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静寂を破り、芽吹いた夢(中編) - (2019/07/17 (水) 20:41:35) のソース

*静寂を破り、芽吹いた夢(中編)◆aptFsfXzZw
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◆



 突然、目の前に出現した異形のバーサーカー。その姿が纏う濃密な死の気配に、コレットも湧き出る恐怖に竦むを堪えられなかった。

 そのまま、大地を圧すような咆哮を発した番外位(ジョーカー)のサーヴァントは砲声の轟く方角へと攻撃を仕掛け、強化された視力でその軌道を追ったコレットはやっと、街中で二騎のサーヴァントが相争っていた事実を知った。
 彼らから当然のように繰り出された反撃を、直接受けたわけではないのだが――その破壊力の余波を浴びて負傷する者が現れたからか。砲声を聞いても大した反応を見せなかったにも関わらず、公園に居た人々が、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。

 それは――危険に晒された時点で良くはないけど、ここに至っては構わない。本来の自己も、力も何もかもを奪われた彼らは、こんなところに居るべきではない。負傷者も連れて逃げ延びてくれるなら、それが一番だ。

 ……けれど、それすら叶わない者が居る。

「イヤ……イヤなの……っ!」

 砲火の中、今のコレットでも油断すれば聞き取れないほど小さな声で――ただそれだけを繰り返し、頭を抱えて縮こまり、震え続ける小さな女の子。
 死神の如きバーサーカーが、迎撃の際に見せた挙動で、コレットも大凡の事情を察した。

 この不思議な少女が、番外位のサーヴァントと契約したマスターであることを。
 理性を奪われた怪物は、ただ純粋に、[[ありす]]を恐怖から庇護しようとしているのだと。
 己の身で火線を遮るその姿に、悍ましき異貌の奥に秘められた守護者の心を感じ取りながらも。しかしコレットは、彼らを全肯定することはできなかった。

 理性なき従者を、ありすが自覚的に動かしているのかまでは預かり知れない。
 だが、少女を脅かす不幸を排除せんと、彼が衝動のまま戦いを挑んだ結果として――罪もない公園の人々を、そして彼が護らんとするありすまでもを、サーヴァント戦に巻き込んでしまったということは、紛れもない事実だ。

 故に、睨み合う三者を前にして、コレットは己の立ち位置を決めかねていたが。

 直後、バーサーカーでも庇いきれない範囲の、数多の死が襲来した時。コレットは感覚のない力加減に細心の注意を払いながら、ありすを抱き締める決心をした。
 自らの背を楯にするようにして、少しでも幼い少女を脅威から遠ざけようと。

 そして、ライダーに人前で晒さないよう厳重されていた禁を破り、クルシスに授けられた天使の羽が出現するのも厭わず、体内のマナを練り上げる。

 ありすを巻き込むようにして発動したのは、レデュース・ダメージ――多量の魔力を消費すると引き換えに生半な害悪を軽減する、傭兵クラトスに教えられた防御奥義によって発生した結界が、衝撃波や破片の襲来を危険のない程度にまで和らげてくれた。

 それでも、飛来した砲弾、サーヴァントの放った攻撃の数々は本来、一つ一つが結界ごとコレットたちを貫いても不思議ではなかった。

 ――だが、こちらにも。そんな暴威へ対抗できるだけのサーヴァントが、居てくれた。

 コレットの十人目の仲間。彼女の意を汲み、ライダーが宝具――『全てを破壊し繋ぐもの(ディケイドライバー)』を用いてその霊基を完成させた第十階位(カテゴリーテン)のサーヴァント、仮面ライダーディケイドが。

「……次から次へと」

 その参戦を認めた途端、彼方に立つ異様な風体の弓兵――第一階位(カテゴリーエース)のアーチャーが、そのように独り言ちた。

「全くだな。平和な昼間から何をやっているんだ、おまえら」

 パンパンと手を払いながら耳聡くその愚痴を拾ったライダーが、ディケイドの仮面の奥から呆れた調子で溜息を吐いた。

「愚問だな。聖杯戦争において敵が居て己が居る。ならば後は果たし合う以外に道はあるまい」
「いいや? 他にも選べる道はあるだろ。たとえば……聖杯戦争を破壊する、とかな」

