新-277

「じゃーん」

年齢にしては大人びた、しかしどこか中学生らしい丸みのある肢体。素肌を惜し気もなくさらし、新作水着を披露するのは蒼い髪の少女。

「どう?有名デザイナーの新作て限定色だし普通じゃなかなか手に入らないのよ」
「……いいんじゃない」

嬉々として話す少女とは対照的に、お皿に一口サイズにカットされた西瓜を食べながら気のない返事をするのは桃色の髪の少女。

「パッション!ちゃんと見てよ」
「みへふわよ」
「西瓜食べながらじゃなくて!」

恥ずかしげもなくやっていたポージングをやめて、美希はどうにかパッションの意識を自分に向けようとフォークごと西瓜を奪い取る。モデルとして人気もある自分が水着姿で恋人の気がひけないということが、少なからず美希のプライドに火をつけた。
西瓜を乱暴に皿に戻すとパッションの正面に立ち感想を求める。

「可愛いってば……」
「真剣に!」
「キレイ?」
「言葉遊びじゃなくて!」
「…………」
「………もー、いーよ」

とうとう美希の心が折れた。下着と服を手にすると、着替える、とぽつりと呟く。

「あっち向いてて」
「明日それで行くの?」
「……パッションに見せなきゃよかった」

険悪な空気が二人を包む。主にその雰囲気を作っているのは美希なのだが、プライドを傷つけられたことで引っ込みがきかなくなっていた。

「キィ……」

二人の雰囲気が悪くなったのを感じとった二匹の相棒が心配そうに浮遊する。
パッションはアカルンに目配せすると携帯を持ち立ち上がる。

「……帰るわ。また、明日」

ぱあっと部屋が朱い光につつまれた。
パッションがいなくなってから身動き一つしない美希を心配してブルンが側に寄る。

「キィ……」
「あたしの態度可愛くなかったよね」
「キィー……」
「でも、パッションも酷いでしょ!なんかそっけなかったし」
「キ、キィ……」
「明日皆で海行くの楽しみなのに。くちゅん」



くしゃみをして美希は途端に寒さを感じ、急いでパジャマに着替える。
そして、明日の準備を終え早めにベッドに潜り込んだ。エアコンを切ったはずなのに、まだ寒さを感じ毛布を身体に巻き付ける。
暗闇で携帯の光だけが美希を照らす。先ほど来たメールは二件。
親友の桃園ラブと山吹祈里。内容は明日のこと。
返信して、携帯を閉じ、もやもやとした気持ちで目を閉じた。

(パッションのばか……)



マジ可愛い。声かけてみるか
きれー、芸能人かな
あの子胸でかいな
脚長ーい
俺四人ともタイプ


「海だああああぁぁぁ」
「ちょっと、ラブッ!」

美希の制止も聞かず、いの一番にラブは砂浜を駆け出した。
四つ葉町からは電車で1時間程離れた海水浴場。夏休み中とあって子供連れからカップルまで様々な人達がいる。

早速祈里は人の多さに圧倒され、側にいたパッションが羽織っているパーカーを掴んだ。

「ラブちゃん元気だよね」
「それがラブのいいところだけどね」

くすりと笑ってパッションが言う。

「あたし、日焼け止め塗り直してから行くっ」
「え?うん」

ロッカーに預けた以外のラブ、そして祈里とパッションの荷物を受け取り木陰の下に一人で美希は向かう。
その様子を見て、祈里はそっとパッションに話しかけた。

「喧嘩でもしたの?」
「私たちも泳ぎに行きましょう」
「素直じゃない」
「喧嘩ってわけじゃ……」

くすくすと祈里に笑われ、パッションは罰が悪そうに言葉を濁した。忘れるように祈里の手を引っ張り急いでラブのもとへとかけていく。



一方、木陰の下にいるはずの美希は砂浜で太陽の下にいる人たちより汗をかいていた。

(やばいな………)

水分を補給し、肌が焼けないよう丁寧に日焼け止めを塗っていく。その間もズキズキと頭に鈍痛がはしる。

(せっかく皆楽しみにしてたのに、水差したくない)

