*魔【まじんとまほうしょうじょ】◆5/xkzIw9lE 姫河小雪は本人の自覚は薄いが、器用な少女だった。 彼女の魔法である『困っている人の声を聴くことができるよ』は助けを求めている人を探すのには絶対的に便利な魔法だが、助けられる手段とは直結しない。 それでも彼女は細やかな工夫や機転で人を助けつづけてきた。 魔法の端末に溜まった膨大な数のキャンディーが、その証左と言えるだろう。 そして、その器用さを裏付けるように、彼女は招かれた異邦の地―――スノーフィールドでの生活にも見事に順応していた。 ……それが彼女の望んだ生活かは別として。 ■ 夜のパトロール後、深呼吸二回。 カバンの中から魔法の端末を取り出し、手早く変身し直す。 一瞬光が瞬いた後、スノーホワイトは簡素なビル、その二階にある事務所の前にいた。 変身した後、すぐさま己の魔法を使用する。 そして、ドアノブに手を―――、 “マジカルしてぇ…トゥルーしてぇよ…” 伸ばす事は無くそのまま地面に伏せる。 直後、バン!と勢いよくドアが開き、中から女装した脳みそまで筋肉で出来ていそうなモリモリのマッチョメンが飛び出してきた。 「俺は魔法少女だあぁああぁああああああ!!!!!!!!」 伏せていたためぶつかる事は無く、スノーホワイトは勢い余って階段から転がり落ちていく変態を見届ける。 転がり落ちて行った男はそのまま道路まで転がっていき、ゴテゴテとしたアメ車に吹っ飛ばされて路地目がけて星となった。 その後の療養生活に励んでほしいものである。 「フム、外れか。白ダンゴ虫にしては中々どうしてやる」 「……キャスター」 開け放たれた入口の奥から聞こえる軽薄な青年の声。 ため息を一つ漏らし、スノーホワイトが立ち上がろうとした時、表札代わりに着けていたプレートが彼女の膝にポトリと落ちる。 何故こうなったのか、そのプレートを見て思い、彼女はさらに深いため息を漏らした。 プレートには、英語でこう書かれていた。 『スノーホワイト魔界探偵事務所』 ■ きっかけは、一枚のトランプだった。 ハードゴア・アリスの最期を看取った翌週、リップルから連絡を貰う前、 何故弱虫で、怖くて、震えて逃げているばかりだった自分が生き残っているのだろうと思っていた丁度その頃。 魔法の端末に、一枚のメールが来たのだ。 きっとファヴの定期報告だろうと身構え、恐る恐るソフトを起動させた。 残り人数は少ない。凄惨を極めた殺戮劇のエンドロールももうすぐのはずだ。 それを考えるほど、何故自分が生き残っているのかと僅かに自嘲し、開いた通知を迎える。 開いた手紙には何も書かれてはいなかった。 その代わりに、白く四角いアイコンが浮かんでいた。 まるで、白紙のトランプの様な。 数十秒待っても何の変化もないソレを怪訝に思い、意を決してタップする そして意識がホワイトアウトし――――、 「めでたいぞ、マスター。明朝には幕が開ける 我が輩、喜びのあまりケーキの用意のついでにこの事務所を取り返しに来た男を貴様のファンにしてしまった」 この都市にいた。 「めでたいって、何が?」 「……本気で言っているのなら貴様は白ダンゴムシからシロアリに降格だ 分かっているはずだぞ、我が輩達は戦争の駒としてここへ来た、と」 少女が対峙するのは上背のあるスーツ姿の青年。 その青年の言葉を受けた少女の脳裏に、これまでの事が駆け巡る。 異国の空の下、小雪はハードゴア・アリスから託された兎の足により、幸運にもこの世界に来て数分で記憶が戻り自我を取り戻したが、その代償としてNPCとしての生活がどんなものであるかあやふやだった。 下手をすれば知識はあれど右も左も分からぬ状態でスノーフィールドを彷徨う事となっていた彼女を救った者こそ、目の前に立つ、キャスターに他ならない。 彼は小雪の大まかな事情を把握すると、突然首根っこをニギニギし、マフィアの詰所に足を運んで""穏便""に譲ってもらったのだ。 ……その時の事は、思い出したくはない。アリスとのファーストコンタクトと同じく、余りにも心臓に悪すぎた。 さっきの変態はその時のマフィアの構成員だろう、恐らく事務所を取り返しに来たのだろうが、不憫だ。 そんなこんなで以後はこのキャスターの陣地、もとい『魔界探偵事務所』で寝泊まりし、キャスターのいぢめにあいながら、割と平穏なモラトリアムを送っていた。 