新-670

(これじゃまるで、見た目までサンタクロースじゃないの・・・。)
 ブランドショップの名前が入った特大の紙袋。その紙袋にしては長くて立派な持ち手の紐をヨイショと肩に回して、美希は心の中でぼやいた。
 手提げにして持つには、持ち手が長すぎる。肩にかけるには、袋のボリュームがありすぎる。一番いいのはこうして肩に担ぐことだが、あまりこのまま街を歩きたい格好ではない。
(仕方ないわね。たかだか十分か十五分の辛抱よ、美希。)
 自分にそう言い聞かせ、素知らぬ顔で、歩道の一番端っこを足早に歩く。しかし・・・。

「よぉ、美希ちゃん。凄い荷物じゃないか。大丈夫かい?何ならバイクで運んでやるよ。」
「お蕎麦屋さん!あ、ありがとう。大丈夫です!」
「美希ちゃんじゃねえか。どうしたんだい?大荷物で。うちの母ちゃんに、ちょっくら手伝わせようか?」
「お魚屋さん。あの・・・ホントに大丈夫ですから!」

 商店街のあちらこちらから掛けられる声に、美希の顔が次第に引きつっていく。
 と、そこへ。
「ちょっと美希。これ・・・」
「だ、だからっ、大丈夫ですってば!・・・へっ?」

 思わず振り返った美希の目の前に差し出されたのは、三つのプレゼントの包み。
「落し物よ、美希。まさか、帰りの目印に落として行ったんじゃないんでしょ?」
 包みの陰から、笑いを湛えた紅い瞳が覗いた。



   星に願いを ~ Small Christmas trees ~



「まったく。街中にプレゼントをばらまくなんて、とんだサンタクロースね。」
 せつなの呆れた口調に、美希は小さく肩をすぼめる。
「ごめんなさい。袋が破けてるなんて、全然気が付かなかったわ。おまけにせつなを付き合わせちゃって。」
「私はいいわ、今日は予定があるわけじゃないから。それで、これどこに持っていくの?」
 破れてしまった袋の中身は、見かねたパン屋のおじさんにもらったビニール袋四つに何とか詰め込んで、美希とせつなで二つずつ持っている。
「すぐそこよ。四つ葉町病院。」
「四つ葉町病院って・・・美希たちが入院してた?」
「ああ、そうね。」
 わずかに顔を曇らせるせつなに、美希はあっさりと頷くと、優しい声で言葉を続けた。

「確かその前のことだったから、せつなはまだ居なかったけど、アタシたち、あの病院で一人の女の子と知り合いになったの。それから、小児病棟に時々顔を出すようになってね。」
「それでクリスマス・プレゼントを持っていくのね。それにしても、美希一人でこんなにたくさん?」
 せつなのいぶかしげな視線に、美希は苦笑しながら、ペロリと舌を出す。
「実はこれ、全くの新品ってわけじゃないのよ。いや、ほとんど新品も同然ではあるんだけど。買って来たはいいけれど、見向きもしてくれなかったから。」
「誰が?」
「誰がって・・・えーっと、だからこれで遊んで、アタシと仲良しになって欲しかった赤ちゃん。」
「赤ちゃん!?」
「せつな、声大きい!だからぁ・・・シフォンよ、シフォン!」

(あ、なるほどね。それにしてもこんなにおもちゃを買い込むなんて、美希らしいわ・・・。)
 せつなはやっと納得して、どきまぎと目をそらす美希の横顔を見てクスリと笑う。
 美希がキュアスティックをなかなか手に入れられなくて苦労していた、という話は、ラブや祈里から聞いたことがある。そのために、シフォンのお世話係を一手に引き受けて、大変な目に遭ったらしいということも。
 もっとも、最初からパッションハープが使えて、シフォンにもなつかれていたせつなには、美希の苦労がいまいちピンと来ないのも事実だ。シフォンのいたずらがどんなに大変かということだけは、よくわかっていたけれど。

