「立候補なし。推薦と投票の結果により、体育祭実行委員は――――東、よろしく頼むぞ」
「わかりました。精一杯がんばります!」
一斉に湧き上がる拍手。せつなは先生に会釈した後、クラスメイトの方に向き直り、もう一度丁寧に頭を下げる。
こういった行事やイベントの役員は、いつもならラブが好んでやりたがる。しかし、先日文化祭の実行委員を務めたばかりであり、今回は見送られたのだ。
代わりにせつなに白羽の矢が立った。人気はあるけど、扱いにくい高嶺の花。せつなはなかなか人前に出る機会がなかった。
それが、文化祭で主役を務めたことで親しみが湧いたのか、今度は体育祭の運営にかつぎあげられたのだ。
「今年は、文化祭と同じ時期に被っちゃったから大変だけど、頑張ろうね! せつなっ」
「もちろんよ! でも、体育祭って、なあに?」
「ガクッ。知らずに引き受けたんだ……」
「せつなは体育祭を知らないの?」
「前にいたところでは、そういう行事はなかったのよ」
由美が寄ってきて会話に混じる。せつなは基本的に過去のことを話したがらない。ただ、語学が堪能なこともあり、帰国子女ではないかとも噂されている。
「外国の学校では、体育祭をしないところも多いんだっけ?」と、特に疑った様子もないようだった。
「あ~あ、わたし体育祭って苦手。早く終わればいいのに」
「何で!? あたしは好きだよ。あんなに楽しいのに」
「活躍できる人たちはそうだろうけど、わたしって運動苦手だし、出ても足引っ張るだけで楽しくないもの」
「パン食い競争とか、借り物競争とか、障害物競走なんかもあるじゃない」
「う~ん……。わたしは、まだラブみたいに女の子やめてないしなぁ~」
「あたしだってやめてないよっ!!」
「あ~そっか、ラブは始めてもいないんだっけ?」
「ひど~いっ! 由美ってば、自分は彼氏がいるからって!」
「冗談よ、愛のキューピットさん。今年はせつなの活躍を楽しみにしておくわね!」
その日の、夕ご飯後の桃園家の居間。家族四人の団欒の時間。ラブが得意気な顔で、DVDのファイルを抱えてやってくる。
圭太郎が撮影した、昨年と一昨年の体育祭の映像だった。
「これが体育祭だよ。色んな競技や演技があって、勝ち負けを競ったりして、すっごく楽しいんだよ」
「体育祭って割には、学校の体育の授業ではやったことのない種目も多いのね」
「まあ、お祭りだからなあ……」
「運動の苦手な子でも、ちゃんと活躍できる場所を作るためでもあるのよ」
「ははは、お母さんが言うと説得力あるな」
「あら、こう見えても学生の頃は」
「運動できたの?」
「ダメだった、かしら……」
『ガクッ!!』
「そこまで酷くもなかったけど、一着は取ったことがなかったわね」
「あたしは一昨年に一着取ったよね!」
「パン食い競争だけどな」
「ラブらしいわね。そこを重点的に見せてもらおうかしら?」
軽口を叩きつつも、せつなは真剣に映像をチェックしてメモを取っていく。
スポーツフェスティバル。みんなが楽しみにしている、一年に一度しかない大切なお祭り。
それは、学校だけではなく、街の人々の心を一つに繋げる役割を担ってきたもの。
大切に守っていきたい“幸せのカタチ”の一つなのだから――――
“文化祭”と並ぶ、四つ葉中学校の二大行事の一つ“体育祭”。
生徒の自主性が尊重され、どのような内容で行うかは、各学年、各クラスから集った実行委員役員会にて決定される。
それを経て、ホームルームで、せつなはクラスメイトに今年の体育祭のスローガンを発表する。
「今年のスローガンは、クラスの団結力よ! 紅白対決ではなく、学年別のクラス戦となるわ」
クラス中からどよめきが起こる。二学期ともなると、クラスの結束も固くなっている。例年にない程、白熱した体育祭になりそうだった。
「まず、種目別に立候補を募るわ。これまでは、そうしてきたのよね?」
「うん、立候補がなければ推薦で。とにかくスポーツの得意な人に、目一杯活躍してもらうの」
「それって、東さんのことじゃない?」
「実行委員やりながらで大変だけど、全種目で出てもらえば楽勝だよな」
「では、立候補から募るわ。欠員は推薦で。今回は補欠は選出しないからそのつもりでいて」
さっそく足に自信のある者が、リレーや中距離走、長距離走の候補に挙がる。希望者の中から、それぞれ所持タイムの順に選ばれていく。
反対に、自信がないけど参加したい者は、こぞって借り物競争や障害物競走に申し込んだ。
もちろん、せつなは全ての種目に名前が挙がった。
「決まったわね。提案があるのだけど、このメンバー以外でもう一度選び直さない?」
「はっ?」
「えっ?」
「今、なんて?」
「一度全部白紙にして、このメンバー以外から出場者を決めたいの」
「それじゃあ、勝てないじゃないか!?」
「もしかして、それも役員会で決まったルールなの?」
「違うわ。私が考えた、このクラスだけのルールよ。本当の意味での、全員参加の体育祭にしたいの」
ラブのDVDを見ていて気が付いたこと。それは、同じ生徒ばかりが主だった種目に出場していることだった。配点の高い、花形と呼ばれる競技だ。
もちろん、全員参加の競技もある。借り物競走などの、運動能力が直接は関係しない競技もある。得点を付けない演技種目だってある。
