:生き延びる】
【ウィーグラフ 所持品:暗闇の弓矢、残りは不明
第一行動方針:ラムザとその仲間を殺す(ラムザが最優先) 第二行動方針:生き延びる、手段は選ばない】
【現在位置:岬の洞窟入口近辺→北へ】
最終更新:2008年02月17日 21:53