新-310

 いつか、あなたに好きと告げる。そんな日がほんとうに来るのだろうか。



「おはよう」
「……おはよう」

 ぶっきらぼうに答えても、彼女は柔らかく微笑んでくれる。
 やっぱりこの道が好きだ。今朝も彼女に会えたから。
 いつからだろう。わざわざ早起きをして公園通りを通学するようになったのは。
 ずっと以前から彼女はここを使っている。ジョギング、犬の散歩、ダンスの練習……。
 あたしはそれを知っていた。中学が離れたら、ますますここを頼りにするようになった。ただ彼女に会うために。

「珍しいね、髪がはねてる」
「ホント?どこ?」
「ほら、後ろ。てっぺんのとこ」
「え、わかんない」

 あたしが困っていると、彼女があたしの髪に触れた。

「ここよ」

 びりびりした。髪には神経はないはずだ。なのにどうして、彼女が触れた毛先から刺激が伝わってくるのだろう。

「美希ちゃん、顔赤い」
「……そんなわけないから」
「なら、いいけど」

 目の前の少女はふんわりと笑う。
 何を考えているのか全然わからない。
 でも、そこが好き。

「ねえ、今日空いてる?」
「放課後?いーよ」

 ほんとうは学友と約束があったけど、そんなことはおくびにも出さず即答する。
 あたしにとって、優先事項はいつだって彼女だった。

「じゃあ4時ね」

 ひらり。スカートをひるがえし、彼女は日常へと向かう。
 雑踏に紛れていく後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。
 陽射しが眩しい。今日も暑くて面倒な一日が始まろうとしている。
 彼女と別れた後、いつもなら感じるはずの悲壮感も今はない。
 ささやかな約束が今日一日のあたしを支えてくれるから。



新-352
最終更新:2011年09月19日 22:16