「ブルンと会えて、シフォンがラブの家に帰ったときに、これ全部シフォンにあげようと思ったんだけどね。でも、シフォンってこういうおもちゃよりも、ほら、座布団とかティッシュとかドーナツとか、こっちが遊んで欲しくないもので遊ぶほうが好きじゃない?」
「まあね。それにこんなにたくさんあったら、シフォンもどれで遊んでいいのか、よくわからなくなっちゃったんじゃない?」
「そんなぁ~。」
 美希の情けない声に、せつなは再びクスクスと笑った。

「でも、きっと病院の子供たちは喜んでくれるわよ。」
「そうかしら。新品じゃないし、ちょっと失礼かもって思っているんだけど。」
 せつなは持っているビニール袋の中から、プレゼントの包みをひとつ取り出して、じっと眺める。
「こうやって、ひとつひとつ汚れたりしていないか確認して、丁寧に包装したんでしょ?美希の気持ちは、きっと伝わると思うわ。」
 そう言って優しく微笑む親友に、美希も穏やかな笑みを返す。
「・・・美希。これは?」
 プレゼントを元に戻そうとしたせつなが手を止めた。
 袋の底の方に、大きな箱が入っている。それは、ほかのプレゼントとは違う、明らかに時の流れを感じさせる古びたものだった。
「ああ、それはプレゼントじゃないの。病院の・・・そうね、面会室かどこかに飾ってもらおうと思って。」
 美希の声が少し沈んだのに気付いて、せつなは首をかしげたまま、それ以上は何も訊かなかった。



「まあ、こんなにたくさん!どうもありがとうね。」
 小児病棟のナースステーションで事情を話した二人は、すぐに広い教室のような場所に案内された。
 しばらくして現れた小柄で細い目が優しそうな若い女性は、トレーナーにエプロンという姿で、お医者さんとも看護士さんとも、明らかに違っていた。

「私、院内学級で教えているの。子供たちはクリスマスをそれは楽しみにしているから、きっと喜ぶわ。」
 人懐っこく笑う“先生”に、「よろしくお願いします」と会釈して、美希はプレゼントの包みを机に並べ始める。
「もしかしたら、持ち込んではいけないおもちゃがあるかもしれないと思って、包みの底に、中身を小さく書いておきました。」
「ありがとう。助かるわ。」
「病院のことに詳しいのね、美希。」
「まぁね。弟が身体が弱いせいで、病院には割と縁があるの。」
 せつなも感心しながら、包みを並べるのを手伝う。
 やがて、ビニール袋の中には、あの大きな箱が残るだけとなった。
 美希が箱を机の上に置いて、蓋を開ける。中から出てきたのは、こじんまりとはしているが、まだまだ新しい、クリスマス・ツリーだった。

「まぁ・・・こんなものまで頂いちゃっていいの?」
 先生が、箱の中から出てきたツリーを見て目を見開く。
「はい。二、三年は飾ったことがあるものですけど、今はうちにはほかのツリーもあるので。」
「大切なものなんじゃないの?」
 先生にそう言われて、美希は顔を上げ、ニッコリと笑う。
「ええ。大切だけど、もう家では飾らないものなので、ここで飾って頂けたら嬉しいんです。」
「そう・・・。わかったわ。じゃあ、この院内学級に飾らせてもらいましょう。良かったら、飾り付け手伝ってくれる?」
「はい!」

 ツリーが入っていた箱の中には、たくさんのオーナメントも大切にしまわれていた。
 金や銀のベルや星。モールで作られたヒイラギやサンタクロース。中には、レンガ造りが暖かく見える煙突の大きな家や、繊細な模様の羽を持つ銀色の天使や、細かな模様編みが施された靴下など、あまり見かけないような精巧な飾りもあった。
 見ているだけでわくわくするような小さなクリスマスの象徴を、美希が丁寧に箱から取り出し、せつなと先生の二人で飾り付けていく。

「美希、もうツリーの飾りとしては十分な気がするんだけど。でも、まだずいぶんオーナメントが残っているわね。もっと飾ったほうがいいのかしら。」
 やがて、せつなが手を止めて困ったように問いかける。確かに机の上に残っている分だけで、小さなツリーひとつくらいは飾れそうだ。
「忘れてたわ。この箱に入っているオーナメント、ツリーひとつ分よりかなり多いのよね。かわいいオーナメントを見つけるたんびに、パパが・・・コホン。」
 最後は呟くように言いかけたのを、美希はハッとしたように、慌てて咳払いでごまかした。

