*守護の剣◆DIOmGZNoiw 「おかわり」 空になった茶碗が、眼前に突き出された。米粒ひとつ残すことなく平らげられた茶碗を見て、妖夢は小さく首肯し、茶碗を受け取った。炊飯器の蓋を上げて、茶碗に米をよそう。炊飯器の中身は、はじめ五合も炊いていたというのに、今はもう半分ほどしか残っていない。五合炊きの炊飯器を利用する上で、最も美味しい白米を味わう手段は、一度に炊く量を三合以内に抑えることだと妖夢は理解しているが、この家庭において、そういう知識を実践するだけの余裕はなかった。 「はい、セイバーさん」 「ありがとうございます、ヨウム」 茶碗に盛られた大盛りご飯を見て、アルトリアは小さく会釈をした。口元を微かに綻ばせながら、妖夢が差し出した茶碗を受け取る。彼女が今手にしている白ご飯は、既に三杯目だった。妖夢が用意した焼き魚と味噌汁、つけものとを、順番に一口ずつ白米に乗せては口へ運んでいく。自分が作った朝食を美味しそうに平らげる姿を眺めるのは、やはり心地がいい。 「ねえ妖夢、私もおかわり」 「はいはい」 幽々子が、米粒ひとつ残さず平らげた茶碗を差し出してきた。妖夢は、アルトリアのために米をよそったきり、未だ右手にしゃもじを握ったままだった。同じように、幽々子から受け取った茶碗に山盛りに白米をよそって、それを手渡す。加速度的に炊飯器の中の米がなくなっていくその様は、妖夢にとっては慣れたものだった。 山盛りのご飯を受け取って、にこりと満足気に微笑んだ幽々子は、白米を一口咀嚼し、すぐに味噌汁をすすった。口の中で白米と味噌汁を混ぜ合わせることで奏でられる絶妙なる味のハーモニーは、妖夢も理解するところである。見ているうちに妖夢も食欲をそそられてきたので、炊飯器を閉じて、自らの席に戻った。 醤油で味付けされた焼き魚に箸をつける。骨を避けて、妖夢はそれを口へと運んだ。それから、自分の茶碗に盛られた分の、決して多くはない白米を一口食べる。思わず頷いた。いい塩梅だと思った。塩が適度に効いていて、ご飯によく合う。食欲が進むことにも納得した。沸き起こる食欲に突き動かされるまま、妖夢は再び箸を魚につけた。 「すみません、ヨウム……おかわり」 アルトリアが、空の茶碗を差し出してきた。いざ二口目を味わおうとしていた妖夢だったが、その箸はすぐに箸置きに戻されることとなった。苦笑交じりに立ち上がった妖夢は、再び炊飯器の前に戻った。アルトリアに四杯目のご飯をよそった時には、既に炊飯器の中の米は尽きようとしていた。次に幽々子に茶碗を差し出されたら、今日の朝食の米は終わるな、と妖夢は思った。 「妖夢、私も」 弾むような声で、幽々子は茶碗を差し出した。 ◆ スノーフィールドの都心部から西側に少し離れた町外れに、アメリカの景観には不釣り合いな和風建築があった。敷地は広大で、その専有面積はおよそ千坪に及ぶ。白玉楼と呼ばれる巨大な屋敷は、昔ながらの日本の武家屋敷を再現した料亭旅館だった。 春になると、庭に桜の花が咲く。その美しさが白玉楼の人気に火をつけた。スノーフィールドで本物の桜吹雪が拝めるのは、白玉楼だけだからだ。今や白玉楼は、季節を選ばず、連日のように日本文化を好む観光客が宿泊する人気観光スポットと化していた。そのため、経営者である西行寺幽々子は、この国で金に困ることはなかった。 それがこの世界で割り振られた設定であることを、妖夢は理解している。自陣営ながら無茶な設定だとは思うが、そういう役割を与えられた以上、逆らうわけにもいかなかった。 「ええ、私は別にいいと思うけど。だって、この国の食べ物ってどれも美味しいし」 幽々子が、分厚いハンバーガーを片手にけらけらと笑った。厚めの肉が二枚と、レタスにトマト、チーズが挟まれたそれは、既に半分近くが幽々子の腹の中へと消えていた。 都心部に位置するファーストフード店の窓から見上げた空には、既に日が高く登っている。午後の食事にごった返す店内で、幽々子は眼前のテーブルにハンバーガーを残り三つも詰んでいた。