大きく深呼吸をして立ち上がると、海に向かって歩き始めた。


海の中で追いかけっこをしたり、ビーチボールで遊んだり。
途中何度かナンパな人達に声をかけられたが、美希を中心に上手くかわしていた。その度にパッションは美希への口数が段々と減っていき、代わりに祈里とラブに話しかけるようになった。
そして、いつもなら隣同士にいるはずの美希とパッションは、間にラブと祈里を挟み距離をとっている。

「疲れたぁ。あたしちょっと休憩してくる」
「ラブははしゃぎ過ぎなのよ」
「美希たんも休憩ー」
「ちょっと、何!?」
「ラブちゃん、私たちはここら辺で遊んでるね」
「了解」



ザブザブと音を立てながら美希の腕を取りラブは砂浜を目指す。祈里はほっと息をつき、ラブの行動に感謝した。

「早く仲直りしてよぉ。パッションちゃんが美希ちゃん避けてない?」
「私だって楽しみたいわよ……ただ――」

二人で一つの大きな浮輪に掴みながら、ぽつぽつとパッションは話し始めた。



「ラブ、手痛いってば。いい加減離して。何怒ってるの?」
「パッションと喧嘩してるのと……まぁでもそれはいいとして」

機嫌の悪いトーンの低い声。シートの目の前に来たとき、ぐっと手を引かれ身構えた美希だったが、ラブは優しく美希を座らせた。
ラブの真意がわからず様子をうかがうと、ばぁかとジト目で言われ頬を摘まれる。

「にゃにふうのよっ!」
「馬鹿って言ったの」

頬にあった手を肩に移動し、ラブはぐいっと顔を近づけた。こつん、とお互いのおでこがぶつかり視線が交じる。

「熱い……」
「今日は、暑いからよ」
「何で言わなかったの?」
「…………」

おでこを離すと有無を言わせず身体を倒し、シートに寝かせる。そして、手際よくボックスから保冷剤を取り出しタオルに包むと美希のおでこにのせた。

「風邪?」
「……朝は熱高くなかったし、今も少し怠いだけだからそこまで酷くはないと思う」
「薬は?」
「ポーチの中」
「朝は飲んだの?」

ラブは美希のポーチを探りながら薬を手にとり、彼女の答えを聞くまでもなく飲んでいないなと確信する。味の濃いドリンクを選んで、粉薬の封を開けた。

「美希、口開けて」
「…………」
「ジュースでごまかすから」
「…………」
「お子ちゃまなんだから……昔みたいに口移しで飲ませてあげようか?」
「ラブっ、それは、んんっ!」
「はい、開けたー」

美希の口が少し開いたのを見逃さず強引に指を入れ、薬を流し込む。唸る美希に怯まずジュースを飲ませ指を抜いた。涙目になりながら美希は薬を飲み込む。

「死ぬかと思った」
「大袈裟」
「ただでさえ人のタイミングで飲むのは難しいし、ラブの指が邪魔でジュースで窒息しかけたのよ!」
「ごめんごめん。でもいい加減、粉薬飲めるようになりなよ」

自分の濡れた指をぺろっと嘗め、ラブはにやりと笑う。美希は複雑な顔をしてズレた即席氷嚢を元の位置に戻した。
そして、あのさ、と口を開く。

「あたし達は終わってるんだし……節度はもってよ」
「フった元恋人に看病されるのは迷惑?」
「そうじゃなくて……それ言われて嫌なこと思い出した」
「たはー、それはいいね」



どこが、と寝転んだ状態で美希が軽く睨みつけるとラブは苦笑して覆いかぶさる。

「美希たんの中にあたしがまだいるってことだよね?」
「振っておいて気が多過ぎ。別にそういう意味じゃないし」
「可愛くなーい。相変わらず貧乳だし」
「誰のせいで気にしてると思ってるのよ!!」
「小学校六年の夏のお泊りのお風呂で美希たんを見て言ったあたしのせい」
「あんたねぇ」

