バラタナゴ(薔薇鱮、薔薇鰱、Rhodeus ocellatus)は、コイ目コイ科タナゴ亜科バラタナゴ属に分類される淡水魚。ニッポンバラタナゴ(Rhodeus ocellatus kurumeus)とタイリクバラタナゴ(Rhodeus ocellatus ocellatus)の2亜種ならびに、両者の交雑個体が知られる。
分布・保全状況評価
R. o. ocellatus タイリクバラタナゴ
中国南部、台湾、朝鮮半島に分布。日本各地に移入(後述)。
環境省は「要注意外来生物」に、日本生態学会は「日本の侵略的外来種ワースト100」にそれぞれ選定している。
地方名
タランコ(福島県、他のタナゴ類との混称)
オカメ、オカメタナゴ(関東地方、ゼニタナゴとの混称)
センパラ、センペラ(濃尾平野、イタセンパラとの混称)
ボテ、ボテジャコ、ヒランタ(琵琶湖・淀川水系、他のタナゴ類との混称)
形態
全長約8cm。腹鰭の前端部にグアニン層による白い筋が入るとされる。しかし雌では不明瞭であったり、なかったりする個体も存在する。側線は不完全で、鰭条数は背鰭主鰭で12-14(最頻値13)・背鰭分岐軟条が10-13、臀鰭主鰭で12-13(最頻値12)・臀鰭分岐軟条が10-12。側線有孔鱗の数は2-7(最頻値5)。
ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴは容易に交雑し、代々妊性(稔性)をもつ交雑個体群が繁殖(遺伝子浸透を伴って交雑)し分布を広げていくため、形態のみによる両者の判別は困難である[16]。側線有孔鱗の計数や腹鰭の白色帯の有無の確認により、タイリクバラタナゴあるいは交雑個体群の侵入が認められるかを概観することはできる。最終的に純系のニッポンバラタナゴであることを示すには、個体群単位でアイソザイム分析やmtDNA分析等を行って判定する。
ニッポンバラタナゴとタイリクバラタナゴが交雑・増殖する過程では、前者の対立遺伝子が後者の対立遺伝子に置換され、タイリクバラタナゴの形質が強く現れた個体群となっていく傾向が高いことが判明している(遺伝的汚染・遺伝的攪乱)[16]。
2009年、野外調査と飼育実験によって、適応度の高さがタイリクバラタナゴ>交雑個体>ニッポンバラタナゴ、であることが明らかにされた。その際、両亜種が混在した状態ではある程度の生殖的隔離(交配前隔離)が働くものの、個体数の偏り(ニッポンバラタナゴの集団に少数のタイリクバラタナゴが侵入すること)によって同亜種間の交配が妨げられて交雑が生じ、タイリクバラタナゴの繁殖率の高さ(後述)が加わってニッポンバラタナゴは絶滅へと向かうことが判明した。あわせて、ニッポンバラタナゴが絶滅した後もタイリクバラタナゴは個体群を維持し、交雑個体群と戻し交雑を生じさせて、交雑個体へタイリクバラタナゴの遺伝子を浸透させ続ける可能性が高いと指摘された[16]。
2000年以降、mtDNAのPCR-RFLP分析に加え、DNAシークエンシングや高感度の遺伝マーカーであるマイクロサテライトの分析によって、ニッポンバラタナゴのハプロタイプを産地別に明らかにし、タイリクバラタナゴや交雑個体群との遺伝的分化を解明する研究が進められている。
その結果、大阪・奈良・香川産のニッポンバラタナゴは、閉鎖的かつ小規模な水域のため池に生息するが故に、個体群間の交流が妨げられたりボトルネック効果が生じたりすることによって、遺伝的多様性が低下していることが判明した。同時に、九州産の個体群と比較したところ、大阪産のそれは、産卵数・孵化率・仔魚の生存率・成長・白点病や細菌感染症などの魚病に対する抵抗力、の各項目すべてで著しく劣ることがわかった。ため池という隔離され不安定な環境[23]の中で、小集団化と近親交配が進んで遺伝的に劣化が生じ、個体群の維持を難しくさせているのが現状である[3]。
2008年、九州産のニッポンバラタナゴについては、ほとんどの生息地においてその近隣にタイリクバラタナゴや交雑個体群が確認された。当地のニッポンバラタナゴは、水路や河川の緩流域等の開放的な水域に生息するため、タイリクバラタナゴの遺伝子が侵入する恐れが常時ある。
生態
