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新-305

あたしは彼女の髪を優しく梳かす。さらさらと指からこぼれ落ちる銀髪に少しだけ嫉妬して、愛おしくキスをした。

彼女が寝返りをうった。
その動作であたしにも軽い振動が伝わってくる。
彼女が無意識に手を伸ばし、あたしの身体を包み込んだ。あたたかなぬくもりがあたしの眠気を誘う。

「ん………」

ひやりと背筋に冷たいものが走り、意識が覚醒する。

あたしは伸ばしかけた腕を戻し、そっと彼女の拘束を解く。空を切る彼女の腕に、余っていた枕を渡せば安心したように抱き着いた。
自分が何をしようとしてたのか。

「好きになんか……」

彼女もあたしと同じぐらいの年齢だと改めて感じる。
眠っているときの彼女は驚くほど無防備だった。

なんで助けに来たんだろう。

「意味、わかんない……」

そもそもあたしは、何でイースのために行動したのだろう。

もうすぐ起きる。
今なら倒せる。彼女はあたしの敵なのだから。

思いとは裏腹に身体は全く動かない。

きっと
イースが怖いから
きっと
そう染み込まされたから

倒したくないんじゃない
倒せないから

あたしは弱いから

いくつもの「理由」を連ねていく。

あたしは立ち上がり、そっとベッドから離れた。

――――――

この世界の人間じゃないの

「っ……」

美希は指に痛みを感じて視線を上げた。痛みの原因は訝しがるように美希を睨みつけている。それは、口づけを遮った為か、今の発言のせいか。

結果、両方。

イースは昇華しきれない思いを目の前のモノにぶつけている。

「ん……っ、痛いんだけど」


うるさいっ

ぴしゃりと怒鳴り、一つ目の欲求を満たす。かぶりつくように唇に吸い付き、美希が息をつくことすら許さない。

そのまま肩を掴みベッドへ押し倒す。蒼い髪が扇状に広がった。銀の髪は空を切るようになびく。美希は抵抗をしめさなかった。

「……傷、開くわ」

「馬鹿にしてるの?新しい逃げる方法?」

イースは怒りを隠そうともせず美希を睨み続ける。
しかし美希の瞳は揺らがず、蒼い瞳に写されたイースの方がうろたえた。

「言うつもりはなかった。あたしは時がくれば帰ればよかったし」
「…………」
「でも今は状況が違う。彼女……あたしのことだけど美希をこんな状況で戻せない……」

イースは狼狽する。嘘をついているとは思わないが、信じ方もわからない。

「世界が二つあるというの?」
「……わからない。もっとたくさんあるのかもしれないし」

「帰りたい?」

「……………」

「それが本当だとして、私が帰すと思う?」

不敵な笑みを見せたイースだったが、クスクスと美希が笑い始めたので顔をしかめた。美希は緩んだイースの縛りから手を抜き、指を、彼女の頬にそっと滑らせる。

「何が可笑しい」
「イースだなあって」
「?」
「あの変態のお姉さんより好きよ」
「なっ!」

がばっとイースは起き上がり、美希から離れた。

「気持ち悪い、あんなやつと比べるな」

吐き捨てるように言う。わけのわからない心臓の鼓動をノーザと比べられたからだと思いこむ。

「イースも変態だけどね」
「あんたの方がよっぽど際どいわよ」

ああ、確かにね

ふっと今度は意味ありげに美希が不敵に笑った。

起き上がりかけた美希の身体を軽く蹴り、もう一度ベッドへ戻す。

「来るな」
「うん……」
「ノーザに何された」
「別に何も。彼女よっぽどあなたに愛着あるみたいよ」
「気味悪い…………そういえばさっきの話……………寝てる?」

美希の体力は限界だった。
イースはベッドから蹴り落とそうと脚を伸ばす。

しかし、思い止まった。

「無防備過ぎる……」

脚を戻し、痛む身体を労りながら自分もベッドに倒れ込んだ。