ヒートアップして起きかけた美希をラブは押し戻した。病人に言い過ぎたと反省し、自身のパーカーを美希の身体にかける。

「喉渇いてない?」
「へーき」

ラブは汗で顔にひっついた髪を優しく取る。たまに悪戯して頬をつついて、クスクスと笑う。

「今日の水着色っぽいね。美希たんに似合ってるよ」
「……ありがとう」

変わらないなぁと美希は思った。恋人と別れたら友達でもいられなくなると恐れていたあの頃。フラれて一晩中泣いた次の日、罰が悪そうにしながらも微笑んでくれたラブの顔はきっと一生忘れないだろう。

「なんで、あたしフラれたんだっけ……」
「幸せボケで忘れてる美希たんには教えてあげない。思いださなくていーよ」
「あ!そうだ。好きな人が出来たって言ってたよね」

苦笑してラブは美希の隣に寝転んだ。

「泳ぎに行かないの?」
「休憩ー」
「……好きな人って?」

あの時はいくら聞いても教えてくれなかった。それでも今ならラブは教えてくれるような気がした。そして、自分でもわかっていたのかもしれない。

ラブは美希に顔を近づけ、耳元でそっと囁いた。



「ん、あつ……ラブ?」
「私はラブじゃないわよ」
「パッション?」

美希の手を握ったままパッションは苦笑した。美希は起き上がり携帯を見る。

「げっ、あたし結構寝てた?」
「風邪ひきさんには足りないぐらいだと思うけど」
「ごめんなさい……」

しゅんと落ち込んだ美希を見て、パッションは飲み物を差し出す。

「私もごめんなさい。昨日から……」

ペットボトルを受け取りこくっと美希は喉を潤した。

「……何で水着見てくれないの?」

「可愛い過ぎるんだって」
「ブッキー?」



新しい飲み物を手にブッキーとラブが戻ってきた。パッションは照れ隠しでぷいと横を向く。

「誰にも見せたくなかったんだって。だからナンパされるごとに拗ねてたみたい。やきもち妬きなの」
「もう、ブッキー」


『よかったねぇ、美希たん』

真っ赤になった美希の耳元でぽそりとラブが言う。

「でもびっくりしたわ。ブッキーと戻ってきたら美希が風邪だって言うし」
「ラブちゃんの前で倒れたんでしょ。無理しちゃ駄目だよ」
「え?あ、うん」

倒れたのではなく倒されたと言おうとして、美希は止める。

ラブがパッションに気をつかったことに気づいたから。

風邪をひいていることにラブが自ら気づいたと知れば、少なからず気づけなかったことをパッションは気にすると思ったラブの優しさ。

『ありがとう』

ふっと後ろのラブが笑ったのを美希は感じた。

「それにしても、私怒ってるのよ。何で体調悪いの言わなかったの?」
「いたた、だって皆に心配かけたくなくて」

きゅっと鼻をつまみ、パッションは馬鹿、と言って涙ぐんだ。

「わっ、ごめんね……」

いつの間にか、近くにラブと祈里はいなかった。美希はそっとパッションを抱きしめる。

「ごめんね。心配かけて……昨日の、水着姿で暫くいたのがいけなかったのかな」
「ぐす、違うんじゃない?一晩中裸の日もあるし」
「誤解を招くような言い方しないで……結局あたしの水着姿どうだった」
「ムラムラしました」
「……もういいです」

二人で一斉に吹き出した。クスクスと笑いおでこをくっつける。
パッションが唇を合わせようとして、慌てて美希が離れた。

「駄目、風邪うつっちゃう……」
「うつせばいいでしょ」

パッションは焦れるように、深く口づけ、躊躇う美希に構わず、舌を絡めた。

二人の間に糸がひく。


「熱い……」

いつも以上に口の中に残る熱。一応の理性から早めに離れたつもりだが、美希は荒い呼吸を繰り返し顔を朱く染めている。

「ツライ?」
「ん、大丈夫。ほんとにうつっても知らないからね」
「もっかいしてい?」
「その目、ズルイ………」
「誰かさんが載ってた雑誌に書いてあった」

朱い瞳が美希をとらえる。
ふわりと笑う。

二人の影が一つになった。



「ラブちゃん、そろそろ戻る?」
「もう少しいよう」

波打際で砂山を作る祈里と、隣に座り夕焼けを眺めるラブ。
ラブが気転を利かせて美希たちに二人っきりの時間を作ったのだ。人が少なくなった海は昼とは違った様相を見せる。