それでも、「あたしも、こんなのに出てみたかったな」という、ラブの言葉が気になっていたのだ。
得意なことと、やりたいことは、必ずしもイコールってわけじゃない。
今のままでは、お祭りの輪の中に入れていない生徒がいる。
テーマは、“クラスの団結力”。だったら、結果以上に結束を大切にする体育祭にしたかった。
予想通り、クラスメイトの反応は厳しかった。運動の得意な者にとっては、全校生徒と父兄の前で活躍できるチャンスでもある。心待ちにしていた行事だった。
その上、運動の苦手な者からも賛同の声は上がらなかった。恥をかきたくはないし、何と言っても、みんな勝ちたいのだ。
「平均的に出場するのが団結力ってわけじゃないと思う。それぞれの得意な分野で力を発揮するのが協力だろ?」
「本来の力も出し切れず、最後の体育祭が惨敗に終わるなんてイヤだなあ……」
「最後の体育祭だからこそ、最高の思い出にしたいの。力を合わせれば、どんなことだってできるって信じたい。もちろん優勝するつもりよ!」
「優勝って……。全部で十クラスもあるのよ? 普通にやったって無理なのに、こんなハンデ付けて出来るわけないじゃない」
「このクラスなら――――できるわっ!!」
せつなは文化祭の話を持ち出す。ラブの無茶なアドリブですら、全員で知恵を絞って乗り切った。逆境だからこそ、出し合える力もあるんじゃないかって。
ハンデすら、きっとアドバンテージに変えられる。それでこそ仲間のはずだと。
そして、トリニティのミユキのアドバイスを持ち出す。
一人の上手いダンサーが踊るより、息の合った数人のダンサーが踊る方が、遥かにパワフルで魅力的だと。
「ずっと一人だった私にとって、みんなは大切なクラスメイト。大切な仲間よ。私は、みんなと一つになって体育祭を楽しみたいの」
「みんな聞いて! せつなはこれが初めての体育祭なの。そして、中学生活で最後のだよ……。そのせつなが、自分の出番を減らしてでもって、お願いしてるんだよ?」
せつなの困窮を見かねてラブが助け舟を出す。そんなラブにしても、せつなの提案を全面的に支持しているわけではなさそうだった。
それでも最後にはせつなの案が通り、出場メンバーは選び直されることになった。
花形の中・長距離走は、結果としてあまり足の早くない者が選ばれた。それは、最終種目であるクラス選抜リレーでも同じ。特に、力の差が累積されていくリレーでは酷い結果になりそうだった。
少しでも足の速い男子を前半に集めて、由美が最後から二番目、ラブがアンカーを走ることになった。そうしないと、競争にすらならないからだ。
とにかく、団体競技を一つも落とさずに勝っていくしかなかった。
賑やかな桃園家の夕ご飯。特に行事の前後は新しい話題が尽きず、家庭の団欒も盛り上がる。
娘たちの一生懸命な気持ちが伝わってきて、あゆみと圭太郎も嬉しそうだ。ただ、その夜は少し様子が違った。
珍しいラブの溜息とぼやき。ホームルームではああ言ったものの、ラブはせつなに思う存分、体育祭を楽しんでほしかったのだ。
「というわけなの。あたしもみんなで幸せゲットしたいけど、せつなの活躍も楽しみにしてたのにな~」
「その分、私がラブの活躍を楽しみにしておくわ」
「無理だって! リレーのアンカーなんて、他のクラスは陸上部の部員とかにお願いするんだよ」
「それはもう十分やってきたでしょ。私は“みんなの力”で勝ちたいの」
「ラブ! もう、そのくらいにしておきなさい。みんながせっちゃんを実行委員にしたんでしょ」
「勝ち負けよりも、力を出し切って、悔いのない体育祭にすることを考えるんだ」
「は~、しょうがないか。せつな、二人三脚だけは必ず勝とうね!」
「だけって何よ? 私はクラスの優勝を狙っているのよ」
帰りが遅くなった日、あゆみがひっぱたいてから後、せつなの様子が一変した。性格は以前よりも明るくなり、会話にも遠慮がなくなってきた。
こんな風に、周りの反対を押し切って何かをするような子じゃなかった。いつも気持ちを抑えていて、自分は居ないものとして振舞うような子だった。
変わったのではなく、これが本来のせつなの性格なのだろう。きっと、もっと明るくなる。勝ち気で、奔放な子になる。
そんな気がして、それが、あゆみと圭太郎には何よりも嬉しかった。
「それで、せっちゃん。何かとっておきの作戦でもあるの?」
「ううん。正面から、正々堂々よ。特訓をするの!」
来週から、五~六時間目を体育祭の練習に充てられる。そこでの練習は団体戦などの全体競技に絞って、放課後にリレーや競走系の特訓をする予定だった。
せつなのクラスの競走系の選手は、主に部活動に所属していない者の中から選ばれていた。そのため、比較的時間に融通が利いたのだ。
出場者全員が自主練を承諾した。せつなが一人一人の目を見て、手を握っての、有無を言わせない“お願い”の効果だった。
せつなは部屋に戻り、図書室から借りた本を順に読んでいく。重要と思われることをノートに書き出し、個別に練習プログラムを組んでいく。
選手一人一人の体力と運動能力は、既に十分に頭に叩き込んである。根性論を言っているつもりは毛頭なかった。
結果以上に、過程を大切にしたかった。同時に、結果を残すことの重要性を、誰よりもわかってもいた。
(これまでにないくらい、楽しい体育祭にしてみせる!)
