四ツ葉町公園の一角に作られた、円形ステージ。
今まで四人が最も多く集まってきたこの場所に、少女たちは再び集う。
「みんな。今はダンスに集中しよう。互いの呼吸を感じて、息を合わせるの。
ミユキさんの言葉を、思い出して。」
ツインテールの少女は、そう言ってダンシングポッドをセットする。
そしてキラリと光る瞳で仲間たちを見渡してから、彼女はゆっくりと自分の立ち位置に付く。
四人の中で最も小柄な少女が、その隣に立つ。
祈るように頭を垂れ、胸の前でそっと手を組み合わせてから、彼女は静かに顔を上げる。
反対隣に立つ黒髪の少女は、何かを確かめるように、自分の足下をじっと見つめる。
やがてひとつ深呼吸をして、彼女は冷たい秋の空気を、その身に流し込む。
そして蒼い瞳の少女も、迷いのない足取りで、立ち位置に付く。
澄み切った高い空を見上げ、その目に一瞬やわらかな光を宿してから、彼女は目を閉じる。
軽快な音楽が、ステージに響き始めた。
蒼の喪失(後編)
イントロに耳を傾け、カウントを取る。
ジャンプから、左右にステップ。
彼女に背を向け、すぐさま向かい合わせになる。
彼女の笑顔が、まだ固い。
でもその呼吸を、美希は手に取るように感じ、自分の息を合わせていく。
再びジャンプから、左右にステップ。
もう一度彼女と向き合い、そしてハイタッチ。
精一杯伸ばされた、彼女の手。
無意識に身長差に合わせた、美希の腕の角度。
四つの掌がぴたりと合って、タン、と澄んだ音をたてる。
その瞬間。
つぼみがほころぶように、彼女は笑った。
もう何十回、いや、何百回と四人で踊った曲。
何も考えずとも、身体はちゃんとリズムを刻む。そして、
何も考えずとも、身体はちゃんと覚えている。―――隣で踊る、彼女を。
間隔を詰め、肩を並べる。
瞬時に絡み合う、四人の腕。
美希から始まるウェーブが、彼女たちの間を駆け抜ける。
ステップ、スイング、ターン。
四人の右足が、軽やかに地を蹴る。
四つの掌が、空をつかもうとする。
それらが大きなうねりとなって
きらめく。はねる。舞い上がる。
やがて、ひとつになったその呼吸が 大地の息吹となる。
彼女たちが奏でるメロディと共に 空は歌い、
彼女たちが刻むリズムに乗って 木々はざわめく。
秋の光が、四人の動きと溶け合い、ひとつになっていく。
そこに居るのは 美希でも、ベリーでもない。
せつなでも、パッションでも、イースでもない。
ふたつの―――いや、四つの無垢なる魂が、
触れ合い、感じ合い、共にそこにある。
もう何度目かもわからないフィニッシュ。
そのとき―――この瞬間が永遠のものになったのを、四人は感じた。
「・・・できた。」
ラブのつぶやきが、沈黙を破る。
「できた。できた。できたーっ!!」
歓喜はすぐさま四倍となって、少女たちの笑顔と共に、はじけた。
「なんか、お嬢ちゃんたち、一皮むけた感じだね~。」
ワゴンの中から彼女たちが踊るのを見つめていたカオルちゃんが、感心した様子で、タルトに話しかける。
「そうかぁ?ここんとこ、結構大変なんやでぇ。お陰でわいも心配で、飯もノドを通らんのや。」
そう言いながらドーナツを頬張るタルトに、カオルちゃんはニヤリと笑い、いつもの調子で言った。
「へぇえ。でもドーナツだけは、別腹みたいだね~。あ、腹じゃないか、ぐはっ!」
そのとき。昼寝から目覚めたシフォンが、おぼつかない足取りで立ち上がろうとして、ビクン!とその小さな体を震わせた。
彼女の額のマークに、黒い霧が立ち込める。その顔から一切の表情が消え、体の輪郭までぼやけてくる。
「ワガナハ・・・インフィニティ。ムゲンノ メモリーナリ。」
「うわっ!出た!」
タルトが慌ててオルゴールを回そうとして、勢い余って、テーブルから真っ逆さまに転がり落ちた。
「大丈夫か?兄弟。」
カオルちゃんに助け起こされたタルトの横を、インフィニティと化したシフォンが、つーっと空中を滑るように去っていく。