ポテトとナゲットもある。幽々子の注文ひとつに対応するため、後ろに並んでいた客の待ち時間が増えたことは余りにも明白だった。 「そうですね。和食も好きですが、時には洋食も悪くない」 清楚な印象を懐く白ブラウスに、青のロングスカート。頭頂部から撥ね出た金の髪の毛を揺らしながら、アルトリアが着席した。テーブルに置いたトレイには、ハンバーガーが四つと、ドリンクとポテト、アップルパイが乗せられている。外見から懐く、小柄で清楚な印象も台無しだった。 「というか、お二人は少し食べすぎでは」 「えっ、妖夢、腹が減っては戦はできぬって言葉、知らないの」 幽々子が、さも驚いたとでも言いたげに掌で口元を覆って、目を見開いた。ぜんぜん驚いている風には見えなかったので、逆に乾いた笑いが漏れた。 「ユユコの言う通りです。いつ何時、敵に奇襲を仕掛けられるとも知れないのです。いかな戦闘にも耐えうる身体づくりを平時から心がけておくことは、決して悪いことではない」 「セイバーさんはそもそも食事とか必要でしたっけ」 アルトリアは、無言のまま、真顔になった。じっと妖夢を見詰めてくる。表情に変化はないが、口内に頬張ったハンバーガーをもぐもぐと咀嚼するたび、頬が小動物のように膨らんでいる。アルトリアが食べているのは、照り焼きソースがふんだんにまぶされたハンバーガーだった。 二人の食費を賄っているのは、妖夢だ。この世界では白玉楼の稼ぎがあるので、そう簡単に金欠に喘ぐことはないが、それはそれとして、この二人と出かけると、妖夢の財布の中は常に寒々しくなる。たまの休みにちょっとした贅沢に金を使う余裕もなかった。妖夢が二人ほど大食らいではないことがせめてもの救いだった。 妖夢が簡素なハンバーガーをちまちまと齧っているうちに、アルトリアと幽々子は、既に二つ目のハンバーガーに手をかけていた。 「ねえセイバー、これを食べたら、おやつにクレープでもどうかしら。気になってたお店があるのよ」 「クレープ」 アルトリアが、傍目にもわかるほど瞳を輝かせてその品名を復唱した。この時点で、妖夢は再び財布に視線を落とし、残金の計算をはじめていた。もはや次の出費を避けようがないことは、火を見るよりも明らかだった。 「それはいい考えだ。是非いきましょう、ユユコ」 「うふふ、流石ねセイバー。あなたならそう言うと思ってたわ」 「ええ。むしろ、美味しいものなら、私は、なんでも、いいです」 ◆ 日が西へと傾き始めていた。開け放たれた白玉楼の縁側から、空が焼けるような赤に染まっているのが見える。妖夢は、全員分のどんぶりが食卓に並ぶのを見届けると、己の座布団に着席し、手を合わせた。アルトリアと幽々子も同様に合掌の姿勢を取った。 「いただきます」 夕飯は、白玉楼の厨房で作られたそばだった。幽々子のそばには、大きなかき揚げが乗せられている。サクサクと小気味よい音を響かせながら、幽々子がかき揚げにかぶりついた。軽い咀嚼ののち、口内の食感が消える前に、そばを啜る。幽々子は今、かき揚げがふやけてしまう前に食べきってしまうことで、きっと頭がいっぱいだ。長年幽々子の傍にいた妖夢にはわかる。今は、妖夢の声も幽々子には届かないだろう。 アルトリアのそばには、大きな油揚げが乗せられていた。きつねそばだ。油を抜いてから、みりんで味付けされたきつねを、アルトリアは大胆にかじった。きつねに染みこんでいたそばのつゆが、口内で濃厚な味わいとなって広がっているのだろう、アルトリアが分かりやすく頬を綻ばせた。見ているだけで食欲をそそられる表情だと妖夢は思った。 妖夢のそばには、天ぷらが乗せられていた。海老と、イカの天ぷらがそれぞれひとつずつ。手始めに、海老をかじる。ぷりぷりとした食感が口の中で弾ける。つゆとの相性も絶妙だった。妖夢はにんまりと相好を崩した。勢い付いて、イカをかじった。弾力のある触感が、心地よい噛みごたえを演出している。今、この瞬間、幸福だと、妖夢は感じていた。 