それは――――本当の意味で生まれ変わったせつなの、新しい自分への挑戦だった。
体育祭の練習が始まった。五校時は、入場行進やフォークダンスなどの、学年合同の全体練習に充てられる。
六校時は、各クラスの顧問と実行委員の采配で、種目別の練習が許された。
全体競技の中では特に配点の高い、綱引きの練習から始めることにした。
クラスを二つに分けて、それぞれのチームで、独自の陣形に並び作戦を立てて引き合う。
共通しているのは、体重の軽い順に並ぶこと。掛け声を上げること。空を見上げるように、体を後ろに傾けて引くことだ。
綱引きは毎年必ずやってきている。技術も十分に身に付いていて、今さら学ぶこともないように思えた。
事実、両チームの力は拮抗していて、勝ったり負けたりを交互に繰り返した。
せつなは片方のチームにアドバイスを行う。男女に分かれるのではなく、交互に並べる。列の乱れをセンチ単位で矯正して、綱を持つ手の間隔を均等に調節する。
格闘術の応用、狙いは力を分散させないこと。それだけで、以後の勝負は一方的な展開になった。
「これが基本よ。後は相手の動きを読んで、その裏をかくの。全てにおいて、一番大切なことは呼吸を合わせることよ」
せつな自身も、綱引きに加わりながら指揮を執った。半ば勝負を諦めていたクラスメイトの瞳に、わずがではあるが希望の光が宿る。
この世界で知ったこと。ダンスで学んだこと。プリキュアとして戦ったこと。
忌まわしき記憶。侵略の尖兵として受けた訓練の日々までもが、せつなに力を与えてくれる。
確かな手ごたえを感じながら、同じく全員参加の騎馬戦の移動練習、長縄跳びのジャンプ練習を進めていった。
放課後には、徒競走とリレーの特訓が行われた。
先ずはスタートの練習。出場者の大半は、陸上に限らず、ちゃんとスポーツをやったことのない者たちだ。
フォームがむちゃくちゃで、加速も十分にできないまま走り終えてしまっている。経験がない分だけ、クセとして浸透はしていない。矯正は可能と思えた。
「腕を横に振るのは構わないわ。でも、足の向きは真っ直ぐに! そうね、膝を高く蹴り上げるように走ってみて」
「たはは、せつなみたいに、フォームを切り替えて走れたらいいんだけどな~」
「東さんって普段は可愛らしい走り方するのに、競技だとまるで陸上選手みたいね」
「目的に応じて、動きを変えるのは当然よ。みんなも頑張って!」
女子の大半は、足を内股にして腕を八の字形に振る、いわゆる女の子走りだった。男子に比べて肩幅の狭い女子は、腕を横に振って回転力を得ようとする。
それは必ずしもマイナスではないのだが、体の軸がブレやすく、推進力を左右に分散してしまいがちだ。
膝を高く上げれば、自然と足は真っ直ぐになる。前傾姿勢で、体幹を意識して頭を振らないように走る。それで、見違えるほどに速くなった。
これも、ダンスでいうところの心棒を応用したトレーニング方法だった。
リレーでは、徹底的にバトンパスの練習を繰り返した。バトンゾーンをいっぱいに使って、加速しながら受け渡す。ただ、それだけの練習だ。
スタートダッシュ、加速走行、そして全力走行。この一連の流れを、一つのモーションとして捉える。
走り込むのではなく、フォーム作りに特化した練習方法だった。
体育祭まで、残り一週間しかない。必勝を誓い、厳しい練習は週末も休みなく続けられた。
最終更新:2011年09月09日 22:23