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闘っていたときに無意識に感じていたのは
強い人に対する憧れ。

強いと思っていた人が見せた
脆さ、ひたむきさ。

それに惹かれたのかも知れない。




  【Unreachable】




「うわー、可愛いー!」

ラブとブッキーが同時に声を上げる。

ドーナツショップのテーブルで、あたしたち4人は
雑誌を広げていた。

今月初めに発売されたティーンズ向けファッション誌。
夏のアウトドア特集に、あたしが載っている。

「わはー!このページ美希たん水着だよ!たまらんねこりゃ」
「ラブちゃん、何かオジサンみたいだよ」

せつなも、あたしの顔と雑誌を交互に見ている。

「すごい...本当にモデルやってるんだ...」
「読者モデルってたくさんいるから、そんなに大したことじゃないよ」
「あーぁ、あたしもこんな風に雑誌に載ってみたいなぁ」
「クローバーで頑張ってさ、載ってみようよ」
「そうだね!表紙ゲットだよ!」

雑誌を見ているせつなの横顔に目をやった。
くせのない髪、長い睫毛、大きな瞳、整った鼻筋。

同性でもドキッとするほど、可愛い。




ふと、髪が結構伸びていることに気づいた。


「ねぇせつな、髪伸びたね」

「ええ...向こうでは機械で勝手にやっていたから
 こっちの世界でどうやってるか解らないの」

「せつな、美希たんのところで切ってもらいなよ。
 美希たんのお母さん、すっごく上手なんだよ!」

「今日は店休日だけど、電話して聞いてみるね」


ママに電話すると、二つ返事でOK。
あたしが手伝う条件で、無料で良いそうだ。

「じゃぁ決まり。今から行きましょ」

「私とブッキーは夕ご飯の買い物に行ってくるから、ごゆっくりー」


せつなと並んで歩く。

「本当にいいの...?」

「うん。気にしないで。
 ママもせつなに会いたがってたし」

「ありがとう、美希」

せつなが笑顔を見せる。

心臓が、
ドクン、と脈打った。

どうしたの、あたし...




ママはせつなと軽妙におしゃべりしながら、
手際よく髪を切りそろえていく。
よく口と手がここまでバラバラに動くものだ。

シャンプーとトリートメントは、あたしが担当。

せつなの髪はするすると指が通り、地肌もやわらかく
ついすみずみまで指先で触れてしまう。

指先を通して、せつなの体温を感じる。

「とっても気持ちいい。上手ね、美希」
「ふふ、これでもお手伝い歴長いんだから」



ママがブローをして仕上げる。

「さ、これでOK。おつかれさま」
「ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げたせつなから、髪のいい匂いが拡がる。


「私、これから和希のところに行ってくるから、
 お留守番よろしくね。」
「そっか、今日お見舞いに行く日だったね」

「じゃぁせつなちゃん、ごゆっくりね」
「ありがとうございます」




せつながあたしの部屋に入ってきた。

「わあ...きれいな部屋ね」

すっきりと片付いた室内、大きな鏡台、しゃれたアロマライト。
アロマライトにはリラックスできる香りのオイルを落としておいた。

「何かとっても落ち着く...」


何か恋人を招き入れた気分になり、
胸の鼓動が速くなった。

何なのよ、あたし...


「ちょっと、飲み物持ってくるね」

いそいそと居間に降り、冷蔵庫からアップルジュースを取り出して
2つのグラスに注ぎ、氷を浮かべて持っていく。

「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたの」

せつなはほぼひと息で飲み干した。


あたしもアップルジュースに口を付ける。


...!




何か違う。

これって...リンゴの味するけど、お酒じゃない?