「シフォ~ン!」
何とかテーブルに飛び乗ってクローバーボックスを抱えたタルトは、急いでシフォンの後を追う。その異変に、ステージ上のせつなが気付いた。
「タルト?・・・大変!シフォンが。」
ステージの横を行き過ぎ、林の方に入っていこうとするシフォンに、四人が駆け寄る。
「シフォン!しっかりして!」
「シフォン!」
「シフォンちゃん!」
「タルト!急いで!」
「はいな。待っててや、シフォン!」
全速力で駆け寄ろうとするタルトの正面から、木の葉と共に、一陣の風が吹き付けた。
「ふふふ。見つけたわ、インフィニティ。」
そこに立っていたのは、氷のように冷たい微笑を浮かべた、大柄なひとりの女性。その両手がおもむろに前へと突き出され、手首がくるりと反転する。
「スイッチ・オーバー!」
ラビリンスの最高幹部、ノーザの出現だった。
「姿を現せ、ソレワターセ。」
彼女の手の中でぴくぴくと動く人型が、地面に投げつけられる。
たちまち黒いオーラが立ちのぼる。暗緑色の巨大な蔓がしゅるしゅると高速で伸び、絡み合って再び人型をなす。その胴体にぱっくりと開いた裂け目から、邪悪に光る、赤いひとつ目が覗いた。
「ソレワターセー!!」
「みんな、行くよっ!」
即座に伝説の戦士へと姿を変える少女たち。その中の一人、キュアパッションに、ノーザのあざけるような声がかかった。
「イース。あなた、まだこんなところに居たの?仲間に敵だと思われているというのに、よく平気な顔をして、一緒にいられるものねぇ。」
楽しげに含み笑いをしながら、ノーザはパッションの方へと歩を進める。
「帰ってきてもいいのよ、イース。少なくとも、ウエスター君とサウラー君は、あなたを歓迎するそうよ。」
「お断りよ!!」
力強く返すパッション。が、その声が完全にシンクロした四つの声として聞こえてきて、彼女は驚きに目を見張った。
三人の少女が、彼女をかばうように、ノーザの前に立ちはだかる。その中央に立つ、ひときわ背の高い少女の背中を見て、パッションの表情が、驚きからゆっくりと笑顔に変わった。
「あら?キュアベリー。あなた、イースをかばうつもり?ほかの二人に何を言われたのか知らないけど、残念ながら、イースがラビリンスだというあなたの記憶に、間違いはないわよ。」
「残念なのはどっちかしらね、ノーザ。」
からかうようなノーザの口調に臆することなく、ベリーは彼女を見据え、ニヤリと不敵に笑ってみせる。
「パッションが仲間だってこと、アタシにはちゃんとわかっているわ。」
「ふん、負け惜しみを。それはあなたたちの戦いを見れば、すぐにわかることだわ。」
「ソ~レワタ~セ~!!」
シフォンを追って、駆け出そうとするソレワターセ。
「行かせない!」
パインとパッションが走る。その触手に、アッパーを叩き込む。
ピーチとベリーが跳ぶ。その両肩に、体ごとぶつかっていく。
一瞬よろめいたソレワターセ。が、信じられない身軽さでくるりと宙返りすると、再びステージの上に立つ。
「ソ~レワタ~セ~!!」
「さぁみんな、行くよっ!」
ピーチの言葉に、四人は視線すら合わせぬまま、タン!と同時に地面を蹴る。
「プリキュア・クアトラブル・キーーーック!!」
たまらずステージから転げ落ちる巨体。それは、石造りのベンチの上に、どうと倒れた。
ぴしっ、とベンチに亀裂が走る。ソレワターセから放たれたオーラがベンチを飲み込み、ソレワターセの体を、ごつごつとした石の巨人に変える。
「ソ~~レワタ~セ~~!!」
突き出される巨人の両手。そこから大量の石つぶてが、四人に向かって放たれる。
「くっ!」
ベリーが両手でガードして攻撃をしのぐ。そして隣に立つ少女と、目と目を見交わす。
「パッション、行くわよ!」
「わかったわ、ベリー!」
同時に走り出す二人。目指す先は、立ちはだかる巨人の足下だ。
ベリーが右足を。パッションが左足を。寸分たがわぬタイミングでの、強烈な足払い!
