アットウィキロゴ

新-091

「じゃあ東さん。無理せずゆっくり寝ててね。暫くしたら先生戻ってくると思うから」
「はい。ありがとうございます」

50代半ばの少し太めの担任がふわりとせつなの頭を撫で、保健室を後にした。おっとりした見た目通の人で、めったに怒らないことでも有名だ。

2時間目が終わった休み時間、不意に目眩を感じよろけたせつなは担任に不調を伝えた。普段ならラブよろしく多少のことは気合いで乗り切るせつなだが、今回は流石にまずいと感じ、無理をして逆に迷惑をかけてしまうことを危惧しての報告だった。
短い期間ながらせつなの性格をつかみつつあった彼女は、よほどのことだと思いすぐさま保健室へ行くことを進めた。しかし3限終わりまで保健の教務が出かけていることを思い出し、簡単な報告書と処置は彼女が引き受けたのだった。


「頭痛い……」

せつなはゆっくりと簡素なベッドへ寝転んだ。
ズキズキと痛む頭に手をそえながら、原因を考える。そしてすぐに思い至った。


───あたしはラブじゃない


思い出して、そして溜息。

雨が降る中、しばらく動けなかった自分。すなわちそれは無抵抗に雨粒を全身で受けとめること。

昨日から特定のメロディーを鳴らさない携帯。

期待を込めて、ゆっくりと携帯を開く。

新着メールが一件。


おはよう

大丈夫?

親友からのメール。

せつなは嬉しさと悲しさで一杯になる。

期待していた人物からのメールはなかった。

じわりと瞳に涙が溜まる。

昨日散々泣いたはずが涙はとどまるところをしらない。

「くっ、うっ……ひく」

誰もいない保健室にせつなの嗚咽が響く。



無意識にリンクルンを握りしめ、彼女の名前を囁く。

美希

美希……

なぜあんなことになってしまったのだろう

会いたい

話がしたい

せつなは更に頭が痛むのを感じた。


「っ……みきぃ」

その時

ぱあっと部屋が朱い光に包まれた。見たことある光景。しかしせつなはコレを内側からしか見たことがない。


とさりと音がして、目の前に人が現れる。

「なん、で……!?」

せつなはただただ驚くばかりだった。そしてそれはその人物も同じ。

「ここは………せつな?」

「美希」

その時キーっと相棒が飛び出してきた。もしかしなくともこれはアカルンが何かしたらしい。

「こんな能力あったの?」
「ない……はず」

美希はここがせつなの学校の保健室だとわかると、ムッと顔をしかめる。

「あたしの学校に帰して。いきなりなんなの。嫌がらせ?」
「違っ、美希」

せつなは美希を困らせたかったわけではない。それを伝えようとするのに、頭がぼんやりして言葉が上手くでてこない。

「話……したくて」
「ねぇ、話なら後でするから。あたし見つかったら大変だから早く……せつな?」

ガンガンと頭に鈍痛がはしる。せつなの額に汗が滲む。

「どうしたの?ちょ……せつな!?」

ばたんと前のめりに倒れ込んで、せつなの意識はぷつりと途切れた。


(……気持ちい)