「それを、信じろっていうの?」
美希は訝しげにタルトとせつなを見る。その目には非難の色さえ浮かんでいるようにせつなは感じた。

「意味……わかんない」
「混乱するのも無理はないと思う」
「急なことで申し訳ないんやけど」
「っ……」
「美希?」

「あたしはどうすればいいのよっ!!」

せつなはハッと息をのんだ。
美希は瞳に涙を溜めキッとタルトを見る。

「…………」

タルトは何も言えなかった。

「戻ればいいの?そうすれは本当の美希が帰ってくる?」
「美希……」
「だってあたしはここにいちゃいけないんでしょ!!」
「そうじゃない……そうじゃなくて」

せつなは美希の悲痛な叫びをただ聞くことしかできない自分に歯痒くなる。

せつなの美希は彼女しかいないのに。

すると、今まで黙っていたタルトが俯いていた顔をあげた。

「明日、とりあえずベリーはんと話すこともできる。向こうも状況がどうなっているかわからん以上、わいらが言えるのはここまでなんや」


部屋にはただ静寂だけが訪れた。




ここで一番大きな鏡の前に立ち美希は深呼吸をする。その数歩後ろでイースは厳しい顔をして鏡を睨みつけていた。もっとも鏡がイースの部屋になければ、美希は鏡の前に行くことは許されなかった。

「なんで鏡なのかしら?」
「ん?」
「あたしがどうして一度タルトとコンタクトがとれたのはよくわからないけど、鏡が開かれている時に話ができた」
「ざっくりね」
「あたしもよくわからないんだもん。それより、服ぐらい普通のもの着せて欲しかった」
「戯れ事に付き合ってるだけでも感謝しなさい」

自分のシャツ一枚の姿を指差し美希は溜息をついた。
それはつまりイースは美希の言葉を信じてはいないことをあらわしていた。それでもこうして付き合っていることからイース自身ひっかかるものを感じていたのだ。
ただ実際に付き合っているのは好奇心がほとんどだったが。



「ねぇ」
「五月蝿い、黙れ」
「なんで機嫌悪いの……」
「…………」

美希はイースを見て、もう一度鏡に視線を戻す。

相変わらず口は悪いし、手も出る。しかし、優しくなったなと美希は思った。

そのうちパアッと鏡が光りだした。
イースは咄嗟に身構え美希に説明を促すが、美希は何も話さない。



彼女の姿が見えた時なぜかせつなは心がざわついた。鼓動は速まり緊張しているのがわかる。

「あたしがいる」

美希の顔は驚愕の表情だった。

「よかった。ベリーはん、状況は?」

タルトが鏡の中へ話しかける。すると鏡の中の彼女は苦笑した。

『最悪よ……』

そして彼女から今はラビリンスの館にいること。そしてノーザがいつ襲ってきてもおかしくないことを聞く。

話しの途中で、せつなの瞳は鏡の中に映る銀髪の少女をとらえた。
なぜ今まで気づかなかったのか不思議なくらいこちらを凝視している。

「ところで……そっちのイースはんは味方なんやろか?」

『残念ながら。ただあたしがこうして話してるのは彼女のせいで彼女のおかげ』

美希の説明を頭で整理しながらせつなは考える。イースがプリキュアの分断を考え美希を捕らえているのが正解だと思うのに、なぜ美希は敵に背を見せ、むしろ安心しきっているのだろうと。
そして、相手の状況を知ろうとしているのは向こうも同じなのだと気づく。

『そっちは、何で「せつな」がいるの?』

自分に話しかけられたわけではないのに、また最初のようにせつなは身体が緊張するのがわかった。

「そうか。イースのままやったらまだなんや……彼女はキュアパッションや」

『キュア……パッション?プリキュアってこと!?』

せつなはその情報を教えてよかったのかと不安になった。起こっている出来事が違うのだからこれが決まっていた「運命」を変えることにはならないのかもしれない。しかし、今だイースのままの彼女はどうとらえるだろうと。


