新-374

 大輔があたしを好きだって言ったとき、余裕がなくて、逃げ出してしまった。もちろん、キュアピーチだったわけだし、余裕があったところで、反応に困るのには変わりないけど。シフォンのことで胸が一杯だったあたしに、あの告白は、泣きっ面に蜂のようなものだった。
 ラビリンスに向かう前に、これっきりになるかもしれないから、返事をしなければいけないと思った。正直、大輔が保留してくれてよかったと思う。やっぱりあの時は、大輔にちゃんと向き合えてなかったと思うから。そんなつもりはなかったけど、あのままでは失礼な返事をしていたと思う。
 メビウスがいなくなり、シフォンが戻り、プリキュアの使命は達せられた。あたしの心にも余裕ができた。といっても、せつながラビリンスに行くと言ってからは、寂しくて仕方ないけど。メビウスの強制から離れ、自分の力で幸せをゲットしていく。少しでも、ラビリンスの皆の力になりたいと言ったせつなを、あたしたちは応援し、見送った。ラビリンスはこれからも大変だろうけど、もう大丈夫だよね。
 大輔があたしに向けた好きは、その、異性を好きっていう、あれなんだろう。うれしいことには違いないんだ。でも、あたしにとっての大輔ってどうなんだろう。大輔のことは、大切な友達だとは、思ってるよ。好き嫌いで言えば好きだけど、向けられた好きに対して、好きって返事はできないみたいだ。
 例えば、異性に触れたいとか、触れられたいとかいう感情があるらしい。でもあたしは、これまでそう思ったことは一度もない。触れると言えば、みきたんの髪をいじりたいとか、せつなを抱きしめたら反応がかわいいとか、ブッキーに頭をなでてもらえると嬉しいとかはあるなあ。他にも、みきたんの腕に抱きついて歩いてみたり、ブッキーがあたしの腕に抱きついたまま歩いたり、せつなと手をつないで歩いたりしたこともあるなあ。お母さんに抱きつくのもありだね! あれ、いや待てあたし、脱線してるような。
 例えば、物語で聞いたことがある、寝ても覚めてもその人のことを想う、なんてことがあっただろうか。思い返してみると、あったけど、余計に混乱するはめになった。相手が異性じゃなかった。喧嘩したみきたんに、困り顔のブッキーに、初めてあったせつなに。今だって、せつなのことばかり考えてるような。だって、一緒に暮らしてたんだもん。一緒に学校行ってたんだもん。それこそ朝から晩まで、寝ても覚めても一緒だった。それが激減だよ。思っていた以上に寂しくて、自分のことなのに驚いたんだ。せつなを呼びそうになったり、せつながいたら座るだろう位置を見たり、そのたびにもっと一緒にいたいのにと思ってさ。
 今、せつなと会えるのは多くても週一回ぐらい。せつなにはアカルンがついているし、ラビリンスのワープも使える。それでも一ヶ月以上会えないことがあった。特に最初のうちは帰って来てくれなかった。後になって聞けたことだけど、せつなも相当寂しかったらしい。でもそこでせつなは、余計に距離を取ることを選んでしまったらしく、ちっとも帰ってこなかったのだ。あたしも、下手に遠慮しちゃっていた。またこれも、後になって教えてくれたことだけど、最初に帰ってくるのを決意できたのは、みきたんとブッキーの後押しがあったからなんだって。詳しくは教えてくれなかったから、きっと教えてくれないみきたんではなく、ブッキーに聞いてみたんだ。ブッキーは、あたしに業を煮やしたみきたんの提案で、せつなを説得したって教えてくれた。そしてみきたんには内緒にしといてとも言われた。どうやら、みきたんが口止めしていたみたい。そういえば、今思えば、せつなが向こうに行ってから、ブッキーは随分あたしに優しくしてくれてたかも。それに、みきたんからのお誘いも増えてたなあ。あたしは助けられてばかりで、敵わないな。
 あたし、また脱線してるよ。でも、こうして大事な親友のことを、あれこれ考えるのは当然だし、全然おかしくないよね。友情と愛情は別とか聞くし、そのはずだよね。あたし、まだ愛情ないのかな。おじいちゃん、あたし名前負けしてるかも。不甲斐ない孫娘を許して。普通、女の子は男の子を好きになるはずだよね。疑問に思うところでもない。いや、そうゆう人がいるってことぐらいは知ってるけどさ。しかし、なんてこった、あたし、初恋もまだってことなの? 気付かなかった! まだ子供なのかなあ。恋したこともないのに、由美のときに泣いたあたしって一体……。恥ずかしいよ。みきたんとブッキーに言えない。
 結局、大輔に返事は言わなかった。違う、言えなかったのだ。自分でもわからないから。あたしは誰が好きなのか。誰かを好きになったことがあるのか。そして、好きって感情がなんなのか。
 そういえば、キスすると本当の気持ちがわかるって言う話もあったなあ。こうして考えててもなんだし、試しにやってみようかな。うん、ここでせつなの顔が浮かぶあたり、おかしいかもしれない、あたし。いや、せつなならなんのことはなく、すぐ許してくれそうだからだよ。あとは勢いで、みきたんとブッキーにもアタックすれば、きっと何かわかるでしょ。変に構えちゃったら効果が薄れるだろうし、ここは一気にゲットだよ。

 そしてある日、遂にラブは決行した。協力して欲しいことがあると言い、しかし前もって説明はしないで。途中で躊躇しないように、彼女は勢いにまかせ、三人に連続してキスをしたのだ。
 熱を帯びた自分を受けて、ラブは確かな手応えを感じていた。しかし、自分が引き起こしてしまった状況を前に、後悔せずにはいられなかった。
 顔を伏せたきり完全に沈黙したせつな。身に降りかかった事態は彼女の認識を超えて、せつなは渦巻く感情の海に沈没した。
 真っ赤になって怒り狂いラブを責め立てる美希。沸騰する自分を認められずに、美希は逃げ場を求めてもがいた。
 宙を見つめたまま静かに涙を流す祈里。ひどく冷静に自分たちの想いを受け止め、祈里は変化の不安に打ちひしがれた。
 押し殺して見ないようにしてきた自分の感情を、知らない振りを続けていた皆の想いを、思い知らされたのだ。自分の本心と向き合わざるをえなくなった彼女たちは、次のステップを踏み出すことになるだろう。ラブの行為は、罪かもしれない。無自覚がもたらした四葉への突風で、幸か不幸か、彼女たちがどちらに転じるかは、まだわからないこと。三人にとっては、このきっかけが強制だった。しかし、これから彼女たちが選ぶ未来は、運命などではないのだから。

 おしまい
最終更新:2011年09月25日 23:36