「そう。じゃあ、こんなのはどう?」
 先生がつと席を立って、教室の後ろに並ぶロッカーのひとつを開ける。中に入っていた大きな紙袋から、色とりどりのモールやビーズ、かわいらしい松ぼっくりやポスターカラーなどが顔を出した。
「子供たちに、これでクリスマス・リースやミニツリーを作ってもらおうと思ってるの。もし良かったら、この飾りも使わせてもらっていいかしら。」
 先生の提案を聞いて、美希の顔が嬉しそうにほころぶ。
「もちろん!飾られないでずっと箱の中に入れておくのも、かわいそうだなって思ってたんです。」
「ありがとう。今年はいつもの年より、いっそう素敵なリースが出来そうだわ。」

 にっこりと微笑む先生の隣りで、せつなも目を輝かせた。
「凄い。こんな材料から、クリスマスの素敵な飾りを作ることが出来るんですか?」
「ええ、意外と簡単なのよ。そうだ、試しに二人も作ってみる?一番簡単でかわいいのを教えてあげるわ。」
 先生はそう言って、大きめの松ぼっくりを二つと、ビーズと接着剤、それにペットボトルの蓋を二つ用意する。
 ペットボトルの蓋に、松ぼっくりのおしりの部分をくっつけて、カラフルなビーズを飾り付けて行くと、ほんの十分かそこらで、かわいらしいミニツリーが二つ、完成した。
「どうぞ、記念に持って帰って。」
「うわぁ、ありがとうございます!」
 せつなは嬉しくてたまらないという風に、小さなツリーの先端を、ちょんと指でつついた。



 病院の外に出ると、辺りはもう薄暗くなりかけていた。すっかり身軽になった二人が、肩を並べて夕日の中を歩く。何となく、二人の歩調がいつもよりものんびりとしたものになっていた。
「今日はありがとう、せつな。結局、半日付き合わせちゃったわね。」
「いいわ、私も楽しかったし。それに、こんな素敵なもの、頂いちゃったし。」
 せつながまだ手に持っていたツリーを、掌に乗せる。美希もそれを見て、自分のツリーを取り出した。自然と目と目を見交わして、二人は同時にフフッと笑い合う。
 そのとき、どこから取り出したのか、せつなが何かを美希の手の上に、そっと置いた。

「せつな、これ・・・!」
 それは、クリスマス・ツリーのてっぺんに置かれる星の飾り。トップスターとも呼ばれる、オーナメントの中でもひときわ大きく立派なピースだった。
「これ、持って来ちゃったの?」
「これだけ、飾るための紐もリボンも付いていないから、どうやって飾るんだろうと思って。それに、とっても綺麗だったし。」
「そんな子供みたいなこと・・・。これはね、ツリーのてっぺんに飾る星なのよ。サンタクロースがこれを目印に降りてくるとも言われているの。」
「じゃあ、これが無いと院内学級の子供たちに、サンタさん、来てくれないかしら。」
 せつなは立ち止まって、少し困った顔で、美希を見上げた。
「い、いやぁ・・・サンタクロースが子供を見落とすことなんて無いと思うし・・・あ、そうよ。ホラ!待合室に大きなツリーが置いてあったから、きっと大丈夫よ!」
 力強くそう請け負う美希に、せつなはクスリと笑う。
「ごめんなさい。本当は、あの先生が別の星の飾りをツリーのてっぺんに飾っているのを見たの。だから、その点は大丈夫。」
 もうっ、からかうなんてひどいじゃない――そう言いかけた美希は、せつなが何かを言いたげにこちらを見ているのに気付いて、その言葉を飲み込んだ。

「美希、この飾りを机の上に置くとき、ちょっとためらったでしょ。もしかしたら、美希にとって特別なものなんじゃないのかって、そのとき思ったもんだから・・・。」
「・・・まったく。かなわないわね、せつなには。」
 美希は、トップスターを大切そうに指でつまむと、それを空にかざした。夕日を受けて、金色の星の表面が、さらにあたたかな光を帯びる。