今、この瞬間までは。 「……貴方も、私に殺し合いをさせたいの? 結局は、貴方も同じなの?」 『誰』を指して同じと問うているのかは、彼女自身にもよく分かっていない。 けれど、ここへ来る前に自分が巻き込まれたマジカルキャンディー争奪戦。 あれが実は魔法の国の手違いなどでは無く、明確な誰かの悪意により起きたものであることは薄々感ずいていた。 それがファヴなのか、あるいは自分と同じ参加者の誰かだったのか、真相は闇の中。 それでも少女は、信じたくなかった。自分が引き当てたサーヴァントが、殺し合いを尊び、自分にも殺し合いを強要してくる、マジカルキャンディー争奪戦に悪意を持ち込んだ者と同じであるなど。 だからこその、絞り出すような問い。 青年の返答は、ケーキだった。 「ぶっ……!?」 スノーホワイトはキャスターの心の声を聴くことができない。 キャスターは一度もスノーホワイトの前で困ったことが無いからだ。 例えマフィア数十人に囲まれ銃口を向けられたとしても、彼は鼻歌交じりに切り抜けてみせる、まさに本物の怪物。 だから、キャスターの不意打ちにスノーホワイトは対応できない。 出来るかもしれないが、できたらできたでよりひどいことになるのが眼に見えているのでしない。 顔を覆う、甘いクリームの元を掴み取る。 べしゃりと床に落ちたそれは、五秒後腐食し硫酸めいた液体となって流れて行った。 「言ったはずだマスター、我が輩は謎を、悪意を喰らって生きる魔人であるとな」 「……だから、アナタはこの街の謎を食べに来た」 キャスターは肯首する。 「我が輩、聖杯そのものはどうでも良い。究極の謎の足掛かりにはするかもしれんがな、 本命は万能の願望器・聖杯を守護する殺意と悪意……即ち謎だ」 願いを叶える魔法の器を優勝賞品とした大規模な殺し合いにして蹴落としあい。 成程悪意に満ちている。そしてそれを喰いたいと、やってきたのだ、この男は。 上手い料理を喰いたいと言う願いに理由はいらない。これ以上無く生物らしい願いだった。 線と線が繋がり、スノーホワイトは理解した。けれど、納得はしない。 「……でも、それなら私はやっぱりアナタに協力できない。 いくら美味しいものが食べたくても、そのためにマスターを…他の人を殺すなんて」 その言葉を聞いたキャスターは心底心外そうな顔をして、スノーホワイトに答える。 「シロアリが、誰が殺すと言った」 え?そう声を上げ意外そうにする少女に青年は機嫌を悪くしたのか、三白眼で睨みつけ、その表情のまま言葉を紡ぐ。 「人間とは須く我が輩の駒であり、食糧であり、可能性なのだ。 それを何故自分から減らさねばならん。あのマフィア達も一人として死んでいたか? ましてこんな儀式に参加する人間は後々に謎を生む見込みが大いにある、有望だ」 そう言えば、と記憶を辿る。 この一見人の命を何とも思っていなさそうな魔人は、スノーホワイトの記憶している範囲では誰一人として殺害していない。 それどころか、結果は惨敗だろうが、さっき報復を狙った者も来ていたではないか。 この魔人はそれでも、殺していない。NPCであるのにも関わらずだ。 「そもそも協力する立場なのは貴様ではない、我が輩だ。身の程をわきまえろ。 奴隷の分際で業腹ではあるが…貴様にもあるのだろう、聖杯に願ってでも叶えたい願いとやらが」 「………!」 青年の問いに息が詰まったかのような錯覚を覚える。 私の、願い? 自分の願いとは何だったのだろうか。 小さいころからずっと、魔法少女に憧れていた。 ハードゴア・アリス。彼女はスノーホワイトの事を魔法少女であると言ってくれた。 でも、今の自分は果たして本当に正しい魔法少女だろうか? 闘いから目を背け、守られるばかり、後悔するばかりだった自分が。 もし、自分が正しい魔法少女でないなら。その資格を失っているのなら。 それならば――――、 「……でも、それでも誰かを傷つけるのは、私はいやだ」 「さて、我が輩、人間の感情には疎いのでな。共感はしてやれん。 だが、ここへ来る人間は覚悟の有無はあれど自身の願いのを持っている人間が大半だろう。 もし、貴様もその意思があると言うのなら、我が輩を使うがいい。我が輩も貴様を使う、死の一歩手前、馬車馬の如くな」 何やら最後の方は恐ろしい事を言っていたが、キャスターの瞳は真剣だった。 そして言い終わるとその饒舌さは鳴りを潜め、スノーホワイトの返答を静かに待つ。 ………… ……… …… …。 ひりつく様な空気の中、沈黙だけが事務所を支配する。 スノーホワイトは、何も答える事が出来なかった。 これが少し前、ラ・ピュセルが脱落した直後なら彼女はキャスターないし聖杯に縋っていただろう。 これがもうしばらく後、『魔法少女狩り』ならば鋼の様な冷たい決意と意思を以て聖杯の破壊に動いていたかもしれない。 だが、彼女は『魔法少女狩り』に至る前、その世界に立つ前にここへ来てしまった。 彼女には貴方こそ魔法少女であり、貴方に憧れていたと言ってくれる者こそ必要としていたのだ。 だが、その代りとして、彼女には魔人と、万能の願望器を得るチャンスが与えられた。 その事実への戸惑いが、少女の返答を鈍らせていた。 「………止まってはいない。秒針はしっかり動いていると言った所か。 だが長針と短針が共に動かなければ意味はない、いささか期待外れだな。 仕方がない、今日はもう睡眠をとって精々その錆びた頭に油を指して来い そうしなければ貴様に聖杯はやらん、我が輩の魔力バッテリーで役目を終えるがいい」 「アナタに言われなくても、分かってる」 何故だろう。白ダンゴ虫だのシロアリだの散々毒を吐かれたのに、そのソフトな暴言は今までキャスターが吐いた中で一番胸を抉った。 聖杯云々ではない、この暴虐武人傲岸不遜が服を着た様な青年に期待外れと称された所でショックを受けた自分にスノーホワイトは動揺を深めた。 唇を噛み、キャスターに背を向け、事務所から出ようとする。 だが、少女は自分が引き当てたサーヴァントの意地の悪さを見誤っていた。 彼は自分で今日はもう寝ろと言っておいて、無防備なその背中に容赦のない追撃を放つ。 「何もできなかった自分に負い目を感じるのは良い。答えを出すために悩むことも我が輩は歓迎しよう。 ―――だがな、コユキ。忘れるな。貴様の感じた負い目も。その苦悩も。これから起きる全て、何もかもを忘れるな。忘れる事は進化の放棄だ。 忘れなければ、貴様はどんな状況になったとしても進化することができる」 「……ッッ!!!」 人間の感情が分からないとのたまっておきながら、何故こうも鋭いのか。 少女は感情のやり場を失い、堪らず扉を閉める。 そうして、キャスターの視界から魔法少女・スノーホワイトは消えた。 一人になった事務所で魔人は、 「繊細な奴隷は手がかかるな」 そう、独りごちた。 ■ 自室代わりである事務所の仮眠室にあるベットに身を投げ、思考する。 自分は、ラ・ピュセルやハードゴア・アリスを裏切りたくない。 彼女達に恥ずかしくない魔法少女でありたいと、ここへ来てからも何度も思った。 でも、聖杯の事を考えると、どうしても囁く声が聞こえる。 それは知らない誰かの声であり、キャスターの声であり、姫河小雪の声だった。 『理不尽に奪われた彼女達の未来を取り戻そう』と。 こんな時、ラ・ピュセルやアリスならどうするだろうか。 ……分からない。今の自分にとって彼女たちは余りにも遠い。 0と1、死と生。隣り合っているはずの両者の距離が何故、こんなにも遠いのだろう。 それを意識するたび、囁く声は一層強まる。 『彼女たちの、未来を造ろう』 『美化もせず、風化もせず、万能の奇跡を以て1ビット足りとも違うことない彼女達を造ろう』 『どんな手段を使ってでも、本当の彼女たちにもう一度会いに行こう』 その誘惑はキークという魔法少女が引き起こした事件の中で『魔法少女狩り』が振り払った誘惑だった。 しかし今の姫河小雪/スノーホワイトは魔法少女狩りではない。 魔法少女狩り生誕の最後のピースが欠いた状態、1と0の狭間で彼女はここへ来た。 故にその願いを否定することはできない。 前のゲームでは散々守って貰った、では次は自分が体を張るべきだ。 眼を閉じ、耳を塞いでも、そんな声は消えることなく少女を苛み―――― “”―――そして、もし、聖杯の前に立つ貴様の『日付』が変わっていたら―――”” その瞬間、彼女が初めて聞いたキャスターの心の声が蘇る。 それと同時に、囁く声は潮が引くように聞こえなくなった。 扉が閉まる直前に彼女が初めて聞いた、今まで一度足りとて聞けなかった魔人・脳噛ネウロの心の声。 あれはどういう意味だったのだろう。 そして、スノーホワイトの魔法は読心ではない、『困った人の声が聞こえる』だ。 