4月×日
工事も無事に終わり、内装も整えた。自然に恵まれたこの土地で、私達の新しい人生がスタートする。
ここまで長い道のりだったけれど、ようやく姉弟二人で夢のレストランを経営できる。
私はウェイトレスで彼はコック。
レストランで一番最初に食べるお客様は私。
子供の頃よく作ってくれたパンケーキは涙が出るほど美味しかった。
この美味しい料理をたくさんの人に食べさせてあげたい。
5月×日
都会から少し離れた場所のために中々お客さんは訪れないが、それでも弟は頑張って新しいレシピを考えている。
他のお店では食べられないコース料理を出してみようかと毎日あれこれ頭を捻っている。
私も弟の手助けをするためにレストランの宣伝をもっと大々的にしてみよう。
余った食材で私が久々にサラダを作ってみた。ぶきっちょなサラダだったけれど弟は笑顔で全部食べてくれた。あぁ幸せだ。
6月×日
テレビや雑誌で見たことがある人がレストランを訪れた。料理界のカリスマと呼ばれている人だ。
店の未来を左右する大事なお客様とあって弟も緊張している。
鮭のクリームパスタを出したけれど、その人は料理を一口も食べずに店や弟を非難し始めた。
どうして? 弟に不手際はなかった。
田舎の古臭いレストランだとかにわか仕込みの出来栄えだとか、その人は店を出る最後まで悪口しか口にしなかった。
弟の手は……震えていた。
9月×日
例の客のせいで、店にぱったりと人が寄り付かなくなった。
調べてみると店の悪評がいたる所に広まっていた。どれもこれもデタラメばかりだ。
それまで大事な収入源でもあったリピーターも見る顔が少なくなった。
…それでも、足しげく通ってくれるお客様がいる事は、本当に嬉しい。
でも最近弟の口数が減っている。
昨日は何を話したのかも思い出せない。
パンを焼いても、弟は食べてくれなかった。
その日から、弟は調理室に篭るようになった。
9月●日
弟が調理室に篭ってから三日が経った。
弟の心を傷つけると分かっていたが、それでも心配で調理室の扉を叩いた。
……弟は、調理室で横になっていた。
右手に包丁を握ったままだった。
首から下は、真っ赤だった。
調理室は、真っ赤だった。
ああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああ
なんでなんでなんでなんでなんでどうしてああああああ嘘だ嘘だ違う違う違うあ
弟は弟は料理を死んで違うみんなに美味しいご飯をウソウソウソウソ夢夢夢だあ
ただただ笑顔で食べてくれればごめんなさいごめんなさいごめんなさいああああ
なんでただ一緒にごめんなさいごめんなさい気づかなくてああああああああああ
あああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ
―――地面が大きく揺れた気がした。
12月×日
今日はいつものヨーロッパから来たお二人が来てくれた。
他のお客様は、今日もまた来ない。
私は毎日レストランのお掃除をして、いつでもお客様を待っている。
弟も毎日調理室で下ごしらえをして、料理の仕込みに抜かりは無い。
二人で話し合って、コース料理の最後のデザートはパンケーキに決まった。
弟の得意料理。きっとこれを食べたらどんなお客様だって美味しいって言ってくれる。
3月×日
お客様から感謝の言葉をいただいたら、私達も最高の笑顔でお見送りしよう。
最終更新:2014年06月03日 22:46