新-652

「つまんないなぁ~。」
 つい、口から愚痴がこぼれた。
「ラブ!つまるとか、つまらないとか、そういう問題じゃないでしょう!」
 あゆみが、そんな娘のおしりをバシっと叩く。
「だってぇ~、もうすぐクリスマスなのに、塾、塾、塾、テスト、テスト、テスト!だよぉ~!つまんない、つまんなぁ~い!!」
 ラブはジタバタと騒いだ。
 騒いでも仕方がないと分かっているが、騒がずにはいられない。迫り来る受験へのプレッシャーが、年末に向けてピークまで高まってきている。
「ほらほら、早くご飯食べちゃいなさい。みんな同じなの!受験生は勉強しなくちゃいけないの!!」
 ビシっと叱りつけるあゆみに、ラブは情けない顔で、
「たはぁ~。」
 と、ため息をついた。

 そう。今、ラブは受験生。昨年に引き続き、今年も楽しいクリスマスはおあずけだ。
 夕方、早めに夕飯を食べて、夏から通いだした塾へ行く。
「おかあさん!このコロッケ、超☆美味しい!!」
「ハイハイ。」
 禁欲的にならざるを得ないこの状況。食事だけが唯一の楽しみになってしまうのは、仕方の無いことだ。
「ああああああ!もう、こんな時間??いってきまひゅ!!」
 ラブは最後のコロッケを口にくわえると、塾用のかばんを持った。急いでコートをはおり、玄関へドタドタと走って行く。
「ラブ!もう、ちょっと落ち着きなさいよ。暗いから気をつけて行くのよ!!」
 呆れ顔で、あゆみが言った。相変わらず騒がしくて、元気な娘。玄関を飛び出して行ったラブに、その言葉は聞こえなかった。

 ラブだって、分かってはいる。忙しく、遊ぶ暇が無いのは自分だけではないことを。
 美希や祈里はエスカレーター式に高校生になれるからと言って、遊んでいるわけではないのだ。
 美希は夏ごろから雑誌の『専属』モデルになった。仕事は順調で忙しいようだ。
 祈里も動物病院の手伝いや、将来に向けての勉強に余念がないようだった。
「でもサァ~、やっぱつまんないよね?」
 ラブはせつなの顔を思い浮かべる。せつなだって、今はラビリンスの復興に従事している。
クリスマスくらい、楽しく過ごしたいよね?」
 ラブは誰にともなくそう呟いた。暗く落ち込みそうになる思考に、立ち向かうよう顔を上げる。そして、かばんを振り回しながら、元気良く塾に向かって走った。



「ラブちゃん!」
 塾の帰り道、不意に呼び止められた。
「わ!ブッキー!!久しぶり!」
 祈里とはメールや電話ではやり取りがあるものの、実際顔を見るのは1ヶ月ぶりくらいだ。
 彼女は図書館の帰りらしい。手には分厚い、難しそうな本を抱えている。
「塾の帰り?」
 可愛らしい、甘い声にほっとする。
「そうなんだよぅ~。毎日ぎゅうぎゅうに、勉強勉強でさぁ~。もう、イヤんなっちゃうんだよぅ~。」
 思わず本音をポロッとこぼすラブに、祈里はクスクスと笑った。
「この前、美希ちゃんもおんなじ様なこと言ってたよ。」
「あ~、言いそう。『仕事仕事でイヤんなっちゃう!』とかデショ?」
 ラブと祈里は笑い合いながら、同じ方向に歩く。
 祈里といると安心した。受験へのストレスが、すっと溶けていく様に感じる。
「あ~あ、この努力が報われて、受験にちゃんと受かれるのかなぁ~。」
 祈里の存在感が心地好く、ラブは更にボロボロと愚痴をこぼした。
「大丈夫だよラブちゃん!お利口にしている子の所にはサンタさんが来るって、歌にもあるし!」
 隣でどんどん落ち込んでいくラブを、祈里は必死にフォローしようとする。
「…。いや、ブッキー。サンタさん来ても、受験には受かんないから…。」
 ラブはツッコミながらも、居心地の良い空気に癒されていった。



『ブッキーに聞いたわよ~。』
 美希から電話がかかってきたのは翌日の夜のこと。
「美希た~ん。もう、どおしよ~、英語と、数学と、国語とぉ~理科とぉ~…、全然ダメでぇ~(泣)」
 ラブは美希にも泣きつく。
『…。それって全部ダメって事じゃないの?』
 電話の向こうの美希が、呆れているのが分かった。
「だって昨日の塾のテスト、惨敗でぇ~!あたし、もーど~しよー!高校生になれないかも~!!」
『ちょっと、ちょっと、落ち着いてよラブ!』
 美希は慌ててラブをなだめる。
『24日、アタシ仕事が休みなの。ブッキーと勉強見てあげるから。で、その後少しだけ息抜きパーティーしましょうよ?』
「本当!?」
 美希の提案に、ラブは色めき立った。

 本当はせつなも居たらサイコーなんだけど…。

 ラブは少しそう思った。けれど、忙しい彼女がそうそう簡単に祖国を離れることはできないだろう。
 美希のせっかくの嬉しい提案に水をささない様、ラブはその考えを、口には出さなかった。
『だから、それまではお利口に勉強してなさいよ?悪い子にはサンタさん来てくれないのよ!』
 美希はお姉さん口調で、ラブを諭した。
「だから、サンタさん来ても、受験には受かんないんだってば!!」



 12月24日。
『祈里と美希に勉強を見てもらう。』そうアユミに約束し、ラブは塾を休んだ。
 1日ぐらい、束の間の休息があっても良い。アユミもそう判断し、パーティー用にご馳走を用意してくれた。
 そして、ちゃっかり。自分もパート先の忘年会の参加を表明し、仕事に出掛けて行った。

 ピンポーン!