キャスターはあの時困っていたのだろうか? それとも、 (私の日付が変わらないと困るって事なのかな…?) けれど、日付とは一体どういった意味なのだろうか。 分からない。あのキャスターの心中を察するなど、彼女の魔法を以てしても余りにも荷が勝ちすぎる。 それに眠い、心労が祟ったか。瞼が下りる。 悔しいが、変身を解いた今抵抗できそうにない眠気だ。 霞んでいく視界の端に、カチカチと音を鳴らす時計を捉える。 (……どうなったと、しても、今回は、後悔する前に…自分で、選ぶ…) ―――その針は、23時59分を指していた。 【クラス】 キャスター 【真名】 脳噛ネウロ@魔人探偵脳噛ネウロ 【属性】 混沌・善 【ステータス】 筋力:A(--) 耐久:A(--) 敏捷:A(--) 魔力:A++ 幸運:A 宝具:EX 【クラススキル】 陣地作成:C 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。 適当な場所を乗っ取り謎を集める『探偵事務所』の設立が可能。 道具作成:E 新たな魔術的道具を作成する能力は無いが、 自らの魔力で魔界777ッ能力を作成・行使できる。 【保有スキル】 魔人:A++ 人間とは異なる世界『魔界』の住人。 初期状態では一億度の火炎に耐え、核弾頭の直撃を受けても死なない程の身体強度を持ち、精神干渉にも高い耐性を備える。 肉体の切断などを受けても切断面を合わせれば即時に修復が可能であるばかりか、重力すら無視して移動もできる。 しかし、自身の肉体の維持に膨大な魔力と瘴気を必要とする。 マスターからの魔力供給では不足するため、急速に身体能力は低下していきパラメーターにマイナス補正がかかる様になっている。 主食である謎を喰うか、瘴気に満ちた異界で休息を取ることで回復可能。 ただし『謎』は天然ものでなければならない。 高速思考:A+ 物事の筋道を順序立てて追う思考の速度。 卓越した思考能力により、弁論や策略や戦術などにおいて大きな効果を発揮する。 攻め手においては同レベルの心眼(真)と同様の効果を発揮する。 無窮の叡知:A この世のあらゆる知識から算出される正体看破能力。 使用者の知識次第で知りたい事柄を考察の末に叩きだせる。 戦闘続行:B 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。 【宝具】 『魔界777ツ能力』 ランク:E~A++ 種別:- レンジ:- 最大捕捉:- キャスターの保有する777の魔界道具。 それぞれに異なる能力を持ち、消費魔力量も道具それぞれに異なる。 余りにも膨大な数のため人間界ではキャスターも使ったことない能力も多く、 その能力はサーヴァントとして劣化した過程で削ぎ落とされ、使用不可となっている。 『魔帝7ツ兵器』 ランク:EX 種別:- レンジ:- 最大捕捉:- キャスターの保有する7つの魔界の道具。 魔界でも数人しか使う事のできない魔界王の保有兵器。 『魔界777ツ能力』とは桁違いの威力を誇る兵器である。 それ故に莫大な魔力を使用し、発動の際にはマスターの令呪のバックアップが必要。 また上述の宝具と同じく、人間界で使用していない兵器は呼び出すことができない。 【Weapon】 上述の宝具と魔人としての身体能力 【人物背景】 かつて魔界の謎を食い尽くし地上に降り立った、人の心が分からぬ魔人。 【サーヴァントとしての願い】 聖杯戦争に纏わる謎を喰う。 【マスター】 スノーホワイト(姫河小雪)@魔法少女育成計画 【マスターとしての願い】 マジカルキャンディー争奪ゲームで死んでしまった人たちを生き返らせる…? 【weapon】 『兎の足』 大ピンチになったらラッキーな事が起こるアイテム。 ただし、それでピンチから逃れられるとは限らない。 【能力・技能】 『困っている人の心の声が聞こえるよ』 困っている人間の考えていることが聞こえる。 本人の意識していない反射や深層心理の声も聞こえる。それによって行動の先読みや隠し事の傍受も可能。 【令呪】 右手に刻まれている。形状はネウロの真の姿のシルエット。 嘴(一画目)山羊の様な左右の角で(二画目、三画目) 【人物背景】 魔法少女に憧れていた、困った人の心の声を聴くことができる少女。 【方針】 聖杯戦争を止める――――?