「せつなとね、付き合うことになったの」
今まで本を読んでいた彼女がふいに顔をあげてそう言った。今日は暑いわねとでも言うように。だから私の頭はその言葉を処理することができなかった。
「へ?」
「告白したら返事もらえたの」
私は口に半分頬張っていたドーナツをぽとりと落とす。蒼い瞳がそのドーナツを追い、行儀が悪いわねと苦笑した。
私はハッとして表情を作る。
「びっくりしちゃった。美希ちゃんとせつなちゃんが付き合ってるなんて」
「うん。ずっと好きだったから」
「そうなんだ。いつから付き合ってるの?」
「3週間くらい前。ごめん……黙ってて」
「ううん、女の子同士だしそりゃあ、すぐすぐ言えないよね」
驚いて、でも味方だよと彼女を安心させるように言葉を紡ぐ。
スラスラと出てくる心にもない言葉たちに気づかず、彼女は照れ臭そうにありがとうと言った。
その笑顔に、私のどろどろと濁る心に少しだけ光が差し込んだ。
3週間前。
ああ
この間二人で遊びに行った時にはもう恋人だったのか。
彼女が自身の趣味とは違うアクセサリーを見ていた時に気づくべきだっただろうか。
無理に決まってる。
あの時、彼女にゲーセンでぬいぐるみを取ってもらっただけで一日中幸せな気持ちだったのだから。
「やっぱり祈里とラブには言わなきゃって思って。昨日せつなと話してね、せつなはラブに伝えてると思う」
こういう時だけ「祈里」。それでも嬉しいと感じてしまう。
「電話で」
「ん?」
「昨日せつなちゃんと」
「ああ、せつな泊まったの」
きょとんと、私の質問の意図がわからない彼女が首を傾げた。慌てて私は話題を変える。
昨日の夜メールしてた時には、彼女の隣には黒髪の美少女がいて。私のメールの内容といえば、動物の話、学校の話、彼女を褒める内容。
滑稽過ぎて笑えてしまう。
「ラブちゃんも驚いてるかな」
「多分。あの……あたしたちその、まだキ、キス、しかしてないから」
私の先ほどの質問を誤解したらしい彼女は、クールな見た目とは裏腹に、吃ってそんなことを言い出した。彼女がそんな風にやるとツンデレに見えてしまうのは私だけだろうか。
「キス、したんだ」
「あ!?や、その、うん」
余計な情報を与えた彼女に、私はもう少しで阿呆と怒鳴るところだった。
「美希ちゃんってさ、初恋だよね?」
「あ、そうかも」
小さい頃からその容姿と大人びた物腰で告白されることが多かった彼女。誰一人として振り向かせたものはいないけれど。
その彼女を振り向かせ告白までさせる人が現れるとは。
「初恋って実らないって言うのにね」
悪戯っ子のように笑って嫌みに聞こえないように。彼女は案の定からかわれたと思い、もぅと頬を膨らませた。
「叶ったんだからいいの」
「せつなちゃんに女王様は扱えるかな」
「女王って誰よ」
そんな風に形容したけど、ほんとは女王様とは程遠い。
見た目はクールビューティで澄ましてみえるのに、蓋を開ければ、頑張り屋で優しくてフェミニスト。
完璧じゃないところが可愛くて仕方ない。
「もう。ブッキーも好きな人とかいたら応援するから」
「ほんと?」
「うん」
ありがとう
そう言葉をかけて私は微笑む。
カランとコップの中の氷が小さく音をたてた。
「そろそろ、帰りましょう」
「そうだね」
彼女が立ち上がり鞄を手にした。私は立ち上がった瞬間よろけてしまう。思った以上に脚にきていた。
「わっ、大丈夫?」
ふわりと抱きとめられ、私はきゅっと制服を掴む。
「ブッキー、大丈夫?」
「ん、へーき」
俯き続ける私を彼女が覗こうとして…………
んちゅ
「応援しなくていいから」
ドンッと身体を押して私は走る。
きっと彼女は呆然としているだろう。
好きだから
ずっと好きだったから
「くっ、ひく、ばぁか……」
流れる涙を拭うことすら忘れて、私は走り続けた。
END
最終更新:2011年06月19日 17:35