 ――複数のサーヴァントが一堂に会しての、生存戦(バトルロイヤル)。

 このような状況での定石は、複数の陣営が一旦徒党を組んで、最大の障害となる、あるいはより与し易い陣営を葬ることだ。
 その観点で言えば――コレットがマスターとしての特権で把握した、各々のサーヴァントのステータス……宝具を抜きにした個体性能で言えば、明らかに一人劣った水準にあるライダーは、ただでさえ格好の標的になりかねない。
 だというのに、堂々と聖杯戦争への敵対を――つまりは、聖杯を求めるというサーヴァントらの共通項に宣戦布告するというライダーの大胆な振る舞いは、剛毅を通り越して愚挙と言っても差し支えのないものだった。

 だが、それを責める気などコレットにはない。
 彼が口にしたそれは、コレットが託した願い、そのものだったから。

「無関係の人間を巻き込んで、マスターだからってこんな小さな子供まで殺そうとする。そんな奴らに、願いを口にする資格はない! ……だから俺は、おまえらの邪魔をしてやる」

 熱く怒るライダーの覇気に、しかし三騎のサーヴァントも呑まれることはなかった。

「――――――」

 番外位(バーサーカー)は、ライダーから機械的に貌を逸らす――まるで、彼がありすを脅かす者ではないと理解しているかのように。

「……その資格を決めるのは貴様ではない」

 言い分を静かに聞き届けた第一位(アーチャー)は、ライダーのそれを跳ね返すような強烈な闘気を発しながら、弓を強く引き。

 そして、第七階位は――

「そうかもしれないわね」

 至極あっさりと、ライダーの言葉を受け入れた。

「誰に資格があるか、なんて簡単に決めて良いことじゃないでしょうけど……あなたとあたしに関してはきっとそうよ、アーチャー」

 直後、爆音が連続する。

「きゃぁあああああああああっ!?」

 耳元で叫ぶありすに痛みを与えないように、細心の注意を続けながらも。コレットも思わず身を竦めたそれは、アーチャーの乱れ撃ちにした矢の過半数が直撃を逸れ、代わりに公園のあちこちにすり鉢状の大穴を穿った際の音だった。

「……どーいうことだ?」

 手にした剣、『縹渺たる英騎の宝鑑(ライドブッカー)』ソードモードの一閃――並行世界から、微かにズレた軌道の攻撃を全く同時に召喚する多重次元屈折現象(アタックライド)を駆使して不足した個体能力を補い、アーチャーの矢の残り半分をバーサーカーと分担して打ち払ったライダーが、コレットが抱いたものと同じ疑問を声に出していた。

 ……アーチャーの矢が外れたのは、第七階位のサーヴァントがその背に並べた銃砲の一斉掃射で、斜め後ろから軌道を逸らしていたためだ。
 恐るべきことに――音速に数倍する銃弾よりさらに速いアーチャーの矢に後ろから当てるために、彼女は完全にタイミングを見極めて、アーチャーが射る以前に銃撃を開始していたのだ。

 しかし。その神域の技量以上になお、コレットとライダーには彼女の真意こそが計り知れない。

 何故なら――

「だから、あなたはやめておきなさい。あの子は、あたしが責任を持って送るから」

 銃使いのサーヴァント――ガンナーと仮称すべき彼女によって展開された数多の銃口。
 アーチャーの矢を阻んだそれらはなおも、ありすを狙って並んでいたから。

「■■■■■――――ッ!!」

 気づいた時には、再び幼きマスターを狙わんとする敵手に対して、激昂するバーサーカーが咆哮と共に光刃を射出していた。
 しかし、半ば不意打ちとして成立した初撃とは異なり。アーチャーの矢に対してそうしたように、殺到した砲弾が軌道を逸らして、ガンナーへの直撃を外されてしまう。

「いやぁあああああああ――――っ!!」

 コレットの腕の中にあってなお、届く銃声にまたも悲鳴を上げるありす。そんな彼女の恐怖の根源を取り除こうと、さらなる追撃へ構えるバーサーカーだったが――その異形が放つ圧力が突如、薄まる。
 疑問を覚えたその時には、同じ現象がもう一箇所――感覚のない己の腕の中で起こっていることに、コレットは気づいた。