「ごめん、ちょっと待っててね」
あわてて冷蔵庫まで戻り、ジュースの瓶を確認する。

「やっぱり...!」
ママがいつも飲んでるシードルだった。


ばたばたと部屋に戻る。
「せつなごめん!さっきのはジュースじゃなくてお酒...」

部屋に戻ると、せつなが椅子に座ったまま、
船をこぐように眠りかけていた。


とりあえず肩を貸すように抱え、ベッドに寝かせる。

「ふぅん...」

せつなの吐息が顔にかかる。

胸がゾクゾクする。


あたし、何考えてるの?

女同士だよ。

あたしは恋愛も完璧にこなすんだから。




時計の秒針の音と、せつなの寝息だけが聞こえる。


目は本に向いているが、内容なんて頭に入りやしない。
耳をすませて、せつなの寝息を聞いている。

せつなの寝顔を見る。

髪のいい匂いがする。

自然に整った眉。

閉じるといっそう長さが強調される睫毛。

きめの細かい肌。

ぽってりとした唇。


ついこの間まで、敵として闘っていた。
ラブを騙そうとしている、したたかな女。
生気の無い笑顔を見て、絶対に裏があると思っていた。

でも、

ラビリンスから排除され、この世界でひとつひとつ
やり直しているせつなを見て、あたしの中に
ある感情が生まれた。


守ってあげたい。


いや、


独り占めしたい。


あたしは、自分の中にある気持ちを
はっきりと認識した。


せつなを、あたしだけのものにしたい。





せつなの唇から、目が離れない。

でも、

だめよ。

女同士じゃない。


心とは裏腹に、あたしの顔はどんどんせつなに近づく。
せつなの匂いが、鼻をくすぐる。


だめよ、

しちゃうと、

堕ちちゃうよ。



...ちゅっ。


甘美な感触に、全身が震えた。
心臓が飛び出しそうなほど高鳴っている。


唇を離すと、せつなが目を閉じたまま軽く微笑み、
おねだりをするように、唇を少し尖らせた。


...ちゅっ。

もう一度、口づける。

せつなの手が、あたしの髪に触れた。

すぐ近くにあるせつなの顔が、少し寄って来て
あたしの唇の近くに、小さく、何度も口づける。


胸の鼓動が聞こえるほど高鳴った。


「...ラぁブぅ...」




冷水を浴びたように、体が、心が、固まった。

それは、今まで全く聞いたことがない、せつなの声。

ベッドで恋人にささやきかけるような、甘えた声。


あたしの唇に唇を重ねていたせつなの動きが
また止まり、パタンと手がベッドに落ちた。
寝息がまた聞こえてくる。


あたしはベッドの横にへたり込み、目の焦点を合わせるでもなく
せつなの顔を見つめていた。


どのくらいそうしていただろうか。
窓の外からは夕日が差しこんている。
せつなが目を覚ました。

「...ん...あれ?ごめんなさい、何か寝ちゃってたみたい」
「何か疲れてたみたいだったんで、ベッドに寝かしておいたの」

「そう...私、何か寝言とか言ってなかった?」
「...ううん、別に。」




「あっ、こんな時間!私、そろそろ帰らなきゃ」


玄関を出る。

「美希、今日はホントにありがとう」
「うん。明日はダンスレッスンだから、また頑張りましょ」
「そうね。じゃあまた明日」
「うん。バイバイ」

通りを歩いていたせつなが一度振り返り、笑顔で手を振る。
手を振り返し、家に入る。


部屋に戻ってドアを閉めた瞬間、抑えていた感情が
涙になってあふれてきた。

せつなが口づけしていたのは、
あたしじゃなかった。


でも、これでいい。


せつなとは友達のまま。
クローバーも今までどおり。
何も変わってない。


あたしが、勝手に失恋しただけ。


ベッドに横になる。

「さすが、あたし」

心にもないことを、口にする。


「失恋だって、完璧にこなしちゃうんだから」

言い終わる前に視界が歪んだ。


あたしは枕に顔を深くうずめ、ありったけの声をあげて泣いた。
最終更新:2010年01月24日 09:17