「やっぱり一日励んだあとの夕食は格別ね、妖夢」 「はい、まったくです。でも、お二人は別になにもしてませんよね」 「ねえセイバー、そのきつねそばも美味しそうね。私、おかわりするわ。次はきつねそばで」 「いいですね。では、私はかき揚げそばをいただきましょう」 「私の話し聞いてます?」 「聞いてる聞いてる」 ぜんぜん聞いてる様子ではなかった。既に掻き揚げとそばを平らげた幽々子は、どんぶりにその桜色の唇をつけて、つゆを啜り始めている。アルトリアも同様だった。なにを言ったところで聞こえるわけもないと判断した妖夢は、これ以上の小言はやめておこうと思った。 妖夢は、あくまで幽々子の使い魔でしかない。幽々子が召喚したサーヴァントとは別で、はじめから幽々子に付き従うように設定されていた、半人半霊の使い魔。それが妖夢だった。幽々子とアルトリアの食欲は目に余るものがあるが、昼間アルトリアが言っていたように、いつ奇襲を仕掛けられるかもわからない中、少しでも平和な時間を満喫しておきたいと思うのは、決して悪いことではないと妖夢も思う。だから、なんだかんだとぼやきつつも、妖夢は二人にこれ以上食べるな、と言うことだけはしないでいた。妖夢には、幽々子の安全と、幸福を守る義務があった。 二杯目のそばを勢い良く啜り始めている二人をよそに、妖夢は立ち上がった。 「それでは、私はこれで。広間で剣の修行をしてますから、用があれば呼んでください」 妖夢のどんぶりの中身は、綺麗に空になっていた。厨房の使用人たちに、ごちそうさまです、と告げて、妖夢は部屋を後にした。残された二人は、やはり無言のまま、夢中になってそばを啜っていた。 ◆ 隙間なく張り合わされた木の床を勢い良く踏み込む足音と、刀を振るたびびゅんと鳴る風切り音だけが、妖夢の鼓膜を満たしていた。もうどれだけここでこうしているか、妖夢自身にも判然としない。やりはじめた時はまだ、窓の向こうの空は微かに陽の光の残滓を見せていた。今はもう、完全に日が落ちている。窓から差し込む月明かりだけが、妖夢を照らしていた。 妖夢は、時間を忘れるほどに集中していた。しかし、依然として息は乱れていない。 妖夢には、いかなる敵からも主を守らなければならないという義務感があった。あの剣の英霊だけに、大切な主を任せてはおけないという、使命感があった。いざという時、本当に幽々子を守り通せるのは妖夢自身だという確信があった。 そもそも元を正せば、幽々子がこの聖杯戦争に巻き込まれたのは、妖夢の責任だ。博麗神社に遊びに行った妖夢が、その帰りがけに白紙のトランプを拾ったことが原因で、トランプの魔力に引きずられる形で、幽々子は月の聖杯戦争に引きずり込まれたのだ。なれば、この戦争で幽々子を死なせることは、巡り巡って妖夢の責任ということになる。それは、マズイ。非常にマズイ。 だから、なんとしても、幽々子のことを守り通さねばならない。強い思いを剣に乗せて、妖夢は剣を振るう。まだ見ぬ強敵の出現を夢想して、剣を突き出す。何度も、何度も、妖夢はそれを繰り返す。幾度目かの素振りののち、妖夢は、足裏に纏わり付いた汗に滑って、バランスを崩した。 「わっ」 勢い良く床へ倒れ込んだ妖夢は、咄嗟に身体をひねって、受け身を取った。身体を痛めることなく、仰向けに倒れた妖夢は、大きく息を吐き出した。集中力が途切れると同時に、徐々に息が荒くなっていく。意識しないようにしていただけで、疲労は溜まっていたのだろう。 ふいに、気配を感じた。敵かもしれない。戦争は既に始まっている。そう思うと、体が一気に強張った。緊迫した思考のまま、素振りに使っていた楼観剣を握り直して、妖夢は飛び起きた。気配の方向へと剣を構える。 白いブラウスに、青いロングスカートが、青白い月光に照らされていた。薄暗がりの中で、アルトリアは微かに頬を緩めた。 「あ……セイバーさん、いつからそこに」 「さて、いつからでしょう。