 次の瞬間には、恐怖に目を閉じたままのありすと、彼のサーヴァントであるバーサーカーが、コレットの視界から夢幻の如く消失していた。

 この腕に抱いていたはずの、少女の喪失――それは天の御業そのものや、魔科学が再現してみせた転移という術を連想させる現象だった。

「……逃がしちゃったわね」

 その直感を、確信に変えるような声が一つ。
 呆気ない幕切れを前にしたガンナーの唇から、ありすの生存を意味するのだろう言葉が漏れていた。
 どこか寂しそうな調子で呟いた彼女はそのまま、暗い銀色の瞳をコレットに向け、皮肉っぽく笑ってみせた。

「遠慮しないで、あなたごとぶち抜くべきだったのかしら。ライダーのマスター」
「ふざけたことを言うなよ」

 コレットに向けられた視線を遮るように、ありすとバーサーカーに置いていかれたライダーが一歩前に出る。
 ……だがコレットは、自らが晒されているかもしれない危険よりも、ガンナーの発言が気にかかっていた。

 遠慮しないで――その発言の真意に悩むコレットの様子に気づいたように。ガンナーはくすりと、どこか寂寥を含んだ微笑を零す。

「一つだけ忠告しておくわ。あの子にはもう、あなたたちは近づかない方が良いと思うわよ」
「それはおまえの邪魔になるから、か?」
「そうよ。それにあなたたちと……そしてあの子のためにも、ね」

 コレットに代わって問うたライダーに、ガンナーは淀みなく応じた。
 ――その返答に対し、ライダーが宝具の柄を握る力を強める音を、コレットの強化された聴覚が拾う。

「何があの子のためだ。さっきから黙って聞いていれば、随分と勝手な――」
「あの子の正体は網霊(サイバーゴースト)よ」

 ライダーが静かに高めた憤りを遮るように、ガンナーはそんな言葉を続けた。

「もう生きてすらいない死者の夢。未だ苦しみに囚われた、戦争の犠牲者なの」
「……なんだと?」
「思い当たる節はあるでしょう?」

 声の揺らぎを隠しきれなかったライダーに対し、ガンナーは試すように問い返す。

「サイバーゴーストとしては少し、特殊なタイプみたいだけど……あの子はもう、とっく死んでるわ」

 突拍子もないガンナーの言葉。
 しかし、他ならぬライダーの反応が、それが真実を表しているのだと知らしめてしまっていて。

「あとはただ消え去るだけ。もうムーンセルどころか、SE.RA.PHから出ることすらできない……たとえこの月の勝利者となっても、ね」
「……!」

 聖杯戦争に巻き込まれた、全ての人々の生還――そんな夢見がちな願いを、早々に否定するような現実を告げられて。
 無言を貫くしかないまま、打ちのめされるコレットの様子を認めたようにして。ガンナーは三度、淡く陰のある微笑みを浮かべた。

「夢に終わりが来るのは同じでも。悲しい結末よりは、救いのある方が良いでしょう?」

 ……それは、きっと何でもそうだ。
 けれど――その救いとは、果たして何を意味して――?