さすがのソレワターセもこれは避けられず、もんどりうって地面に転がった。
「な、何!?」
ノーザの顔が、驚愕と怒りにゆがむ。
「おのれ。仲間だという記憶も無いのに、何故そこまで・・・」
「言ったでしょ?パッションが仲間だってこと、アタシにはちゃんとわかってる、って。」
ベリーはそう言って、ノーザを見据える。
「アタシはね。彼女のことを、頭で理解してるわけじゃない。パッションは・・・せつなは、アタシの中に、ちゃんと居るのよ。今までも、この瞬間も、そしてこれからもね!」
闘志をみなぎらせたベリーがそう言い放つと、パッションも静かに言葉を続けた。
「あなたにはわからないわ、ノーザ。人と人との絆は、頭で考えるよりずっと強く、計り知れないもの。私はそれを、あなたから教わったのかもしれないわね。」
「くっ・・・言わせておけば、ぬけぬけと!」
ノーザの怒りに反応して、ソレワターセがようやく立ち上がる。
「ソレワターセー!!」
「ピーチ、今よ!」
ベリーの言葉に、今こそピーチの右手が高々と上がる。
「クローバーボックスよ。あたしたちに、力を貸して!」
天を目指してほとばしる光の柱が、ピーチの髪を逆なでる。
「プリキュア・フォーメーション!レディ・ゴー!!」
ベリーが、パッションが、ピーチが、パインが、いっせいに大地を蹴って走り出す。巨大な敵・ソレワターセに向かって。
「ハピネス・リーフ、セット! パイン!」
幸せを願う、パッションの心。それが赤く輝く一葉へと姿を変える。
そして、風を切って届けられるその心を、パインは両手で大切に受け取る。
「プラスワン!プレア・リーフ! ベリー!」
祈りと信頼を込めたパインの心が、明るい黄色の一葉となり、パッションの心に寄り添う。
そして、緩やかな軌道を描いて飛んでくる二つの心を、ベリーはしっかりと受け取る。
「プラスワン!エスポワール・リーフ! ピーチ!」
未来に希望を抱くベリーの心が、青くきらめく一葉となり、二人の心を支える。
そして、空に向かって大きく放たれる三つの心を、ピーチは力強く受け取る。
「プラスワン!ラブリー・リーフ!」
大きな愛にあふれるピーチの心が、あたたかな桃色に光る一葉となり、三人の心を受け止める。
現れた幸運の四葉は天高く舞い上がり、巨大な光のベールとなって、ソレワターセの頭上へと降りていく。
「ラッキー・クローバー! グランド・フィナーレ!!」
少女たちの右手が、高く上がる。彼女たちの思いは透き通った水晶となり、ソレワターセを封じ込める。
「はぁ~~~~!!」
自分の思い。仲間の思い。全ての思いがひとつとなり、光となって水晶を輝かせていく。
「シュワ、シュワ~・・・」
パン! パン! パン!
断末魔の叫びを上げたソレワターセの体が、乾いた音を立ててはじけ、消えた。
「ふん。仲間との絆が、計り知れないですって?面白いことを言うのねぇ。そんなものがいかに脆くちっぽけなものであるか、プリキュアよ、次こそ思い知らせてあげるわ。」
忌々しそうにつぶやきながら、ノーザもまた、次元の扉の向こうへと消えていった。
「キュア~!」
タルトの背中の上で、すっかり元通りにはしゃいでいるシフォン。その顔を見て、ホッと安堵のため息をついたパッションの両肩が、後ろから同時にポン、と叩かれる。
「せつなっ!あたしたち、幸せゲットだねっ!」
「アタシたち、完璧よねっ!」
「うまくいくって、わたし、信じてた!」
振り向いたパッションに、輝くような笑顔を向けるピーチと、誇らしげに微笑むベリー。その隣で、穏やかに笑っているパイン。
いつもの光景。いつもの仲間たち。それが嬉しくて、パッションも三人に笑みを返して、こう続けた。
「ええ。私たち、精一杯がんばったわ!」
カーンと高い音を立てて、ピンが弾けとぶ。電光掲示板には、色鮮やかな「ストライク!!」の文字。得意げに戻ってきた美希が、祈里とせつなと、ハイタッチを交わす。
「みんな、お待たせ~!飲み物買ってき・・・うわぁっ!」
ペットボトルを両手に抱えたラブが、段差につまずいて、派手に転んだ。
「ラブ、大丈夫?」
慌てて彼女を助け起こしたせつなは、その情けなさそうな顔を見て、思わずクスクスと笑い出す。
土曜日の昼下がり。四人は、四ツ葉町にある「クローバー・ボウル」に来ていた。