ひんやりと額に冷たさを感じ、せつなはそっと目を開けた。

「み……き」
「熱あったみたい。ごめんなさい、怒鳴ったりして」
「ううん」

額には濡らされたタオルが乗っていた。せつなは無意識に手を伸ばす。美希は戸惑いながらもその手を握った。

「なんかね、せつなが体調悪いのがアカルンに影響して誤作動起こしたみたい」
「そう……なの?」
「きつい?」
「ん……少し」



少しなわけないじゃないと美希が苦笑した。

「昨日あのあと、すぐ帰らなかったの?」
「…………うん」
「そう……」

沈黙が続く。お互い何か話さなきゃと思うのに上手く言葉が出てこない。

「あ、学校戻らないと駄目よね。すぐ送るから」
「もういいわ。へろへろなのにアカルン使ってまた体力消耗するわよ」
「ごめんなさい」

せつなが落ち込む姿を見て、美希は頭を抱え込む。

「ごめん。また傷つけた。違うの……こんな風に言いたかったわけじゃなくて」
「うん」

「………駄目だねあたし。余裕なさすぎ」

美希は小さく呟いて、せつなの手をそっと離した。温もりが離れた瞬間、せつなに寂しさが戻る。


「距離、おかない?」

美希はせつなと視線を合わせようとはしない。せつなは言葉の意味が理解できなかった。

「距離をおくって?」
「今、話してもあたし多分、せつなと上手くやっていく自信ない……だから、一時的に離れたいの」

「……っ」

ズキリとせつなの心が傷んだ。美希もそれだけ傷ついているということだから。

「あの、私は美希のことがす
「言わなくていいから。ごめん。聞きたくないし、信じれない」

美希は泣きそうな顔をしている。せつなは堪えきれず涙を流した。

「………泣かないでよ。わかってるわよ。あたし最低だって」
「ちがっ。美希……」

せつなは必死に泣くのを止めようとするのに、涙は次から次へとこぼれ落ちる。
美希は悲痛な顔でそれを見ていた。本当は自分も泣きたくてたまらないのに。

そして、視線を下げる。

拳を握りしめ自分の無力さに歯痒さを感じ。

こんな時、きっと彼女なら―――

美希はギリッと唇を噛む。
比べることはない。自分は自分だと、仕事がら沢山の人と接する美希は、自分を磨くため常にそう思ってきた。

なのに、せつなのこととなるとそうはいかない。
どうしても彼女の存在がちらついてしまう。


「ラブなら、こんな風にせつなを泣かせたりしないのに」

美希は自分自身に語りかけているようだった。その瞳はもう何も写していない。



「ラブは……関係ないでしょ?」
「うん。あたしが勝手に比較してるだけ。無理……勝てない」

ふっと小さく自虐的に美希は笑い、せつなを見る。

「あたしたち、間違ったのかもね」
「間違う?」
「うん、けど責任は全部あたしにあるから。せつなは悪くない」
「……本気で言ってるの?」

美希は少しだけアカルンで帰してもらえばよかったと後悔していた。それでもいずれはこうなったのだからと言い聞かせる。

「本気よ。あたしじゃせつなを幸せにはできない」
「美希っ!」

せつなは叫ぶ。美希の瞳はやはり何も写していなかった。


「ラブとヨリ戻した方が幸せになれるよ」



ぱあんっ

静かな部屋に渇いた音が響く。

「っ……」

「なんで……そんなこと、言うの?」

ハッと美希は目を見開く。そして自分が発した言葉を思い出す。
決して言ってはいけないと自分で決めていた言葉。

それはせつなもラブも、そして自分をもすべてを傷つける言葉。

「…………あたしは」

美希はうろたえてせつなを見た。せつなは美希を睨みつけ、嫌悪の表情を浮かべている。

「最低」

せつなは保健室を出て行った。
残された美希は糸が切れたように床に座り込む。

そして、ぼたぼたと流れる涙をただ呆然と見ていた。



―二年後―

白い指で洋書のページをめくった。

女性というにはあどけさなの残る美しい容姿。
誰もいない公園のベンチに彼女は今日も座っている。

「洋書なんて、あたしには縁がないわね」

「書物全般じゃない?」

クスクスと目の前に現れた人物が笑う。
そして黒髪の高校生はそっと本を閉じた。

「待ちくたびれたわ」
「そう?せつなが早く来過ぎるから」
「ごめんなさいも言えないの?」

せつなが苦笑すると、蒼い髪の少女は笑って、彼女を跨ぐようにベンチに座る。

「ごめんなさい」