 あたかもコレットの声なき疑問に答えるように、ガンナーはなおも言葉を紡ぐ。

「だからあの子は、取り返しのつかなくなる前に、あたしが責任を持って送るわ。あたし、これでも銃と戦争の神様だからね」
「ほざくな」

 ――瞬間、喪って久しい肌寒さがコレットを襲う。

 言うまでもなく、それは錯覚だ。
 強烈な負の感情、それもただの余波によって引き起こされた。

 神を名乗りしサーヴァントの発言に割り込んだのは、仮面に口を隠したライダーでも、もちろん声の出せないコレットでもなく。

「何が責任だ。我欲のため、幼子に再び死の責め苦を与えるだけの所業を、よくも厚顔無恥に言い換える」

 先程妨害を受けてから、目立った動きを見せていなかった第一階位の弓兵だった。

「その犠牲を忌むように嘯きながら、貴様は戦を否定するわけではあるまい――マックルイェーガー」
「……ま、これだけ手の内を見せてれば、気づかれるのも仕方ないか」

 アーチャーの呼びかけに少しばかり苦笑したガンナー――真名をマックルイェーガーというらしきそのサーヴァントは、改めて当初の敵対者に向き直った。

「当然ね。戦女神を捕まえて、戦争根絶を唱えるとは思わないでしょう? あたしの真名に至ったのならなおのこと」

 怨敵の真名を捉えたからか。
 そこに佇んでいるだけで、感情に合わせ蠢いた魔力が物理的な風となって吹き荒れるほどに烈しさを増した、アーチャーの放つ憎悪の念。
 凄まじいまでのそれに対し、あたかも涼風と向き合うようにして、ガンナーは小首を傾げた。

「悲しい犠牲はあるとしても――いつか、要らなくなる未来が来るのだとしても。人類にはまだ、その勇気を失くさないために、戦場という物が必要なのよ」
「すり替えは止せ。貴様らにとっては、己が娯楽のために必要とするだけだろう」
「その点も否定はしないわ。やっぱりあたしは、あたしを生んだ人の子と戦争が大好きだから」
「ならば――人間を玩弄するのはここまでにして貰おうか、邪神よ」

 何の気負いもなく肯定を返したガンナーに、アーチャーは掴んだ無数の矢をそのまま弓に番えた。

「――っ!」

 それに対し、何を予見したのか。血相を変えたガンナーが高く、大きく跳び退った。
 同時、静観していたライダーもまた、素早く宝具解放の手順を整える。

《――ATTACK RIDE――》
「――――『射殺す百頭(ナインライブス)』」

 しかし、ライダーが後出しの宝具の展開を完了するよりも。
 アーチャーがへし折れる寸前まで引き絞った大弓から、コレットの気が遠くなるほどに莫大、かつ相反する二属性の魔力を纏いし『それ』を、スノーフィールドの空へと解き放つ方が速かった。

《――AD VENT!!――』

 ライダーが二つの宝具を組み合わせ、『伝承写す札(ライダーカード)』からとある英雄の駆った怪物を顕現させる寸前、コレットは視た。



 ――――『それ』は、神を喰うもの。



 咄嗟とばかりにガンナーが呼び出した兵装――彼女自身の十倍以上も長大な三連装の円筒が三基。衰退世界の神子が知る由もない極東が誇る史上最大の艦載主砲から超音速で放たれた、一つ一つが数十キロ先の戦艦や城塞を破壊する九つの超質量――それを正面から、刹那の内に噛み砕き翔ける超々極音速の矢がまるで、九頭の輝ける邪竜が如き軌道を描いたのを。

 そうして守護を喪った女神に対し、清澄なる神気と赤黒く濁った呪詛を孕んだ九つの顎が容赦なく同時に襲いかかり、その影を呑んだ勢いのまま駆け抜けて行く光景を。

 彼女の背後に展開されていた、三基の三連装砲という痕跡すらも見逃すこともなくその砲口に飛び込み、徹底的に蹂躙して遠い天(ソラ)へと昇り行く憎悪の程を。

 神話の時代の如き幻想的な情景を描いた、圧倒的な破壊の直後。刹那の攻防に産み落とされた衝撃波が街に迫るのを、たちまちに跳ね返す白い翼がそこにあった。

 鏡の如き水面から飛び立った麗しき白鳥は、しかしその大きさが異様だった。モンスターと言って差し支えないその正体こそは、ライダーが召喚した閃光の翼、ブランウイング。
 騎兵の霊基で召喚されたディケイドだからこそ使役を可能とする、過去に一人の仮面ライダーを乗せたミラーモンスターの一種だ。

 一度羽ばたけば天災にも等しい暴風を呼び起こすブランウイングは、街を蹂躙しかねなかったアーチャーの矢による二次被害を食い止めるという役割を見事に果たしていた。

 ――だが、もしも直接狙われたならば、あの矢を防ぐことは到底叶わなかっただろう。

 それは為す術もないまま消滅させられた、あのガンナーの犠牲が証明して――――

「……小癪な」

 そんなコレットの思考を途絶させるような怨嗟に滲んだ声が、残心したままのアーチャーから漏れていた。

「ま、こんな早々に令呪を使い切ってるような奴らもそーはいないだろうさ」

 そんなアーチャーを労うような声音で、しかし皮肉たっぷりに肩を竦めたのは、ライダーだった。
 ……彼の言葉で、やっとコレットは誰も『聖杯符』を手にしようと動かなかった理由を悟る。