もう随分とここにいましたが、思いのほか集中していたようなので、声をかけるにかけられず」 「うう、お恥ずかしいところをお見せしました」 自分の汗ですっ転んだ様を見られたことに気付いた妖夢の顔が、耳まで赤くなる。アルトリアは首を横に降って、立ち上がった。開けっ放しの入り口へと歩を進め、アルトリアは道場代わりに使っていた広間の電気のスイッチを押す。瞬く間に、広間が人工の光に照らされた。 「恥ずかしがることはありません。見事な集中力でした。それに、いい剣筋をしている」 「いや、えっと……あなたにそう言われると、その、少し、気恥ずかしいものがあります」 妖夢は、アルトリア・ペンドラゴンという英霊を知っている。正確には、幻想郷では知らなかった。ここへ来て、その偉大なる存在を知った。幽々子を真に理解し、守り抜くのは自分である、という思いはあるが、それはそれとして、かの有名なアーサー王に褒められたとあっては、面映ゆさもひとしおだった。 「どうです、ヨウム。よければ私と一戦」 「えっ」 「騎士として、是非、あなたと手合わせしてみたい」 「わたしと、手合わせ」 「はい」 壁に立てかけていた竹刀を、アルトリアは手に取った。拒否するつもりはなかった。あのアーサー王と、手合わせできる。その純然たる事実が、妖夢の胸を内側から焦がす。じわりと、腋から滲んだ汗が、妖夢のブラウスを濡らして、体に貼り付くのを感じた。体が、火照っている。 やってみたい、という思いがあった。既に疲労は溜まっているが、その分こちらの方が体はあたたまっている。やってやれない気はしない。 「喜んで」 楼観剣を鞘に納めた妖夢は、アルトリアと同様に、竹刀をとった。互いに剣士だ、防具は必要ない。広間の中心で、二人は互いに竹刀を合わせた。最初に攻勢に出たのは、妖夢だった。胸を焦がす熱に逆らうことなく、一気呵成に妖夢は攻め込んだ。 ◆ 既に夜はすっかり深まって、街の明かりがぽつぽつと消え始めている。幽々子は、両手に木で編み込まれたかごを抱えて、道場代わりに使われている広間へと向かった。かごの上には、大きな笹の葉が二枚乗せられている。さらにその上に、海苔を巻いた特大の握り飯が四つ乗っていた。幽々子が握った、塩気たっぷりのお手製おむすびだ。 「あらあら、うふふ」 道場代わりの広間に辿り着いた幽々子は、両手にかごを抱えたまま、わざとらしく微笑んだ。いや、微笑んだと表現するには些かあからさますぎる、もはや幽々子は、言葉に出して発言していた。 広間の真ん中で、妖夢が手足を広げて、大の字になって仰臥していた。息は荒く、美しい銀の髪は汗でしっとりと濡れている。妖夢が寝そべっている周囲だけ、床の木板がほのかに濡れていた。妖夢の汗と、体温で蒸されたのだろう。 傍らにはアルトリアが立っている。幽々子の姿を認めたアルトリアは、小さく会釈をした。 「妖夢ったら随分とまたムキになったのねえ」 「ゆ、ゆゆ……さま……」 消え入るようなか細い声で、妖夢は主の名を呼んだ。 「いいわよ、寝てなさい」 なにかを言い返そうとしたのだろう、妖夢はぷるぷると震える頭を僅かにもたげたが、すぐに諦めて、脱力した。ご、と音を立てて、妖夢の後頭部が木の床に落ちる。もはやその程度では大した痛みを感じている様子もなかった。 幽々子はくすくすと微笑みながら、おむすびを妖夢の口元に押し当てた。妖夢の乾いた唇が、おむすびの塩味を敏感に感じ取ったのだろう、妖夢の体が、小さく震えた。大口を開けて、妖夢はおむすびを齧り、咀嚼し始めた。 「ねえ妖夢、美味しい」 「あい、おいひ……」 「よかった」 かわいい。 幽々子は、うつろな瞳のままおむすびを咀嚼しては嚥下し、恐るべき速度で胃へと流し込んでゆくその姿を、愛おしく感じた。 「はい、セイバーも」 「ありがとうございます、ユユコ」 差し出されたおむすびを、アルトリアも受け取った。幽々子のお手製のおむすびを一口齧る。二口目移行は、早かった。妖夢に負けず劣らずそれなりの速度で、幽々子のおむすびはアルトリアの胃へと収められてゆく。 