 チャイムの音がいつもより楽し気に聞こえる。
「はいは~い!!」
 ラブは元気に階段を駆け下りた。

 ガチャッ!!!

 勢い良く玄関の扉を開け、大好きな二人を家に招き入れる。
「いらっしゃいませ~!待ってたよぅ~。」
 もちろん、あゆみとの公約通り勉強をするため、三人はラブの部屋へ直行した。
「あ、ちゃんと勉強していたんだねラブちゃん。」
「おぉ~!感心!感心!」
「だって、本当にせっぱ詰まってんだも~ん(泣)」
 本気で泣きそうな、ラブの顔。美希と祈里は顔を見合わせた。
 二人の知っているラブは、それほど頭は悪くない。ただ、少し要領が悪いのだ。同じ小学校に通っていた頃は、よく三人で勉強をしたので、二人は知っている。きちんと順序だてて教えれば、ちゃんと覚えられる。
 美希と祈里は根気よく、ラブのペースに合わせる。そして、理解するのが難しそうな部分を重点的に、教えていった。

「ふ~ん。なるほどぉ!」

「あ、そっかぁ~!」

「ふむふむ…。」

「あ~!わかったぁ~!!」

 ラブの顔が次第に明るくなっていく。
「分からないことあったら、何でも聞いてね?」
「って言うかサ~、アタシ達ってムチャムチャ教えるの上手なんじゃなぁい?」
 美希も祈里も、ラブが元気になって安心した表情になった。
 結局、三時間くらいみっちり勉強した後、美希が仕切るように言った。
「さあ!じゃあそろそろ休憩タイムかな?」
「「やったぁ~!!」」
 三人は軽やかに階段を駆けおり、あゆみが用意しておいてくれた『ごちそう』を広げた。



 一人足りなくて残念だけど。ささやかなクリスマスパーティー。

 楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。



「え~、もう帰っちゃうのぉ?」
 ラブが口を尖らせる。
「長居したいのはやまやまだけど、ラブちゃん勉強しなきゃいけないでしょ?」
 祈里がなだめるように、ラブの頭を撫でた。
「アタシも、明日朝から仕事だし。」
 美希はいそいそとコートを着る。
「そっか。そうだよね。二人とも今日はありがとう!あたし、頑張るよ!」
 ラブが元気よく宣言すると、美希も祈里もニッコリ微笑んだ。
「そうそう!そのイキよラブ!!」
「お利口に頑張るラブちゃんには、きっとサンタさん来るって、私信じてる!」
 祈里の言葉に、
「サンタさんネタはもおいいよぉ~。」
 そうラブは答えて、二人を見送った。

 二人が見えなくなるまで手をふり、家の中に入る。
 玄関を閉め、ラブは階段をのぼった。
 気合いを入れて自分の部屋の扉を開ける。

 ガチャっ。

「メリークリスマス!」
 懐かしい声が、そう言った。
「!」
 ラブはびっくりするあまり、声も出ない。
「ラブ?メリークリスマス。」
 何も言わないラブに焦れたのか、彼女は顔を覗きこんできた。
「せつな…。せつなだ!」
 ラブは勢いよく、せつなに飛びつく。
 せつなに会えたのは、夏休みぶりだ。普段忙しい彼女に遠慮して、なかなか会うことはできなかった。
「せつなだ!せつなだぁ~!会いたかったよぉ~。」
「ラブ…。」
 抱きついたまま離れないラブの髪を、せつなが優しく撫でた。
「本当は、皆で会いたかったんだけど、どうしても抜けられない会議があってね。こんな時間になってしまったの。」
「そんなに忙しいのに来てくれたの?」
 ラブが顔をあげ、せつなを見る。
「美希とブッキーから連絡をもらったの。ラブが頑張ってるから、少しで良いから『ほめてあげに来て』って。」
「…サンタさんが来てくれるって、せつなの事だっんだ。」
 ラブは祈里や美希が言っていた『お利口にしてたらサンタさんが来てくれる』の意味を、ようやく理解した。
「さ、じゃあ始めましょうか?」
 せつながニッコリと微笑む。
「へ?何を??」
「決まってるじゃない!勉強よ!受験生には、クリスマスなんて無いのよ!」
 どうやら今から、『サンタクロース』ではなく、『せつな先生』の特別講義が行われるらしい。
「ラブ、今夜は眠らせないわよ~!」
 せつな先生は、ヤル気満々だ。
「たはぁ~。精一杯がんばるよぉ~。」
 こうして、ラブの十五才のクリスマスは、幸せに過ぎていった。
最終更新:2011年12月24日 01:30