 つまり、あのガンナーは――未だ、脱落してはいないのだ。

 令呪。『夢幻召喚』を為すための資格にして、三画限りの絶対命令権。
 時には空間を越えた瞬間転移のような、マスターとサーヴァントだけでは為し得ない奇跡さえも実現する、聖杯戦争における至上の切札。
 それによって、ガンナーはあの致命の状況を凌いで見せた。

 彼女は果たしてそのまま離脱したのか、それとも近くで姿を隠し、隙を伺っているだけか。
 それは未だわかり得ぬことながら、視認できる範囲では残されたサーヴァントは二騎だけとなった。

「気にするな、せいぜいあと二画だ――そこまで撃たせるつもりはないけどな」

 残り者同士となる相手に向けて、ライダーは挑戦的な言葉を吐いた。

 街への被害すら厭わず、宝具を行使するようなサーヴァントは危険過ぎる。邂逅できた今この場で、可能な限り無力化するべきだ。それがコレットの願いに沿った、ライダーの考えなのだろう。

 しかし、そんな以心伝心の仲間の判断とは裏腹の、強敵を前に拭いきれぬ不安がコレットの裡で膨らむ。

 驚嘆すべきことに。あの凄絶なる弓術を披露する前後で、アーチャーからは心身と魔力、その一切の消耗が見受けられなかった。
 こちらは、ライダーの有する宝具の中で特段燃費の悪いわけでもないブランウイングを開放しただけでも、相応の疲労を蓄積しているにも関わらず。

 加えて言えば。先のガンナーのように、窮地に陥ったサーヴァントの死線をマスターが曲げるということが――コレットには、できない。
 発声の叶わぬ身では、令呪の行使すら叶わないのだから。
 本来サーヴァントの動力源であるこの身を楯にする程度なら可能かもしれないが、それがあの剛弓の前で如何ほどの意味を持とうか。

 ――否定しようのない、絶対的なマスターの差がそこにはあった。
 自らの願いを代行してくれるライダーに対して、しかし捨て身の覚悟ですら貢献に届かないだろう無力な己の存在が、コレットに微かな躊躇を生んでいた。

「……どうやら、完全に逃がしてしまったようだな」

 ライダーの挑発を聞き流したかのように独りごちたアーチャーは、一度視線を足元に配らせた後、ようやくこちらを見据えてきた。

「やはり障害は先んじて取り除いておくべきか。これだけサーヴァントと出くわして、『聖杯符』の一枚も持ち帰らないのも割に合わないからな」
「(……っ!)」

 そんな竦んだ心を射抜くように、アーチャーの殺気が物理的な圧力を伴った魔力の波長として叩きつけられる。
 喪われた五感が蘇るような怖気。触覚の失せた肌を押す力に逆らえず、思わず腰が抜けそうになる。
 さらに、本能すら越えた奥底へ直接響くかの如く、コレットの精神を揺るがす厭な感覚にまでも苛まれる。

 だが――ライダーは微かに緊張しながらも、微動だにせず圧倒的な力と向かい合っていた。
 それが、コレットの託した願いだから。

 ――こんなところで挫けるような人間が、世界再生なんてできるはずがない。

 ……ロイドならきっと、そう言うから。
 理想の実現に繋がる第一歩、通りすがってくれた英雄に託したこの祈り、決して折ってなるものか。

 だからコレットは、震える体に芯を通して、布奥からの憎悪を載せたアーチャーの視線に対峙した。
 無力を承知の上で、それでもライダーの枷ではなく、共に歩む意思となるために。