河川の中・下流域で比較的流れの穏やかなところや、用水路の緩流域・ため池・湖・沼などに分布する。止水域を好む。
付着藻類などの植物食を主とするが、稚魚期を中心にワムシなどの輪形動物・ミジンコなどの甲殻類や小型の底生動物も食う。
繁殖形態は卵生で、3-9月にドブガイ類などのイシガイ科の二枚貝に産卵する。繁殖のピークは4月下旬-6月上旬。雄は二枚貝の周りになわばりをつくり、十分成熟した雌を二枚貝に誘導し産卵を促す。雌は二枚貝の様子を覗き込み、タイミングを見計らって産卵管を二枚貝の出水管に入れ、貝のえらの中に卵を産みつける。その直後に雄は貝の入水管の上で精子を放ち、貝が精子を貝内に取り込むことによって卵は受精する。受精卵は1-3日で孵化し、仔魚は約20日から1か月間貝内で過ごし全長7-8mmに成長すると、主に夜から夜明け前にかけて貝から泳ぎ出てくる。
仔魚は約1年で成熟し、寿命は自然下でおよそ2年。ただし、産卵期の初期に生まれた成長のよい個体の中には、同年秋までに成熟し産卵するものも見られる。これはタイリクバラタナゴに多い。
大阪産のニッポンバラタナゴの場合、雌は1繁殖期に9-12日の周期で3-5回排卵するという。1回で約10個を排卵し、上記の産卵行動1回当たりで1-3個を産卵し、2-3日で複数のドブガイ類に産み付けていく[3]。栃木産のタイリクバラタナゴでは、大阪産のニッポンバラタナゴと比較して排卵周期は2倍速く、1繁殖期当たりの排卵回数は4倍、1回の排卵数は1.5倍それぞれ多く、繁殖期は3倍長かったことが判明している。
つまり、タイリクバラタナゴはニッポンバラタナゴより成長が早く産卵数も多い。結果として、タイリクバラタナゴが移殖された地域では、産卵する二枚貝や生息場所などをめぐって他のタナゴ類と競合すると言われる(生態系の攪乱)。例えば、神奈川県鶴見川水系のため池はゼニタナゴの生息地であったが、1980年代初頭にタイリクバラタナゴが侵入したことで、ゼニタナゴは激減した。水質の悪化で大幅に減少したドブガイ類にタイリクバラタナゴが、ゼニタナゴの産卵シーズンである秋にかけても集中して産卵を続けたため、ゼニタナゴの産卵が阻害されたからである。
霞ヶ浦とその流入河川・農業用水路における、タナゴ類・二枚貝の生息調査ならびに環境要因の分析では、タイリクバラタナゴは採捕されたタナゴ類全体の約70-90%を占めていた。そして、同所生息するアカヒレタビラ・タナゴ等と比較してコンクリート護岸化や水質の悪化に対する耐性をもっていることが明らかになった。加えて、2009年の同地域における調査では、タイリクバラタナゴは優占するイシガイには産卵せず、生息数の少ないドブガイ類を選択して利用していたという。タイリクバラタナゴはアカヒレタビラとは産卵母貝の選択を異にし、卵や仔魚についてはアカヒレタビラがタイリクバラタナゴより多く観察されたにもかかわらず、捕獲される個体数ではタイリクバラタナゴが卓越する結果となった。餌や生息場所の利用・環境改変への耐性などが、アカヒレタビラをはじめとするタナゴ類よりもタイリクバラタナゴに有利に働いていると考えられている。
清風高等学校生物部が2008-2009年に行った実験によると、ドブガイ類が排出する水にはアラニン・グルタミン・グリシン・リシン等のアミノ酸が含まれており、成熟したバラタナゴはこれを刺激に産卵・放精に入ることが分かった。雌の産卵時に放出される卵巣腔液にはリシンが高い濃度で含まれており、雄はそれに誘発され放精することも明らかになった。バラタナゴとドブガイ類・バラタナゴの雌雄間で共通のアミノ酸が情報伝達に使われていることから、バラタナゴとトブガイ類は共進化してきた可能性が示された。
人間との関係
開発による生息地の改変、二枚貝の減少、ため池管理の放棄、人為的に移殖されたオオクチバス(ブラックバス)・ブルーギル等による捕食、水質汚濁、乱獲などがバラタナゴの減少要因である。特にニッポンバラタナゴは、1940年代には琵琶湖以西の本州瀬戸内海側(岡山県まで)・香川県・九州北中部に広く生息していたが、その後タイリクバラタナゴの移殖に伴い亜種間での交雑が進んだことも加わって分布域は年々狭められている[3]。結果、ニッポンバラタナゴは純系を維持するのが極めて厳しい状況で、絶滅の危機に瀕している[1]。
