新-099

―――何てことをしてくれたのだろう。
それが、驚愕の後にやってきた、偽らざる感情だった。
キュアピーチとの・・・ラブとの、全力と全力での果たし合い。
初めて明かした、自分でも気付いていなかった想い。
思いがけず見つけた幸せの素に、手が届かなかったのは残念だった。
でも、私は満足していたのだ。

私に許された、たったひとつの生き方。
その最後の最後で、本当に大切な人と、心を通わせた。
偽りで築いてきた友情を、自らの手で壊し
互いの本当の気持ちを、全力でぶつけ合って。
それは私にとって 生涯にただ一度の
自分のためだけの 戦いになるはずだったのだ。

突然与えられた、新しい命。
その代償は・・・私が、プリキュアであること?
一体 誰が信じられるというのだろう。
ラビリンスのイースが、4人目のプリキュアだったなんて。
そんなこと、許されるわけがないのに。
私にそんな資格が、あるはずもないのに。

戸惑う私に、本国へ戻ろうと言うウエスター。
しかし、ラビリンスに戻る気には どうしてもなれなかった。
ラブと出会って、私は気付いてしまったのだ。
偽りだと思っていたものが、確かに存在するということに。
弱者の言い訳と見下していたものの、本当の強さに。
そしてだからこそ、それを下らないと切り捨てることが、
自分にはもう、出来ないのだということにも。

でも、だからと言って・・・。
―――あのまま死なせてくれていたら、どんなにか楽だったろうに。



いつの間にか、プリキュアの姿ではなくなっていることに気付く。
さっきの雨で出来た水溜りを、そっと覗きこんだ。
思わず息を飲む。
驚いた眼差しで 水面からこちらを見返しているのは、イースではない。
東せつな―――この世界に潜り込むための、私の仮の姿。
そして、ラブがあの笑顔で、親友と呼んでくれた姿。

揺らめくその顔を見ながら、心に想いが湧きあがる。
偽りだと思っていたものは、確かにあった。
弱者の言い訳と思っていたものは、真の強さだった。
それなら。
仮の姿だと思っていたものも、いつか真の姿になれるのだろうか。

風を感じる。
夏の風が柔らかく、黒髪をそよがせる。
そのかすかな力に押されるように、丘の上から立ちあがった。
無数に広がるクローバーの群れから目をそらし、そして、歩き出す。
夕陽を浴びた雲が、金色に輝くのが見える。
昼間とは違った涼やかな空気が、胸に行きわたる。
何かに急かされるように鳴く、蝉の声。
足元から立ち上る、草の匂い。
私は―――生きている。

一歩一歩、大地を踏みしめるように歩く。
一瞬先のことすらわからないなんて、初めてだ。
それも、この姿にはお似合いかもしれない。

私にはもう、帰るところは無い。
でも、帰るところが無くとも、前へ進むことはできる。
私がプリキュアになんて、なれるわけない。
それでも今、この姿とこの命は、紛れもなく私のものだ。
ならば―――とにかく歩き続けてみよう。この先へと。

クローバータウン・ストリート。
いつの間にか、足が向いていた。
今日、クローバーの丘で誘われた場所。
そして、ラブとのつかの間の、思い出の場所。
何かに導かれるように歩いてきた私は
そこで茫然として、立ち止まった。

3つの背中が、ゆっくりと、こちらを振り向いた。
最終更新:2011年06月27日 00:26