よく見れば、アルトリアも僅かに息が上がっていた。妖夢ほど明らかではないが、それでも微かに、鼻から吐き出される空気に勢いがついている。幽々子はにこりと破顔して、自分でつくったおむすびにかぶりついた。 「どう、うちの使い魔は。面白いでしょ」 「ええ。まだまだ荒削りですが、ひたむきで、真っ直ぐで……気持ちのいい剣筋でした」 「うふふ、そうでしょう、そうでしょう」 「おまけに、まだまだ伸びしろがある。よい剣士です。彼女とともに戦えることを、私は誇りに思います」 途端に、妖夢の頬に、朱が挿した。 アルトリアから視線を逸らして、妖夢は唇を尖らせた。 「つっ、つぎこそは、わたしが、かちますっ」 「そうですか。ならば、いつでも受けて立ちましょう」 アルトリアがくすりと笑った。おむすびをすべて平らげた妖夢が、視線を逸らしたまま、ゆっくりと上体を起こした。幽々子は、最後のおむすびを、妖夢の口にねじこんだ。 「ふがっ」 「無理しないで、もう少し寝ててもいいのよ」 はじめはなにごとか言いたげに幽々子を睨んでいた妖夢だが、すぐに諦念の混じった吐息を一息に鼻から吐き出すと、口にねじ込まれたおむすびを両手で支え、咀嚼を始めた。かわいい。 この世界において、幽々子は、亡霊としてのあらゆる能力を失っている。死霊を操ることもできなければ、死に誘うこともできない。死霊を見ることくらいならできるのだろうが、それだけだ。今の幽々子は、ただの小娘も同然だった。 その代わりに、幽々子には、使い魔として妖夢が付き添っている。まだまだ半人前で、未熟者だが、ひたむきで真面目な、誰よりも信頼のおける剣士。 幽々子は、自分の脳力が失われたことに関しては、それ程悲観してはいない。ひとりだったら話はまた違ったのだろうが、今の幽々子はひとりではない。ともに体験を共有し、戦ってくれる妖夢がいる。見知らぬ世界に飛ばされた幽々子にとって、それはなによりも心強い事実であった。 「さ、もう夜も遅いんだから。お風呂に入ったら、しっかり休みなさいね。あなたには私を守る義務があるんだから」 「は、はいっ」 食べかけのおむすびを慌てて嚥下して、妖夢は声を張り上げる。胸に支えたのか、妖夢は表情をしかめて、握りこぶしで己の胸元をとんとんと叩き始めた。 「セイバー、あなたも」 「はい。ヨウムは私が無事浴場まで送り届けます」 「あら、それは聞き捨てならないわね」 「は」 アルトリアが、目を丸くした。幽々子の言葉を理解しかねて、返答に窮したことは明白だった。 「主人を差し置いて、うちの子とふたりきりで裸の付き合いだなんて。だったら、私もお邪魔しようかしら」 「幽々子様、それ、単に仲間はずれにされたくないだけでしょ」 「あらら、バレちゃった?」 「バレバレです」 くだらない冗談を言って、こうして笑い合う時間が、幽々子には愛おしい。本当なら、妖夢の師匠を買って出てくれたアルトリアと、こうしてずっと一緒に過ごしていたい。 幽々子には、聖杯に願う望みなどなにもなかった。ただみんなで生きて、元の幻想郷に帰りたい。ただの、それだけだ。それ以上の贅沢なんて、今となっては、なにひとつ浮かびはしない。 だから、迷いはしない。聖杯は破壊する。二度とこんなことが繰り返されないように、二度とこの他愛のない平穏が脅かされないように。穏やかな笑顔の下で、幽々子は、確固たる意思で、聖杯の破壊を決定していた。 「ところで、入浴中のおやつはなんにする?」 「えっ、まだ食べる気なんですか、幽々子様」 「ふむ。入浴中というのがまた乙なものですね。私は、お団子を所望します」 「ええ……」 アルトリアと幽々子のふたりに肩を支えられた妖夢が、青い顔で両者を眇める。やはり、妖夢をからかうのは面白い。この平穏を、守りたい。幽々子はそう、強く思った。 【出展】Fate/Grand Order. 【CLASS】セイバー 【真名】アルトリア・ペンドラゴン 【属性】秩序・善 【ステータス】 筋力B 耐久B 敏捷B 魔力A 幸運A+ 宝具A++ 【クラススキル】 対魔力:A どのような大魔術であろうと、A以下の魔術は無効化する。 