「なんか、感傷的な気分」
「えいっ」

なかなか完成度の高かった砂の城を壊し、祈里はラブの脚にのせた。

「わっ、もう、流さなきゃじゃん」
「フッた相手に好きな人を取られるってどんな気分?」

ぎょっとしてラブは祈里を見た。祈里は楽しそうに城を壊している。ラブは盛大に溜息をついた。

「あたしと美希が付き合ってるのも知ってたんだ」
「うん」

(あたしが気づかないって……)
ラブは立ち上がり海に入った。ぱしゃぱしゃと波をかけ砂を落としていく。

「一目惚れだったんだよね、パッションは」
「でも応援してたでしょ」
「美希が幸せになるのは嬉しかったから。あたしが傷つけちゃったし」
「へぇ」

祈里も立ち上がりラブの隣に並ぶ。

「ブッキー、あたしたち付き合っちゃう?」
「えー、やだ」
「えー……わっ」

ぎゅっと、祈里がラブを後ろから抱きしめる。同じくらいの身長のため、ラブの顔の真横に祈里が顔を寄せた。

私と付き合いたいなら、私だけをみてね

「……なんか、魔性の女っぽい」
「じゃあ戻ろっか」

祈里が離れた後、少しずつラブの鼓動が高まる。あれは前向きな答えだと考えていいのだろうか。

「ねぇ、ブッキー」

「なあに?」

振り向かずに祈里は応える。

「ほんとに好きになったらちゃんと告白するからー」

「さっきみたいなノリで言ったら次は怒るからー」

「あはは、了解しました」

走って祈里に追いついて手を握る。あたしよりあたしのことをわかってそうだなとラブは思った。

「あいしてるよブッキー」
「わたしは大っきらいー」

これは告白じゃなくじゃれあい。わかっているから、祈里もしょうがないなぁと付き合う。

「今日は皆で美希の看病しよ」
「二人っきりにしてあげないところがラブちゃんらしい」
「ブッキー、粉薬買いに行こう。いいもの見せたげる」



大好きだったよ、美希

きっとパッションはこれから自分以上に美希を知っていく。
ラブが独り占めしていた美希との思い出を、皆と共有するのも悪くないかもしれない。

あの頃

確かに二人は恋人だった。
そのカタチがあればいいと思えるようになった。


あたしが好きなのはパッションだよ

ラブ……

泣くのかなと思った。大人びていてクールで通してるくせに、実際は優し過ぎて泣き虫なのだ。
泣いたらキスをしようと思っていた。
昔みたいに。
なのに美希は泣かなかった。

あたしも、パッションが好きだから。ラブには譲れない

潤んだ蒼い瞳。
真っすぐに見つめてきた。
あたしはとても後悔した。
自分がフッたのはこんなにいい女だったのかと。
そして思い直す。
これはあたしが引き出したんじゃない。

ねぇ
美希、大好きだよ

……あたしもラブが好き

クスリと笑ってあたしは美希とは逆方向に寝返りをうつ。

友達、だもんね

幼なじみで、親友でしょ

声が震えた。
美希がそっとあたしの手を握る。熱があがってきたのだろうか。彼女の息づかいが荒くなる。
あたしのように泣いてなければいいけど……。

あたしの初恋は、ラブだから

それはこの先もずっと変わらない

燻っていた気持ちがふっと楽になる。
あたしの初恋はようやく終着点を見つけたようだ。



「気が多過ぎるのも考えものだね」
「しかも未練たらたらだったしね」
「ブッキーってエスパー?」
「意外と単純なんだもん」


繋いだ手に深い意味はない。強いて言えば今の二人は繋ぎたい気分だったから。
柔らかい手の感触を感じながら、二人は一歩を踏み出した。



END
最終更新:2011年08月19日 00:05