『貴様!!!』

イースの言葉はタルトに向けられたものだった。先ほどまでこちらを少し遠くから見ていた彼女は、今や美希の隣で鏡に向かって感情をむきだしにしている。


その時だった。

せつなとイースは身体がふわりと軽くなるのを感じた。

「『え?』」

二人の気持ちが疑問でシンクロしたときだろうか。まばゆい光が辺りを包み皆が目を閉じた。




「いたっ……」
「せつな……?鏡に戻ってる。イースは……?」

せつなは美希の声を聞き安心したのもつかの間、これは鏡の中にいた美希だと気づく。

倒れているせつなを慌てて美希が介抱する。

「っ……一体何が……もしかして……」
「イースが向こうへ行ったのね」

美希が眉間にしわを寄せ呟くように言った。

「え?じゃあここは……」
「せつなが鏡で見てた世界」

美希の補助を借り立ち上がったせつなは、ゆっくりと周りを見渡す。確かにここは先ほどまでいた美希の部屋ではなく、自分もよく知っているラビリンスの自室だった。
せつなを安心させようと、美希は力なげに微笑んで握っていた手をさらに優しく包みこむ。


そして、せつなはこちらの美希に感じた向こうの美希との違いを今度ははっきりと感覚で認識する。彼女の方がより“女”なのだ。仕草も笑顔も全てが色香、艶やかさをともなっている。
それが元々のものなのか、こちらで身につけたものなのかせつなにはわからなかった。

「あたしがいた時あなたはイースだったから今のせつなのことはよくわからないけど、仲間なんだよね」
「美希……」

美希は目を細めて優しく微笑んだ。確かにイースの時にこの美希と出会っているはずだが、こんな風に笑う彼女をせつなは知らない。

「一体何が起こってるんだろう……」
「イースは敵のままなのよね?」
「うん、でも手負いだし……大丈夫だとは思う」
「あの……」
「何?」

せつなは頬を赤らめ美希から視線を外し「服は?」と呟いた。
美希はああと納得して、下着はつけてるからと答えにならない返事をする。
大きめのシャツ一枚で全てが隠れるわけではなく、身長に対して平均よりもスラリと長い白い脚はいやでもせつなの視界に入る。

「そう変な目で見ないでよね。変な格好してるのはわかってるけど」
「いや、そういうつもりじゃ……」

うろたえるせつなを美希は可笑しそうに見る。
そして、自分がいない間に起こった彼女の変化に驚いてもいた。それは自分ではない美希とラブや祈里がもたらしたもので、少しだけ寂しい気持ちになる。

「これからどうしようか……そもそも美希と話せないことには今後どうするのかも」

美希は独り言のように呟き、それからせつなを見て、黒髪に目をとめる。

「とりあえず、こっちのタルトと連絡取らないと。でも彼らに見つからないようにするにはどうすれば……」
「あの、アカルンを使おうか?」
「アカルン?」

せつなは自身のピックルンが空間移動ができることを話す。
それを聞き、美希の行動は決まったようだった。


無事でいて欲しい

美希は最初に浮かんだ人物を思い苦笑する。

駄目だな、あたし

囁くように言った言葉はせつなに聞こえていなかった。


「タルトの元へ、の前に、あたしのリンクルンを取り戻さないと」
「ええ」


せつなは部屋を物色しながら違和感を覚えた。かつての自分の部屋と同じ作りで同じ装飾なのに、何かが決定的に違っているのだ。
程なくしてせつなが覚えていた隠し扉の中からリンクルンを発見した。

「よし。じゃあ行こう」
「美希」

せつなは美希の正面に立ち一つの質問を投げ掛ける。それはせつなが美希に会う前から確認したかったこと。鏡での通信の時から誰もこのことには触れなかったから。

それを聞いた美希は、一瞬目を見開いて、それから曖昧に笑っただけだった。




「タルト!!」

バアンとドアが乱暴に開かれタルトは何事かとそちらを見た。

「美希のことで聞きたいことが」

ラブと祈里が部屋に乗り込んだ瞬間、目の前が朱く光る。

「ラブ、祈里……」

「美希と……せつな?美希はイースから逃げれたの!?」

せつな=イースには結びついていないこの世界のラブたち。
何故か少しだけ、せつなは懐かしさを感じた。



続く
最終更新:2011年08月30日 01:40