せつながおずおずと切り出した、土曜日の遊びの計画。
「みんなでお洋服を見て、CDを視聴して、プリクラ撮って、ドーナツを食べて・・・それから、ボウリングに行きたいんだけど。」
「せつなちゃん、それって・・・。」
「アタシたちが、初めてせつなと一緒に、遊んだコースよね。」
祈里と美希が、目を伏せる。あの時、サウラーの企みで、彼女たちは、せつなの占いがラブを悲しませたことを、非難したのだ。
「美希、ブッキー。謝るのは私の方よ。あなたたちを、利用しようとしたんだもの。」
そう言って、せつなも少し顔を曇らせたが、すぐに笑顔になって、三人の親友を見つめた。
「でも、私にとっては、みんなと・・・友達と初めて一緒に遊んだ、大切な思い出。だからもう一度、ちゃんとやり直したいの。今度は精一杯、楽しんでみせるわ。」
記憶をなくした美希が、自分のことをイースだと思っていたとき。せつなもまた、イースだった自分に、もう一度向き合うことになった。そして、気付いたのだ。
イースがラブに出会い、美希や祈里と出会って、実は少しずつ、今の土台を築いていたのだということに。
初めて食べたドーナツ。ラブから貰った、クローバーのペンダント。真剣に、でもとても楽しそうにダンスを踊っていた三人の姿。それを物陰から、そっと見つめていた自分。ダンスとプリキュアで疲労困憊のラブに、ダンスを選べと思わず食ってかかった、あの時の自分の気持ち・・・。
あざむき、戦い、奪おうとした。でもその間違いだらけの過去の中にも、今を築く土台となった、たくさんの出来事が、景色が、思いがあった。そしてそれは、イースが確かに経験し、見聞きし、感じてきたことだったのだ。
―――ひとつひとつ、やり直していけばいいのよ。
せつなの心の奥深くに刻まれた、あゆみの言葉。だったら、あの時の四人の時間も、やり直したいと思った。イースが築いた小さな土台の上に、新しい思い出を、紡いでいきたいと思った。
「ねえ、せつな。ちょっと、言っておきたいことがあるんだけど。」
ラブと祈里の目を避けるように、美希がせつなに小声で話しかけてきた。ラブと祈里はと言えば、何度やってもストライクが取れないのはどうしてだろう?と、お互いのフォームを見せ合っては、真剣に試行錯誤している。
「何?」
不思議そうな顔で小首をかしげるせつなに、美希は言いにくそうに目をそらす。
「あのね。・・・言い忘れてたんだけど、アタシがタコが苦手なこと、実は、ラブもブッキーも知らないの。だから、つまりそのぉ・・・二人には・・・ね。」
「・・・。」
突然の美希の告白に、あぜんとするせつな。
二人とも幼馴染なのに、今まで隠し通してきたところが美希らしい・・・って、いや、違う、そんなことじゃなくて!!
「美希!思い出したのっ!?」
これ以上ないくらいに大きく目を見開くせつなに、美希はにっこりと、会心の笑みを浮かべる。
「まだほんの少しだけどね。まずはせつなに言わなくちゃ、って思って。」
「それで、頭痛は!?」
「もう大丈夫みたい。今のところ、頭痛は起きてないわ。」
美希の言葉に涙があふれそうになって、せつなはわざと、怒ったように顔をそむけた。
「もうっ!あんな言い方・・・びっくりするじゃないの。」
(そう言えば・・・いつも強がりばっかり言ってた気がするわね、せつなって。)
美希はそう思いながら、彼女の手に、やさしく自分の手を重ねる。
「ごめんね。まだ、思い出せていないことの方が多いの。でも、ゆっくりでもちゃんと思い出すわ。だからもう少しだけ、待ってて。」
「わかったわ。」
感極まった表情を隠しきれずに頷くせつなに、美希はいつもの調子で、パチリと片目をつぶった。
「アタシ、精一杯がんばるわ!」
「もう、美希。それ、私の台詞。」
二人の少女は、いつかの彼女たちのように、互いを見つめて、晴れ晴れと笑った。
「美希たーん。次、美希たんの番だよぉ!」
ラブの呼ぶ声に、ハーイ、と答えて、美希がレーンに向かう。
(それにしても、最初に思い出したことがタコって・・・全く、どういうこと?)
その後ろ姿を見ながら、せつなが心の中でつぶやいたとき、美希の再びのストライクに、ラブと祈里が歓声を上げた。
せつなはクスリと笑って、自分の赤いボールを手に取り、仲間たちの元へと向かった。
~蒼の喪失・完~
最終更新:2011年07月10日 11:12