 この一歩は、退けない。

「……」

 そんな反応を認めたように、アーチャーが弓を構えるように腕を動かす。
 ライダーもまた、新たなカードをその手に握り――

「そこまでにしておけ」

 一触触発に至った公園跡地に響いたのは、全く未知となる新たな男の声だった。



◆



「……アサシンか?」

 問いかけるような呟きを漏らしたのは、声の主を知るアーチャーではなく。彼が現在進行形で対峙する敵手――階位より先に宝具によって真名の割れた――ガンナー曰くライダークラスのサーヴァント、仮面ライダーディケイドだ。
 声はすれども姿は見えず。さらには気配、そして魔力すらも感じない。サーヴァントを相手に魔術に頼らずそれだけの技量を見せ得る存在としては、当然思い至る可能性だろう。

 こちらへの警戒を解かぬまま、召喚した白き魔鳥と共に己がマスターを庇うように位置関係を調節するライダーの様子を目にしたアーチャーは、その杞憂を鼻で笑う。
 彼の危惧する展開は己にとっては好都合だが、残念ながらアサシンと、そのマスターにとってはそうではないということを、アーチャーは既に知っていたからだ。

「アーチャーよ。先に伝えた通り、既にあのガンナーは近くにはおらん。ここは一旦退け」

 先に念話――曰く、心伝心なる術で述べられた通りの内容を、今度はライダーとそのマスターにも聞こえるよう、されど出処は悟られぬように肉声で繰り返すアサシンに、アーチャーは言うはただとばかりに問いかけた。

「まだ好戦的な敵対者が、こうして目の前に残っているが?」
「これ以上の騒ぎはワシも隠蔽しきれる保証はない。街中に被害がなかったのは、貴様と違ってあのガンナーも最後まで気を配っていたからなのでな」

 対し、果たしてそれだけの器用さと心遣いが、復讐者と破壊者の攻防に存在し得るのかと、伝説の忍は暗に問い返してきた。
 そしてそこまで聞かされたことで――隙が生まれるほどではないにせよ、ディケイドの戦意が微かに鈍るのを、アーチャーは確かに知覚した。

「だが結果として公園は半壊し、教会の目も既に届いている。折角見つけた本命を狙う前に、無闇に邪魔者を呼び寄せるような真似は我が同盟者にとって都合が良いとも思えんが」

 アサシンの言い分に、よく回る舌だとアーチャーは呆れながらに感心する。伊達に、ムーンセルがあの小僧に宛てがったサーヴァントではないということか。

 ――事実として、臨界寸前まで暖められていた戦場は、アサシンの言葉が齎した情報によって急速に収まりつつあった。

 アーチャーにとっては、世界の破壊者ディケイドなぞ眼中にない。少なくともこの霊基では恐るるに値しない。
 だが際立った強者とは言えずとも、一角の英雄であることもまた事実。ついでに仕留めておこうという程度の獲物だが、この距離で周囲への被害を出す間もなく仕留められるかはまた別問題だ。
 ……加えて言えば。先程、場に残った英霊の真名が全て明らかとなったことで解禁した奥義、『射殺す百頭』。竜を纏いし矢を放つその瞬間に鎖を切り離すことで反動から保護したマスター、イリヤスフィールが野晒しになっているという状況での戦闘に挑むのは、確かに都合が良いとは言えない。

 対するライダーは聖杯戦争を破壊する等と大言壮語を吐いているが、それは彼の伝承に散見される乱心の類ではなく、真っ当に被害を憂いてのものであることは透けて見えている。
 ならばアーチャーの戦意が薄れた状況下で、継戦はさらなる被害拡大を招くと告げられれば彼の闘志が静まるのも自然な流れだろう。

「……いいだろう。大事の前の小事だ」
「誰が小事だ」

 苛立ったように言い返しはするも、手を出そうとはしないライダーを無視して、構えていた弓を肩に担ぐ形で収めたアーチャーは悠然と、世界の破壊者に対して背を向けた。
 そのまま天井の上で横たわっていたイリヤをまた抱き上げたところで、顎を使って正面を指した。

「私から触れるだけだ。わかっているな」
「言われるまでもない」

 アーチャーが手を伸ばした時には、気配遮断をしていたアサシンの分身が一体、その場に姿を現していて。

 その肩に手を載せた次の瞬間には、分身も、アーチャーも、そしてイリヤとルビーも、公園には影すら残さず。飛雷神の術による転送で、別の場所へと転移していた。






***NEXT:[[静寂を破り、芽吹いた夢(後編)]]




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