顔を近づけ、唇を合わせる。せつなはぎゅっと彼女の制服を掴んだ。
もう、

離れることがないように。


触れ合うだけの長い口づけを交わし、蒼い髪の少女は息を整えるため深呼吸する。


「あたしはせつなのことが好き……。もう一度付き合ってくれませんか?」


二年かかって言えた言葉。

もう誰かと比べたりはしない。

自分に自信がなかったあの頃とは違う。


揺るぎない蒼い瞳は真っすぐにせつなをとらえていた。

「別れた覚えはないけど?」

「え?」

「美希は距離をおきたいって言っただけでしょ。結果的には二年ほったらかされたけど」

「………待っててくれたの?」

「だからそう言ってるじゃない」


ぽたっと涙がこぼれ落ちる。
美希はそれを見せまいとすぐにせつなの肩に顔をうずめた。

覚悟はしていたつもりだった。

せつなは他の誰かと付き合っているかもしれないと。

せつなと音信不通になってしまった美希には、せつなのことは風の噂に聞く程度だったから。

「遠い高校に行って寮に入って、蒼乃さんは完璧に私から距離をおいたから」

口癖を用いられ、皮肉られ美希は泣きながら微笑んだ。

そして短く言葉を口にする。



ごめん


ありがとう


と。


「会いたかった」
「うん」
「すごく……寂しかった」
「うん」

せつなは美希を抱きしめる力を一層強める。


「ずっと……好きだったんだからぁ」

「………ありがとう」

お互いの震える身体を抱きしめ合って温もりを、あのとき分かち合えなかった思いを確かめる。


「あたしも、せつなが好き」


今ならちゃんと言える。

せつなと曖昧に付き合って

沢山傷つけた過去の自分

離れるために勝手なことをした美希を、せつなはずっと待ち続けていた

「もう迷わないよ。あたしはせつなを幸せにする」

「違うわ」

せつなは微笑む。
漆黒の瞳はすべてを包み込むような光をたずさえて。

「二人で幸せになるの」
「そうね」

二人は笑い合い、もう一度口づけを交わした。

そして

手を取り合って歩きだす。


「そういえばラブね、恋人ができたわ」
「へぇ。せつなちゃんはあたしを試してる?」

どうかな

とせつなは笑って応える。

美希は握っていただけの手を絡み合わせるように繋ぎ直した。

「あたしラブに酷いことしちゃったな。せつなを奪っておいて傷つけて泣かせてほったらかして」
「ああ、うん。美希は最低だって、馬鹿だって言ってた」
「謝ったら許してくれるかしら?」
「ビンタの一発はもらうかもね」
「それくらい、甘んじて受けるわ」

「売れっ子専属モデルなのに?」
「将来有望な読者モデルの顔をひっぱたかれた事がありますから」

耐性がついた

そう言って美希はクスリと笑った。

「ブッキーにもね」
「ブッキーには一発もらったわ」



「え?」

「寮に押しかけられて、グーで」

「うわぁ……」

美希は思い出して身体を震わせる。普段怒らない祈里のことだ。相当の覚悟を持って行ったのだろうとせつなは思った。

「おかげで気づいたこともたくさんあった。まぁ多分もう一度殴られるけど」


帰ってきたら覚えてなさいよっ


祈里が美希に残した言葉。
彼女らしからぬ言葉がその時の祈里の心情を物語っている。

「帰ってくる場所があるって、ブッキーは教えてくれたのかも」
「最高の親友よね」

怒らせちゃいけないことを学んだと美希は小さく呟いた。


「それで、どう幸せにしてくれるつもりだったの?」

「聞きたい?二年間考えぬいた最高の計画を」

「どんなこと?」

美希はにやりと笑う。

「二年じゃわからないってこと。ううん、むしろ何年かかっても先の幸せなんてわからないのかも」

「よくそれで幸せにするって言ったわね」

せつなはあきれたようでふっと微笑んだ。

「一緒にいたいって思ったの。そばにいてくれたらそれだけで幸せだろうなって」

「確かに、私は今幸せかもしれないわね……」

遠回りをしたけど

こうして二人一緒になれた


また

すれ違ってしまうこともあるだろう

それでももう前とは違う

今度は二人で乗り越えられる


「あたしの『これから』を、全部せつなにあげる」
「いいの?そんなこと言って」
「もちろん」


新しい日々は今

はじまったばかりだから―――




END
最終更新:2011年06月19日 17:39