騎乗:B 騎乗の才能。 大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなし、それは生きていた時代に存在しなかったものも例外ではない。ただし、幻想種は乗りこなすことができない。 【保有スキル】 カリスマ:B 軍団を指揮する天性の才能。 団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。 カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分といえる。 魔力放出:A 武器ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。言ってしまえば、魔力によるジェット噴射。この英霊は剣戟はもとより防御や移動にも魔力を働かせているため、あらゆる面で高い性能を発揮している。 強力な加護のない通常の武器では魔力の篭った彼女の攻撃に耐えられず、一撃の下に破壊されるだろう。 直感:A 戦闘時、常に自身にとって最適な展開を感じ取る能力。 研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。 【宝具】 『風王結界(インビジブルエア)』 ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~2 最大補足:1 セイバーの剣を覆う、風の鞘。 正確には魔術の一種で、幾重にも重なる空気の層が屈折率を変えることで覆った物を透明化させ、不可視の剣へと変える。当然相手は、間合いを把握出来なくなるため、特に白兵戦型のサーヴァントに対して効果的である。 他にも纏わせた風を解放することでジェット噴射のように加速したり、バイクに纏わせて空気抵抗を減らしたり、風の防御壁として利用したり、と応用技も多く披露しており、中々に使い勝手が良い。 纏わせた風を突きと共に解放することで破壊力を伴った暴風として撃ち出す形での応用もできる。 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』 ランク:EX 種別:結界宝具 レンジ:- 最大補足:1 セイバーの魔力に呼応し、持ち主に不老不死と無限の治癒能力をもたらす、『約束された勝利の剣』の鞘。 宝具として真名開放すれば、数百のパーツに分解して使用者の周囲に展開され、この世界では無い「妖精郷」に使用者を隔離してあらゆる攻撃・能力・交信を遮断する、この世界最強の守りとなる。 しかも守られている側からは攻撃可能であり、更に上記の通り持ち主個人の対象としているため、持ち主本人を操っても、持ち主を洗脳しても、持ち主の能力をコピーしても無意味。 『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』 ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:1~99 最大補足:1000 聖剣というカテゴリーの中では頂点に立つ宝具。 人造による武器ではなく、星に鍛えられた神造兵器。妖精たちの手で管理されていたが、魔術師マーリンを仲介人にしてアーサー王に預けられた。 所有者の魔力を光に変換し、収束・加速させる事により運動量を増大させ、神霊レベルの魔術行使を可能とする聖剣。その膨大な魔力は先端以外にも熱をもたせ、結果として地上を薙ぎ払う光の波に取られる。指向性のエネルギー兵器ともいえるだろう。 星の内海で生まれたこの剣は、この惑星を脅かす外敵の出現時にこそ真の力を発揮すると言われている。 【人物背景】 説明不要の騎士王、アルトリア・ペンドラゴン。 元祖Fateのヒロインは、セイバーのクラスを得て現界した。 