おはよう
声をかけると
彼女は笑顔でおはようと返してくれた。
その笑顔が自然なものではないことぐらい、あたしにはわかる。
たまたま彼女の隣にラブがいなくて、学校の違う祈里は反対方向で、途中まで道が同じあたしと彼女は二人並んで学校に向かう。
少し前なら当たり前だった光景も、今はぎこちなく居心地もよくはない。
そんな関係にしてしまったのは
あたしだけど……。
「今日は撮影?」
「ううん」
「ラブが放課後皆で遊ぼうって。メール来たでしょ。来る?」
「……ごめん。今日は学校の友達と約束があって」
「そっか。じゃあまたね」
分かれ道にさしかかって、また笑顔で彼女が手を振った。今度はあたしも笑顔で返す。
またね
と。
………………
「せつなっ!!!」
彼女があたしの突然の呼びかけにびっくりして振り返った。あたしはと言えば、呼び止めたくせに………震えてる。
「やっぱり行く」
さっきの勢いはどこへやら。聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声。
苦笑しながら頷いてくれたから、多分聞こえたのだろう。
今度こそ彼女を見送って、自分も学校へ向かう。息を整えるのに、ゆっくり10秒を数えた。
ぎゅっと拳を握りしめて、あたしは一歩を踏み出す。
せつなと別れたのは一月ほど前。
ぼたぼたと情けないぐらい涙を流すあたしとは違い、せつなは冷静だった。振ったのはあたしの方なのに。
せつなはあたしの気持ちが祈里に揺らいでいることに気づいていた。それでもあたしを抱いて、優しくしてくれた。
あたしがその優しさに甘えていたとき、彼女はどれだけ傷ついていたのだろう。
別れて、せつなに背中を押されて祈里と付き合った。
付き合って初めて四人で遊ぶとき、せつなは驚くほど普通だった。
普通を装っていた。
あたしと祈里に笑いかけ、おめでとうって……。
それからあたしは極力四人でいることを避けた。せつなが無理をしていることがわかったから。これ以上彼女に辛い思いをしてほしくなかったから。
違う……
本当はあたしが辛かった。彼女が無理をしている、させていることに自分が堪えられなかった。だから逃げ出したのだ。
「サイテーよね。あたしって……」
そして、気づいてしまった。
せつながどれだけ好きだったのか。
彼女がいることが絶対条件で、祈里に好意を持ったことに。
彼女がいなければ
何も無いに等しいことに。
せつながあたしを嫌いにならないことがわかっていて、大事にされていることを知っていた。
それが当たり前になってしまったことが全ての引き金だった。
失って初めて気づくこともあることをこんな形で理解したくなかった。
今では、せつなに心配かけないように、そう思わないと、彼女のことを考えないと祈里に笑えなくなってしまった。
「あたしは……」
あたしは
どうしたいんだろう。
せつなを沢山傷つけて、手に入れたものは何も無かった。
祈里のことも裏切っている。
夏はもうすぐで、日差しが暑い。
ぽたっと汗が地面に落ちた。
「ほんっと、暑い……」
ぽたぽたとこぼれ落ちていく。
頬を顎をつたって。
落ちていくのは汗だと思い込む。
「っ、ごめん……なさいっ」
それでも前に進まなくちゃ。
あたしが立ち止まることを、彼女は望んでいないから。
END
最終更新:2011年07月16日 23:19