タイリクバラタナゴは、第二次世界大戦中の1940年代前半、中国から食用としてソウギョ、ハクレンなどを日本(主に利根川水系)に導入する際、これらに混じって運ばれてきたと言われる。20世紀後半には、イケチョウガイなどの淡水産二枚貝の移動[36]、琵琶湖産アユの放流、琵琶湖・淀川水系からのヘラブナの移殖[37]、ペットショップでの流通、飼育個体の放流や遺棄などによって、全国各地へ同時に分布を広げていった。2001年に公表された、ミトコンドリアシトクロムb遺伝子の塩基配列の解析結果によると、少なくとも2系統のタイリクバラタナゴ個体群が日本に侵入したと考えられている。
両亜種は、観賞魚として飼育される。体色から人気が高く、ペットショップで販売されている。タイリクバラタナゴについては突然変異等により、黄変個体・白変個体・透明鱗個体なども増殖され流通している。水槽飼育では、強い水流を避け植物質の含有量の多い飼料を与え、群泳させるとよいとされている。雄の婚姻色を楽しむためには、照明と水温を自然下に近づけ、水槽の正面以外の面に黒系のスクリーンを張り、セキショウモ属のような水面付近まで茂る水草を植えるとよいと言われる[38]。飼育下での繁殖法としては、二枚貝を同居させ自然に産卵させる方法と、繁殖期の雌雄から卵と精子を搾り出し人工受精させる方法がある。
一方、ニッポンバラタナゴの飼育については、絶滅が危惧されている状況を踏まえ、安易な採集・飼育をしないよう求められている。ニッポンバラタナゴはその希少性に鑑み、各地で希少野生動植物保護条例に基づいて野生個体の捕獲を規制する動きが広がっている。
香川県では2006年、「香川県希少野生生物の保護に関する条例」とその施行規則によって、ニッポンバラタナゴは「指定希少野生生物」に指定され、捕獲等が禁止されている。違反すると、1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられる。加えて奈良県でも2010年4月から、「奈良県希少野生動植物の保護に関する条例」による告示に基づき、「特定希少野生動植物」に指定され、捕獲等は禁止である。違反すると、1年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられる。長崎県では2010年3月、「長崎県未来につながる環境を守り育てる条例」による告示で、佐世保市のニッポンバラタナゴが「希少野生動植物種保存地域」に指定され、捕獲等が禁じられた。違反すると、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる。
産地にかかわらず、ニッポンバラタナゴの野生個体を、興味本位で採集したり、売買などの商業利用を行ったり、研究材料として安易に使用したり、保護計画を策定せずみだりに放流したりすることは、ニッポンバラタナゴの絶滅に加担することであると指摘されている。モラルある採集・飼育・調査研究が求められている。
亜種間交雑個体を形成し増殖させることによる遺伝子汚染・純系のニッポンバラタナゴの消失・在来生態系の攪乱・病原体(寄生虫を含む)の伝染・ニッポンバラタナゴ在来集団の適応度の低下などが懸念されるので、タイリクバラタナゴ・ニッポンバラタナゴともに屋外への遺棄は決して行ってはならない、と行政・研究者等から呼びかけられている。
例えば、滋賀県では「ふるさと滋賀の野生動植物との共生に関する条例」による告示に基づいて、タイリクバラタナゴは「指定外来種」となっており、屋外への遺棄が禁止され、飼育が届出制になっている。屋外へ遺棄した場合は1年以下の懲役または50万円以下の罰金に、届出のない飼育は30万円以下の罰金にそれぞれ処せられる。
タイリクバラタナゴは、関東地方を中心に釣りの対象魚となっている。ユスリカ幼虫のアカムシ・練り餌などを小さな針につけ、浅場や船だまりの群れを狙う。
一般的ではないものの、他のタナゴ類・モロコ類・フナ類と併せて食用とされることがある。独特の苦みを利用して、佃煮や雀焼きなどに調理する。ただし内部寄生虫(肝吸虫など)を保持する可能性があるので、生食は避ける[45]。
最終更新:2011年01月23日 21:52