【基本戦術、方針、運用法】 幽々子は基本的に戦闘能力を持たない。が、しかし元が白玉楼の主であるため、魔力量はそれなり。 正面からの剣術で勝負を仕掛ける妖夢とアルトリアがこのチームの主戦力である。ゆえに、小手先の罠やテクニックよりも、正面からの正々堂々とした戦いを望む傾向がある。が、それが同時に仇となる可能性も否めない。 【サーヴァントとしての願い】 マスターである西行寺幽々子と。 使い魔である魂魄妖夢とともに、戦い抜く。 【出展】東方Project 【マスター】西行寺幽々子 【参戦方法】 妖夢が拾ってきたトランプに巻き込まれて参戦。 【人物背景】 白玉楼に千年以上前から住んでいる亡霊の少女。西行寺家のお嬢様。 幽霊を統率できる能力を持っており、幻想郷の閻魔大王である四季映姫・ヤマザナドゥより冥界に住む幽霊たちの管理を任されている。 性格面では、飄々としておりその真意が掴み辛い。従者である魂魄妖夢は日常茶飯事として、八雲藍や射命丸文ですら彼女には翻弄されている。 同時に柔和な雰囲気も醸しており、『儚月抄』では当初こそ警戒していた玉兎たちも幽々子に懐いている。 登場するたびに食い意地の張ったような発言をしており、『心綺楼』では妖夢から渡されるおにぎりを驚異的な速度で食べ続けるという姿を見せた。 【能力・技能】 『死霊を操る能力』『死に誘う程度の能力』『死を操る程度の能力』など。 文字通り抵抗なく生物を殺す能力。この能力によって殺された者の幽霊は、幽々子の支配下に置かれる為、成仏することが出来ない。 しかし、月の聖杯戦争においては幽々子の能力は完全に消失している。現在の幽々子は、外見通りのただの少女である。 その代わり幽々子は、使い魔として妖夢を連れて参戦した。幽々子にとっては心強い味方である。 【マスターとしての願い】 聖杯を破壊して、元の世界に帰る。 二度とこんな戦いは起こさせない。 【令呪】 左手の甲に、幽霊を連想させる文様が合計三角。 【出展】東方Project 【使い魔】魂魄妖夢 【参戦方法】 白紙のトランプを拾ってしまった。 【人物背景】 冥界の白玉楼に住む剣術指南役兼庭師。種族は人間と幽霊のハーフ、半人半霊。 性格は何事にも一所懸命だが、それが報われることが少ない。癖のある連中が多すぎる幻想郷では、真っ直ぐ過ぎてからかわれやすい性格でもある。おまけに天然のきらいもある。 幽霊の側の半身(半霊)は白くて大きな霊体の形。半霊は物体をすり抜けさせることもできるし、硬化させてぶつけることもできる。幽霊の半身を人型に変形させ、人間の半身と共に別々に技を繰り出すことも出来る。 実は、半人半霊なのにお化けや怖いものを苦手としている。また、日本刀を武器としてだけではなくファッションとしても気に入っているフシがあり、ナイフ派の十六夜咲夜に対して優位を主張している。 【能力・技能】 『剣術を扱う程度の能力』 長刀『楼観剣』と短刀『白楼剣』を扱う二刀流。 両方とも生身の人間を斬ることも出来る。体術、妖術は半人前ながらも優れており、バランスが取れている。対象が敵、霊、弾幕、人の悩みであっても斬ることが出来る。 準備時間があれば短い距離の直線で、瞬間的に移動しつつ斬ることが出来る。これは幻想郷の中でも最高級の速さを持つ射命丸文でさえ、目で追えない程の速度となる。 しかし、それでも剣の実力はまだまだ未熟。半人前なので、成熟まで日々の修行を欠かさない。 【Weapon】 ・楼観剣 長い方の剣が楼観剣である。妖怪が鍛えた剣と伝えられており、長すぎて並みの人間には扱えない。「一振りで幽霊10匹分の殺傷力を持つ」とあるが、それ以上の詳細は言及されていない。 ・白楼剣 魂魄家の家宝。斬られた者の迷いを断つことが出来る。幽霊に使えば成仏する。 原理は不明だが、魂魄家の者にしか扱えない。 尚、白楼剣で幽霊を斬ると成仏してしまうので濫りに使用すると閻魔に怒られる。 【使い魔としての願い】 幽々子様を守る。 もっと強くなる。 --------