「トップスターは、サンタクロースの目印だって言ったでしょ。でも元々は、西洋の神様が生まれたときに、遠い異国の賢者をその神様の元に案内した星と言われているの。つまり、遠くにいる人でも導く星、という意味があるわけ。だからサンタクロースの目印にもなるのよ。」
 オーナメントをくるくると手の中でもてあそびながらそう言う美希を、一体何の話が始まるのだろうと、せつなは小首をかしげて見守る。
「あれは・・・そうね、アタシがモデルになりたいって言い始めた年のクリスマスだった。パパが、このトップスターを買ってきたの。まぁ、忘年会だか何かで酔っ払ってたせいもあるんだけど、小さかったアタシの手にこの星を握らせて、『これは、大きくなったときの美希だよ。パパはそう信じてるんだ。』なぁんて言ったわ。トップスターの意味も、そのときに教えてもらったの。」
 絶対に本人は覚えていないと思うけどね。そう言って笑いながら、美希は相変わらず手の中の星を、くるくると回す。
「今日、久しぶりに昔のツリーの箱を開けてみて、これを見たらパパの台詞を思い出したのよ。アタシもすっかり忘れていたもんだから、それでちょっと感慨にふけっちゃったのかな。まさかせつなに見られていたなんて、思わなかったわ。」
 ハイ、この話はおしまい。そう言いたげに、コートのポケットに星の飾りを突っ込もうとした美希の手を、せつなの手がすばやく掴んで止めた。

 いつの間にか、二人は天使の像の前へと差し掛かっていた。
(やっぱりあのツリーって、美希のお父様が買ってくれたツリーだったのね。)
 せつなはそう思いながら、美希の手からオーナメントを取り上げる。そして自分のツリーを天使の像の足下に置くと、彼女のもう片方の手の上にある小さなツリーの上へと、その大きな星を導いた。
「ちょっとお星様が大きいけど、こうやって飾ったら、もっとツリーらしくなるんじゃない?」
「いくらなんでもバランスが悪いわよっ。星の大きさとツリーの大きさが同じくらいじゃない。」
「いいの。何か楽しいことを思いついたら、細かいことを気にしちゃダメだって、ラブが言ってたわ。」
「・・・せつな。ラブの言うこと、何でもかんでも鵜呑みにしない方がいいわよ?」
 せつなは美希の言葉を無視して、今度は接着剤を取り出すと、ツリーのてっぺんに大きなトップスターを取り付ける。小さな松ぼっくりの上に、星というよりまるで太陽が輝いているような、そんなミニツリーが出来上がった。

「はい。これなら美希の部屋の窓のところにでも、ちゃんと飾れるでしょう?」
 嬉しそうに小さなツリーを両手で差し出すせつなから、美希はふいに目をそらして、斜め上の空をにらんだ。そのまま、目と鼻の奥をジーンとさせている熱い塊が、どこかへ消え去ってくれるのを待つ。
(せつなったら・・・。まるでアタシが小さい頃のツリーをずっと飾れずにしまっておいたことまで、お見通しみたいじゃないの。)
「・・・美希?」
 心配そうに覗き込んでくるその顔にニヤッと笑いかけて、美希はせつなの手からツリーを受け取ると、さっきのせつなと同じように、それを掌の上に持っていった。
「これ、本当にちゃんと飾れるのかしら。こんなに頭でっかちになっちゃったら、バランスが悪くてきっと・・・あれ?」
 不安定な掌の上でも、小さなツリーはピクリとも揺るがず、当たり前のように立っている。その土台がペットボトルの蓋だとは、とても思えない安定感。
「どうしてこんなに!?」
「私を甘く見ないでよ、美希。ちゃんと完璧に、バランスは取ったわ。」
「もうっ。どうしてそこでアタシの台詞を取るのよっ!」

 晴れやかに笑い合う二人の少女を、天使の像と、小さな二つのツリーが見守る。
 クリスマスまであと二週間。クローバータウン・ストリートは、これからますます華やかになる。


~終~
最終更新:2011年12月24日 02:19